111.空の王者
カイの振り下ろした一閃が、大地を割った。
閃光と共に剣が走った裂け目を見て、空を覆っていたグリフォンたちが一斉に距離を取る。
警戒心が、風のように渓谷中に広がっていく。
だが――
その群れの中から、ひときわ巨大な影が、堂々とこちらへと向かってきていた。
他の個体より二回り、いや、三回りは大きい。
まるで、空そのものを従えるような威圧感。
気づいたクルドが叫ぶ。
「来たぞ、小僧!空の王――グリフォンの“主”だ!」
その一言に、カイの背筋が震える。
目の前に迫る、空の支配者。
「屈服させろ……それができれば、貴様は“空”を手に入れる!」
その言葉にカイは、もう一度聖剣ポチを握り直した。
(やるしかない……!)
――魔素、注入。
「もっとだ……まだいける……!」
青→赤→白――
剣が再び共鳴し、刃が膨れ上がる。
次の瞬間。
カイの瞳が鋭く見開かれた。
「今だ――!」
音すら裂く速度で、カイが剣を振り下ろす!
衝撃。
空の主が展開した防御結界を、聖剣ポチが貫いた。
ズバァァァァァッ!!!
結界ごと、グリフォンの胸に深く斬り裂かれた傷が走る。
「グギャァァァァァァァ!!」
聞いたこともない――怒りと痛みを混ぜたような、雄叫び。
渓谷中のグリフォンたちが反応し、一斉に空を舞いだす。
空が暗く染まる。
その群れが、まるで獲物を狩るように、旋回を始めた。
「クルド先生っ!!」
「油断するなカイ!あの数、同時に来られたら終わりだ!」
カイは再び、魔素を剣へと注ぐ。
だが、ブレスレットに取り付けられた魔素カプセル――
三つのうち、二つはすでに空。
「次が……最後の一撃になる……!」
そのときだった。
地に倒れ伏していた空の主が、吠えた。
「ギャオオオオオオオオッ!!」
その咆哮に、大地が震え、雲が揺れた。
カイも、本能で分かるほどに――これは“王”の声だ。
すると、空にいたすべてのグリフォンが旋回をやめ、静かに渓谷の奥へと去っていった。
「……助かった、のか……?」
息を切らしながらも、剣を握るカイ。
目を向けると、地面に倒れていたグリフォンの主が、ぐったりと横たわっていた。
「クルド先生!こいつを……治療してもらえませんか!」
クルドは一瞬、黙り込む。
「治せば、反撃されるぞ。それでもいいのか?」
「かまいません!」
即答だった。
「……ったく、甘いやつだ」
そうぼやきながらも、クルドは治癒魔法を発動した。
淡い光が、グリフォンの大きな身体を包む。
裂けた胸が癒え、傷ついた翼が元の美しさを取り戻していく――
治癒が終わる頃、カイは再び聖剣ポチを構え、こう言った。
「さあ、グリフォン……もう一発、いけるぞ?」
挑戦するような笑みを浮かべるカイ。
すると――
グリフォンがゆっくりと、立ち上がった。
鋭い眼差しでカイを見つめ、その巨大な翼を、広げた。
それはまるで――敬意と誓いの儀式のように見えた。
「えっ……」
驚いたカイの肩越しに、クルドが言う。
「……これは、“服従”の意だ。お前を主と認めたんだよ」
「まさか……本当に……?」
半信半疑で、カイが声をかける。
「……俺で、いいのか?」
グリフォンは、再び吠えた。
「ギャオォォォッ!!」
その声に、カイは確信した。
「……あぁ、なら……これからよろしくな、相棒!」
――契約が結ばれた。
砂と風が巻き、渓谷が静寂に包まれる。
こうしてカイは、“空の王者”を従えた。