172.エルフの森再び
朝霧が森を覆い始める頃、カイたちは廃墟となった城を後にし、森の奥深くへと足を踏み入れた。
ヒルダが突然、立ち止まる。
「ここから先が……エルフの森じゃ。だが、招かれざる者は入れぬようになっておる」
カイがあたりを見渡しながら言った。
「前に来たときは……そう、あのフクロウがいた。でも、今日は……いないですね」
ヒルダの顔が曇る。
「これは……我らが拒絶されておるということかもしれぬ」
その言葉に、一同の胸に重く暗い絶望がのしかかった。
マリが叫ぶ。
「どうして!? なんでなのよ!」
ヒルダは静かに答える。
「敵勢があまりにも多すぎる。森の精霊たちが危険を察して、我らの侵入を拒んだのかもしれん」
その場にへたり込むマリ。肩を震わせながら小さく呟く。
「こんなのって、あんまりじゃない……」
カイは歯を食いしばった。考える。だが、思考が空転する。ただ、立ち上がって敵を斬る。それしかできなかった自分に、苛立ちと無力感が混ざる。
「……俺、見てきます」
カイはそう言うと、グリフォンを呼び寄せ、素早く背にまたがった。
空高く舞い上がると、川向うに展開する敵の陣が見えてきた。だが、そこには第三師団だけでなく、さらに後方に新たな軍勢が現れていた。
「……うそだろ……」
カイの目が絶望に染まる。
「ひとつ……ふたつ……みっつ……よっつ……ごっ……五師団……!?」
その言葉は唇から漏れるように、力なく流れ出た。
圧倒的な兵力差。勝利など、もはや夢物語に思えた。グリフォンの羽音が虚しく森へ戻る。
敵軍の頭上を旋回するのは、あの首のないドレイア。
死んだはずの巨鳥が、なおも空を支配している。
再び地へ戻ったカイは、全員に報告をした。
「……敵は五師団です……」
その一言で、みな膝から崩れ落ちた。
「……どうして……」
「どうすればいいの……」
重く、深い絶望。
「くそぉっ……!!!」
カイが拳を握りしめ、地面を強く叩いた。
その瞬間だった。
森の奥から、まばゆい光とともに、一羽のフクロウが舞い降りてきた。
「フクロウ……!」
希望の光。その姿を見て、誰もが顔を上げた。
「あとを追うんだ!」
フクロウの導きに従い、一同は再び走り出す。茂る木々の奥深く、空気が急に変わったのがわかった。
光が差し込む。樹々の配置が不自然に変わり、緑が生き物のように道を開く。
マリが息を呑む。
「ここが……エルフの里……?」
カイが頷いた。
「そうだ……やっと、助かったんだ」
喜びに包まれる仲間たち。
そのとき、村の奥からひとりの少女が駆けてくる。
「カイ! 久しぶり……!」
「おお、リュシア! 少し大きくなったな?」
「えへへ……」
無邪気に笑うリュシアを見て、マリがカイの腕を小突いた。
「この子が……あの、フォースドラゴン……なの?」
「そう。小さくても強いんだ」
マリとルカは驚きの表情で頷いた。
そこに、クルドとティリスが姿を現した。
「クルド! 入れてもらえなかったから焦ったよ!」
カイが笑顔で声をかける。
だが、ヒルダの顔が曇る。眉をひそめ、視線を鋭くする。
「……カイ」
「ん? どうしました、ヒルダ先生」
「お前は……誰と話しておるのじゃ?」
「え……?」
カイが目を丸くする。
「その者……誰じゃ?」
「先生の師匠クルドじゃないですか」
「違う!」
「え? この人ですか? ティリスさんですよ。クルド師匠の幼馴染って聞いてますけど……」
ヒルダの目が細くなる。
「そんな男、まさか、そんなはずはない……」
空気が凍りついた。
「どういうことだ……?」
誰もが息を呑んだ。
何かが、おかしい。