162.苦戦
ノクルスは漆黒のマントを翻し、巨鳥ドレイアの背に再び乗り込むと、重低音の羽ばたきとともに大空へと舞い上がった。その姿が夕焼けの空に滲むように遠ざかる中、ヒルダたちの胸には、またひとつ厄災が戻ってきた現実が重くのしかかった。
「また……最低災厄が……」
ルカがぽつりと呟く。その声には、戦場の喧騒とは裏腹に、静かな絶望がにじんでいた。
すでに足元では、師団の兵たちが城壁をよじ登り始めていた。
キースとカークは、剣を構え、無言のまま迫りくる敵兵に立ち向かう。
「くたばれええええっ!!」
キースの剣が閃光のように走り、オーク兵の首をはね、血飛沫が城壁を赤く染める。
「この城壁に上がってくるな!!」
カークが吠え、斬り伏せた兵士の体を蹴り落とす。
それでも次から次へと、死を恐れぬ兵士たちが這い上がってくる。
「どこから湧いてくるんだ……!」
キースが叫ぶ。
マリとルカも、城壁の縁に立ち、必死に短刀で登ってくる敵兵の手を斬り落とし、矢をつがえては撃ち落とした。
「こんなに……こんなに多いなんて……」
ルカが息を荒げる。
「でもやるしかないでしょ!ここで止めなきゃ、次は城がやられる!」
マリが叫び返した。
後方では、ミーアとオリビアが詠唱を重ねながら、遠距離から飛んでくる矢を魔法で打ち落としていた。
「矢まで飛んでくるなんて……!」
オリビアの額には大粒の汗が流れ、肩が小刻みに震えている。
「だめだ……数が……!」
ミーアの声が震える。
そんな中、再び空から不吉な影が差す。
ドレイアが高度を徐々に下げてきていたのだ。
その影が、地上の混乱に追い討ちをかけるように、城壁を覆い始めていた。
「くっ……上下からじゃねぇか……冗談だろ……」
キースが奥歯を噛みしめた。
その時だった。
「来させるかえ!!」
マルギレットが叫び、杖を天に掲げる。
「ラディアンス・フラッシュ!!」
まばゆい光が杖から放たれ、ドレイアの前方に閃光を走らせる。
ドレイアが威嚇に一度たじろぎ、再び空中で旋回を始める。
「いまだ!撤退じゃ!この城壁はもうもたん!!」
マルギレットの一喝が、城壁に響き渡る。
「くっ……!了解!」
ヒルダが後ろを振り返り、すぐさま撤退の準備を命じる。
「行こう!ミーア、ルカ!」
マリが叫ぶ。
「でも……敵が……!」
ミーアがためらう。
「いいから!次の拠点で立て直すしかないのよ!」
ミーアとオリビアが、最後の一撃として、川に押し寄せる敵兵へ水の奔流を叩きつけた。
「トレント・スラッシュ!!!」
大きな水柱が敵兵を再び川へと押し戻す。
その隙に、みな撤退を開始した。
一方で、ヒルダは最後の魔力を振り絞り、天に巨大な岩塊を召喚する。
「この程度……カイのようにはいかんが……!」
それを師団の中央へと振り下ろした。
轟音とともに、大地が震え、兵士たちの悲鳴が木霊する。
「これ少しだけでも……時間は稼げた……!」
息を荒げながらヒルダが呟いた。
その横で、オルガが振り返る。
「皆、城へ急げ!もう時間がない!」
夕闇のなか、逃げるようにして城壁を離れる面々。
後方には、なおも湧き続ける師団と、再び旋回を終えてこちらへ向かってくるドレイアの影があった。
「……次で、なんとかしないと………」
ヒルダが呟く。
その横顔は、燃え尽きた戦士のようだった。