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第12話 寒い国の温かなスープ(2)


 

 深いため息を吐いてシスレーが肩を落とす。


「メルファリアは魔法が使える世界だ。でもどこでも魔法が使い放題ってわけじゃない。ロードセリアのように魔法の原料となる『精霊結晶』がザクザク取れるような豊かな国もあれば、うちみたいに土壌にも水にもそれが薄く、資源が貧しい国もある」

「そう、なんだ……」


 エイミの視線の先で、シスレーは自分の手を見つめた。


「精霊結晶が少なければ環境も寒冷になるから、農業生産力にも乏しい。しかもその少ない資源を、十五年ほど前までは帝室周辺と上流貴族が独占していた。その頃の王宮なら、このくらいの豪華な食事が毎食出たかもね」

「かもねって……シスレーも皇帝の一家じゃないの?」

「私は側妃の子でね。生まれつき足が悪くて歩けないし、下級貴族出身の母も早逝したもんだから、離宮に幽閉されていたのさ。帝位についたギルが私を迎えに来なければ、あのまま本に埋もれたベッドの上で死んでいたと思う」

「そんな」


 絶句するエイミの前で、シスレーはしみじみと息を吐きだす。


「本当にひどい時代だった。国は貧しく、上層部はなけなしの資金を独占、周囲に戦争を吹っ掛けようとしてボロボロだった。そんな帝国を立て直したのがギルだ。帝位についてからは紆余曲折あったし、内乱まがいの混乱を招いたけれど、なんとか腐った膿を出し切ることに成功したんだ」


 あのおじさんが、そんなことを。エイミはゴクリと唾を飲んだ。


「何もない帝国の中で唯一、少しはマシだった機構技術を進歩させ、混乱の中でも研究所を立て直し、ようやくここまで来た……本当に、氷の上に血で道を描くようにしてここまできたんだ! それをいまさら大陸連合になんか……!」

「シスレー……」


 いつのまにかシスレーの手がテーブルクロスを強く握り締めている。彼女はハッとしたように顔を上げ、手を開くと、いつもの笑顔に戻った。


「あはは、ごめんね、昔のことを思い出しちゃった! とにかく、素材もない、お金もない、っていう状態から魔術機構の技術を発展させて、お金を稼いで、こういう食事もたまには出せるようになった、って感じを分かってほしかったのさ。いまの帝国では、日常の食事は王宮だって市民だってもっと質素だよ。ギルと私は忙しくて固形食ばっかりだし」


 最後はいつものおどけた口調で笑う。

 エイミはテーブルの上、空っぽの皿の上に視線を落とした。


「そうだったんだね。異世界モノだと王宮って超豪華だから……早とちりしちゃってごめん」


 明るく陽気なシスレーの過去と、心の中。子供であるエイミの手前、怒りや他の感情を押し殺していたのかもしれない。必死で這い上がった過去は痛いほどに共感する経歴だった。


「なんとなく、その気持ちわかる気がする。比べ物にならないけど、アタシも毒親のママが宗教の家へ行っちゃって、お姉ちゃんと二人暮らし始めた頃は貧乏だったからさ」

「そっか、エイミもお姉ちゃんがいたんだもんね。私と同じ、兄弟というか、姉妹でがんばったのか……」


 うん、と頷いてエイミははにかんだ笑みを浮かべた。


「でも国っていう大きなモノを立て直したんだから、シスレーたちの方がずっとすごいよ。いままで頑張って得たもので、こんなに素敵な食事を出してくれてありがとーね。本当に嬉しい!」


 一礼するエイミにシスレーは驚きを浮かべ、それから不意に泣きそうな顔になった。


「なんでだろうね、エイミの素直なお礼を聞くと、心がしみじみとする……もしや聖女の力?」

「いやー、いまんとこノースキル聖女だよ?」


 あっけらかんとジュースを飲みほし、エイミは息をついた。


「でもさ、辛かった過去とか、頑張った部分とか、誰かに分かってもらえると嬉しいよね。誰でもそうだよ、ってお姉ちゃんも言ったけど」


 ダイジョブだよ! と安心させるように頷き、大きくピースをする。


「ここは寒い国なのに、あんなにあったかいスープやご馳走を出してくれるんだもん。魔術機構だってみんなのために開発したんでしょ? その優しさはきっと大陸連合とかみんなにも伝わって、きっと疑いも晴れるからさ。一緒にイメチェンまでがんばっていこーよ!」


 明るい笑顔につられるようにシスレーの表情が溶けた。うん、と気が晴れたように息をつく。


「エイミと一緒にいると、その能天気な明るさを信じたくなってくるね」

「能天気って褒め言葉じゃないよ!? ギャルへの誉め言葉は『明るくてカワイイ』だけだから覚えて! 自分の国の聖女なんだから、もっとちゃんと信じなきゃ!」


 笑い合う二人の目の前にそれぞれ皿が差し出される。


「本日のデザートは宝石スグリのタルトに鬼梨の氷菓、帝国名物『氷結花』の氷飴細工を乗せてございます。お皿は魔法を掛けた氷でできておりますので、ひやりとした甘さがいつまでも楽しめます。温かなお茶と共にお楽しみください」


「すっごい……!」


 皿の上を見たエイミ、それにシスレーまでが目を輝かせた。


 透明なデザート皿の上には小ぶりなタルトとアイス、その脇には輝くような細工の花が乗っている。タルトの上に盛られた実は四種類ほどあるだろうか。色とりどりの鉱石めいた色合いがまさに宝石だ。


「え、これ食べられるの!?」

「南方の果実でございます、甘いですよ」


 エイミがひとつ、フォークで刺して口に運ぶと。


「ん-! 甘酸っぱい!」


 しゃりっとして、そのあとはプルっと弾ける。こんな木の実は初めて食べた。

 隣に置かれた鬼梨の氷菓は逆にねっとりとしている。アイス、あるいはジェラートに近い舌ざわりだ。もちろん抜群に美味しい!

 シスレーが、ふうん、と自分用の皿を眺める。


「私にもデザートを作ってくれたんだね。いらないと伝えたはずだけど……」


 アーヴィンは皺の刻まれた顔で微笑んだ。


「シスレー様の大好物ですので、召し上がっていただきたく。いつもお忙しくて、なかなかお出しする機会がありませんでしたので……聖女様がいらしたおめでたいこの日くらいは、いかがでしょうか」


 シスレーは今度こそ呆気にとられた顔になったが、すぐに表情を緩めた。


「……仕方ないなあ、ありがたくいただくよ……」


 優雅な仕草でスプーンを取り上げ、氷菓を掬い上げる。冷たさに肩をすくめてから、シスレーは白い息を吐いた。


「このタルト、ギルも好きなんだよね。アーヴィンはもともとギルの近侍で、事故にあって厨房へ職務を変えたんだ。近侍の頃からお菓子は上手だったから昔はよく出してもらったよ」

「はい、まだお若い時分のギルバルト様にもよくお作りしました」

「最近は出す機会はあった? 私以上に彼は忙しそうだけど……」


 料理長は切なそうに首を振った。


「……お忙しい方でございますから、心配です」


 はい、とエイミは元気よく手を挙げる。


「はいはーい! 今度アタシと一緒に作って、ギルに食べさせようよ! お茶の時間だよって強引に拉致ればきっと聞いてくれるって! 休憩は必要だし!」

「それは……良い考えでございますね」


 シスレーが、ほうほう、と面白そうに顎に手を当てた。


「ってことは、その間の皇帝執務はエイミがやるのかな?」

「ええー、できるかなあ……ハンコポンポン押すだけならイケるかも」

「それは面白い、国政が大混乱しそうだ……!」


 アーヴィンもシスレーも、エイミも笑う。

 甘くて冷たい不思議な空気の中に、温かな笑い声が溶けていくような気がした。


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