121.古の書物
重く沈んだ空気の中、カイは神殿――いや、牢獄を彷徨っていた。
「やっぱり……どこにも牢屋がない」
装飾の華やかさとは裏腹に、この場所には“収容”のための空間が存在しない。
あったのは、処刑のための装置と、無造作に投げ込まれた財宝の山。
「投獄なんてされてなかったんだ。ここに連れてこられた時点で……処刑されてたんだ」
それが、王家の敵に対する対応だったのだろう。情報を外に漏らすことなく、財産を剥ぎ取り、静かに葬る。
すべてを封じた――“永遠の墓標”として。
その時だった。
「小僧、これを見ろ」
クルドが重い書物を抱えて現れた。表紙は革張りで、古びてはいたが丁寧に保管されていたようだった。
手渡された本をカイが受け取る。表紙に刻まれた金文字を読み上げた。
「《世界史》……? 著者は……アスマ……?」
首をかしげてクルドを見る。
「先生、この本……なんなんですか?」
「その文字が読めるということは、書いたのは転生者だろうな」
「――!」
カイははっと息をのんだ。アスマという名が、どこか懐かしく、確かに“日本”を思わせた。
「アスマ……日本人の名前だ。きっとそうだ……」
「“ニホンジン”? それはお前の元の国の名か?」
「はい。私が転生する前にいた国――日本。民族名のようなものです」
「……なるほど。では、この“アスマ”という者も、遥か昔にこの世界に来た“旅人”ということだな」
カイは本を丁寧に開き、ぱらぱらと数ページをめくっていく。
「先生……これ、日記です」
クルドが目を細めた。
「日記? 世界史という名前にしては、変わっておるな……それで、何が書かれている?」
カイは息を整え、最初のページに目を通した。
そして――読み始める。
遥か昔、異界から来た“転生者アスマ”が遺した記録。
それは、この世界における“真実”に繋がる、最初の鍵だった――。