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103.初めての混浴

陽が傾き始めた頃、カイはレクサイドの町を気の向くままに歩いていた。

迷っているというよりは、のんびり散歩気分――だが、目的はあった。


(宿舎街はこのあたり……)


町の外れ、建物がまばらになるエリアに、なにやら湯気が立ち上る施設が見えてきた。


「……あれは!」


ぴーんときたカイは、指を突き出し叫ぶ。


「温泉!!!!に違いない!!」


この世界では、お湯に入る文化はまだ一般的ではない。

ほとんどの人は、生活魔法で汚れを落とすだけで済ませている。

魔法が使えない者は水桶で汗を流すだけだ。


ヒルダとミーアは、かつてどこかの山奥に“温泉旅行”に行った話をしていた。

だが、自分はずっと――泥と汗まみれで、旅してきた。


(今日という日を、どれだけ待ったことか……!)


温泉に入る前に、カイは防具屋に立ち寄り、新しい服と軽装備の防具を購入していた。

これで風呂上がりに、また汚れた服を着る必要もない。完璧だ。


「これで……準備は万端!」


宿に併設された温泉施設は、大通りから外れていたせいか、人の気配がまったくなかった。


受付はあるが、誰もいないし、誰の声もしない。

だが、しっかりと**「温泉」の木札**がぶら下がっている。カイは確信する。


(これは……もしかして……貸し切り!?)


カイの目が輝いた。


とりあえず、番台らしきところに銀貨を一枚置いておいた。

脱衣所に入り、防具を慎重に外していく。

そして、汚れた服も脱ぎ捨てる。


「ふぅ……やっと脱げたか……そして………エグイぐらいくさい!!!」


魔法袋を取り出して、聖剣ポチや防具を収納していく。

この袋さえあれば、持ち物の心配はいらないそして臭い服により他の人に迷惑をかけない。

安心して湯に入れる。


浴場の扉を開けると――


「おお……!」


そこには、天然の岩風呂が広がっていた。

天井の高い半露天の構造で、夕日がちらりと見えている。

岩の間から源泉が流れ、湯気が立ち込める空間は、幻想的なほど美しい。


「まさか……こんな贅沢な湯船が……!」


カイは一歩、また一歩と中へ進んでいった。


足元の石畳も湯に濡れており、ほのかに温かい。

軽く身体を荒い、湯船に足を入れた。

肩まで湯に沈めた瞬間、カイの口から、ついに言葉が漏れる。


「……っっくぅぅぅぅぅ……! これだよ! これ!!」


あまりの気持ちよさに、全身がとろけるようだった。


ふぅ、とひと息つき、目を閉じようとしたそのとき――


「…………ん?」


背後の戸が、カラリと音を立てた。


誰かが入ってきたようだ。


「え? まさか……え、ええ!? 貸し切りじゃなかったの!?」


あわてて振り向いたカイの視線の先――

ゆっくりと、浴場へ入ってきたのは……


――カラリ。


その先にいたのは――


「……老婆!?」


肩までお湯に浸かっていたカイの体がビクッと跳ねた。


見事なまでに年季の入った老婆だった。

緑髪をクルクルと巻き上げ、肌はシワだらけ。だが、姿勢はしゃんとしている。

身につけているのは、タオル生地のような下着一枚。

カイの「期待」は音を立てて崩れ落ちた。


(いや……まぁ……命の洗濯に来たわけだし……そうだ、うん)


がっかりしてはいけないと自分に言い聞かせつつ、カイは少し距離をとって座り直した。


しかし――


「……あらら」


老婆は、なぜかカイのほうへと近づいてきた。

そのまま、隣に座るではないか!


(あの……え? この広い浴場の中で、なんでピンポイントで俺の隣に……!?)


泡のように心がざわつく。が、老婆は穏やかな口調で話しかけてきた。


「旅の人かい?」


「ひゃっ、はいっ!旅の者です!」


「まぁまぁ、遠くからご苦労様。どこから来たのかしら?」


「エステンの方から、えっと……」


「まぁ!大陸の端から端じゃないの。よくまぁ、こんなところまで……」


老婆の口調は優しく、どこか懐かしさを感じる。

思わず背中越しに会釈してしまうカイ。


「この街には、なにか用があったのかしら?」


少し戸惑いながらカイは答える。


「……人探しです。魔法使いの人で……」


老婆はしばらく黙っていたが、やがて微笑むように返した。


「それはまた……めずらしい相手を探してるのね」


(え? どういう意味? 知ってるのか……?)


と考える暇もなく、カイは限界を迎えようとしていた。

温泉の熱がのぼせかけている。


「や、やばい……このままじゃのぼせる……!」


カイは慌てて湯船から出て、浴場のシャワースペースへ向かった。

身体を洗い流し、早く出ようと思っていた、そのとき――


――ぬっ。


カイの隣に、またしても老婆が座った。


(うそだろ!? なんで!? ここ、いっぱい洗い場あるじゃん!?)


湯気の向こうで、老婆は静かに背中を向けてこう言った。


「背中、流していただけるかしら?」


(それはな!若くて綺麗なお姉さんに!言われたいセリフ第3位だぞ!!)


心で叫びながらも、カイは断れなかった。

泡立ったタオルを渡され、渋々ゴシゴシし始める。


(……しかし、この肌……妙にすべすべしてるな。年寄りの肌って、こんなもんなのか?)


疑問に思いながらも、なんとなく、**「おばあちゃんってこんな感じなのかな」**とぼんやり考えていた。


洗い終わると、老婆は「ありがとう」と言ってタオルを受け取った。


そして――衝撃の一言を放った。


「次は、あなたの番ね」


「ええええええええええええ!!?」


カイが全身をのけぞらせて驚くと、老婆は涼しい顔で言う。


「はい、背中を向けて」


「いやいやいやいやいや!!ぜっっっったいに結構ですからッ!!」


もはや限界だった。

カイは超高速で身体を洗い上げ、バスタオルも巻かずに浴場を脱出した。


後に残された老婆は、小さく微笑んだ。


「ふふ……可愛い子だねぇ。久々に……“まともな子”を見たわよ」


その口調には、どこか意味深な響きがあった。

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