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149.洞窟の闇

デュラハンの愛馬――コシュタ・バワーが、黒い影の中からぬっと現れた。


巨躯にして静寂の化身。全身を漆のような黒で覆い、まるで闇そのものが形を成したような姿だった。

グレーンはそっとその首筋に手を添え、優しくなでる。

すると、バワーは鼻を鳴らし、わずかに頭を傾けて応じた。


「……ありがとう。助かった」


その一言は、どこか照れたようでもあり、心の底からの感謝でもあった。


辺りを見渡すと、そこが崖下の川辺であることに気がついた。

川は岩にぶつかり、音を立てて流れている。

高さのある崖が日差しを遮っており、地面には昼とも夜ともつかぬ奇妙な光と影が交錯していた。


(ここまで……あのデュラハンが俺を運んだのか)


周囲には人気はなく、ただ冷たい水音と風のさざめきが響いている。

太陽の光は届かないが、ほんのりとした明るさはあり、不気味な静けさに包まれていた。


グレーンはしゃがみ込んで川の水をすくい、口を漱ぐ。

乾いた喉に、冷たい水が染み渡る。

だが、口内にかすかに残る鉄臭さ――あれは、自分の血の味だった。


グレーンは意識の中でデュラハンを呼ぶ。


「さて……ここから、どう進む?」


声をかけた直後、頭の中に返事が響いた。


「この川沿いを遡り、雪の残るあの山に向かいます」

「あの山か……あんなところに、何がある?」

「あの山の麓より、明確な“呪いの痕跡”……糸のような魔素が発せられております」

「呪いの……糸?」


グレーンは崖上に視線を移し、遠くに見える白く霞んだ山を眺めた。

山肌には、まだところどころに雪が残っており、その白さが逆に不気味な印象を与えていた。


「すぐにでも出たいが……身体が言うことを聞いてくれない」

「……少し休憩することにする」

「はい。ですが、ここは開けすぎております。

川の向こう側、小さな洞窟で休まれるのがよろしいかと」


頷いたグレーンは、コシュタ・バワーに先導されて川を渡る。

冷たい水が靴と脛を濡らし、鋭く感覚を刺激する。

再生したばかりの身体には、なお厳しい。


小さな岩陰のような洞窟にたどり着くと、グレーンは中に入り、壁に背を預けて座り込んだ。

空気は冷たく湿っており、苔と石の匂いが鼻をつく。

しかし、ここには静けさと隠れ家のような安心感があった。


どれほど時間が経っただろうか。

洞窟の中に風が通り抜け、時折水滴が天井から滴る音が響く。


沈黙の中、グレーンはぽつりとつぶやいた。


「なぁ……さっきの鳥と“奴”は、何者なんだ?

あの強さは、異常だった……」


心の奥底からにじむ不安と恐怖。

戦いの記憶が頭の中に蘇る。

あの巨鳥の咆哮、突風のような羽ばたき、そして一撃で貫かれた身体の痛み。


その問いに、デュラハンが静かに応じる。


「主……いえ、グレーン様。

あの巨大な鳥はドレノアと申します」

「ドレノア……?」

「はい。太古の時代、この大陸で空の王者として恐れられていた“魔鳥”です。

その巨体は雲を裂き、翼を広げれば、昼間の空を夜に変えると言われておりました

 だが、奴からは生気を感じられなかったので、おそらくこの世のものではないかと…」


グレーンは思わず息を呑んだ。

ドレノアの羽ばたきは、確かに風そのものを操る暴力のようだった。


「そして、それを操っていた者こそが――ノクルス。

これもまた、同じく太古の存在。

エルフ族の一柱にして、“死なぬ者”と呼ばれる闇の化け物です」


「ええ!? エルフだと……!?」


信じがたく、声が震える。


「かつて高潔だったエルフ族の中にも、欲に心を染められた者たちが存在しました。

ノクルスは、その中でも特に強力な魔力を持ち、死を超越する存在へと堕ちた者です」


「……そんなの、もはや生き物じゃない」


「まさにその通りです。ノクルスは、生者でも死者でもない、災厄そのものです。

どんな刃も、どんな魔法も、奴には通用しません」

「それじゃ……無敵じゃないか!」


心の声が震える。

心臓が早鐘のように鳴っていた。

あの狂気を宿した瞳――あれは“生物の理”など持ち合わせていなかった。


「ノクルスの強さは、我々の常識を凌駕しています。

あのような存在が現れたことは、ただごとではありません」


「今まで見たこともない奴らが、なぜ突然……?」


「おそらく、魔法による召喚です。

長きにわたり“闇”の中に潜んでいたのでしょう。

そして今、何かをきっかけに――奴らが目を覚ましたのです」


グレーンは拳を握りしめた。

全身に走る悪寒。

闇の底から這い上がってきたかのような、あの存在たちの気配。


「……信じがたい話だが、お前が言うなら、きっと本当なんだろうな」


「ありがたきお言葉……」


静かに頭を下げるような気配が、心の中に感じられた。


「それにしても……そのノクルスって奴、どうやって倒せばいい?

刃も魔法も効かないなら、手がないだろう……!」


「ノクルスには、人間の攻撃は一切通じません」


グレーンは言葉を失った。


「……反則だろ、そんなの……」


けれど、デュラハンの声は続く。


「それでも――奴には、弱点がございます。

ノクルスを倒す方法は、ひとつだけ存在いたします」


グレーンは身を乗り出す。


「……教えてくれ、デュラハン。

俺は、奴を倒さなきゃならないんだ」


洞窟の奥で、闇が少しだけ揺れた。

風が通り抜けるように、デュラハンの声が低く響いた。


「それは――」

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