13.魔法ができないなら特技を伸ばせ
「カイ、ちょっと来い」
昼の訓練が終わり、いつものように汗を拭いていたところに、先生――ヒルダの低く重たい声が飛んできた。
俺はタオル片手に振り返る。
「……また怒られるのか?」
心の中でそう呟きながらも、逃げるわけにもいかずに彼女のもとへ向かう。
ヒルダは腕を組んで俺を見据えたあと、静かに口を開いた。
「お前の前にいた世界では、“カラテ”というものを習得したそうだな」
その一言に、俺は内心ビクリとした。――なんで知ってる!?と。
「……それ、フェイが?」
頷くヒルダ。ダ女神、また余計なことを……。
俺はため息をつきながらも説明した。
「一応、学生の頃にやってました。県大会で入賞するくらいには。……でも、魔法とか剣術の世界で空手なんて、役に立たないと思って黙ってました」
ヒルダはしばらく考え込むように目を細めた後、静かに言った。
「そのカラテを極めてみたらどうだ。カラテとは体術のことだろう?」
「たしかに、そうですけど……。なかなか難しいですよ。奥が深くて」
「魔法が苦手なお前なら、体術を伸ばすのが良いかと思う。剣術と体術を融合して、“自分だけの型”を作ってみろ」
「混ぜちゃいますか、剣術と空手……」
想像してみると、なんかワクワクしてきた。
「そうだな。それは面白そうだ。やれるだけやってみろ」
ヒルダは笑わないが、声のトーンが少しだけ優しくなったような気がした。
それからの日々、俺はこれまで以上に訓練に没頭するようになった。
フォースドラゴン討伐――この世界における、いわば“ラスボス”を倒すために。
とはいえ、イメージできるのは人間相手ばかり。見たこともないドラゴンなんて、どんな動きをするかも分からない。
一度でいいから、実物を見てみたいもんだ。
剣術の練習は、もっぱらダ女神フェイが相手だった。
彼女は真剣を持ち出してくる癖に、「死なないから大丈夫♪」なんて軽く言ってくる。
「いや、死ななくても痛いんだよ……!」
こっちが切るたびに「ギャァァァッ!」とか「いったあああい!!」とか騒ぐので、むしろやりづらい。
女神ってのは、何なんだ。死なないけど痛覚はあるとか、ややこしすぎる。
しかもこの女神、フェイントというフェイントに全て引っかかる。
剣を振るうとき、わざと目線を逸らすだけで、
「はっ!?そっちかっ!?……って、ええ!?こっちぃ!?ズルい!!」
なんて叫んでくる始末だ。
こりゃだめだ、と心底思う。神様からのギフトでドラゴン倒してくれねぇかな?とも思ったが――
この女神は、やっぱりダメだ。ダ女神の名に恥じない逸材だ。
地道な練習が続くが、前の世界に比べて成長速度は目に見えて早い。
筋肉は明らかにつき、握力も増した。
ついには、木製の練習剣の柄を握っただけで、粉々に粉砕してしまうほどになった。
「……あ、またやった」
ヒルダが無言で木屑を掃きながら、「次は鉄にしよう」とボソッとつぶやいたのを聞いて、俺は小さく頷いた。
魔法の練習も、一応毎日欠かさずやっている。
使えるのは、唯一――“プチファイア”だけ。
焚き火の着火ぐらいしか役に立たない。けど、諦める気はない。俺はいつか魔法が使えるようになると信じている。
体術の稽古は、今では3体のゴーレムン相手に組手形式で行っている。
奴らは容赦がない。油断すればボコボコにされるし、腹に入る一撃はマジで痛い。
けど、それだけ鍛えられる。まるで、RPGゲームでレベル上げをしているような感覚だった。
俺のプレイスタイルは昔から決まってる。
ギリギリ攻略なんてしない。
安全策を取り、雑魚を何十匹と狩り、経験値を積んでからダンジョンに挑むタイプだ。
チマチマしてるって言われたこともあるが、俺にはそれが合ってる。派手じゃないけど、着実に強くなる。
それが俺だ。
だが――。
どこまで強くなれば、ドラゴンに勝てるのか?
俺は今どれぐらい強くなったのか?
それが分からず、どこかモヤモヤしていた。
そんなある日。ヒルダが一枚の紙を俺に差し出してきた。
「カイ。これ、見てみろ」
それはエステンの町で開催される**総合武術大会「モンスター」**の広告だった。
剣術、体術、魔術、なんでもアリのガチ格闘大会。
優勝者には賞金と、王都で開催される大会への出場権が与えられるらしい。
「……ひょっとして、賞金目当て?」
そう言った瞬間、視界がグラリと傾いた。
「ぶふっ!」
再び、目の前に星が飛ぶ。ヒルダのチョップ……痛い。
「毎日、同じ訓練で飽きてきただろう」
ヒルダが真顔で言う。
(……いや、別に飽きてはないが)
「いえ、飽きてませんよ。むしろ調子出てきましたし」
俺が本心を伝えると、ヒルダの眉がぴくりと動いた。
「飽きただろ。最近の稽古、タルんでる。間違いない」
彼女の目が一層鋭くなる。
(……言わせねぇ気だな)
「……分かりました。出場しますよ」
俺が折れると、ヒルダは満足そうに頷いた。
「大会は来週だ。明日から町へ出て、準備を整えるといい」
「また急な話ですねぇ……」
俺がそう呟くと、遠くで雑巾を抱えたダ女神が
「え?旅行!?あちきも行くーーーー!!」
と叫んでいた。