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166.魔素補充の儀

城の塔から、空を見上げていた一同。

その瞬間、ドレイアとグリフォンが接触し――


やがて、ドレイアの悲鳴のような鳴き声が、空を切り裂くように響いた。


そして、黒く巨大なその身体が、ゆっくりと地に落ちていった――


誰もが、言葉を失った。


「……落ちた……?」


誰かの小さなつぶやき。

その言葉が引き金になったように、城の塔に歓声が炸裂する。


「やったのか!? カイがやったのか!?」

キースが剣を掲げ、拳を握りしめる。


それにつられて、他の面々も次々と叫んだ。


「さすが!カイ!」

「……やるときはやるのがカイ……」

「お兄ちゃん、かっこいい!!」


マリは目を潤ませ、ルカは小さく拳を握った。


ヒルダはその様子を、塔の片隅から静かに見守っていた。

その表情に、ようやく微笑みが戻る――が、次の瞬間、ふらりと身体が傾き、壁にもたれかかって座り込んでしまう。


「ヒルダ様!?」

駆け寄る仲間たち。


「だ、大丈夫ですか!? 一体――!」


「あぁ……大丈夫だ。少し、力が抜けただけだ……ふふっ……」

ヒルダは、弱々しく笑いながら目を閉じた。魔素も体力も限界だったのだ。


――そのとき。


空を切って、グリフォンが一直線に塔へと飛来した。


その背から、カイが飛び降り、片手にはあの卵型の男・ボルクの背中をわしづかみにしている。


「――おまたせ!」


その瞬間、全員がカイのもとに駆け寄った。


「遅いじゃないのよ、カイ!!」

マリが叫びながら、カイに飛びつく。

彼の胸元に顔をうずめ、声を震わせる。


カイは、そんな妹の頭をそっと撫でた。


「すまない、このおっさんがわがまま言うもんだからな」


その“おっさん”に、全員の視線が集中する。


「……な、なにあれ……」

オルガが目を細め、疑わしげに問いかける。


「ところで、そのヘンテコな生き物は何なの?」


ボルクがムッとした顔で反応した。


「ヘンテコとは失敬な、小娘!これでもワシは神霊じゃぞ!!」


「神霊っていうか名の珍獣なのね……」

オリビアがぼそりと呟く。


睨み合うオルガとボルク。その間に火花が散ったようだった。


カイが苦笑しながら話題を変える。


「まぁまぁ、今はそんなことより――みんな、魔素が切れてるだろ。補充しようぜ」


その言葉に、四大魔女が一斉に身を乗り出す。


「で、クリスタルはどうした?」

ヒルダが鋭く尋ねる。


「えーと……どこから話せばいいか……」


カイは、火口で起きたこと――ボルクとの出会い、フォースドラゴンが吐き出した高濃度魔素が変化してボルクになったと説明した。


マリが目を輝かせて言う。


「へー! このおじさんがすごい魔素なんだ!」


ボルクは満足げに胸を張り、鼻息を荒くする。


ヒルダが少し不安げに訊いた。


「それでカイ……どうやって、その魔素を吸収すればいいのだ?」


「んー……触ったらどう? 直接、こう……」


カイがボルクの肩を軽く叩く。ヒルダも試すように手を置くと、微かに魔素が流れ込んだ……が、それは極めて微量だった。


「……カイ。これでは、戦いが終わってしまうぞ……」

ヒルダの声が真剣に沈む。


カイは腕を組んで悩んだ。


「なぁ、ボルク……もっと効率のいい方法ってないのか?」


すると、ボルクはにっこり笑って――自分の口を指差した。


「ここからなら、早いぞ」


その瞬間――


全員の時間が止まった。


「な、なにを言っておるのじゃ、この珍獣は……!!!」

ヒルダが頭を抱え、顔が青くなる。


しかし、ひときわ輝いた目で、オルガが口を開く。


「……いいこと思いついた!!」


オルガはオリビアを呼び寄せ、耳打ちする。


「そ、それはさすがに……カイがかわいそうなのね……」

オリビアが眉をひそめる。


「世界を守るためだ。仕方ないだろう」


カイに嫌な予感が走った。


「おい……まさか……」


オリビアが前に立ち、カイをじっと見つめる。


「ごめんなのね!」


突如、カイの足元から無数の緑の蔦が伸びてきて、カイを絡め取り動きを封じる。


「ちょ、ちょっと待て!なにす――!」


「ごめんなのね!!!」


オルガがカイの腕輪に手を当て、魔素球を確認する。


「おぉ、満タン!しかも超高濃度魔素!!」


マリが不安げに聞く。


「でもそれ、ひとりかふたり分でしょ? 足りるの?」


オルガが不敵に笑い――


「ボルク、カイに魔素を流して」


「了解じゃ」


ボルクはためらいもなく、カイの唇を奪った。


沈黙。沈黙。沈黙。


「きゃあああああああああああ!!!!!!」

マリの悲鳴が、城の隅々までこだました。


全員が凍りついた。


――だが、その甲斐あってか、四大魔女、ミーア、オリビア、そしてマリとルカも高濃度魔素を完全補充できた。


魔素を供給し終えたカイは、白く燃え尽きた灰となり、芋虫のように床を転がっていた。


「……カイ……」

マリが涙を流しながら、カイに手を伸ばす。


カークとキースがそっとその背を撫でる。


「……よくやった……」

「英雄とは、こういうものか……」


ヒルダが、ふとボルクに問いかけた。


「ところで……体内の魔素量はどれほど減った?」


ボルクはぽんぽんと自分の腹を撫でながら答える。


「うーむ、ほんの少しじゃな。おにぎりって奴一個ぶんぐらいかのぉ」


全員、目を見開いた。


「なんで……そんなにすごいんだよお前……」

カイの声が、微かに床の灰の中から漏れた。


その背中を、マリがさすりながら泣いていた。


――戦う力は戻った。

だが、尊厳を失った英雄の叫びは、まだ誰にも届いていなかった。

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