第11話 寒い国の温かなスープ(1)
「エイミが召喚されたのは地下なんだよね。その上が主要な王宮だよ。『雪花宮』って呼ばれてる」
部屋を出たエイミたちは、まず階段を登り、上の階に向かった。
シスレーは魔法椅子でフワフワと階段を上がっていく。エレベーターやエスカレーターはさすがにこの国にもないようだ。
にしても、建物がデカいなー。渋谷駅くらいデカい。
宮殿の様子はゲンダイで言えば中世風というか、ロシア風というか。飾りや照明がありえないところについてて、これぞ異世界って感じがする。
ただ縦コミックとかで見るようなキラキラした色合いじゃない。黒と灰色、それに白。赤とか金がアクセントに使われているくらいで、なるほど悪役の城と言えばそう見えなくもないな。
「シスレーたちはここに住んでるんでしょ? 自分ちが宮殿ってすごくない!?」
「いや私は住んでないよ」
「えっ」
「奥にある王立研究所代わりの離宮に住んでる! 住んでるっていうか……丸一日勤務してる……?」
うわっとエイミはヤバめの表情を浮かべた。
「それって働き方がブラックじゃん!! そんなことしてたら悪役呼ばわりもされるって!」
「そんなに働いてないよ。せいぜいマックス三徹くらいだよ」
「がっつりブラック帝国だね!?こわ!」
「お褒めの言葉ありがとう……」
雑談をしながらも、シスレーは次々に王宮の中を紹介してくれる。大きな玄関ホールに始まり、ピカピカの床や天井、十人くらい横になって通れそうな大きな階段なんかもある。異世界コミックのイメージとぴったりだ。
他には応接室、謁見の間、大舞踏室に大広間。大きな建物は六角形の形をしていて、雪の結晶をイメージしているらしい。
「一階の奥には離宮への通路があり、その先には大会議場があってね。いまごろエイミを正式な帝国の聖女だと承認するための特別議会が開かれてるよ。ギルがしかめっつらで印璽を押しているはずさ」
「アタシはいかなくていいの?」
「最初は出すつもりだったみたいだけど。まあエイミも疲れているだろうし、そのままでは……ちょっと承認されないかもだしね……」
シスレーはエイミの頭の先からつま先まで眺めた。
その視線で言いたいことは大体分かる。
「ええー、服装がダメ? そりゃ今日はすっぴんだしネイルも剥げてるけどさ、ギャルはこの格好がデフォだよ! かわいいじゃーん!?」
ずりおちたメガネをくいっと上げて、エイミは胸を張った。シスレーは苦笑する。
「まあ時と場所をわきまえれば、ね。ギルは明日にでもお披露目謁見するって言ってるし、何かしら正装を見繕っておくよ」
さて、とシスレーが上への階段を見る。
「次は三階を紹介……」
そこでエイミのお腹が大きな音を立てた
てへへ、と笑いつつため息をつく。
「ごめん、もうお腹が限界かも……」
思い返せば今日は朝からあまり食べていない。家を追い出され、川崎駅を彷徨い、口にしたのは栄養ゼリーと小さいお菓子くらい。
その後は異世界に召喚され、おじさんと王子の騒動に巻き込まれ、気づけばもう夜だもんね。逆にここまでよく耐えられたと思う。
「おっとごめん! 本当はもっともっと我が帝国のいろんなことを教えてあげたかったんだけど……じゃあご飯にしようか!」
「やった! 念願の異世界メシだ! おいしいに決まってるやつだ!!」
エイミは両手を上げて飛び跳ねた。
異世界メシと言えば現代社会から転移した人が食べさせるやつが多いけど、異世界のご飯も豪華なんだよね。何しろ聖女だって偽聖女だって王宮に出現するわけだし、王宮から追い出されても大体は貴族とか隣国の王子が拾ってくれるし。
踊りあがった拍子に背が何かに当たる。
振り返ったエイミは目を瞬かせた。白い壁……?
いや、白い服を着た人だ。シェフのような服を着たお爺さんがこちらを見下ろしている。
「わっ、ごめんなさい!」
エイミが慌てて後ずさると、お爺さんはニッコリと笑い、奥の部屋を指し示す。
「聖女様、お待ちしておりました。ちょうどお食事の用意が整いまして……」
「料理長直々のお出ましとは、時間もちょうど良かったようだね。行こうエイミ!」
シスレーに促され、エイミはわくわくしながら部屋の中に入った。
■□■
「お邪魔しまーす! うわあ、広っ」
そこはやけに縦長の部屋だった。
召喚された部屋よりもかなり大きく、雰囲気が全然違う。豪華なシャンデリアに彫刻、天井にも壁にも綺麗な模様が描かれている。
中央に置かれた細長い食卓にはところどころに花が飾られ、テーブルクロスにも美しい刺繍がある。仕事の部屋というよりも、誰かを迎えるような、歓迎するようなデザインだ。今までとは違った鮮やかな色彩にエイミは驚いた。
「すごいキレイだね。帝国だってやればできるじゃーん」
「うちの近所で獲れる黒氷石で作ると地味めになっちゃうんだよね、素材的に。この部屋は晩餐会でも使うから特別キレイに仕上げてるだけ」
話している間に向こう側のドアが開き、幾人もの女性がしずしずと入ってくる。押しているワゴンの上は丸い蓋のアレ! 明らかに高級料理のやつ!
「さあどうぞ、こちらの主賓席に座って」
「えっ、一番豪華なイスじゃん!いいの?」
「いいの、いいの。聖女様の歓迎晩餐だよ? 正式な歓迎会は改めてやるけどさ」
エイミが席の横に立つと、入ってきた女性のひとりが音もたてずに椅子を引いてくれる。高級レストランみたいだ。緊張しながら、おずおずと腰を下ろした。
先ほどのお爺さんがやってきて一礼する。
「聖女エイミ様、お待ちしておりました。私は陛下専属料理長のアーヴィン・アヴラス。僭越ながら本日は聖女様のお夕食を担当させていただきました。ゲンダイの方のお口に合いますかどうか、心配ではございますが……お楽しみいただけますと幸いです」
丁寧に言ってくれる間にもテーブルに食器が並べられていく。ナイフやフォーク、スプーン、どうやら食器類は現代世界と共通のようだ。
そして白いお皿に盛りつけられたのはトロトロのスープ。
「本日のメニューは北方アルマリ茸のクリームスープ、青レース菜と角豚ハムのサラダ、ソンモース山で取れた氷岩魚の燻製に、ゲンダイ風ひき肉団子のチョレソース……そちら風に言うとハンバーグのデミグラスソースだとお聞きしております。パンは夜空麦と紅葡萄の白焼きパン、飲み物はつるイチゴのジュース」
「名前だけですご……超豪華ごはんじゃん……来て早々にそんなの食べていいの!?」
「ささやかな感謝の気持ちだよ。ようこそエイミ……どうか歓迎の気持ちを受け取って、たくさん召し上がれ」
「わーい、いただきますっ」
パチンと手を合わせてからエイミは早速スープに取り掛かった。
あ、すごい。トロットロのクリームなのにちゃんとキノコの匂いがする。
あとハーブかな、よくわかんないけど、食べ終わったあとにスッとした味もある。コショウめいたピリッとした味わいにほどよい塩気。底に残っていたスープをパンで拭うと、ハラペコに染み入るような美味しさだった。
食べている間にサラダが盛られ、さらに魚も置かれた。気づいたらナイフ、フォーク以外にお箸も置かれてる! これは嬉しい。
サラダはシャキシャキだけどにゅっとした不思議な味。乗せられた豚ハムはサクッとして香ばしくて、これまた不思議なお肉だ。
「うーん、美味しすぎる! 食べる手が止まらない!」
「だそうだよ、良かったね料理長」
シスレーが言うと、アーヴィンは本当に嬉しそうに微笑んだ。
魚の燻製は表面がパリッとして、中には卵のような、木の実のようなプチプチがぎっしりと詰まっていた。透明なソースはお出汁みたいな風味で、魚とプチプチと絡めて食べるとなんだか懐かしい味だ。
そこまできて、あれ、と気づく。シスレーの前には皿がない。フォークとかもない。
「シスレーは食べないの?」
「これからまだまだ仕事があるからね。食べると眠くなっちゃうので……そういうときはコレ!」
ドン、と置かれたのは見事な固形食だ。
「ゲンダイにもあるよこれ! 栄養バーじゃん……」
「ふふふ、そっちから伝わる話を元に開発したのだよ! これに帝国コーヒーを飲めば寝ずに仕事ができる!」
「やめなよ、死ぬよ!? ……あ、ハンバーグ来た!」
話している間にメインのハンバーグが運ばれ、エイミは早速フォークで小さく切り分けた。うわ、断面から肉汁がトロトロ流れ出る!
口に入れれば濃厚な味わいで満たされ、歯ごたえのあるお肉がおいしー!
あましょっぱくて豊かな風味のソースはデミグラスというよりも照り焼きに近いのかも。ソースだけ白いご飯にかけて食べたいくらいだ。
あらかた食べ尽くして、ハア、とエイミは息をついた。
「帝国すごいじゃん、こんな豪華な料理を食べてるなんて!」
「食べてないよ」
「そりゃシスレーは忙しくて食べてないかもだけどさ」
シスレーは真顔になった。
「いや、みんな食べてないよ。これはこの国の最上級に属する素材の料理だし、お祝いやお祭りくらいでしか出してない。エイミは特別なんだ」
「そうなの?」
驚いた顔のエイミに、シスレーはしみじみと息をついた。
「我が国がどうして魔術機構を開発したと思う?」
「え、っと……頭がいいから?」
シスレーは深淵のような目でエイミを見た。
「違うよ。貧しいからだよ」




