136.リュシアの過去
色々と質問したい気持ちは山ほどあった。
けれど、クルドとティリスは話し合い、焦らず、ゆっくりと時間をかけて聞き出していくことにした。
それは、リュシアの繊細な様子を見て、自然と出てきた決断だった。
目覚めた当初のリュシアは、まるで生まれたての雛のように頼りなく、
何かを怖がるように怯えていたが——今では、エルフの森を少しずつ一人で歩くようになっていた。
日差しの柔らかい午後、森の泉のそばで、三人は並んで座っていた。
リュシアの表情には張りが戻ってきていて、小鳥のさえずりに反応して笑顔を見せることもあった。
そんな時だった。
ふと、リュシアがティリスの腰に差された剣をじっと見つめていた。
ティリスはその視線に気づき、バツが悪そうに慌てて剣をマントで隠した。
「こ、これは食べ物じゃないからね!!!」
とっさの反応に、クルドが吹き出しそうになって口を押さえる。
しかしリュシアは、ゆっくりと首を横に振った。
「それで、誰かを切ったりするの?」
その問いは、まるで心の奥から搾り出すような声だった。
ティリスは一瞬息を呑み、目を見開いた。
だがすぐに、優しく微笑んで、静かに剣に手を添えながら答えた。
「これはね……大事なものを守るためのものなんだ。
決して、誰かを傷つけるためのものじゃないんだよ」
リュシアは、そっと目を伏せた。
その表情は悲しげで、どこか懐かしいものを見ているようだった。
「寝る前に、たくさんの人たちが、それで傷つきあっていて……私、怖くなって……」
ティリスの言葉が、少しだけ彼女の記憶を呼び起こしてしまったのかもしれない。
クルドはそっと間を置き、なるべく優しく問いかけた。
「それで……どうしたの……?」
リュシアは小さく震えながらも、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「気が付いたら、たくさんの人たちが倒れていて……」
ティリスもクルドも、ただ静かに頷くしかなかった。
口を挟めるような空気ではない。聞くこと、それが今の役割だった。
「そして、ローブを着た人たちがたくさん来て……私に……魔法をかけたの……
気が付いたら、この姿になっていたの……」
森の中に風が吹いた。木々がさわさわと揺れたが、三人の間には重たい沈黙が流れていた。
話の内容は曖昧だったが、クルドとティリスには、はっきりと一つの確信が浮かび上がっていた。
「……教会がリュシアを封印したってのは、そういうことだったのね……」
クルドがぽつりとつぶやく。ティリスも、静かに同意するようにうなずいた。
クルドは再び、リュシアの目を見ながら問いかけた。
「それで……リュシアは、なんで寝ていたの?」
リュシアは少し黙っていた。目を閉じて、何かを思い出すかのように顔をしかめる。
やがて、うっすらと目を開いて言った。
「いろんな人たちが、たくさん、私の前に現れて……
その剣や魔法で……私を、イジメたの……」
その言葉は、乾いた声だった。
けれど、クルドとティリスの胸には、重たく響いた。
「……」
「……」
二人は静かに頷いた。返す言葉は見つからなかった。
しばらくして、リュシアはふっと目を逸らした。
その目には「これ以上は話したくない」という意思があった。
クルドはそっと微笑んで言った。
「無理に話さなくていいよ、リュシア。言いたくなった時で、いいからね」
リュシアはクルドの言葉に小さく頷いた。
その目には、うっすらと安心の色が浮かんでいた。
クルドとティリスは思った。
(……私たちが想像していた以上に、彼女はつらい経験をしてきたんだ)
焦らず、責めず、ゆっくりと。
それが、彼女と向き合うたった一つの方法なのだと。
彼女たちは再び、リュシアのそばに静かに寄り添うことを決めたのだった。