12.やっと出来た目標
薄暗い天井を見上げながら、俺は目を覚ました。
そしてすぐに異様な光景が目に入ってきた。
「ん……? あれ、フェイ……?」
そこには――銀髪をポニーテールでまとめた、見覚えのある女――もといダ女神フェイが、腰を曲げて雑巾を両手で握り締め、床をゴシゴシと磨いていた。
しかも、やたら姿勢が良い。無駄に丁寧。なんだ、これ?
「ぷぷっ!」
思わず笑いが漏れた。
「いま、あちきを見て笑ったでしょ!!」
ばっと顔を上げて、フェイ――いや、ダ女神が赤くなってこちらを睨んできた。額にはうっすらと汗、胸元は相変わらずはち切れそうで、掃除に向いてない格好No.1だった。
「いやいや、だって……女神さまが雑巾がけしてるとか、反則でしょ……ぷっ、ぷははっ!」
「ちくしょぉぉぉーーーー!!」
悔しそうに、雑巾を口にくわえて歯を食いしばるダ女神。その姿はどこか犬っぽくもあって、余計に笑いを誘った。
後でヒルダから聞いたところによると――訓練でゴーレムンにのされて、気絶している間に、いろいろ話し合いがあったそうだ。
天界に帰れっていう話になったけど、フェイ……いや、ダ女神がどうやら帰れなくなっていたらしい。
「天界ネットワークにブロックされた」とか言ってたらしいが、つまりは、
「お前のケツはお前で拭け」
ということになったらしい。
フォースドラゴン討伐まで、ダ女神は帰還禁止処分――堕天扱い。
神様ってのも、大変な職業だ。
「それでさ、俺がフォースドラゴンを討伐するって話なんだけどさ」
俺がそう言うと、ダ女神は雑巾がけの手を止め、少しだけうつむいた。
「ううん……それは違うの。討伐するのは、別の勇者よ。ちゃんと“ドラゴン担当”の女神が召喚済みよ」
「じゃあ俺は?」
「その補佐……というか、まぁお手伝い?」
「お手伝い!? パシリ!?」
「ち、ちがうわよっ!」
少し目を泳がせながらも、誤魔化そうとするダ女神。
まぁでも、この世界で目標ができたのは事実だ。今まで訓練はしてたけど、何のためにやってるのか分からなかった。でも、ようやく理由ができた。
「やっとできたよ、目標がさ・・・お手伝いだけど・・・」
数刻後。俺は縁側で風に当たっていたが、ふと思い出したことを口にした。
「ところでさ、フェイ。俺、魔法が使えないんだけど、それってどういうこと?」
ダ女神は顔を上げ、まるで“え、それ今言う?”みたいな顔をした。
「魔法が使えない……? ちょっと見せてみて」
ダ女神はゆっくり立ち上がり、俺の前にやってくる。手のひらから青白い神聖な光が生まれ、俺の胸元をなぞるように移動していく。
「うおっ、なんかくすぐったいな……」
そのとき、ダ女神の表情が固まった。
「ん? どうした、ダ女神?」
「フェイちゃん、またなんかやらかした?」
「わ、私のせいじゃないもん!!」
一歩下がるダ女神、顔は真っ青。
「……まさか、また……」
「このおっぱい女神が!!」
「だれがGカップ美巨乳ダ女神だってのよ!!」
(いやいや、間違ってないし……なんなら誇張もしてない)
「で、どうなってんの? なんで魔法が使えないわけ?」
ダ女神は口ごもりながら言った。
「あのね……ほんとに言いにくいんだけど……」
「いいよ、言ってみな? おじさん怒らないから」
「……転生時に、ちょっとだけ……間違えて転生させちゃったの……」
「おいぃぃぃ!!!!!???」
「本当は、隣にいた人を召喚する予定だったんだけど、カイを巻き込んじゃったの……」
「で?」
「で……転生のとき、なんか異物があって……その影響で魔法特性が転送されなかったみたい……」
「異物? もしかして……カツ丼か?」
「そうです! カツ丼です! それが魔力の流れを……」
「威張るなよ! このバカチンがぁぁぁぁ!!!!」
「つまり、俺はずっと魔法が使えないってことか?」
「はい、たぶん……無理です……」
「女神だろ!? なんとかできないのかよ!」
「できねーっス!!」
「でもね!」フェイが顔を上げて言う。
「元の世界にいるカイは、魔法が使えるはずよ!」
「……ちょっと待てい! そっちの俺、まだ存在してるのか!?」
「はい、あなたは“半分ぐらいだけ”転送されたの」
「ぐらいってなんだよ、ぐらいって!」
「だから、年齢も体力も半分くらい……でも、魂のつながりはあるから、こっちのカイが死んだら向こうのカイも死ぬの」
「え? ってことは、あっちの俺が死んだら……?」
「それは関係ないです」
「なんでだよ! ややこしいだろ!」
「でもでも、こっちであなたがパワーアップすれば、あっちのあなたも強くなるの!」
「なんだそれ!」
「これは、神様からのギフトというか……謝罪ってことで……」
「こっちの俺に直接謝れよ!!!」
「ごめんなさいいいいいい!」
俺は頭を抱えて空を仰ぐ。
あぁぁぁぁぁぁあ、
ほんと、ダメだこの女神。――ダ女神だ。