148.闇の王子
デュラハンの声が、意識が飛びそうになるグレーンの頭に響いた。
「わたくしめの責任でございます。
このままでは、あなたは命を落とします。
しかし、主の命により、グレーン様をお守りするよう言われております。
どうか……安心なさってくださいませ」
その声を最後に、グレーンの意識は闇へと沈んだ。
夢を見ていた。
幼き日の記憶。
王の実子――それが自分だと理解していても、継承順位は第四位。
上には“兄”と呼ばれる者が三人いた。
血のつながらぬ兄たち。
性格も、才能も、なにもかもが自分とは違った。
――すべてが、格上だった。
剣、文学、教養、立ち振る舞い。
どれをとっても、兄たちは自分より優れていた。
「王の実子は私だけなのに」
心の中で何度も叫んだ。
そして、兄たちを意味もなく憎み――心の奥で拒絶していた。
だがグレーンは、人知れず努力を重ねていた。
剣も魔術も、兄には及ばなかったが、負けたくはなかった。
ただ、それだけだった。
スタンハイム魔法学校の入試。
自信があった。自分こそがトップになると信じていた。
――しかし、目の前に現れたのは、平民である・カイ。
圧倒的な魔力。
兄たちすら凌ぐその力に、心が砕けた。
平民無勢が・・・・
悔しさ?
虚しさ?
違う!――認めたくはなかったが、それは 嫉妬 だった。
「もし、私にあのような力があれば……」
「兄たちに、カイに、負けない力があれば……」
「そしたら、継承者になれたはずだ。尊敬する父の跡を継げたはずだ」
その想いが、渦を巻いて心を飲み込んでいく。
「俺は弱い……弱すぎる! 心も、身体も!」
「お願いだから……力をくれ! 誰か……頼む……力を……!」
その絶叫に呼応するように、夢の空間が闇に包まれていく。
「その力、わたくしめがお貸ししましょう――
いえ……差し上げます」
それまで「闇」と思っていたものには、まだ"色"があったと気づいた。
本当の闇とは、すべての光を吸い込む――完全なる虚無。
グレーンの口が、無意識に開いた。
「……これが、本当の闇なのだな……」
そして意識が覚醒する。
鉄の味。口の中に広がる血の匂い。
――なぜ俺は、血を……?
記憶が蘇る。
あの化け物の槍。
身体を、串刺しにされたはずだ――!
グレーンは跳ね起きた。
急いで腹部を確認する。
傷は――ない。
しかし、鎧には貫通した穴。
腹も、背中も、槍が通った形跡。
だが、出血はない。
傷口はすでに塞がり、黒く焼け焦げたような痕跡を残していた。
「なぜ……この傷が黒い?」
思考が巡る中、また声が響く。
「覚醒されましたか……」
――デュラハンだ。
「デュラハン! どこにいる!? この鎧か!?」
「わたくしめは"闇"……実体を持ちません。
鎧は、一時の止まり木のようなものです」
「……でも、お前は俺を守った……」
「はい。主の命に背き、護衛に失敗いたしました。
それゆえ、わたくしめの精神エネルギーと魔素をもって、グレーン様の身体を再生いたしました」
グレーンは息を飲む。
「この黒い痕……お前の力なのか?」
「恐れながら、はい……」
「……じゃあ……お前は、もう……?」
「お気づきのように、わたくしめは、すでに"物体化できぬ存在"となりました。
けれど、グレーン様が戦う時――わたくしめも共に戦います」
「お前……お前は……!」
グレーンの拳が震える。
今まで感じたことのない力強さが感じられた。
「お前が、俺にくれたのか……この力を……!」
静かに、デュラハンの声が続く。
「主の命を受けし者として、わたくしめはこれより、"影"として常に傍に……」
そのとき、もう一つの存在が近づく気配。
「あと、愛馬・コシュタ・バワーもそろそろ到着いたします……」