182.森の決戦
エルフの森の外――。
そこは、まるで地獄だった。
森の木々が焼け、空は煙に閉ざされている。
炎の熱気が大地を歪め、焼け焦げた草の匂いが鼻を突く。
カイたちは、もはや何時間もこの死地で戦っていた。
エルフの森を守るために。
本来ならば、森の霧の結界に隠れ、争いから逃れることもできた。
だが――敵は、それを許さなかった。
森に火を放ったのだ。
空からは、災厄の巨鳥・ドレイアが舞い、
その背には、炎を操る悪魔の男・ノクルスがいた。
「くっ……!」
カイが歯を食いしばる。
ノクルスが放つ火球が、次々と森へと降り注ぎ、枝葉を焼き払っていく。
「まさか、ここまでやるとは……っ」
森の周囲には、人間族とオークの混成軍。
地上からの猛攻が、仲間たちに休む暇も与えない。
「クソが……キリがねぇ!」
カイが叫び、空を睨みつけた。
「……あのアホ鳥を、落とすしかねぇだろうが!」
カイの右手が光をまとい、空に向かって印を切る。
「来い、俺のグリフォン……!」
空が裂け、金の羽根を持つグリフォンが、咆哮とともに舞い降りた。
その背に乗ろうとした瞬間、黒衣の女が隣に立つ。
「待って。私も行く」
ヒルダだった。手には、黒紫の杖。目は鋭く、決して譲らぬ決意に満ちている。
「ノクルスは……私が倒す。あいつは、私にしか倒せない」
カイは黙って手を伸ばし、ヒルダの手を強く握った。
そのまま、グリフォンの背に飛び乗る。
「行くぞ、ヒルダ先生」
「ええ。終わらせましょう」
グリフォンが翼を広げ、天へと舞い上がる。
目指すは、空の悪魔――ドレイアとその主、ノクルス。
地上では、剣と魔法の交錯が続いていた。
「ぐぅ……!」
カークが悲鳴を上げ、左腕を斬られる。
だが、すぐに体勢を立て直し、魔素を帯びた剣で敵を薙ぎ払う。
「っらあああ!!」
キースは右肩から血を流しながらも、怒声とともに前へ出る。
「どこまでやれば……終わるんだよ!!」
オークの斧を受け流し、逆に太ももへ蹴りを入れる。
しかし、疲労は隠せない。
「もう、腕が上がらない……ですぞ……!」
カークの声に、後方からルカの祈りが届く。
「……光よ、癒しの風となれ――《セレス・ヒール》!」
だが、魔素も尽きかけたルカの魔法は、かつての輝きを失っていた。
回復量はわずか。それでも、仲間たちは立ち上がる。
ミーアは水魔法で敵を牽制するが、魔力が薄れて威力が落ちていた。
「っ、はじき返された……!?」
マリは矢筒を捨て、短剣を抜いて応戦する。
「もう……時間なんかかけてられないっ!」
敵の喉元に刃を走らせるも、すぐに別の兵士に囲まれる。
「ミーア、援護っ!」
「任せてっ!」
だが、放った水球は途中で蒸発した。
熱風と乾いた魔力が、全てを奪っていく。
遠く、オルガとオリビアが背中を合わせ、互いを守りながら戦っていた。
クルドも、魔法を発動させては、剣を振るっている。
「どこまで……持ちこたえられるか……」
そんな中、森で一番高い樹上――
風に揺れる枝の先、マルギレットが杖を掲げていた。
「……みな、回復するのじゃ――《グリーン・フェリシア》!」
緑色の光が、光粒となって空へ広がり、降り注いだ。
傷がふさがり、呼吸が戻り、心に火が灯る。
「ありがとう、マルギレット!」
「助かった……!」
「まだ戦える!」
皆の声が、かすかに弾む。
だが――希望の光に照らされたその影で、誰もが理解していた。
(……これは、長期戦になればなるほど、私たちは不利だ)
戦いは、まだ終わらない。
どこまで持つのか、誰も分からない。
敵は多く、空は炎に包まれている。
それでも――誰ひとり、退こうとはしなかった。