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130.エルフ二人の選択

部屋の空気は、どこか懐かしく、それでいて緊張感をはらんでいた。


クルドとティリス、かつて森で共に育った二人は、こうして久々に同じ空間に立っていた。

ティリスは人間に擬態した姿から、エルフ本来の姿に戻っている。

長く艶やかな銀紫の髪を揺らしながら、彼はゆっくりとクルドの正面の椅子に腰を下ろした。


「……随分と、大きくなったね、クルちゃん」

微笑を浮かべながら、ティリスはふっと軽く息をついた。


「だからその呼び名はやめろって、何度も……!」

クルドは顔を赤くしながら、目を逸らした。懐かしさと気恥ずかしさが入り混じった感情が胸を満たす。


「ふふ、照れてるところは、昔から変わってないね」


クルドは咳払いを一つ。表情を改め、真面目なトーンに戻る。


「……それより、話がある。ここまでの経緯をすべて話すよ」


そして、クルドはこの大陸の状況、フォースドラゴンの封印、スタンハイム王国の不穏な動き、

さらにはエルフの両親との会話の内容まで――すべてを順を追って語り始めた。


ティリスは静かに、真剣な眼差しでそれを聞いていた。

ときに目を細め、ときに頷きながらも、何も言わずに最後まで耳を傾けていた。


「……以上が、今の状況だ。私には、どうしたらいいのかもう……分からない」


クルドが言い終えると、ティリスは立ち上がり、無言のまま彼女のもとへと歩み寄った。

そして、そっと手を伸ばし、クルドの頭をやさしく撫でた。


「エルフで一番の魔法使いが、なんて悲しい顔をしてるんだい」

その言葉には、叱咤でも慰めでもない、穏やかで優しい響きがあった。


「……ティリス……」


「僕はね、今このベンゲルで諜報活動をしてるの。それが、君のためでもあり、僕自身のためでもあるんだよ」


クルドは目を見開く。「……だからこんな街中に?」


ティリスはコクリと頷いた。


「ヒルダちゃんから話を聞いたの。あの子が、ミーアっていう幼いエルフ族の子を連れて、私のところに来てね」

「異世界から来た“転生者”が現れたって聞かされて、すぐに国が動くと察した。だからここで動きを探ってたのさ」


「ヒルダが……」


クルドは思わずつぶやく。その瞬間、胸の奥に小さな炎が灯ったようだった。

彼女もまた、同じようにこの世界を憂い、何かをしようとしている――そう感じられた。


「それで、何か分かったの?」


ティリスは微笑を浮かべたまま、少しだけ首を傾ける。


「うん。クルちゃんの話と合わせると、かなり道筋が見えてきた。結論から言えば――この国は、エルフ族を根絶やしにしようとしている」


「なっ……そんな、あっさりと……おまえは相変わらずエゲツないことをエレガントに言うな……」


「ありがと!」


「褒めてない!」


クルドが眉間にシワを寄せて言い返すと、ティリスはなぜか照れたように目を細めた。


「で、具体的には? いつ攻めてくる?」


「早ければ半年。遅くとも一年以内には動くはず。人間の軍隊ってのは思ってるより速いからね。寿命も短いから急ぐのさ」


「……そうか……」


クルドの顔が険しくなる。時間が、あまりにも足りない。


「何か、止める手段はないのか?」

焦りを含んだ声で、クルドが問う。


ティリスは肩をすくめるようにして、苦笑を浮かべた。


「うーん……人間相手だとね、話し合いで済ませるのは難しい。けど、手がないわけじゃないよ」


「本当か!?」


「うん、あんまり期待はできないけど……例えば、フォースドラゴンを復活させて、その意志を聞くこと」


「ドラゴンの意思を?」


「うん、もしくは見つけて、どこか別の場所で匿うって手もある。こっそりね」


「……私たちも、その結論にたどり着いたわよ……役立たず!」


「ええええ!? なにその言い方ー!!」


ティリスがショックで涙目になる。


「これでも一生懸命考えたんだよぉ……」

しゅんとした表情で、指先をいじりながら肩を落とす。


そんな姿にクルドは苦笑し、そっと彼の頭をなでた。


「ごめん、言いすぎた……ありがとう」


ティリスの顔が少し明るくなる。


部屋の空気が和らいだころ、クルドは静かに言った。


「……でも、本当はこの大陸を捨てたくないんだ」


ティリスも、深くうなずく。


「僕もだよ……。この大地には、たくさんの思い出がある。森も、仲間も、人間だって――すべてが敵なわけじゃない。分かってる」


「そうだよね……悪いのは、王国と教会。奴らさえいなければ……」


ティリスがふと、机の端に置いた古い巻物を手に取る。


「ねぇ、クルちゃん。ドラゴンの眠ってる場所、見に行かない?」


「……そうだな。竜に会おう。そして、直接話そう。まだ希望が残ってるなら、きっと竜が何か教えてくれる」


「え、喋れるの?」


「え? 勝手に喋れると思ってたよ」


「私も!」


二人は顔を見合わせて笑った。


次なる目的地――ナヴィーク大陸最北端、海に沈むという「海底神殿」へ。

彼らの旅が、新たな段階へと動き出そうとしていた。

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