112.グリフォンのなかのグリフォン
渓谷に静けさが戻ったあと――
クルドが満足げに、グリフォンの翼に手を添えた。
「……まさか本当に、従魔にしてしまうとはな」
その言葉に、カイは苦笑いを浮かべる。
「やってみないと、わからないもんですね……」
すると、クルドがふと思いついたように言った。
「そうだ、小僧。こいつに名前をつけてやれ」
「えっ?名前……ですか?」
「当然だ。こいつは今、新しい主と契約を結び、“第二の生”を歩もうとしている。その門出には名前がいる。名は力だ。魂の在り方すら変えるぞ」
言われて、カイは慌てた。
(な、名前か……)
脳裏に浮かぶ、あの時の苦い記憶。
「ポチ……」
(あれも……適当すぎたな……)
悩む。迷う。考える。
でも浮かばない。
その時間、約15秒。
そしてカイは、絞り出すように口を開いた。
「……よし!お前の名前は――グリフォンだ!」
「……え?」
クルドがまばたきを止めた。
「え?それ、種族名そのまんまじゃないか」
「だ、だめですか……?」
「いや、ダメじゃないが……もっとこう、オリジナルというか、ヒネリが……」
その瞬間、グリフォンの身体が眩い光に包まれた。
「お、おおっ!?!?」
驚きの声を上げるクルド。
グリフォンは翼を高く広げ、まるで天を抱くように空を仰ぎ、**「ギャオオオオオ!!」**と雄叫びをあげた。
「これで……いいのか……?」
クルドの顔が微妙にひきつる。
「……グリフォン、よろしくな」
そうカイが声をかけると――
今度はカイの身体が淡い光を放ち始めた。
「……!?」
カイのリストバンドの魔素カプセルから、残りのエネルギーが解放され、さらにカイの身体からも魔素が流れ出し、グリフォンへと吸い込まれていく。
その瞬間、グリフォンは再び翼を高く掲げ、咆哮した。
「ギャアァァァァァ!!!」
風が巻き、砂が舞い、渓谷の岩肌が震えた。
クルドは、ぽかんと口を開けていたが、ふと我に返る。
「……まったく、お前ってやつは、驚かせてばかりだな」
静まった風の中、クルドが感慨深げに言う。
「お前との従魔契約、そして“名”を授けたことで……このグリフォンはさらに強くなったぞ」
「え!? そんなことで?」
「名を持つことで、魔物は“個”となる。そして“個”となった時、限界を超える力を得る。
この世界では、名を持つことは祝福そのものなんだよ」
「ほえぇ……」
カイは感心したようにうなずくが――
次の瞬間、ばたりと前のめりに倒れた。
「……あれ?」
「魔素を全部使い果たしたか」
「そ、そうなんですか……ぐぅ……」
そのまま、砂の上で眠るカイ。
クルドは苦笑して、グリフォンに目配せをした。
「……さて、小僧を運ぶのはお前の役目だな、グリフォン」
グリフォンは優しくうなずくように首を傾け、
翼でそっとカイを包み込んだ。
と、思った瞬間
グリフォンは大きなくちばしで、カイの頭をつかんだ
くちばしから身体がダラリとするカイ。
「お、おまえ………名前嫌だったのか?」
――こうして、「空の王者グリフォン」はカイの名を受け取り、主従の契りを結んだのだった。