表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/219

134.リュシア

海底神殿から飛び立った二人……いや、三人は、取り急ぎエルフの森へと向かっていた。

エルフの森なら、人間族の目に晒されることはない――そう、二人は考えていた。


夜の空を音速に近い速さで飛行するファルコン。その背にはクルドとティリス、そしてマントに包まれた少女がいた。


クルドは少女をしっかりと胸に抱いていた。風を受けてなびく銀髪が、月明かりを浴びて柔らかく光っている。あまりの静けさに、まるで時間が止まっているかのようだった。


そのとき――


「ん……」


クルドの腕の中で、少女のまぶたがピクリと震えた。


「……あら、起きちゃった?」


小声でささやくクルド。


少女はゆっくりと瞳を開いた。目の奥には、まだ眠気と戸惑いが滲んでいる。


「大丈夫?気分は悪くない?」


クルドが優しく問いかけると、少女は小さくうなずいた。


「よかった……」


ティリスもホッとしたように息をついた。背中の風を受けながら、ちらりとクルドと少女の方を振り返る。


「君、名前はわかる?」


クルドが少女の顔をのぞき込みながら、やさしく尋ねる。


「私はクルド。こっちのへらへらしてるのがティリスっていうの」


「へ、へらへらって……僕、ちゃんと真面目にしてるよ?」


ティリスが少し抗議めいた声を上げるが、クルドは軽く笑って無視した。


少女は、数秒考えるように沈黙した後、小さな声で答えた。


「……私の名前は……リュシア……」


「リュシアちゃんね!」


クルドの顔がぱっと明るくなる。


「素敵な名前ね、リュシアちゃんって呼んでいい?」


少女は一瞬だけ戸惑ったが、すぐにこくりとうなずいた。


「うん……クルド……」


初めて名前を呼ばれたことに、クルドの胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた。


「よかった、ちゃんと話せるみたいだね」


ティリスが安心したように微笑む。


「でも……リュシアちゃん、君が“フォースドラゴン”だってこと、覚えてる?」


その言葉に、少女――リュシアはほんの少しだけ表情を曇らせた。


「……なんとなく……わかる……でも……全部じゃない……」


「記憶の一部が封印されてるのかもね」


クルドが静かに言った。


「うん……夢の中で、誰かが……“しばらく眠ってなさい”って言ってた……」


ティリスが眉をひそめる。


「誰かって……まさか、国か、教会の関係者か?」


「わかんない……でも、怖くはなかった……優しかった……でも、悲しそうだった……」


「悲しそう……?」


その言葉に、クルドとティリスは顔を見合わせた。


「それって、本当の敵じゃない可能性もあるってこと……?」


「まだわからないけど……何かあるのは確かだね」


夜風が三人の間を吹き抜けていく。冷たいはずの空気が、今はどこか、優しく感じられた。


クルドはリュシアをもう一度、やさしく抱きしめる。


「大丈夫。もうあなたを一人にはしないから」


リュシアのまぶたが、再びゆっくりと閉じられていった。


「……ありがとう……クルド……」


「うん、おやすみ、リュシアちゃん」


ティリスもそっと微笑みながら、進路を確認した。


「あと一時間もすれば、エルフの森に着く……無事に帰れるといいけどね」


「ええ……きっと大丈夫。私たちが守るんだから」


二人の声を聞きながら、リュシアは眠りについた。

月明かりの下、三人を乗せたファルコンは、静かに夜空を駆け抜けていった――。


……が、次の瞬間だった。


クルドの背筋がゾワリと震えた。


「ん……? なんだか、空気が……冷たい……? というか……」


彼女の視線がふと下へ向く。地面が――いや、雲が――遥か下に見える。


「……ひ、高い……っ!!」


顔面が一瞬で青ざめるクルド。


「ちょ、ちょっと待って!? ここ、どこ!? 空!? 飛んでるの!? 私、空を飛んでるの!?」


「えっ!? 今さら!?」


驚くティリス。


「やっぱりだめぇぇぇええええ!!!!!」


クルドの絶叫が、夜空に響き渡った。


リュシアはそれでもスヤスヤと眠っていた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ