141.交渉団
オルガの諜報鳥が夜空を切り裂いて戻って来た瞬間、小屋の空気は一変した。
巻き取った小さな筒を読み終えたヒルダは、指の震えを隠せない。
「王国主力三大師団……総勢三万がランヒルド方面へ進軍中だそうだ」
カイは無意識に拳を握る。木の床板がわずかに鳴った。
「エルフの森を守り切れるのか……くそっ、事前に止める手は……」
沈黙を破ってマリとルカが飛び込んできた。二人とも顔色を無理に奮い立たせている。
「私たちが交渉に行けないかしら。王家とゆかりのある公爵家の名が、まだ通じるはずよ」
「王都に友人もいます。斬り合いになる前に、話を通せれば……!」
だがヒルダとカイは同時に首を振った。
「危険だ。正面から赴けば捕縛か最悪…」
「今の王都は、疑心暗鬼で刃が抜かれている状態だよ」
諦めきれずに俯く二人。重い沈黙。
カイがぽつりと呟く。「俺が行く手もある。転生者の身分を伏せればただの傭兵だ」
ヒルダは息をのんだが、やがて目を細めて首を横に振る。
「あなたは切り札。死んだものとして計算から外れているからこそ意味がある。危険にさらせない」
ルカが意を決して声を上げた。
「……ベンゲル王子、グレーン殿下に会えれば違う道が開くかもしれません」
場にポカンとした空気が流れる。
カイが目を鈍く光る。「あのバカ王子?」
カイにはいい思い出がなかった……
ルカは小さく頷く。「あんな態度だったけど、実は殿下は父上とは違い、民の声を…聞こうとする方でした」
「あのバカに賭けてみるか」カイは立ち上がった。
「行くか。マリ、ルカ、そしてミーア」
マリが涙ぐみながら拳を握る。「絶対に無駄にはしないわ!」
ヒルダはしばし考え、やがて決意を乗せた手を三人の肩へ置いた。
「行くなら徹底的に姿を変えるわ。感知封じの術符も渡す。なにより……無理を感じたら引き返すこと。いいわね?」
四人は同時に頷いた。
月が森を銀色に染める中、変化魔法で髪も輪郭も別人となった四人は、グリフォンの背にまたがった。
カイが羽根を優しく叩く。「頼む――王都まで最速で」
グリフォンが甲高く鳴き、巨大な翼をはためかせる。
離陸の瞬間、マリの腕がカイの胴に回った。震えが伝わる。
「……高いところ、本当は苦手なの」
「大丈夫。落とさない」
ここにも一人高いところがダメな人がいた。
闇を裂く疾風。木々の頂がはるか下へ流れ、星が近づく。
小屋を見送るヒルダは、胸の前で短く祈りを結んだ。
「カイ、早まるなよ。必ず生きて戻ってこいよ」
広間に残ったヒルダ・オルガ・オリビア・キース・カーク。
ヒルダが静かに言う。「私たちは彼らが戻るまでに、迎撃ではなく“抑止”の最終手段を整える。もう時間はないわ」
誰も言葉を返さなかった。返せるはずがない。
しかしその目は、揺らぎのない炎を宿していた。