140.ベンゲル国王
カイたちが剣を振るい、魔法を鍛え、互いの絆を深めているその頃――
王都ベンゲルでは、国王直属の会議室に重苦しい空気が漂っていた。
金の装飾が施された分厚い扉の向こう、集められたのは国王と限られた教会高官、そして軍の幹部たち。外部に漏らされることを前提としない密会だった。
「結局、フォースドラゴンの所在は不明のままか……」
一人の老幹部が深いため息とともに口を開く。
「はい。あらゆる捜索隊を動かしましたが、どこにも痕跡すらありません」
神官服を纏った男が頭を下げた。冷たい汗がこめかみを伝っていた。
「……だが、力を戻しつつあるエルフ族の存在は、確かに無視できない問題だ」
別の男が口を開く。書類を何枚も重ねたまま机に投げるように置いた。
「四大魔女――それにクルド、オリビア……それだけで王国の大師団に匹敵すると言われている。しかも、その一人一人が独立して行動していたにも関わらず、今は、集まりつつあるという報告が上がってきています」
「加えて……」と、神官が言葉を継いだ。
「ある日から突然、他のエルフ族まで、大陸に満ちる高濃度魔素の影響で、強力な術式を扱うようになっていると……」
「そんな状況で黙って見ていろというのか?」
王の重低音が会議室を揺らす。
ベンゲル王は玉座に深く腰かけたまま、手にした金の杯を乱暴に置いた。
液体が跳ね、赤いワインが玉座の絨毯に染み込んでいく。
「このままでは、我らの“計画”に支障をきたす。それだけは、避けねばならん」
王の目は血走り、瞳に映るのはもはや栄光ではなく、焦燥と支配の色だった。
一人の軍司令官が静かに進み出る。
「陛下、では……侵攻の御意志を?」
「それしかあるまい」
王は短く吐き捨てた。
「魔法陣を破壊しければならない。だが、奴ら――エルフたちはそれに気づきつつある。フォースドラゴンを先に奪われたりしたら……我らが築いてきた全てが無に帰す」
「しかし……」
指揮官のひとりが躊躇いがちに言葉を発する。
「問題は、エルフの森の位置が確定していないことにあります。どうやらランヒルドの領内に存在するらしいですが……」
「それがどうした?」
王の声が一層鋭くなる。
「たとえランヒルドの地であろうと、我が軍の歩みは止まらぬ。いかなる反発も力でねじ伏せるまでだ」
「陛下……ランヒルド内には、反王国派の貴族もまだ多く残っております。もし彼らがエルフ側につけば、ランヒルド全土が敵に回る恐れも、それに追随する領土も――」
「ハッ!」
ベンゲル王が笑った。
その笑いには理性も、誇りもなく、ただ己の覇道を疑わぬ傲慢さだけが滲んでいた。
「貴族の一団ごとき、我が軍の数の前には蟻にも及ばん。逆らう者には罰を、従う者には餌を。昔から戦とはそういうものだ」
軍司令官たちは黙り込み、一人、また一人と静かに頭を下げた。
「御意――それでは、選抜軍を派遣いたします」
「よい。配置は任せる。すぐに動け」
王は短く命じると、背もたれに身を預けたまま目を閉じた。
「“あれ”さえ手に入れば、我が王国は真の支配者となるのだ……」
教会の神官が静かに付け加えた。
「“それ”を完全に開放し操作するには、勇者の力がが必要です。可能であれば、エルフの血を飲ませるとより強大な力が得られます――、フォースドラゴンの血なら、なお良い」
「ほう……なるほどな」
ベンゲル王の口元に笑みが浮かぶ。
「四大魔女にクルド……オリビア……そして、フォースドラゴンの人間体。すべては繋がったな」
こうして――エルフの森への軍事侵攻が、静かに決定された。
気づかぬまま剣が研がれ、矢がつがえられ、戦火の種が、燃え始めていた。