122.真相
カイは革表紙の日記を胸に抱え、深く息を吸った。
乾いたインクの匂いが砂と混ざり、ほのかに甘い。ページをめくり、静かに声に出す。
「俺が体験したこと、聞いたこと、見たことを思いつく限り綴る」
――「カツ丼を食べた。気付いたら白い空間で“召喚”されていた。
呼んだのは、人間族の王宮と教会だ。だが連中は、俺に『特化した能力がない』とわかるなり、 下級市民の身分を与えて城から追放した」――
ページをめくる指先が震える。続きを読んだ。
――「この大陸には二つの大きな勢力がある。
◆《人間族》――遠い海の彼方から渡来し、今は“王国”と“教会”を頂点に据える。
◆《エルフ族と原住人》――太古からこの大陸を守り、フォースドラゴンを守護してきた。
エルフは争いを望まず、人間族と和平交渉を結んだ。
人間族は〈現代武器〉を、エルフは〈魔法〉を交換し合った――はずだった」――
カイは思わず拳を握り込む。
日記の文字はなお饒舌に過去を暴いていく。
――「人間族は約束を破った。
大陸特有の高濃度魔素を利用し〈魔法大師団〉を創設、世界征服を企てた。
抗議するエルフを黙らせるため、幼い子どもを人質に取り、エルフ側に呪い入りの武具を渡して反乱を誘った。
第一次大戦。エルフは“魔法を奪う呪い”に嵌められ、森へと追われた。
人間族はついにフォースドラゴン討伐を試みたが、召喚勇者の力不足で失敗。
討伐の代わりに封印を選び、その解呪に二千年かかることを知ると、歴史を改竄して自分たちを“正義”に塗り替えた」
クルドが眉をひそめる。
「……王国の正史とは真逆だな」
カイはさらに読み進める。
――「封印から時を経て、王国は内乱を起こし、 現王家〈ベンゲル〉が旧王家を追放。“旧王家=魔王”と捏造し、教会の権威で民を操った。
都合の悪い記憶を持つ者は、ベンゲル領の砂漠――“グリフォンの巣”の地下神殿に連行され、財を没収され、その場で処刑された。
俺もその一人だ。彼らには読めない文字で、ここに真実を残す」――
カイは最後のページをそっとなぞる。
――「もしこれを読む者がいるなら、それはきっと“カツ丼”を食べ間違えて転生させられた日本人だろう。
この世界は甘くない。困っている者がいたら、力を貸してやってくれ。俺には何も出来なかった。
……それにしても、転生者は死んだあと、どこへ行くのだろう?」――
ページを閉じた瞬間、薄闇に火がともるように胸が熱くなる。
クルドが低く呟いた。
「侵略の史実、ドラゴン封印の真相、そして“魔王”でっち上げのからくり……全部つながったな」
カイは日記を抱き直す。
「アスマ……俺はあなたの無念を、ここで終わらせない。 ドラゴンを守り、嘘の歴史をひっくり返してみせる」
クルドはゆっくりと立ち上がり、砂を払う。
「小僧。王国と教会が再び勇者召喚を進めているのは確実だ。 」
カイが頷く、そしてクルドが重い空気を吐き出すように言う。
「フォースドラゴンの封印が解ける前に、王国を潰すか、フォースドラゴン復活後に、王国を潰すか、だ」
どちらにしても、王国討伐だ。
握る聖剣ポチが震える。
地下神殿の静寂が、決意を飲み込み、深く鳴った。
カイは聖剣ポチを背負い直し、闇の先へと足を踏み出した。