107.夢の残り香
――記憶が、あいまいだった。
「あれ……なんで、こんなところで寝てるんだ……?」
煌びやかすぎるソファの上で目を覚ましたカイ。
見慣れない内装、ほんのり香るアルコール、薄暗い照明。
昨夜のことが、断片的にしか思い出せなかった。
カウンターでは、クルドがカップを手にしていた。
中身はコーヒーのような黒い飲み物。
「目が覚めたか、小僧」
「……俺、あのまま寝ちゃったんですか? すみません、覚えてなくて……」
「気にするな。楽しけりゃ、なんでもアリだ」
クルドが飄々と笑う。
「そう言ってもらえると、助かります」
「ところで……お店の嬢ちゃんたちは?」
「日が昇ってる間は、部屋から出てこないさ」
「え、そんなもんなんですか?」
「そんなもんだ…………」(なにが?)
「………………。」
二人の間に、微妙な空気が流れた。
しばらく沈黙の後――
クルドが、急に真顔になる。
「ところで、小僧。これから、どうするつもりだ?」
「フォースドラゴンのいる海底神殿を探そうかと……」
クルドはあからさまに「分かってないなぁ」という顔をした。
「はっきり言っておく。今のお前では、フォースドラゴンには太刀打ちできん」
「……!」
「それだけじゃない。王国軍にも、教会にも……お前は、全然“弱い”」
ズシン、と胸に刺さった。
魔の森で命がけの戦いをくぐり抜け、砂漠を越えてきた。
多少は強くなった――そう思っていた。
「……まだ、弱いですか。俺……」
「弱いとも。弱い弱い、私の足元にも及ばんレベルだ」
カイは思わず口をつぐむ。
拗ねたように目をそらした。
「……おい、小僧、何を膨れておる」
「…………」
「おい、大人げないぞ。こら!」
「……………」
焦るクルド。
「いや、まぁ、その……お前にはな、“何か”がある。珍しい魔素というか、気配というか……」
「…………(遅いっす)」
「と、とにかくな! 私が、お前を鍛えてやる!」
カイの目が、ぱっと輝く。
「ホントですか!? 先生の師匠ですね、クルド先生!」
(……あぁ、面倒な奴を乗せてしまった……)
クルドは頭を抱えながらも、にやりと笑った。
「まぁいい。言い出したからには、きっちり叩き込んでやる。
“本物の力”ってやつをな」
「はい!よろしくお願いします、師匠!!」
――こうして、伝説の魔女クルドによる、
カイの“本気の修行”が始まろうとしていた。