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124.空の覇者

 背後から、あたたかな手がそっと背中を押した。


 「……よく考えた。お前も、少しは成長したな」


 クルドの声は、まるで穏やかな風のようだった。


 カイは目を細めて、黙ってうなずいた。背中に残るその手の重みが、不思議と心に沁みた。


 「さて、もう充分だろう。ここを出るぞ」


 「はい」


 膨大な文献と遺物、石板、巻物――すべてを魔法袋に詰め込む。

 重みも重量も感じないはずのその袋が、やけにずっしりと感じられた。


 石碑の間を抜け、崩れかけた通路を戻る。

 やがて地上の光が差し込んだ瞬間、まぶしさに目を細めた。


 「うわっ……」

 「……陽射しがきついな」


 熱風が顔をなで、砂漠の乾いた匂いが鼻をくすぐる。

 さっきまでいた地下とはまるで別世界のようだ。

 暑さすら、どこか心地よく感じる。


 「空気が……うまいですね」

 「かび臭さが抜けて、まともに呼吸できるわ」


 しばし砂地に腰を下ろし、空を見上げる。

 陽は高く、空はどこまでも青い。


 「先生、グリフォンに乗って帰るのはどうでしょうか?」


 その提案に、クルドがぴたりと動きを止めた。


 「……ほう」


 顔はいつものままだが、目の奥が泳いでいる。


 「じゃあ、呼びますね」


 カイは楽しげにグリフォンの名前を呼ぶ。

 砂を巻き上げて、光の粒子が現れると、威風堂々たる翼が天を切り裂くように舞い降りた。


 「よし、乗るぞ」


 カイはグリフォンの背に軽やかにまたがる。

 だが、クルドはその場から動こうとしない。


 「先生? どうしました?」


 「……本当に、グリフォンで帰るのか?」


 「ええ、すぐですし」


 そのやりとりを聞いていたグリフォンも、誇らしげに翼を広げて吠えるように鳴いた。


 カイの口元に、ゆっくりと意地悪な笑みが浮かぶ。


 「もしかして……高いところ、ダメだったりします?」


 「バカ言え! そんなわけあるか!」


 やけに語気の強い返しとともに、クルドはグリフォンの背に不自然なぎこちなさで乗り込む。


 「じゃあ、出発です。頼むよ、グリフォン!」


 カイが軽く合図を送ると、グリフォンは砂を蹴り、ふわりと空へ舞い上がった。


 地上の熱が離れていく。風が肌をなで、空気は冷たくなっていく。


 カイは後ろを振り返り、グリフォンの背にしがみつくようなクルドの姿を見て思わず笑いそうになった。


 ――あっという間に、レクサイドの町が視界に入る。


 「グリフォン、ありがとう。また頼むよ」


 着地と同時に、グリフォンは静かに光へと還り、その姿を消した。


 その横で、カイがふとクルドを見た――


 「せ、先生……?」


 地面に膝をつき、顔面蒼白、そして……


 「うっ……おえええええぇぇぇ……」


 空の覇者に乗ったとは思えぬ有様で、クルドが盛大に吐いていた。


 「……ああ、世界最強と呼ばれる魔法使いでも、苦手はあるんだな……」


 カイは苦笑しながら、そっと背中をさすった。


 それからふたりは、いつものように肩を並べて、クルドの住む家へと歩き出した。


 空は夕暮れに染まりはじめ、オレンジの光が砂の街に柔らかく降りていた――。

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