128.ランヒルド
レクサイドから北東へ向かう、果てしない砂漠地帯――。
いくら地上最速と呼ばれるフェンリルといえど、その大地を走破するには三日を要した。
「……ご苦労だったな、ジール。また呼ぶからな」
クルドがそう声をかけると、フェンリル――名をジールという白き獣は、名残惜しげにその巨大な身体を揺らしながら、甘えるような声で鳴いた。
その声は、どこか子どものように優しく、旅路を共にした絆の深さを物語っていた。
魔法陣の光とともに、ジールが姿を消す。
クルドは名残を惜しみつつ、前を見据える。
ナヴィーク大陸の北東部――海風が吹き、豊かな森が広がる地。
ここは《ランヒルド》と呼ばれる土地であった。
「……さすがに、ここまで来ると魔素が薄いな……」
クルドはあたりを見回す。大陸の中心部とは違い、この地は魔素の濃度が非常に薄く、魔法の反応が鈍い。だがそれゆえに、戦火に巻き込まれることも少なく、穏やかな空気が流れていた。
ランヒルドは、エステンの大森林よりも広大な森を擁する地。
南側は古代樹がそびえる森林地帯、北側は青く果てしない海に面しており、自然の恵みに満ちていた。
メインの町には人間族が多く住まうが、森の奥にはエルフたちが静かに暮らしている。
時に交わり、時に距離を保ちながら、二つの文化は長い年月をかけて共存を築いていた。
「久々に来たな……ランヒルド……。奴らは元気にしているかな」
懐かしそうに独りごちるクルドは、そのまま町へと足を踏み入れた。
ランヒルドの街並みは、赤い屋根と水色の壁が整然と並ぶ、美しい景観を保っていた。
海風が吹き抜ける細い路地には干した魚が並び、通りには森から採れた薬草や果物が売られている。
漁と森の恵み――二つの自然を糧に生きるこの町には、独特のたくましさと温かみがあった。
クルドは人混みを避け、ゆっくりと町を歩く。
(ここで何か手がかりが見つかればいいのだが……。今は、やつらとの再会が先だな)
その瞳に、静かだが確かな決意が宿る。
彼が目指すのは、この町の外れにある、隠された“森の道”――
かつての仲間、そしてエルフ族の古き友人たちのもとへ。