115.王家の迷路
重たい空気の中、カイとクルドは古王家の墓所――
巨大グリフォン像の下にある地下階段を、慎重に降りていった。
「……空気が……くさっ……」
カイが思わず口を押える。
鼻に突き刺さるようなカビ臭さと、鉄のような血のにおいが混ざり合っていた。
「ここ、ヤバいですね……先生」
クルドは短く頷く。
「……そうだな。人が踏み入れてはならぬ場所だったのかもしれん」
まるで地下そのものが、訪れた者に警告を発しているかのようだった。
「この空気……喉の奥が痛い……」
「状態異常を解除する魔法をかけておこう。効き目は薄いが、ないよりマシだ」
クルドが杖を掲げ、淡い緑色の光が二人の身体を包んだ。
――この墓所には、魔法の効果を半減させる呪いがかかっている。
だが、それでもなお、クルドの魔力は桁違いだった。
カイは咳き込みながらも、喉の痛みがすっと引いていくのを感じた。
「さすが、クルド先生……」
「さあ、進むぞ」
階段をさらに降りる。
やがて、壁や床の様子が変わりはじめた。
それまでの武骨な石造りから、装飾された人工的な通路へと切り替わったのだ。
「……雰囲気、変わりましたね」
通路の壁には、風化しかけたレリーフや、王冠を被った人物の彫像が並んでいた。
どれも口を閉じ、眼だけがこちらを見つめているような、不気味さを持っていた。
数時間が経過していた。
降り続けるはずの階段も、行き止まりも見当たらない。
ただ延々と続く一本道。
「なんか、変ですね……」
カイがつぶやくと、クルドが足を止めた。
「……おかしい。これは、通路自体が動いているのではないか?」
そう言って、クルドは通路の曲がり角の壁に短剣で傷を刻んだ。
そして、再び同じような通路を歩き出す――
十分ほど歩いたところで、カイが足を止めた。
「……先生、あれ!」
カイが指差す先には、さっきクルドがつけた短剣の傷が。
だがそれは、もともと右側につけたはずが、左側に現れていた。
「やはり……空間が循環している。同じ場所をぐるぐると回されているようだ」
「じゃあ、進みようがないってことですか……?」
クルドは腕を組み、唸る。
「もしこれが幻影魔法の類であれば、打ち消しの魔法で何とかなるが……。
この呪いの空間で魔力が半減している。しかも、空間そのものが広すぎる」
カイも、途方に暮れるように肩を落とした。
しばしの沈黙が続く。
だが、ふとカイの顔に影が差した。
「……あれ?」
「どうした、小僧」
「いや、なんか……似たようなこと前にもあったような……」
――迷宮で、出口のない通路を無理やり突破したあのときの感覚。
その記憶に突き動かされるように、カイは通路の壁に向かって立ち上がった。
「えいっ!」
右拳にありったけの魔素を込めて、渾身のストレートパンチを叩き込む。
――ドガァンッ!!
壁に大きなひびが走り、崩れ落ちた。
舞い上がる砂煙の中、ほんのわずかに、別の空間が向こうにあるのが見えた。
「やった……!」
「やるな、小僧」
クルドが笑う。
「このまま墓の中心部へと向かおう」
「はい!」
カイの拳が、再び赤く燃え上がる。