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142/219

142.賊

グリフォンのスピードなら、王都ベンゲルまではほんの一瞬だった。

郊外の広場に静かに降り立つと、すぐにマリが地面にしゃがみ込み、激しく嘔吐する。

「いやー、見ないでぇぇ……っ、オロロロロ……」

カイが背中をさすりながら、優しく声をかけた。

「よく頑張ったな、マリ」


その様子を見ていたルカとミーアの目線は、やや冷ややかだった。


4人は変装したまま、夜の王都へと足を踏み入れる。

行き先は、魔法学校の学生寮。

王族のグレーン王子がそこに滞在している可能性が高かった。


学園内に忍び込んだ4人は、人気のない中庭で小さな作戦会議を開く。

「さて、問題はどうやってグレーンに話を通すか、だな……」

カイが声をひそめながら、みんなに耳打ちをする。


マリが眉をしかめた。

「そんなの、大丈夫なの?」

カイはにっと笑って答える。

「大丈夫。こっちには最終兵器があるから!」


そのまま、4人は学生寮へと忍び込んだ。

この時間帯なら、寮に出入りする生徒はおらず、見張りは巡回の警備員だけ。

作戦は単純だ――

寝ているグレーンを拉致し、グリフォンで一気に飛び去る。

そして、誰もいないところで説得する。実にシンプルだ。


王族の寮室は3つの部屋から構成されている。

一番奥にグレーンが寝ていると仮定し、順に潜入することにした。


ルカが小声で呪文を唱えると、ドアの錠が軽やかに外れる。

「この魔法、悪用されるから禁止されてるんだけどね……」

ぼやきつつも手際は鮮やかだった。


最初の部屋には侍従らしき青年2人が寝息を立てていた。

ルカがスリープの魔法で静かに眠らせる。

次の部屋にも2人、こちらはミーアが魔法で眠らせた。


そして、最後の部屋――。

扉の隙間から、ランタンのようなほのかな明かりが漏れている。

「起きてる……か?」

カイが囁く。

「もし騒がれたら、すぐにスリープかパラライズを。いいな?」


3人が小さく頷いた。

静かにドアを開けると、部屋の中央にある机に、グレーン王子が突っ伏していた。


「寝てるな。よし、ルカ、パラライズを――」

だが、その瞬間。


グレーンがむくっと起き上がり、机の上にあった短剣を構えた。

「誰だっ!? 賊か!?」


「ルカっ!」

カイの声に反応し、ルカが素早くパラライズを放つ。

光の鎖がグレーンの体を縛り、動きを封じたが、口元はわずかに動いていた。


「貴様……その声は、平民か……」


カイたちは驚いた、変化魔法で顔や髪色を変えているが、声をだけで判断するとは・・・

カイたちは、変化魔法を解いた。


マリが小声でつぶやく。

「どうする? パラライズの効果時間は短いわよ。スリープで眠らせたとしても、起きるまでずっと待つことになるわ……」

カイは魔法袋から麻の袋と布を取り出しながら言う。

「口を塞いで袋を被せれば……いや、これじゃ本当に賊だな」

マリがジト目で睨んだ。

「当たり前よ」


カイは苦笑して、袋を仕舞った。

「仕方ない、ここで話すか」


グレーンは口を固められたまま、なおも罵詈雑言をぶつけてきた。

カイは肩をすくめる。

「ダメだ、俺の話じゃ聞く耳持たないな……ミーア、頼んだ!」


ミーアがぎょっとした顔でカイを見たが、やがて頷き、グレーンの前へ進み出た。

丁寧に、ひとつずつ説明を重ねていく。

王国の過去、エルフたちのこと、フォースドラゴンのこと、そして、戦争の火種。


言葉に詰まる場面では、カイが横から補足し、証拠となるアスマの日記も見せた。


しばらくして、グレーンが低くつぶやいた。

「……つまり、私に父を裏切れというのか」

ミーアが首を振る。

「裏切るんじゃないよ。お父様に、止めてほしいの……エルフも人間も、大切な命が失われる前に……」


ミーアの目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。


グレーンはその様子を見つめ、しばし沈黙した。

「証拠があるのか?」


カイが答える。

「ある。スタンハイム城から、大師団が3つ、出撃しているはずだ」

「三師団も……それじゃあ、まるで戦争じゃないか……」


カイが静かに言う。

「違うよ。戦争じゃない。蹂躙だ……」


グレーンは目を伏せ、やがて力なく頷いた。

「ミーア殿……そんなに泣かないでくれ。私でよければ……やってみよう」


その言葉に、みんなの顔がぱっと明るくなる。

「ほんとうに……?」


グレーンは微笑んだ。

「今からでも馬を走らせ、父に会ってみせよう」


ルカがそっと魔法を解除し、グレーンの拘束がほどかれる。

彼は静かに身支度を整えた。


「お前たちの言葉を完全には信じていない。だが……ミーア殿の涙が、私を動かしているのだ」

「……キザなことを言う」

カイが少しだけ笑った。


「私の力が、どこまで通用するかは分からないが……やれるだけのことはやろう。

 お前たちは、これからどうする?」

「俺たちは、エステン北の森に戻る。仲間が待ってるからな」


「仲間か……」

その一言には、どこか寂しさが滲んでいた。


カイが真剣な眼差しで言う。

「グレーン、頼んでおいて勝手なことを言うようだけど……無理はするなよ。

 王国内には教会派の影響が濃くなっているはずだ。誰がどこでつながっているか、分からないんだ」


「分かっている」


そして、馬小屋から一頭の馬が出され、グレーンはその背にまたがった。

月明かりの中、王城の方角へと駆け出していく。


その背中を、4人はいつまでも見つめていた。

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