126.レクサイドの朝
レクサイドの朝――
いや、正確にはエルフの森の朝日が、寝室の丸い窓からそっと差し込んでいた。
「……朝か」
カイは静かに身体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。
眠気が残る頭のまま、キッチンに向かうと、昨夜作ったシチューの残りを火にかける。
硬い白いパンを数枚カットして、フライパンでこんがりと焦げ目をつけた。
ベーコンらしき肉を焼き、そこに卵を落とし、香ばしい音が部屋に広がる。
飲み物は紅茶。カップに注いで湯気が立つ。
すべてをダイニングに運び終えると、ちょうど寝起きのクルドが寝室から出てきた。
「おはようございます。さあ、朝ごはんを食べましょう」
目をこすりながら匂いに気づいたクルドは、一瞬にして目を輝かせた。
「カイのごはんは美味しいからなぁ……いくらでも食べられる!」
昨夜のシチューにすっかり虜になっていたクルドは、喜々として椅子に座った。
その様子を見て、カイは小さく笑った。
朝食を終えると、穏やかな時間が流れた。
だが、二人の頭の中には同じ問いが渦巻いていた――これからどう動くべきか。
先に口を開いたのはカイだった。
「……あの資料を、ヒルダ先生に届けようと思います」
「そうか。いい考えだ。私も、そう考えていた」
クルドは頷き、ふと目を細めた。
そして、まっすぐな視線でカイを見つめる。
「ここで別れよう」
「……一緒に行かないんですか?」
クルドは椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩きながら答えた。
「フォースドラゴン復活の前に、あの国――スタンハイム王国が大人しくしていると思うか?」
「それは……どういうことでしょうか?」
「これは私の勘にすぎん。だが――また、エルフ族に戦争を仕掛けてくる気がする」
クルドの口調は静かだったが、その言葉には確かな重みがあった。
「一時は力を失いかけていたエルフ族だが、ここ数百年で少しずつ仲間を集めてきた。
誘拐された子供たちも取り戻し、かつての力を取り戻しつつある。
だが、それが王国にとっては“脅威”に映る。そうなれば、動かないわけがない」
カイは口を噤んだまま考える。
「もし……もし本当に戦争になったら、エルフ族に勝ち目はあるんですか?」
「勝ち目か……正直なところ、今の人間族には勝てん」
「それなら、戦争を回避する方法を考えた方がいいんじゃ……」
「今の王国と教会の軍の規模は、おそらく数千万。対するエルフ族は、よく集まっても数万……」
「どう考えても……勝ち目はないですね」
クルドの目が鋭くなる。
「だからこそ、私は同胞たちと、仲間になり得る者たちに話を通す。
お前は、資料を持ってヒルダのもとへ行け」
カイは小さく頷く。
「全面戦争になれば、どれほど仲間を集めようと勝機は薄い。
だが、悪を野放しにもできん……」
クルドの表情は冷静だったが、その目の奥には怒りの炎が灯っていた。
「カイ、よく聞け。間違っても、こちらから先制攻撃など考えるな。
ヒルダにもきつく言っておけ。我々は争いを望まぬ。話し合いで、平和的に終わらせるのだ」
「……わかりました」
カイは真剣な表情で頷き、静かに支度を始めた。
行き先は――呪いの森。
そして、次なる手がかりが眠るヒルダのもとへ。