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176.魂の玉座

クルドの意識が深く深く沈み、やがて辿り着いたのは――


漆黒の空間だった。


上下も左右も分からない。そこは果てしない闇の海のようで、空間全体が静止しているかのようだった。しかし、ところどころに星のような微かな光が瞬いている。それらはまるで、忘れ去られた記憶の断片のように、漂っていた。


クルドの身体は地面に縛られることなく、まるで空を飛ぶように漂っていた。彼女の表情は鋭く、眉間には深い皺が寄っている。


「さらに……奥だ」


彼女は目を細め、魔素の流れを感じながら、星々の間を抜けて進んでいった。風も重力もない世界で、ただ意志のままに前へ、前へ。


――そのときだった。


「え……? なんだここ……?」


ふいに、横に“何か”が浮かんできた。


クルドが咄嗟に振り向くと、そこにはぼんやりとした半透明の青年――カイがいた。彼の姿は揺らぎ、ところどころが透けている。まるで幽霊のようだ。


「お、おまえ!? 何をしている!? どうしてここにいる!?」


思わず声を上げたクルド。


カイも目を見開き、混乱している。


「え!? あれ!? なんか俺、体が……軽い!? ってか、薄い!? ……俺死んだの!? 死んだ!?!? いやいやいや、違う違う、あれだ、あの時……クルドに魔素を流そうとしたら、急に真っ暗になって……」


パニック状態のカイが、虚空で腕をバタバタさせる。


クルドは、呆れたように肩をすくめ、しかしどこか優しく笑った。


「おまえという奴は……。まったく、転生者ってのは……常識の通用しない存在だな」


「え? これ普通じゃないの?」


「普通ではない。だが……まぁ、ここまで来たのなら仕方ない。ついてこい、カイ。一緒に行くぞ」


「う、うす!」


一方その頃、現実の世界では――


小屋の中で、クルドと並んで立ったままのカイが、突然ぐらりと前のめりになった。目は虚ろで、焦点が合っていない。まるで魂が抜けたかのようだった。


「カ、カイ!?」


マリが悲鳴をあげて駆け寄ろうとする。


「カイ!しっかりして、何が――!」


しかし、その手がカイに触れようとした瞬間――


「触れるなッ!!」


ヒルダが鋭く叫んだ。


マリの手が寸前で止まり、彼女は驚いて振り返る。


「持っていかれるぞ……! 奴の精神が、今どこかに引きずられている……!」


ヒルダの顔には、明らかな緊張が浮かんでいた。



再び精神世界――


まるで宇宙を泳ぐように、カイとクルドは宙を進む。闇の中にぽつぽつと浮かぶ星のような光を縫うように進んでいくと、やがて一つだけ、異様な存在感を放つ巨大な星が現れた。


紫色に脈動するその塊は、まるで巨大な心臓のようにも見えた。


「……おそらく、あれだ」


クルドが口を引き結んでつぶやく。


カイは不快そうに眉をひそめた。


「うっ……なんとも気持ち悪い……。まがまがしいにも程がありますね……」


二人はその星のような光球に、真正面から飛び込んでいった。



気が付くと――二人は黒一色の地平に立っていた。


床は、どこまでも、どこまでも続く漆黒の平面。空も地も、黒と紫に染まり、異界のようだった。


「ここは……」


カイが言葉を失う。


そのとき、クルドが唐突に振り向く。彼女の視線の先――そこには、ひとつの玉座があった。


その玉座には、ティリスが座っていた。


脚を組み、頬杖をつき、傲然と彼らを見下ろしていた。


「……まさか、ここまで来るとはな。まったく、おまえらの執念深さには呆れるよ」


鼻で笑いながら、ティリスが呟いた。


クルドは、震える声で叫ぶ。


「お前は誰だ! ティリスはどこにいる!」


しかし、玉座の男は、ゆっくりと笑みを深めるだけだった。


「見れば分かるだろう? ここにいるのが、ティリスさ」


「……ふざけるなっ!」


杖を構えてクルドが叫ぶ。


ティリスはその反応すら愉しむように、ゆったりと立ち上がった。


「ヒルダが来るまで、何も気づかなかったじゃないか。……なにも、気づけなかったくせに」


クルドがぎゅっと唇を噛む。


「……」


その沈黙を破ったのは、やはりカイだった。


「で、ティリスを乗っ取ってまで……何がしたいわけ? やっぱりリュシア狙いか? 誘拐?」


ティリスがにやりと笑う。


「ふふ……まぁ、そんなところだな。あの子には――特別なお仕事があるからね」


「……へぇ、でも俺たちが森に現れたことで、作戦に誤算が出たんじゃないの?」


挑発的に言ったカイの言葉に、ティリスの笑顔がわずかにひきつった。


「そんなことはない! 全て順調に進んでいる!」


「……へえ? じゃあ、そんなに怒んなよ。順調なんだろ?」


カイはにやりと笑い、あえて煽るように言った。


ティリスのこめかみがピクリと跳ねる。


「この……小僧……実に腹立たしい……!」


次の瞬間――ティリスが手を突き出す。


その手のひらに浮かび上がる、灼熱の火球。


「死ねッ!!」


唸るように放たれた火球が、轟音を立ててカイに迫る。


「うおおおッ!?」


カイは寸前で横に飛び、辛くも回避した。


火球は地面に着弾し、黒い地面に赤い炎が一瞬だけ閃いた。


クルドが叫ぶ。


「カイ、下がれ! これはもう交渉では済まない……!」


カイが地面を転がりながら立ち上がる。


「ふぅ……やっぱり“話の通じるやつ”じゃないわけね……!」


玉座のティリスは、にやりと歪んだ笑みを浮かべた。


「ようこそ、私の王国へ――ここが、お前たちはここで消滅する」


その目は、すでに“ティリス”のそれではなかった。



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