生きる
一年前の作品です
「死は救済」。僕はいつも、そう思う。
何故かと問われれば、生きる意味が無いからと答える。
人が生きるのは将来のためか?
未来のためか?
社会のためか?
はたまた、夢のためか?
そんなのを考えて一体何になるのか、到底理解できない。
将来なんてどうでもいい。
未来のことだっていつ死ぬことができるかのみ考えている。
社会も、どうなってもいい。
夢なんて存在しない。
だから、死にたい。
大事なのは、メメント・モリ。死を想うことだ。
「いつかできるよ」とか、「辛くなったら逃げて良い」だとか、そんな優しい言葉をかけられると、僕の胸の奥がズキズキと痛む。
そんな自分に吐き気がする。
死んでしまえと思う。
考えるともっと痛んでくる。
痛みを感じないようにするために、優しい言葉をかけられないようにするにはどうすればいい?
その問いの答えは既に出ている。
孤立すれば良いのだ。そうすれば関わる人はいない。
だけど、孤立することは嫌いだ。
そんな戯言ばかり吐いて、何も行動に移さない。
そんな自分に反吐が出る。
だから、死んでしまえと思う。
死にたい。考えれば考えるほどその感情が無限に湧いてくる。
でも痛いのは嫌いだ。
だからこそ楽に死にたい。
首吊りは苦しい。
溺死も苦しい。
窒息はできない。
安楽死もできない。
病死は辛い。
落下死も痛いだろう。
寿命で死ぬのが一番だが、高校生なのでまだ寿命は来ない。
つまるところ、死ぬ方法がない。
どうか、この世に神という存在がいるのであれば。
僕という、どうしようもない駄目人間を。
死というシステムで救ってください。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目先のことしか考えず、やるべきことを後回しにして結局やらないクズ。
人の優しさから傷をつくるクズ。
提示された課題を期限内に終わらせることのできない無能。
考えても考えてもそれを行動に移さない無能。
後先考えずに行動する無能。
他人が積み上げたものを全て崩す社会的立場すら存在しないゴミ。
それが、いやそれ以上のものが僕だった。
自分にできる「あたりまえ」は他人にもできる。
けど他人ができる「あたりまえ」が自分にはできない。
それが僕の「普通」だった。
その普通が裏返るほどのなにかも持ち合わせていない僕は、もちろん蔑まされてもおかしくはない。
なにせ、他人にできることが自分にはできないのだから。陰口を叩かれたり、拒絶されたりするのはそれこそあたりまえだ。それでも学校に行っているところぐらいしか誇れるものがないわけだが。
「……はあ」
ため息をつく。
窮境で憂鬱な今日がやってきた。
こう考えるのは一体何回目になるのだろうか。
這い上がる屍のように、カーテンの奥から日光が突き刺さる。
僕はそれから目を背ける。もし見たとしたら虚しくなるから。
「今日は……」
土曜だった。何もすることがない。
強いて言えばどう死ぬかを考えることか。
「自殺しようとするから駄目なのか?」
かの作家は言っていた。
「世の中の大抵のことは、失敗するより成功するほうが難しい。
なら私は自殺ではなく自殺未遂を志すべきなのだ」と。
素晴らしい考えだと思った。
だが実行はしない、足がすくむから。
けれど、今日の僕はそんな考えをなくしていた。
「……行くか」
気づけば、僕の足は勝手に動いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そこには先客がいた。
土曜日の、朝方。学校の屋上など誰も居ない……はずだった。
そこには一人。たった一人が、なにもせず、ただ上を見上げて立っていた。
「……やァ」
気配に気づいたのか、こちらに顔を向けた。
男か女かわからない容姿と声色。見覚えも学校との関係も恐らくない、ただそこに存在しているだけの、ヒト。
「こんな日のこんな時間に、何をしに来たのかな?」
「……あんたこそ。こことの関わりはないように見えるけど。何をしてるんだ」
「質問に質問を返すのかい?無礼だねェ、まァいいさ。何をしているのかと聞いたね。私は思い出していただけだよ。天から命を授かり、生きて、生きて、墜ちて、生きた今までの全てを。そっちはどうなんだい?」
「自殺しに来た。あんたがいるから無理だけどな」
「なぜ無理なんだい?私は自殺を止めようとは思わない。自殺をするのは人の勝手だ。それをわざわざ止める意味は私にはないよ。
人は自ら生きて、自ら死ぬ権利があるからね。そんな権利を奪おうとは思わない」
そうかよ、と言い捨て、屋上の端の方へ行く。
落下防止用のフェンスに手をかけると、かしゃん、と金属が揺れて擦れる音がする。
現実を見ると、怖く感じる。これこそ、恐怖で足がすくむと言うのだろう。
「……君は、なぜ死にたい?」
その人は聞いた。
「なぜ……そう聞かれると言い方に悩むな」
簡略化してしまえば、他人にとってのあたりまえを自分がほぼ全てできないからだろうか。
それをそのまま、その人に伝えた。
それを聞いたその人は、途端に笑った。
「……アァ、ごめん。可笑しいって思ったら正直に笑ッてしまうんだ。ただ、そんな程度で死にたいなんて思ってたら、人生やっていけないよ?」
自分が受けてきた苦痛を「そんな程度」でまとめられては、こちらとしてはとても腹が立ってしまう。
「知ったかぶった事を言う奴は嫌いだ」
「そうかい、私は知ったかぶってる自覚がないもので。キミの苦痛がどれほどかは重々承知だよ。
ただそれ以上に、私が墜ちたことがあるという事実があるだけさ」
「だから何だ」
「キミは、親から見捨てられたことがあるかい?」
急に、その人は語りだした。
「誰にも愛されず、誰にも蔑まされず、誰にも拒絶されず、誰にも陰口を叩かれず、ただ独りで生きたことがあるかい?
目の前に降ろされた、救いの手だと思った一本の蜘蛛の糸が、上から下まで嘘偽りだったことがあるかい?
自分自身の存在意義があったことがあるかい?
生徒にも、教師にも、近所の人間にも、何もかもに無視されたことはあるかい?」
何処か遠い目をしながら、されどその曇りなき眼は焦点をしっかりと僕に合わせる。
「それらは全て、キミが感じたことのないもののはずだ。陰口を叩かれたり、拒絶されたり、蔑まされたりと、相手が自分に反応するだけまだマシと思え。キミみたいに下らない理由で死のうとする意味がわからない」
……確かに、その人からはそう感じるのだろう。
だけどそれはそれ、これはこれだ。僕には僕なりの理由がある。だから死にたい。
「……まァ、これはあくまでも私の一つの意見に過ぎない。私がキミと同じ立場だったら、私も死を望んでいることだろう。
ただ、私とキミには決定的な違いがある」
その違いとは何なのか、それに対する答えは大方でている。
「それは『慣れ』だ。
私はもう、私はそんな人間なんだと吹っ切ッて、現実に慣れている。だがキミはどうだ?そうなり始めたのは最近……軽く見積もって大体中学に上がって二、三ヶ月経ったころあたりだろう?ざっと五年ほど」
何故か的確に、その人は当ててきた。
「……だったら何だ?自分が楽になるには慣れるしかないって言いたいのか?」
「えーとねェ……他にもあるにはあるよ」
「あるのかよ」
「そうだね、まずは周りを良く見てみようか」
「……え?」
周りを良く見ることに何の意味があるのかわからないし、周りを良く見る以前に周りから蔑まされている僕には、その言葉の意味が理解できていなかった。
「果たして、キミの周りにいる人は全員キミのことを嫌ッていたのかな?それとも、何人か心配してくれた人はいたのかな?」
その言葉を聞き、ハッとした。
思い返せば、心配をしてくれる人はいた。
ただ、自分に傷がつくという自己中心的な理由で腫れ物扱いしていただけだ。
「わかったかな。キミのことを心配する人はいるんだよ。
ただ、キミのことを蔑む人の中に埋もれているだけさ。さっき言ったと思うけど、私はキミが自殺するのを止めようとは思わない。ただ考え直してほしい。
キミには私と違い、味方がいる。その時点で恵まれているんだ。
だからせめて、死ぬのなら、それが意味のある死になるように死んでくれ。
バトル漫画で相手を道連れにして死ぬように。薬の実験に使用される小動物のように。
自殺という意味のない死ではなく、そういう意味のある死を最後に迎えてほしい。それが私の望みであり、夢だ」
一通り話し終えたのか、その人は「ふぅ」とため息を吐く。
「まァ、結局のところはキミの選択次第だよ。
キミが意見を変えないのなら飛び降りていい。
もし私の言葉で動かされたのなら、そこからどのような答えを出して、どのような行動をするのかを自分で決めるんだ」
その人の問いかけに対し、
「僕は……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
心地の良い春がやってきた。
蒸し暑い夏がやってきた。
彩りのある秋がやってきた。
凍えそうな冬がやってきた。
それらはずっとずっと、繰り返された。
高校を卒業し、大学を卒業し、家庭をもち、子を授かり、さらに月日は経過していく。
あの人に言われ、周りを良く見れば、心配してくれる人は多数いた。味方もいた。優しさから作られる傷は、僕の心が感化されていただけだった。
未だに、生きる意味なんてできやしない。
だけど、自分の死が意味のある死になるように。生きている内に、生きる意味が見つかるように。
僕は今を生きている。
苦しかった日々を生きている。
だから、姿の見えない、恐らく目の前にいるであろう、貴方にも伝えたい。
生と死こそが、この世の何よりも救済なのだと。
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