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第13話 独りぼっちの夜

「エイミの部屋は三階にご用意したよ!」


 食事を堪能し、アーヴィンにお礼を言ったあと、エイミたちは階段を登っていた。


「三階と屋上は帝室関係者の私的な場所……いわゆるプライベートエリアだからね。階段の警備はかなり厳重なんだ」


 シスレーが言う通り、階段室に入るときは剣を下げた厳めしい兵士が立っていた。だが三階の廊下に出た時には魔法陣がいくつか光っただけだ。


「これって厳重な警備なの? なんかスッと出ちゃったよ」

「魔術で生体認証を走らせてる。それ以外にも管理室で立体映像を監視してるからね」

「おお、厳重……現代社会みたい……」

「エイミはもう召喚されたときに『聖女』として王宮の総括魔術機構に認識されてるから、どのエリアにもいけるよ。フリーパスってやつだ」

「特別扱いあざまーっす!」


 三階のデザインは二階とも食堂とも違っていた。シンプルだけど上品で、高級ホテルみたい。いや泊まったことは無いんだけど。

 エイミは満足げにあたりを見回す。


「しかし帝国に水洗トイレがあってよかったなあ。異世界のトイレってどうなってるか謎だったから」


 そう、晩餐のあとに入った帝国のトイレは……ちゃんと流れるタイプだったのだ!

 ふっふっふ、とシスレーがまた得意げに胸を張る。


「流れるっていうより、瞬間移動させてるんだ。 帝国はなにしろ氷魔法に長けた国だからね、トイレの中身は凍らせて、決められた場所の氷穴へホイっと。まあ人口の多い都市部だけさ。いまだに田舎は穴を掘って匂い止めの魔術を掛けてるところが多いね」

「すごいリアリティある……それでも魔術機構さまさまだよ……」

「帝国の魔術機構技術は世界一! エイミの部屋にも洗面台とセットでつけてあるよ」

「わーいホテルみたい! 助かる!」


 廊下には誰もいないが、角を曲がるとまたいくつもの魔法陣が光る。なるほど、確かに警備は厳重のようだ。


「ちなみに許可されない人が入ってくるとどうなるの?」

「犬になる」

「うぇっ!?」

「うそうそ。力が抜けて床に這いつくばることになるよ。それで警備兵に捕まって取調室へ直行」


 クスクス笑ったシスレーが、おっと、と足を止めた。


「ここがエイミの部屋。その奥が私の部屋で、さらに奥、角を曲がった先がギルの私室と執務室だよ。といっても私たちは忙しすぎてあんまりいないかもだけど。……さあどうぞ」


 ドアを開け、シスレーが先に入っていく。エイミはドキドキしながらそのあとに続いた。異世界の、アタシの部屋。


「お邪魔しまーす……ひっろ―――い!」


 思わず叫び声が出た。

 広い。アパートの六畳二間とは大違いだ!


「二間続きで、手前が応接室、奥が寝室だよ。さらに奥にはクローゼット室や洗面、トイレもある」


 シスレーの言葉を聞きながらエイミは部屋の中をぐるぐると回った。応接室だけで旅館の大きめ一部屋くらいある!?

 家具も一通り揃っていて、ソファにテーブル、壁際には大きな本棚まである。どれも猫足のかわいいデザインだ。壁紙も淡い花柄でアタシ好み。すごい、写真集で見たヨーロッパの部屋みたい。

 奥へ駆け込むとエイミは立ちすくんだ。


「うっわ……お姫様ベッド……」


 童話の本で見たことはあった。オシャレなMVとか、お部屋改造系の動画にも。

 でもこんなすごいの見たことない。

 大きなヨーロピアン風ベッドに、上から綺麗な布が囲むように垂らされている。カーテン? 布? なんていうのこれ。名前さえ分からないけど、とにかく。


「夢の! お姫様ベッド! しゅごい!」


 今度はエイミがハアハア言う番だった。


「あ、あの……寝っ転がってもイイっスか……!?」

「どうぞどうぞ、エイミのベッドだからね」


 わーっと言いながら走って行って、靴を脱ぎ捨てて転がる。


「うわーっ、布団もフカフカだ! バイトと学校で忙しくて何日も干してない我が家の布団とは違う!」

「……生活感のあるコメントが涙を誘うね……」


 シスレーの感想に、ハアーッと枕を抱えたエイミが息をついた。


「これで温かーいお風呂があればいうことないんだけどなあ」

「あるよ」


 マ!? と言いながらエイミは勢いよく身体を起こした。


「帝国に一生を捧げますッ……」

「ハハハ、大げさだよ。それに……ごめん、あるとは言ったものの、まだ設置されてなくてさ。どこのどんな聖女がくるか、そのお好みが分からなかったもので……明日にでも設置工事させるから。今日はこれで我慢しておくれ……清浄の風(クリリア=オーラ)!」


 シスレーが指輪を光らせると、エイミの身体が青っぽい光で包まれる。色合いだけで清浄になりそうな、しかも柑橘系のさわやかな風が吹いて、エイミは思わず胸いっぱいに吸い込んだ。


「なんか清らかになったような……洗濯物CMみたいな気分……」

「これぞ私が設計した『身体や髪を洗わなくても綺麗になる魔術』だよ! 大学院で『学院長賞』と共に『怠惰で賞』もダブル受賞した優れものさ! ただし連続三日までしか効かない」

「いや三日で十分でしょ。必要は発明の母すぎるね」


 起き上がったエイミの手に、フワッとした何かが当たった。ん、とそちらを見ると。


『セイジョサマ、ヨウコソ!』

「うわっ」


 猫耳の、ふわふわな生き物? 妖精? がこちらを見ている。エイミの背丈より少し小さいくらい。白くてモフモフ、パッチリした目は猫とハムスターの中間みたいな感じもする。


「おっきいモフモフ!? カワイイ!」

「私の使い魔と魔術機構を合体させたもので、エイミの世話係をする。専属の侍女もおいおい選定するけど、今日明日くらいはこの子で勘弁しておくれ」


 はふー、と息をついたシスレーが黄昏た顔をする。


「我が国は貧乏だって言っただろ? 宮中の人員も最低限で回してるし、おまけに聖女に近づける人材となると厳選する必要もあるんだけど、あの三か条の件を告げられたのが三日前で……」

「お疲れ様っス……ダイジョブだよ、アタシは家事も料理も身の回りの支度もできるギャルだから」

「ごめんよ、ひとまず選定したらちゃんと専属の侍女も護衛も連れてくるから……あ、使い魔の名前はどうする?」


 弾かれたようにエイミは顔を上げた。


「アタシがつけていいの?」

「エイミのお世話係だからね」


 エイミは輝く瞳で使い魔を見つめた。使い魔も、モフモフの頭を上げ、黒い瞳でこちらを見つめる。


「モッフィ……」


 途端にモッフィの目がピンクに染まり、笑顔を浮かべる。


『聖女サマ、アリガトウゴザイマスッ。ヨロシクオネシャーっス!』

「えっキャラ変わった!?」

「使い魔は飼い主や近い相手の生体反応で刻々と変化するからね……エイミの雰囲気に合わせて変わったんだよ」

「あ、そういう学習AI的なヤツ……」


 そこでシスレーの指輪が凄い音で鳴り始めた。


「いけない、定例会の時間だ」

「これから? 夜だよ?」

「技術者は昼間忙しいからね……夜にしか会合ができない……!」


 イヒヒ、と疲れた顔で笑い、シスレーはポンポンとモッフィの頭を軽く叩く。


「たいていのことはこの使い魔がやってくれるし、寝間着や日常品などの場所も知ってる。もしもの際は軽く小型兵器くらいの威力も出せるし、作り主である私に連絡も来るから安心していいよ」


「嬉しいよー! 動物、飼いたかったんだよね」


 ぎゅーっとモッフィを抱きしめてエイミは満足げに言った。

 では、とシスレーが改めて頭を下げる。


「聖女エイミ、来てくれて本当にありがとう。疲れたと思うし、ゆっくり休んでね。また明日からよろしく頼むよ」


 にこやかな、大人の笑顔。エイミも同じように、なるべく明るく見えるような微笑みを返す。


「こちらこそ、素敵な部屋を用意してくれてありがと! また明日ねーおやすみ!」


 シスレーが出ていき、扉が閉まる音がした。


 あ、そういえば、とエイミは思い出す。アタシ、意外と寝ぼけてフラフラしがちなんだけど……シスレーに言うの忘れちゃったな。モッフィもいるし、まあいいか。


 それよりも。

 エイミは少しの間モッフィを撫でていたが、やがてゆるゆると離した。

 大きなため息をつき、ぼふん、とベッドに仰向けになる。

 しばらくそのままでいたが。


「疲れた……」


 身体の中が空っぽになりそうなため息をつく。

 そりゃ疲れるよ。川崎から異世界だもんね。移動距離が謎すぎる。

 あの駅前でのやりとりから経った四時間ほどしか経っていないのに。


「ほんとに……異世界に来ちゃったんだなあ……」


 日程がジェットコースターすぎて流されるままに過ごしちゃったけど、まだ全然実感がない。自分が異世界で、聖女だなんて。


 ただこうして一人になると、否が応にも現実がじわじわと押し寄せてくる。

 ぼんやりした不安が形を伴って首を持ち上げる。


 異世界、寒い帝国、スキルの無い聖女。

 シスレーやアーヴィンは優しかったけど、それでも出会ったばかりの人々だ。

 バイト先の先輩も、友達もいない。もちろんお姉ちゃんも。


 異世界モノで転生とか転移した人は、大体すぐに異世界に馴染んでいた。死んでたり、やむにやまれぬ理由があったり、そうせざるを得ない場合が多いからだとはわかるんだけど。


 これって……意外としんどくない……?

 考えているうちに衝動が突き上げ、エイミは勢いよくベッドの上をゴロゴロと左右に転がった。


「うわ――――っ、心配すぎる――――っ! いきなり異世界とか聖女とか聞いてないよ――――!」


 シスレーやギルに笑顔で言った言葉は嘘ではない。運命を変えたいと言うのも本心だ。王子の思惑もひっくり返してやりたいし、なんかすごいスキルも身につけたい。もしもここにいるならお姉ちゃんも探したい。


 でも……どれも出来なかったら?


 エイミはもともと陰キャ出身だ。努力で這い上がっただけなのだ。明るいギャル心と背中合わせに、まだまだ気弱の虫が同居している。

 上手く行っているときはいいけれど、こうして予想外のことが起きると、作り上げた心が音を立てて崩れそうになるのを感じる。


「ほんと……不安すぎるよ……」


 誰かがいるときはあえて、深く考えないようにしていた。お姉ちゃんに言われた『ギャルたるもの、いつも明るく元気に愛想よく!』のモットーを護って、半分くらいは見栄を張って隠していた。


 でもそれで不安を消し去れるほど、本当は強くないのだ。


『エイミ、ダイジョブッスカ? ナンカデキルコトアッタラ、イッテクラサイ』


 ぐすっと鼻を鳴らしたエイミに、モッフィが心配そうに近寄ってきた。

 いけない、ここで泣いたら心配させちゃう。


「だいじょぶ……ダイジョブだよ、なんとかなる……たぶん」


 今はそう言うのが精一杯。


 潤みそうになった視界の端に、部屋の奥に山積みになった荷物が映る。リュックにバッグ、向こうから持ってきた荷物だ。エイミはベッドから飛び降りて駆け寄った。


 ガサゴソと中を漁って取り出したのは、写真立て。

 お姉ちゃんとエイミ、二人の写真を何枚もコラージュして、綺麗な貝殻の写真立てに入れてある。家の玄関に飾ってあって、エイミとお姉ちゃんの宝物だった。


 小さい頃のエイミたちの写真を撮ってくれたのはパパだったらしい。お姉ちゃんが教えてくれた。


 もう、誰もいない。

 お姉ちゃんも、パパも。

 もしかしたら……本当に、この世界のどこかにお姉ちゃんはいるかもしれない。

 でも、いまはエイミだけ。


 同じように引っ張り出したパジャマに着替えて、エイミは布団の中に潜り込んだ。スマホと、写真立てを枕元に置いて気持ちを安心させる。


 だいじょぶ、何とかなる。何とかなるっしょ……。


 ぎゅっと布団を握りしめて自分に言い聞かせるしかない。

 小刻みに震えるエイミの頭を、モッフィが一生懸命に撫で続けていた。




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