139.衝撃
カイの報告が終わると同時に、静寂が落ちた。
マリとルカは椅子の端で肩を寄せ合い、蒼ざめた顔のまま硬直していた。やがて唇を震わせ、溢れた涙が頬をつたうと――
「うそ……私たちの先祖が侵略者……? そんなの、聞いたことない……!」
「どうして……どうして誰も教えてくれなかったの……!」
嗚咽まじりの声が重なり、二人は堪え切れずテーブルに突っ伏した。
ルークとキースは拳を握りしめたまま無言で立ち尽くす。大柄なルークの肩が、小刻みに震えていた。
「私は何を守ろうとしていたのだ……」
呟きというには重すぎる自責の声。カイはそっとルークの背に手を当てた。
「まだ、それが真相だと確定していない」
カイは一人ひとりの顔を見渡し、静かに、しかし力を込めて続ける。
「だが、もし事実だとしても――今、俺らが出来ることは必ずある。各々が考えてほしい。俺は戦いになった時、みんなを守れるようにもっと強くなる!」
歯を食いしばっていたカークがこぶしを突き出す。
「……私もだ。守るべきもののために、剣を振るう覚悟ならとっくに出来てる」
キースも短く頷き、鋭い黄金の瞳に闘志を宿した。
涙を拭ったマリが、赤くなった目でまっすぐカイを見返す。
「私たちも強くなる! この大陸を、みんなを守るために!」
隣のルカも拳を胸元で握り、はっきりと首を縦に振った。
沈んでいた空気を破るように、オルガが朗らかに手を打つ。
「私は四大魔女の一人、マチルダを探しに行くよ。人海戦術は得意分野だから任せといて!」
ヒルダとオリビアが顔を見合わせ、同時に頷いた。
「私たちは、カイが持ち帰った古代文書を徹底的に解析するのね」
「隠された呪式や対抗策、あらゆる情報をぜんぶ洗い出してみせる」
ミーアは慌てて両手を挙げる。
「ぼ、僕ももっと強くなる! ヒルダ母さんみたいに!」
こうして役割が定まり、一同の視線に迷いは消えた。
カイは胸の奥に熱いものがこみ上げるのを感じる――この面子ならきっと道を切り拓ける、と。
それから時は経った。
朝も夜も焚き火の明かりが絶えない小屋では、剣の風切り音と詠唱の響きが交互に鳴り続けた。
キースとカークが打ち合うたび土煙が舞い、ヒルダ・オルガ・オリビアが織り成す多重魔法陣が夜空に瞬き、マリとルカは息を切らしながら魔素の制御を繰り返す。
「さすがだ……」
カイは聖剣ポチの柄を握り直しながら、思わずつぶやいた。講師陣に一切の不安はない。
「俺も負けてられない!」
そんなある日。
ヒルダとオルガは夜更けの窓辺で、古書の山を前に額を寄せ合っていた。燭台の炎が古代文字を照らし、何度目かの夜明けが近づいた頃――
遠方から一羽の小さな鳥が、音もなく滑空してくる。白い羽を持つ伝令鳥だ。
鳥は小屋の柵に止まり、足の細い筒をカタリと鳴らした。
「クルドからだ……!」
ヒルダが小声で告げて筒を外す。中には白紙の羊皮紙。
ヒルダが魔素を注ぐとインクが滲み、玻璃色の文字が浮かびあがった。
そこに書かれていたのは、フォースドラゴン確保、名前はリュシア。
そして、クルドとティリスが導き出した解答が書かれていた。
文章の末尾には、クルドとティリスの連名が添えられている。
ヒルダは黙考し、やがて深く息を吐いた。
「……あとはこちらの動きをどう絞るか、か」
ヒルダの指先が震えているのに気づき、カイがそばへ立つ。
「クルド先生が言ってました。『早まるな』って」
ヒルダはカイの瞳を見つめ、静かに頷いた。
翌朝。
再度事実を伝え聞いたマリとルカは、それでも涙を見せなかった。
胸の奥で炎が灯ったように、二人は剣と杖を握る手にさらに力を込める。
「この世界を守るために戦いましょう!」
マリの言葉が小屋の梁に反響すると、仲間たちは一斉に腰を上げた。