165.空の刃覇者と空の災厄
高空を駆けるグリフォンの背に、カイはしっかりと体を伏せていた。
目を細め、地上を見下ろす。
「……あれが、敵の第二師団と……第三師団か……」
眼下には、黒く波打つように続く敵軍の列。まるで蟻の群れが地を這っているかのようだった。
後ろで、必死にしがみついているボルクが怒鳴る。
「おいカイ!いつになったら着くのじゃ!? ワシの体が揺さぶられて、黄身が出そうじゃぞ!」
「もうすぐだって!ていうか、その例えやめて!」
冗談を交わす余裕も、ほんの束の間だった。
――そのとき。カイの目に、上空の“何か”が映る。
「……あれは……」
グリフォンも同時に羽ばたきを緩め、警戒を強めた。
空を裂いて現れた影――それは、“災厄の巨鳥”ドレイアだった。
「なんだ、あれ……!? バケモノかよ……!」
カイが叫ぶ。
ボルクも目を見開き、喉を震わせた。
「ぬおおっ!? グリフォンが小鳥に見えるとは、何じゃこの禍々しさはぁっ!!」
その巨体が、空を割るようにグリフォンへと覆いかぶさってくる。
獲物を狙う鷲のような、まさに空の死神。
「逃げろ!! 急上昇だ!!」
カイの指示に、グリフォンは機敏に応えた。
一度、左に身をひねって急旋回し、その反動と勢いのまま右へと転がるように身体を流し――そのまま、宙返りするようにドレイアの背後へ回り込む。
「よし、今だ……!」
逆さまの状態から、カイは一気にグリフォンの背を蹴った。
「ボルク、しがみついてろよ!!」
「お、おまえまさか―――ぎゃああああああ!!」
カイが宙を舞い、ドレイアの背に着地する。
巨鳥の背中に、ひとりの剣士が立つ。その光景は、まるで神話の一節だった。
「さて、どう料理してやろうか……」
そう呟いた瞬間――
ドレイアの背中から、一人の男が立ち上がった。
深く被っていたフードは既に外れ、露わになったその顔はどす黒く、乾いた皮膚に緑の葉を模した王冠が乗っていた。
――尖った耳。エルフ族の証。
「まさか……エルフの王が、敵だと?」
カイが呟いた次の瞬間、ノクルスは黒いロングソードを抜き放ち、無言で斬りかかってくる。
「くっ!」
その斬撃を、カイは聖剣・ポチで受け止めた。
ぶつかり合う刃が、白い火花を空に散らす。
「こいつ、ただ者じゃないな……でも、勝てる!」
カイはぐっと息を吸い、構えを低くする。
次の瞬間――
一閃。
その剣が、ノクルスの首を正確に斬り飛ばした。
「……決まったか」
落ちていく首を見届けたカイは、すぐさまドレイアの首元へと移動。
聖剣を両手で構え、根元めがけて深く突き立てた。
「これでもくらえっ!!」
ドレイアの喉奥から、万の悲鳴のような咆哮が空へと響き渡る。
その声だけで、鼓膜を裂かれそうな衝撃。空気が歪むほどの咆哮に、地上の兵すらひれ伏す。
まるで、天そのものが怒っているかのようだった。
「うるっせええええええ!!」
カイは何度も剣を突き刺した。血と魔素が混ざった液体が、ドレイアの首から噴き出す。
ドレイアは急降下を始める。翼がばたつき、バランスを失い始めた。
「……まずい!! このままじゃ落ちる!」
カイは叫び、背後へと手を伸ばす。
「グリフォン!! 今だ!!」
忠実な相棒がすぐに応え、空を滑るように舞い戻る。
カイが飛び移ろうとした瞬間――
背後から、ぞわりとした嫌な気配が走る。
「……まさか……」
振り向くと――
さっき首を飛ばしたはずのノクルスが、立っていた。
胴体だけで立ち上がり、自らの首を拾い上げる。
そして、何事もなかったように――元の位置に“乗せる”。
「……う、うそやろ……!! なんだよそれ……無敵かよ……!」
呆然としながらも、カイはギリギリでグリフォンの背に飛び乗った。
ドレイアの巨体とノクルスは、そのまま黒い塊となって空から墜ちていく。
「落ちた……いや、落とした……けど……」
カイは後ろを振り返ったまま、目を細めて呟く。
「……あいつ……なんなんだ? しかも、エルフ族の王だって……」
彼の中に、確信と疑念が渦を巻く
「ヒルダたちのいる城へ……急げ、グリフォン!!」
――夜空の風を切って、白銀の翼が再び駆ける。