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147.巨大鳥

「なぜ……オークと人間が……」


グレーンの口から漏れたそのつぶやきは、森を駆ける風のように弱々しく消えていった。

さきほど目にした、師団の中に混ざっていた異形の魔物――大量のオークたち。

あの異様な光景は、グレーンの脳裏に焼き付き、いまもなお頭から離れないでいた。


コシュタ・バワーの滑らかな疾走に乗りながらも、グレーンの目は虚ろで、焦点が合っていなかった。


(父上が……あの父上が……魔物を軍に加えるなど……そんなはずが……)


その想いは、心の奥で否定され続けていた信頼と常識を次々に崩し始めていた。

背に感じる風の冷たさが、現実の輪郭をくっきりと浮かび上がらせていく。


だが――


太陽が完全に昇り、木々の隙間から差し込む光が、森を金色に染め始めた。

目の前が急に明るくなったことに気づき、グレーンははっとして、ようやく我に返る。


森を抜けると、開けた草原に出た。

広がる緑の絨毯には、様々な花が咲き乱れ、遠くには雄大な山々が白い雪をわずかに残して立っていた。

山の裾野にぽつんと広がる小さな村。その中で子供たちが笑い、走り回っているのが見える。


その無垢な光景に、グレーンの胸が締めつけられる。


「……やはり、戦争は……絶対にダメだ……!」


誰に向けるでもない言葉だった。

だがその声には、決意と覚悟が滲んでいた。


「この美しい風景を、子供たちの未来を……守らねばならん……!」


グレーンが拳を握り締めたその時だった。

デュラハンが、低く、硬い声で告げる。


「……厄介な奴が、現れたようです。お気を付けを……」


その瞬間、大地が低く震えるような音が、風に乗って届いてきた。

最初は微かな唸りのようなもので、耳を澄まさなければ気づけなかっただろう。


だが――次第に、その音は地面を割るような重厚な振動へと変わっていく。


「……この音は……地鳴り……?」


グレーンが周囲を見渡し始めたその時、デュラハンが鋭く叫ぶ。


「北です! 北の空を!」


その口調は、これまでの冷静な口ぶりとはまるで別人のようだった。

グレーンの背筋に、粟立つような緊張が走る。


北の空へと視線を移したその瞬間、グレーンは息を呑んだ。


「なっ……なんだ、あれはっ!!」


空に浮かぶ――否、空を覆うようにして飛来する、それは巨大な黒い鳥だった。

まるで空の闇そのものが、羽ばたいて迫ってくるかのような圧倒的な存在感。

その体躯は、山の尾根すらも覆い隠すほど大きく、翼の一振りで風が草原を薙いでいく。


光を反射して黒く見えるのではない。

その鳥は、本当に黒い――それはまるで、闇の魔素を凝縮して形にしたような、不自然な黒。


そしてその背には、人影があった。

黒いマントをまとい、顔を覆うようにフードを深くかぶった人型の存在――否、人かどうかも怪しい。

その腕は異様に長く、手には、まるで馬の手綱のようなものを握っている。


「信じられるか!? あんなものが……この世界に実在するだなんて!!」


現実感が完全に崩れ去った。

グレーンの思考は混乱し、声は震えていた。

目の錯覚だと願いたかった。だが、その地響きは錯覚ではない。

羽ばたくたびに生じる空気の圧力が、大地を叩いている――


「グレーン様」


デュラハンの声が、意外なほど静かに響いた。


「わたくし目の任務は、あなたをお守りすること……事後承諾になりますが、どうか……お許しを」


「な、なにを――」


グレーンが言葉を紡ぐより早く、デュラハンの体が半透明となり、黒い鎧のように変化しながら、グレーンの身体にまとわりついていく。


「な……っ!? これは……っ!」


瞬く間に、グレーンの身体は漆黒の鎧で包まれていた。

肩当て、胸当て、腕甲、脚甲。まるで中から生えるように、デュラハンの鎧が装着されていく。

そして最後に、兜が現れ、グレーンの頭を覆った。


「奴のクチバシも、爪も……致命傷を与えうる存在。ですが、わたくしの鎧には敵いませぬ、身体を盾としてお貸しします。どうか……ご無事を」


デュラハンの声は、グレーンの内側から響いていた。

(中身……なかったのか!? いや、そんなことはどうでもいい!)


混乱を現実逃避で誤魔化そうとするグレーンだったが――それも一瞬のことだった。


「来ます――!」


デュラハンの声が強く響くと同時に、あの巨大な鳥が急降下を始めた。

風が爆発する。草原の花々が吹き飛び、地面が抉れそうなほどの突風が押し寄せる。


「森を抜けたのが、判断ミスでした……。うかつでした」


「奴には敵わないのか!? このまま逃げ切れるのか!? この開けた場所では不利だぞ!」


「奴は……伝説級の生き物です。おっしゃる通りこの開けた場所では不利。だが、森へ入れば追っては来ません。あいつらは……木々の中では機動力を失う」


前方に森は見える。だがまだ遠い。

それまでに追いつかれれば――。


「デュラハン! 影に潜れないのか!?」


「申し訳ありません……太陽が高く昇りすぎております。影を作ることが……できません」


「そんな縛りあるのかああああ!!」


怒鳴るように叫ぶグレーン。

だがその直後、巨大な鳥の鋭利な爪が、まるで鎌のように目前に迫った。


ギリギリのところで、コシュタ・バワーが跳ねるように身体をひねり、回避する。


「よし! うまいぞ! よくやった!!」


グレーンが歓声をあげた、その刹那――


「ッ!?」


黒い鳥の背にいた謎の存在が、悠然と手を掲げる。

そこには、闇色に光る一本の槍があった。


そして――


その槍が、静かに、しかし確実に投擲された。


音はなかった。

ただ、次の瞬間、グレーンの身体を貫いた。


腹部に走る灼熱の痛み。

視界が一気に暗くなり、意識が遠のく。

口から声が出る前に、血が喉を塞いだ。


「――が……ぁっ……!」


コシュタ・バワーが大きく跳ねる。

だがすでに、グレーンはその背にぐったりと倒れていた。

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