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第14話 極星の神のもと


 呼び出し音が鳴ったとき、ギルバルトは執務室で最後の書類と格闘していた。


『やあ、まだ寝ていないのかい?』


 ボタンを押すと、通信用の魔術機構からシスレーの声が流れる。

 技術会議は終わったのだろうかと時計を見れば、いつの間にか夜半を過ぎていた。どうりで霞み目がひどくなってきたはずだ。


「さすがにそろそろ寝るつもりだ。もう目が霞んであたりは吹雪のようだ……」

『重症の老眼だね……あとで側近に目薬の魔法でもさしてもらうといいよ』


 ギルバルトは声にならない声で相槌を打ち、目頭を押さえた。指で押しただけでツーンと心地よい痛みが走り、思わずため息が漏れる。目の霞み、腰痛、肩こり、片頭痛。中年の本気の疲れは泥よりも重いのだ。

 こんなことを言ったらエイミにまた「おぢさん」と呼ばれるかもしれない。


「聖女はもう休んだのか?」

『とっくにね。私室に案内したらずいぶん気に入っていたようでね。はしゃいだ後、早々に寝ていたよ』


 ふっとシスレーが息を吐いた。


『使い魔からの通信で見たけど……かわいそうに、一人になったあとで、少しだけ泣いていたね』


 ギルバルトは腕組みをして考え込んだ。


 泣くのは無理もない、彼女はまだ子供なのだ。

 家がないと言っていたが、あちらの世界は生まれた土地であり、生活の場所だ。学校、友人、馴染みの場所。良くも悪くも人生の繋がりがいくつもあるだろう。


 それに比べてこちらには、何もない。

 生活の基盤も、友人も……未来の見通しさえ。


「……残酷なことをしてしまった」


 召喚者と聖女は感覚が繋がり、運命共同体に近いものになるという。通じ合ったときには心さえ伝わるらしい。

 先ほど笑って「なんとかなるっしょー」とエイミが笑ったとき、ギルバルトは胸を掴まれたような気分を味わった。よくわからない重さと、苦しさ。

 もしかしたらそれは彼女の心中だったのか。 


 極星教院の説明では、召喚されてくる人々はみんな納得して、素直に転移を受け入れるのだと言っていた。主にゲンダイ世界に居場所がない、能力が認められない、そうして不満を抱いた人々が呼ばれてくるから、むしろ彼らの幸せに加担しているのだと。


 そんな召喚の網に引っかかったのだから、エイミにも不満はあったかもしれない。

 だがすべてを断ち切るほどのものではなかった。ゲンダイへの諦めよりも、メルファリアへの不安の方が大きかったということだ。


『ギル、だからと言ってもう帰還を検討するなんて言うなよ』


 こちらの心中を覗いたように、シスレーが鋭い声を上げる。


『君はどれだけの代償を払って彼女を呼んだのか、それを戻したらまた何を払うのか分かっているのか!? ……君の余命の半分だぞ! すでに半分を払ってしまっているんだ!』


 ギルバルトは口を引き結んだ。


 聖女を召喚する代償。

 それは召喚者の余命の半分。

 もしこちらの都合で聖女を帰還させるなら、さらにまた半分が必要とされる。


 極星教院は捧げられた余命の正確な年数は教えてくれない。ただ二つの世界に通じる神への供物として、奪っていくだけ。


『彼女のスキルが無いのも王子と連合の何らかの妨害としか思えない! 今までにそんな例はほとんど聞いたことがないからね。そうして帰還や再召喚で君の寿命を削ることを画策しているとしたら……!』

「落ち着けシスレー、確証がないことを口にしてはいけない。それに私も、自分の身を無駄遣いするつもりはない」


 静かに言い、椅子に深く身を沈めた。


「……確かに、帰還以外の道を考えるのが得策だろう。聖女として活躍してもらう。そのために、スキルを得られるよう手を尽くすのが最善だ」


 言いながら、自分の手を見つめる。そこに嵌めた黒い手袋は寝るときも取ることはない。ギルバルトとシスレーが、人より大きな魔法の素質を得るために何を選択したのか。自分たち自身に何をしたのか。


 それを……エイミにもするのか。あの十六歳の少女に。


『もうひとつだけ忠告しておくよ。エイミに「あの子」を重ねるのは止めた方がいい


 ふうっと、シスレーのため息が向こう側で聞こえた。


『同じ年齢になるからといって、同じ存在ではないんだ。まったく別人だろ。重ね合わせることはエイミにとってもあの子にとっても……』


 そのとき、胸がざわりと騒いだ。


 シスレーの言葉で動揺したのか?

 いや、違う。これは……。


 ギルバルトは勢いよく立ち上がると、そのまま入口へと走った。音を立てて魔法杖が転がったが構わなかった。衛兵控室で直立していた兵士たちが怪訝な顔をするが、そのまま走り抜ける。


 廊下に出たところで泣き声が聞こえた。鼓動が早くなる。

 角を曲がって、ようやくギルバルトは足を止めた。


 薄暗い廊下の先、扉が開いてフラフラと出てきたのは……エイミだ。


 クマのようなフードのついた寝間着は見覚えがない。彼女が持参したものだろうか。裸足で、鼻をすすり上げながら、彷徨うように歩いていた彼女はこちらを見た。


「……うう……パパぁ……」


 ギルバルトは目を見開いた。

 パパ、とは……確か、父親を示す言葉だったはず。


 エイミはそのまま、ふらつきながら歩いてくる。目を閉じているところを見ると、どうやら寝ぼけているようだ。声を掛けようとしたとき、彼女の手がギルバルトの服を握った。

 そのまま、小さな子供のように、こちらの腰にしがみつく。


「パパ……帰ってきた……! お姉ちゃんもいなくて……エイミひとり……」


 うっうっ、と鳴きながら鼻をすすり上げ、頭を振る。夢を見ているのか、半覚醒状態なのか。左右にグラグラ揺れながらも、しっかりとしがみついた手は離さない。


 ギルバルトは凍り付いたように立ち尽くしていた。

 思考がうまく働かない。彼女は寝ぼけてこちらを父親と勘違いしている。こんな場合、どうしたら? いや、たぶん正解などない。ないけれど……。

 彼は小さく息を吐き、やがてぎこちない動きで手を上げ、エイミの腕をそっと握った。


「……大丈夫だ、もう心配いらない」


 彼女の両手を優しくほどき、自分の身体から離す。

 手を握ったまま、ギルバルトは片膝をついて腰を落とした。まだあどけない顔を正面から見つめる。


「眠れないのか?」

「……布団が……フカフカで……寂しくて……」


 思わず笑ってしまう。


「大丈夫、寂しくない。みんなそばにいる。一人ではない」


 静かに、柔らかな言葉で、小さい子に話す様に。

 エイミは頭をグラグラさせて聞いていたが、うん……と頷いた。


「……パパ、もう寝る時間だから、いこ……」


 ぎゅっと手を掴まれ、同時に胸を掴まれたように思えた。

 正確には、胸の奥の記憶を。


 確かにこんな光景があった。ずいぶん昔のことだ。

 だが過去のその光景にいるのは、彼女ではなく。


「パパは、まだお仕事がある。きちんと寝ていなさい」

「あう……」

「……良い子だから、ね」


 エイミは不安定にグラグラしていたが、うん、と頷いた。

 そこにようやくモフモフの使い魔が現れ、エイミの身体を抱き寄せる。


『エイミ……』


 声を発そうとするのを、ギルバルトはしぃっと指で封じた。起こしたらかわいそうだ。

 エイミはふらつきながら回れ右をしかけて。


「……おやすみぃ、パパぁ……」


 そのまま戻っていく。


「おやすみ、マリ……」


 思わず出てきた言葉を飲み込んだ。針を飲んだように痛かった。


 彼女の影が去っても、ギルバルトはしばらくそのままでいた。

 部屋の方からはかすかにシスレーの通信が聞こえてくる。衛兵たちが固唾を飲んで見守っているのが分かる。


 窓の外から差し込む極星の光だけが冷たく、すべてを見透かすように静かだ。

 やがてギルバルトは立ち上がると、重い足取りで自分の部屋に戻っていった。









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ここまでで第1章となります。


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