106.誘惑の果実
前夜、伝説の魔法使いクルドと再会し、ドラゴンの行方も明かされ、
静かに朝を迎えて、これからどの様にドラゴン探しをしたらよいか
と、考えてもよかったはずだった。
なのに、今カイの目の前にあるのは――
艶やかな笑みをたたえた美女たちと、煌びやかすぎる照明。
ここは歓楽街。クルドの知り合いが経営する、俗に言う「キャバクラ的な場所」だった。
「なんで……こうなったんだ……」
テーブルの向かいでは、クルドが楽しそうに酒を傾けていた。
「まぁまぁ、旅の疲れを取るには、こういうのも必要だろう?」
カイの両隣には、スタイル抜群の女性たちがピタリと張りつき、上目づかいで甘えかかってくる。
よく見ると、エルフ族だった。
「お兄さん、旅人?」「すごいね~、砂漠越えたんだ!」「この筋肉、ホントにすご~い♡」
しかしカイは愛想笑いも浮かべられず、うわの空だった。
頭の中に浮かぶのは、ヒルダ、ミーア、ルカ、マリ、カーク。
彼らは今この瞬間も、魔の森の小屋で特訓をしている。
命を削るようにして、迫る脅威に立ち向かおうとしている。
マリは王族の家系に連なる者だ。
王国と教会が敵になるかもしれない――その現実に、誰よりも心を痛めていた。
(……俺は、何をやってる)
唐突に立ち上がったカイに、女性たちが驚きの声を上げた。
「ごめんなさい……俺、帰ります」
「あら? どうしたの?」「もう帰っちゃうの?」「まだ何も始まってないのに~!」
カイは店を出た、クルドがあとを追う
店に背を向けたカイ、その肩をクルドが止めた。
「なぁ、カイ。ひとつだけ話してもいいか?」
「……なんですか?」
クルドは一瞬、目が鋭くなった。
「お前が魔の森から旅立って、こんな遠くまで来た理由――
それは仲間を思ったからだろう?」
カイは驚き、目を見開いた。
「人はな、戦うために強くなるんじゃない。
守るべき誰かがいるから、強くなろうとするんだよ」
カイはしばらく無言だった。
クルドの声は続く。
「お前はもう気づいてるだろ?
この土地に来た意味も、使命も、本当の敵も」
「……」
「だがな。焦るな、カイ。強くなるってのは、技を磨くだけじゃない。
――“誰かを信じ抜く力”なんだよ」
その言葉に、カイはハッとした。
「……俺、信じます。ヒルダ先生も、マリたちも、クルドさん、あなたも」
「そうだな」
しばらく、沈黙が流れる。
唐突にクルドは笑顔を見せた。
「じゃ、もう一杯飲もうか!」
「えっ?」
「真面目な話は終わり!、酒を飲むぞ! お姉さーん!カイくんにも一杯追加!」
「ちょ、ちょっと!」
すでにカイの手には二杯目のジョッキが握らされていた。
そして両脇のお姉さんたちが肩を抱き寄せてくる。
「よしよし~、よく頑張ってる♡」「もう飲んじゃえ~♡」
「だ、だめだ……これはヒルダ先生にバレたら……」
その時だった。クルドがポン、とカイの肩を叩いて言った。
「カイ。人間ってのは、力を入れすぎると壊れるんだ。
たまには力を抜くのも、戦いのうちだ、あと、帰ったらヒルダに言うからな!」
「それは勘弁してください!!……でも俺は、酔ったらどうなるか分からないんですよ」
「いいじゃないか。酔っぱらったら、お姉さんの胸を借りて寝ればいい」
「えっ……」
隣のお姉さんに、ぐいっ、と腕を引かれる。
何杯目なのか・・・もう記憶が・・・意識がかすんでいく・・・
そして
柔らかな感触が、脳を包み込む。
「…………おふとん……」
――こうしてカイは、異世界一ふわふわな「おふとん」に包まれながら、眠りに落ちていった。
(※ヒルダ先生とマリには絶対に内緒の夜が、また一つ追加されたのであった)