116.古代のなぞなぞ
渓谷を拳で貫き続けた末、カイとクルドはとうとう地下王墓の最外縁――
半球状の巨大岩室へと辿り着いた。
足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気に汗が奪われ、
埃と苔のにおいが鼻腔を刺激する。
岩を伝う結露が、ぽたり、ぽたりと落ちる音だけが響く薄闇だった。
中央には、漆黒の光を帯びた巨大な石碑が鎮座していた。
三メートル以上もある黒曜石の板には、蛇の骨か竜の背骨のような曲線文字がびっしりと彫られている。
表面からは淡い蒼光が脈打つように漏れており、ただの記録物ではないことが明らかだった。
「うわ……不気味だけどカッコいいな」
「“古代語でもない。私ほど生きても見覚えがないとは珍しいぞ」
その言葉に、カイの背筋には嫌な汗が流れた。
何とか読み解こうと、二人は碑の周囲を歩きまわったが何も出なかった。
ヒントも得られない。
「先生、壁なら殴れば割れますよ? 碑も思い切って――」
「拳で砕けぬ知恵もあるのだ。まずは頭を使え、小僧」
苛立ちを見せずに、クルドは岩床に腰を下ろし腕を組んだ。
カイも真似て胡坐をかき、ひたすら碑をにらんだ。
……十分後。
「う゛ーん! まったくわかんねー! お手上げだー!」
ついに音を上げ、大の字になって寝転がる。
その瞬間、天地が逆さになった視界に、不思議な変化が起こった。
曲線文字が奇妙に重なり合い、別の記号――見覚えのある“言葉”へと変じたのだ。
「……あれ? 先生! 逆さに見ると読めます!」
「ほう、どれどれ?」
カイがゆっくりと読み上げた。
「かたらいは ひとりではできず
わらいごえも ひとではならず
めに見えぬ いとといとで
むすばれている
こころとこころを あたためあう」
「……『かたらいは ひとりではできず わらいごえも ひとではならず――』」
寝転んだまま、カイはゆっくりと詠み上げていく。
クルドも横に転がり、見上げた。
「“目に見えぬ糸と糸で 結ばれている 心と心を 温めあう”……か。詩のようだな」
二人は顔を見合わせた。
カイがはっと閃いた。
「友……?」
クルドも大きく頷いた。
「恐らく“答え”は友という概念だ」
クルドはゆっくりと立ち上がる。魔素の脈を読むように掌を掲げた。
「王墓を守る封印は、“孤独な賢者には扉を開かせない”と刻んでいる。だが、友を想い・友を呼ぶ心があれば道を示す……そんな古い契約魔法だ」
カイは思い出す。遠い地で鍛錬に励む仲間たち。
マリの笑顔、ルカの静かな眼差し、ミーアのあたたかな愛情、カークの真っ直ぐな剣――。
「――俺は、一人じゃない」
ぽつりと漏れた言葉に、石碑の光が瞬く。
ゴウン……! 石碑の下部がせり上がり、隠された階段が真横に滑るように現れる。
「正解だ、小僧。“友”――それが鍵だったらしい」
成り行きを理解しきれないままのカイは頬をかきながらも笑った。
「なんだ、俺の“自慢の友だち”が暗号を解いてくれたってわけか」
クルドは鼻で笑い、マントを翻す。
「さあ、王家の霊廟の本丸はその先だ。まだ呪いは生きているぞ。息を抜くな」
カイは聖剣ポチの柄を握り直すと、大階段へと足を踏み入れた。