153.最後の会議
ヒルダの小屋の中は、いつもとは違う緊張感に包まれていた。
魔力の気流が静かに渦巻く中、円卓を囲む面々の顔ぶれは壮観だった。
ヒルダ、マルギレット、オルガ、マチルダ――
この大陸にその名を知らぬ者はほとんどいない、四大魔女が勢揃いしていた。
そしてそれを取り囲むように、カイ、マリ、ルカ、ミーア、オリビア。
さらに、戦士のカークと、ソードマスターのキースも席に着く。
緊張で、誰もが息を潜めていた。
魔法と剣、知恵と意志。
この大陸でも屈指の戦闘力を誇る者たちが今、ここに集結している。
それを見渡して、ヒルダが小さくうなずいた。
「よし……私とオリビアで立てた作戦がある。とりあえず、聞いてくれ」
合図と共に、オリビアが手を翳す。
円卓の中央に淡い光が集まり、立体的な魔法地図が浮かび上がった。
地形や地名、都市、山、そして森。すべてが繊細に描かれている。
ヒルダが椅子から立ち、円卓のそばへと歩み寄る。
「まず、スタンハイム王国を出発した師団は、この方向へ進んでいる。間違いなく、エルフの森が目標だ」
彼女の指が、城下町から延びるルートをなぞる。
すると、真っ赤な矢印が地図上に現れ、北東へと進む一筋の道筋が示された。
その視線の先には、大陸の果て――ランヒルドの森。
「そして、今現在、やつらはここだ」
ヒルダの指が赤い線の中腹を指すと、そこに**×印**が浮かぶ。
ちょうどスタンハイムとランヒルドの中間点。
「思ったより早い。あと三日……それだけで、森に到達するだろう」
部屋の空気が、冷たい刃のように一変した。
ルカが震える声でつぶやく。
「三日……そんなに早く……」
ミーアがぎゅっと拳を握りしめる。
カークはただ黙って、歯を食いしばった。
「そこでだ――」
ヒルダの声に、全員が顔を上げる。
彼女は地図の東側、ランヒルドの少し手前に、太く一本の線を魔力で描いた。
「ここに、川を作る。我々の魔法で道を開き、海から水を引く」
ざわっ、と円卓の周囲が揺れる。
カークが素直な疑問を口にした。
「か、川を……作る、ですか?」
マリ、ルカ、ミーア、オリビアが揃って頷いた。
それだけで、計画のスケールの大きさが分かる。
ヒルダはにやりと口元を緩める。
「言葉どおりだ。人工の川を作り、敵の進軍を遮断する」
キースが小声で呟く。
「……本当に、そんなことができるのかよ……」
ヒルダが手を振る。
「質問はあとだ。まずは全体像を話す」
地図の魔力が再び動き、ランヒルドの森の手前に、四つの光点が現れる。
「次に――ここに、我々の手で城を作り、城壁を建てる。四つ、同時にだ」
「城!?」
皆の表情が驚きに変わる。
カークが思わず声を上げた。
「籠城戦を……このタイミングで?」
「ああ、迎撃のためだ。敵の大軍に真正面からぶつかっても、勝ち目はない。ならば、少しでも遅らせるしかない」
カイが手を挙げ、眉をひそめる。
「でも、戦力を分散して四つの城を守るのは危険じゃありませんか?」
ヒルダは即座に答えた。
「――おそらく、100%無理だ」
一瞬、時が止まるような沈黙。
「え……?」
「敵の数は圧倒的だ。いずれ城は落ちるだろう。だが、その“時間”こそが目的だ。川で時間を稼ぎ、四城で戦力を分散させ、敵の数を削る。城が落ちた時点で、全員エルフの森に撤退する」
カイが食い下がる。
「でも、それでも奴らが押し寄せてきたら、森は――」
ヒルダが静かにうなずく。
「……蹂躙されて終わる。だが、我々には――フォースドラゴンのリュシアがいる」
名前を聞いて、少し空気が和らぐ。
しかしカイはすぐに続けた。
「それでもリュシアひとりでは限界があるはずです!」
ヒルダがふっと口元に笑みを浮かべる。
「そこが肝心な部分だ。実は――ある策がある」
皆がざわめいた。
その場に一気に期待と不安が混ざった空気が流れる。
カイが身を乗り出して問う。
「その策って……一体……!」
ヒルダがわざとらしく目を細め、にやりと笑う。
「それは……まぁ、その話はあとにしようか」
「えぇーーっ!?!?」
面々が肩透かしを食らい、一斉に脱力した。
マチルダがくすりと笑う。
「ヒルダってば、いつも焦らすのが得意よね」
マルギレットも肩をすくめて言う。
「ま、でもそのくらいがちょうどいいのかも。あたし、びっくりしすぎて心臓飛び出るところだったわ」
オルガも頬を掻きながら笑う。
「秘密主義は昔から変わらないね、ヒルダ」
ヒルダがふっと顔を背けて言った。
「ふん、何事にも順序というものがあるのさ。それに……先に言ってしまっては、面白みがなくなるだろう?」
その言葉に、みなにようやく小さな笑顔がこぼれた。
張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ瞬間だった。
そして、円卓の上には、まだ揺れることのない魔法地図が浮かび続けていた。