弐拾捌頁目 崩国の呪い
〜〜数分前・とある瓦礫の中〜〜
聖騎士団長ラルダの一撃。
当人の情から切り離された裁きの一撃は
間違いなくベリルの胴を穿ち風穴を開けた。
果てまで飛ばされたその体はピクリとも動かず、
瓦礫の中で魔物の仔はただ静かに死を待っていた。
(――いやだ)
ぽつりと滴る憎悪が一つ。
凪の心境に波紋を広げ、
小さな心臓に鼓動を与える。
(まだ誰にも、復讐出来てないッ!)
其れは人の身であれば奇跡、
さりとて魔物の身であれば必然の帰着。
噴出す憎悪の熱、直前に喰らった人肉の糧。
元々高めな魔力量に、身近に居た実例の数々。
そして何より今日まで行ってきた訓練の賜物。
己が死ぬかもしれないという土壇場で、
ベリルは『再生能力』を獲得した。
「かハッ――!?」
目覚めた時、夜風の冷たさに反して
彼の体は燃え上がるように熱くなっていた。
穴に開いた傷跡は再生したての肉で埋められ、
黒ずんだ血を接着剤に服と癒着し目立たない。
掌でそっと触れてみれば、
心臓の鼓動を容易く読み取れた。
「なんとか、生きてた……」
「そのようだな」
「っ!?」
声に反応し身構える。
しかしそこに立っていたのは
彼の唯一とも呼べる権力者の味方だった。
「誰にやられた小僧?」
「大公……陛下? 何故ここに!?」
「護衛の枢機卿が血相を変えて飛び出した
興味が湧いたので他の聖騎士の目を盗んで
親衛隊員二名と出張ってみれば
偶然貴様が吹き飛んでいくのが見えたのだ」
(結構フットワーク軽いよなこの人)
「で小僧、貴様は誰にやられた?」
「えっと、それは……」
ベリルが言い淀んだのは
相手が聖騎士団長ラルダだったから。
魔物にとって一番の天敵に
己の正体が露見してしまったからだった。
それを話せば大公がどんな判断を下すのか、
分からないほどベリルは抜けてはいない。
また幸運にも大公は
口ごもるベリルに対して「まぁいい」と告げ、
それ以上の追及をしようとはしなかった。
死の淵から蘇った者の記憶が曖昧となり
誰にやられたか思い出せなかった実例を
直前にも一度聞き及んでいたからだ。
故に大公は連れて来た親衛隊員二名の方に
すっかりと顔を向けてベリルに背中を見せる。
「……!」
魔物の仔に、大公は背中を見せていた。
復讐心の焔で再起した化け物相手に、
やすやすと、大きな隙を晒して。
その背中があまりにも美味そうに見えたので
ベリルはふと脳裏を過った事を口に出す。
「大公陛下、ガネット親衛隊長は?」
「囮として博覧館に残してある
奴を適当な部屋の前に立たせておけば
そこに私が中にいると誤認させられるからな」
「……このあとはどうする予定ですか?」
「さてな。もう少し枢機卿を探してみて
見つからないようなら大人しく戻るとしよう」
「っ……!」
殺れる。その言葉が頭に浮かぶ。
護衛はいるが実力はガネットほどじゃない。
ベリルらの事情をある程度知っている分、
彼らは少年を味方と思って警戒していない。
大公陛下は言わずもがな、ベリルなら楽勝だ。
かつてこの人間の謀略に巻き込まれて
シェナを失った魔物の少年にとって、
今この瞬間こそが初めての好機。
千載一遇、暗殺の機会。
誰が誰を殺したか分からないこの状況こそ、
復讐者が待ち望んでいた絶好の瞬間。
いつぞやギドから貰った了承も相まって、
彼の目は既に殺人鬼のそれであった。
が――
「しかし、再生能力、か」
「!」
「日々成長しているのだな、小僧」
「……」
振り向く事なく紡がれた言の葉が、
誉め言葉でも何でもないその声かけが、
ベリルの中にすぅっと入って溶けていく。
大公がしたのは賞賛でもなく激励でもない。
ただ事実を述べて、承認しただけ。
しかし逆にそれが十五歳の少年に芽生えた
僅かな承認欲求をくすぐった。
(今、じゃないかな。今はまだ……)
大公個人に向けられていた復讐心を
ベリルはいつの間にか自ら鎮火させていた。
そして同時に彼らは帝国博覧館から
放たれる謎の発光現象を目撃する。
「どうやら最終局面のようだな」
「……ですね」
「戦後のためにも考えて動かねばな」
「あ、その事なんですけど――」
「ん?」
~~現在・帝国博覧館第二層~~
吹き抜けより届くのは雲を裂く月の光。
砕けた天井の瓦礫を彩るように
寒色のスポットライトが室内を照らす。
そこで立ち上がるのは二つの生命。
一つはこの状況を作り出した強襲者ベリル。
もう一つは皇帝を狙う暗殺者オリベルト。
氷令院の頭目は、血の滴る頭を持ち上げる。
(ベリル君、どうするべきか……)
「誰かと思えば、オリベルト候でしたか」
(ここは一か八か)
オリベルトは剣を捨てると
両手を挙げて台詞を吐く。
いつもの外行用の優しい口調で
ずっと装っていた態度を以て。
「落ち着いてくれ! 僕は敵じゃない!」
「……!」
「むしろ君は一体……いや、今はいい!
戦えるのなら協力してくれ!
アルカイオス陛下がピンチなんだ!」
「……幼帝が」
オラクロン陣営目線では
オリベルト候への好感度は悪くない。
そうあろうとして接してきたのだから、
公国の者が侯爵を敵視する理由がない。
加えて今さっき来たばかりのベリルには
氷令院だとか呪いだとかの情報が皆無。
彼の目線ではオリベルトは依然
子供好きの優しいお兄さんであるはずだ。
(アルカイオスやアドルフが降りて来る前に
この子を殺すか味方に引き入れて――)
「切り裂け。『空皇』」
「ッ!?」
咄嗟に氷の剣を生み出し構えた侯爵に、
暗がりから飛来した刃根たちが
鮮やかな弧を描いて斬撃を浴びせた。
ベリルの魔力操作で自由に飛び交う黒い刃は
氷令院仕込みの防御姿勢を容易く抜いて、
オリベルトの肩や頬を裂いて膝を突かせた。
「な、ぜ!?」
「オリベルト候でしょ?
帝国に行く道中で僕と戦った黒衣の剣士は」
「!? 気付いてたのかい? ……いつから?」
「最初に違和感を覚えたのは前夜祭
僕がメイド殺害の容疑を掛けられてた時」
「え? 僕何か変な事言ったっけ?」
「いや何も。言ったのは他の人たちだよ」
あの夜、容疑者のベリルは別室に隔離され、
宰相、ソダラ、イオスの三名と次々に対面した。
その際、特に初対面のイオスはこう問うた。
――この少年はビクスバイトの隠し子か、と。
それは前夜祭会場で出会っていたソダラも同じ。
初対面時、彼もまた大公の縁者かと勘繰った。
それをしなかったのはオリベルト候と、
彼からベリルの立場を聞いた宰相の二人だけ。
これらを踏まえて改めて思い返してみれば、
当時は感じなかった違和感も発掘される。
「貴方は僕と最初に会った時に大公に言っていた
――『賢い部下をお持ちですね』って」
「!」
「貴方だけだよ、大公の親戚と思わなかった人
十五歳の子供を見て最初に部下って思う?
まるで僕が戦う所を見た事ある人みたいじゃん
そう思ってよくよく見てたらオリベルト侯、
ずっと左腕を庇うような動きしてたよね?」
「……例えば?」
「ソダラ公からグラスを受け取った時
指先でつまむんじゃなくて掬うように貰ってた
僕が刺した腕の神経が治ってないんでしょ?」
「ちゃんとした病院には行けなかったからね
握力がまだちょっと戻ってないんだ」
観念かのしたように深々と
オリベルトは息を吐いた。
「龍璇殿でした氷令院についての質問は、
もしかしなくても僕へのカマかけだった?」
「歴史が好きなのに氷令院は興味ないなんて
ちょっと不自然だなって思ったよ」
「いやその程度……いや、そっか。そっかぁ」
自身の腰に両手を添えて
オリベルトは割れた天井に視線を上げる。
まるで噛み締めるような台詞と共に、
彼の纏う雰囲気が一段変わった。
「アサラにもよく脇が甘いって言われたっけ
そんなんだから君は霜徒止まりなんだって」
(? 何か不気味な感じ……!)
「腹立つなァ……なんでも知った風な事を!」
「ッ――!?」
ベリルは威圧に押されて飛び退いた。
どんな攻撃にも対応出来る距離を確保し、
万全を期すために黒翼を大きく広げて。
それは天魔が取る行動として最適なのだろう。
がしかし、今この瞬間においてそれは
オリベルトにより引き出された行動だった。
(最初僕はベリル君の素早い説得を狙った
けど正体がバレてたのなら取る行動は真逆!)
(――階段から足音!? まずい!)
(今は時間稼ぎがしたかったのさ!
魔物の君は、正体を隠すため翼を仕舞う!)
悠長な会話と威圧で余裕を作ったのは
ベリルの正体を知らない宰相たちを待つため。
そして広げたばかりの翼を仕舞う行為には
相応の意識のリソースを持っていかれる。
正面からの攻撃に、完全無防備となるほどに。
「『氷槍』ッ!」
剥き出しの殺意を体現するかのような
刺々しい巨大な氷の槍が八本、
ベリルに向かって突き出された。
少年は咄嗟にそれの回避を試みるが
やはり完璧には避けきれない。
片腕は氷槍に持っていかれて欠損し、
同時にオリベルトは壁の穴へ走り出す。
アドルフとソダラ、
そしてアルカイオスが降りて来た頃には
既に暗殺者は館内から離脱し、
また魔物も腕の再生を終えた所だった。
「べ、ベリル!? なんでここに!?」
「ど、どうも陛下。助けに来たのですが、
えと、倒壊に巻き込まれちゃいましてぇ~」
(ん、このガキは確か……)
宰相アドルフは少年の顔を見止め、
次いでその腕の状態に衝撃を受けた。
年相応の肌艶のある片腕が露出している。
否、片腕の袖だけが妙な所で途切れていた。
まるで一度、腕だけ再生したかのように。
しかしそこまで思い至ると同時に、
宰相の瞳には少年と話す幼帝の横顔が映る。
彼の登場が心底嬉しそうな、幼子の顔が。
それを眺めてアドルフが目を閉じていると、
彼の肩を借りていたソダラ公が問い糾す。
「おいガキ! オリベルトはどこだ!?」
「! 外です」
「追えアドルフ! 俺は捨て置いて構わん!」
「ええ。奴を絶対に逃がしは――」
「あ、待って!」
「ああ!? なんだガキ!」
「オリベルトなら、多分今頃……」
~~~~
氷の足場を形成し、影から影へと侯爵は跳ぶ。
その道中、彼はふと目を閉じると
耳に意識を集中させて周囲の音を収集した。
氷令院に伝わる超聴力の技能。
索敵範囲は、音の通る夜の外なら、街一つ。
――状況確認急げ!残存兵をかき集めろ!
ソダラ公陣営の私兵たちが集結を始める。
内部に現れた氷令院の暗殺者を辛くも排除し、
再び一枚岩となって群れ始めたらしい。
――今が好機だ!革命を成すぞ!
北限解放軍の総長が剣を掲げて
戦意喪失気味だった連中を鼓舞している。
掲げる旗も無しに幼帝の首を狙うらしい。
――全く、まだこんなにいたとはな!
ハルバードを構えた仮面付きの聖騎士が
迫る魔導機構の大軍相手に孤軍で挑む。
直後に響くのは破壊音。どうやら優勢らしい。
「……ちっ」
ベリルに付けられた傷が痛む。
直前の計画では既に万博の崩壊は始まり、
各地で狂気に呑まれた人間たちが
もっと盛大に殺し合っているはずだったが
爆弾の発動すら見えない所から察するに
どうやら氷令院の謀は阻まれたらしい。
(一時退却か……いや幼帝の確保は必須!
くそっ、こんなところで終われるか……!)
「どこへ行かれるのですかな、侯爵?」
「!?」
路に並ぶ木の陰から現れたその人物は
オリベルトを呼び止めると同時に
全身を晒して対峙した。
そして彼を守護する二名の兵士が、
空中のオリベルトに投石を行い叩き落とす。
当たり所、そして墜ちた際の打ち所が悪く、
オリベルトはその人物の前で
無様にも倒れ込んだ。
「ぐっ、ビクスバイト……!?」
「呼び捨てですか?
余程、切羽詰まってると見える」
「――っ!?」
倒れた事でようやく気付けたが、
どうやらオリベルト候の背中には
一枚の黒い刃根が突き刺さっていたらしい。
それはベリルが攻撃の際に刺した目印。
天魔の魔力を辿って侯爵の所在を
仲間に明かす発信機であった。
「随分と脇が甘いようですな」
「ッ……!」
「ともあれ『終わり』です侯爵
共に歩めないのは残念でなりません」
「うざ……」
「ん?」
「イチイチうっざいんだよビクスバイト!
僕は最初からあんたも殺す気だったさ!」
オリベルトの目的は帝国の自死。
美しかった国がこれ以上枯れる前に
自らの手で引導を渡させる事。
帝国に対しての偏愛が生み出す
狂気とも言うべき身勝手な陰謀だった。
しかしそれ故に愛国心は人一倍。
帝国の再興ではなく損切りを選んで、
オラクロン大公国など樹立した大公は
最早親殺しの仇にも匹敵する。
「僕の終わりはここじゃない!
死ぬのはお前だ裏切り者ォッ!!!!」
飛び掛かるオリベルトに対し、
即座に親衛隊員二名が武器を抜く。
抜き身の短刀を逆手に握り、
大公を守る位置に両名共に陣取った。
しかしその程度はオリベルトも予想済み。
黒衣の暗殺者は氷の壁で彼らの視線を断つと
同時にその陰から上に素早く飛び出し
大公の背にある樹木に飛び乗る。
「醜き帝国に美しき死を――」
枝葉が彼の体重を支えてぐにゃりと曲がる。
その反動を速度に変えて、
逆手で氷剣を構えたオリベルトは
標的を背後から襲う。
「貴様はその前座だ! オスカーァッ!!」
「――ふん、演出家気取りか」
大公は振り向き、
その泥のように濁った瞳で刺す。
「究極のナルシシズムだな
そうは思わんか? 遊撃隊長?」
刹那、大公の護衛たちとは
全く別の角度から一太刀の閃きが白く輝く。
それは鮮やかなまでに流麗に、
大公へと迫る暗殺者の胸を斬りつけた。
オリベルトがその事に気付いたのは
自身の胸部から血が噴き出した後の事。
眼前に現れた白衣の剣士を認識したのは
更にそこから一秒後の事。
「同感です陛下。敗者が死に場所を選ぶなど」
(なん……こ、いつ! どこから!?)
「愚の骨頂」
「ッ――!?」
切り口が、遅れて更に広がり出す。
奇しくもそれはオリベルトと今日まで
一度も遭遇しなかった魔物。
彼のチェックリストから漏れていた、
公国の最大の秘匿戦力。
「申し遅れました、私ギドと申します」
「あ゛ぁ!? いやだ、こ、こんなっ!」
「冥途の土産にどうぞ」
「こんな、ところ……でっ!」
その言葉を以て、
オリベルトは顔から地面に倒れ込む。
血肉の落下音がグロテスクに響いた後には、
壊れた水道から漏れ出るように
大量の血が溢れ出していた。
「ガネットを置いて来たのだ
代わりの戦力くらい用意する」
演出家を気取った暗殺者の血を踏みつけて、
大公オスカーは冷たく吐き捨てた。
~~~~
最初にアサラと出会ったのは
自分の屋敷で開かれたパーティ会場。
当時まだ十代前半だったオリベルトに、
一回り年上の艶やかな華は優しく語り掛けた。
私と一緒に踊りませんか、と。
触れ合う手は優しいのに冷たくて
昂る気持ちの熱と反比例して気持ちが良い。
足運びのリズムと共に揺れる脳は
彼女と同じ空気を吸える快楽に溺れていた。
このままずっと、踊ってたい。
そう考えた直後に知らない女の悲鳴が響き、
貴族の一人が暗殺されたと報告が入る。
その瞬間、オリベルトはふとアサラの顔を見て、
其処に浮かぶしたり笑顔に魅了された。
嗚呼、彼女が殺したんだ。
証拠無き直感は彼の心に確信を与え、
自分だけが知る秘密という属性を得た。
特別感は更なる高揚を生み、
ことさら余計に彼女という華の毒に
逆らえない甘さを際立たせた。
惜しむらくは己の血筋。
オリベルトとアサラはいとこであったがために、
そもそも彼は彼女という華を
手に入れる権利すら持ち合わせていなかった。
同じ組織に入るまでで精一杯。
しかしそれでも不満は無い。
こんなにも近くで彼女と共にあれるなら
オリベルトの心に暗い影は伸びなかっただろう。
例え悪名高い先帝の妻となろうとも、
その強欲の捌け口となって汚されようとも、
先帝との子を産み落とす事になろうとも、
彼女が心が自分と同じ方向を向いてさていれば
それだけでオリベルトは満足出来ていた。
なのに――
――『ネーロ。貴方に預けた呪術師を貸して』
――『何に使うのかって? ふふ、秘密』
――『そう仲間にも。これは私たちだけの秘密』
あろうことかアサラは氷令院、
否、オリベルトよりも愛する我が子を選んだ。
あの国を傾けた穢らわしい先帝との子を、
幼い頃からの知己よりも優先した。
オリベルトは捨てられた。捨てられたと感じた。
(なんで裏切ったんだよ、なんで……!)
オリベルトにとってアルカイオスは憎悪の的。
呪いさえ無ければとっくに殺していた餓鬼畜生。
手に入れられなかった美女と、
憎き腐敗の象徴との間に産まれた膿。
(憎い、憎い、憎い、憎い、憎い!)
かつて幼帝を呪った呪術師は
オリベルトが管理し生き永らえさせていた。
そして、これは彼自身も知らない事だったのだが、
何年も呪術師と接触していた彼の体には
既に呪いの力が伝染していた。
(憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いアルカイオスは憎い憎い憎いアルカイオス憎いアサラ憎い憎い憎い帝国憎い帝国憎い憎い宰相憎い憎い憎い憎いアルカイオス憎い憎い憎い全て全て全て憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!)
今、憎悪と呪いが結合する。
〜〜〜〜
「――大公陛下離れて!!」
危険を察知したギドが
敵の遺体から大公オスカーを強引に引き剥がす。
直後オリベルトの体からは悍ましい力が飛び出し、
直接殺した魔物にでは無く、
憎悪の標的となった幼帝たちの居る
帝国博覧館を目指して飛翔していった。
エネルギーはすぐに半壊した目的の建物を掴み、
壁を伝って大地の中へと侵食していく。
まるで雷撃が地上をかち割るかのように、
呪いの力は万博会場を穿って龍脈と繋がる。
刹那ゴトンと鈍い音が響き、大地が鳴動し始めた。
「遊撃隊長! これは……!?」
「まずいですね……反重力エネルギーが奪われる」
〜〜帝国博覧館内〜〜
鳴動は対流圏中層に浮かぶ万博中に伝わり、
新たな危機の接近を誰も彼もに直感させる。
震源地とも呼べる館内ならば言わずもがな。
ベリル、ソダラ、アドルフの三名は
アルカイオスを守りながら脱出を図る。
これまでの戦闘で砕けた建物は脆く、
一刻の猶予も無い事は全員が理解していた。
「僕たちも穴から飛び降りますか?」
「ダメだ。陛下の御体に負担が掛かり過ぎる
それにソダラ公にもそんな体力はない」
「気遣いどうも。置いて行っても構わんぞ?」
「ダメだよ大伯父様!
あんたも生きて帰る! これは皇帝命令!」
「……! ハッ、そりゃ死ねねぇわ!」
通路を進む際に先行するのはベリル。
最後尾にはアドルフが構え
ソダラとアルカイオスを挟んで守る。
揺れと怪我とで一団の足は速くないが、
僅かな瓦礫の落下程度なら十分守れる。
だが彼らを阻むのはそれだけではない。
途中、彼らを氷令院の残党が襲った。
下層で待機していた連中が、
敗北を悟って破れかぶれの吶喊を
仕掛けて来たのだ。
魔物の本性を見せる訳にはいかなかったが、
再生能力を得ていたベリルは
咄嗟に腹に迫る相手の武器を恐れ無く掴み、
素早く、そして身軽な足技で顔を蹴って
武装の強奪に成功した。
次いで彼は迫るもう一人の攻撃を弾き、
身を捩る回転と共にその両手を斬り飛ばす。
「ヒュー! やるじゃねえかオスカーんとこのガキ」
「親戚です。それより、さぁ! こちらへ!」
「うん! ありがとベリ――」
頼もしい相手に手を伸ばしたその時、
幼帝の視界の端に何かが映った。
それは素通りするつもりだった部屋の中。
月明り以外に光源の無い暗い部屋。
振動で物品が大量に散らばるその中で、
幼帝は壁に置かれた絵画を見止める。
「え――?」
それは、万が一のために
オリベルトが部下に持ってこさせた絵画。
待機組の手に預け、彼らが潜んでいた
その部屋の中に放置されていた幼帝の宝物。
それを見れば例え蜂の大群がいる中にも
飛び込んでしまうほどに、
アルカイオスにとって最も重要な品。
即ち――皇太后アサラの肖像画である。
「お母様!?」
「「なっ、陛下!?」」
直後の出来事はまさに一瞬だった。
室内に幼帝が駆け出して行ったその瞬間、
まるで狙っていたかのように床が歪む。
直後呪いで侵され紫色に変色した
龍脈の反重力エネルギーが、
遂に耐え切れなくなった建物を飲み込んだ。
それは帝国博覧館周辺一帯を
地盤ごと持ち上げ粉々に砕き、
幼帝を他三名とは分断する形で
別の浮島に閉じ込める。
「アルカイオス!?」
「止まれアドルフ……! その先は危険だ!」
「しかしソダラ公! 陛下が!」
「わーってる! だが危険なのは全員だ
――チョーカ帝国に住む、全員がな」
「え?」
ソダラ公の指摘に促され、
帝国宰相アドルフは浮島の端から
中央部の抉れた万博本土に視線を落とす。
すると其処には、浮島と同じく
禍々しい汚染龍脈の紫色が漂っていた。
オリベルトの憎悪を汲んで。
「移動、している!?」
「やっぱ俺の見間違いじゃあねぇよなぁ
……んでもってこの方角、狙いは多分」
「帝都ラクアか!?」
オルベルト候の憎悪は、
帝国の完全な崩壊を望んでいた。
即ち万博会場を帝都に落着させて、
帝国の機能を完全に停止させるのだ。
否、それだけではない。
「仮にこの汚染龍脈が、
地上の龍脈と結合したらどうなる?」
「完全な俺の憶測だが、龍園は地獄と化す
園外に国を維持する力は無いし、詰みだ」
オリベルトは既に死者。
万博は彼を倒して終わりとはならない。
つまりはこの会場そのものを
落下前に止めねばならない訳なのだが、
そんな力に宰相は心当たりなど無かった。
少なくとも全員が助かるような妙案はない。
しかしそれでも、宰相の足は動く。
「おいどこに行く!?」
「氷令院の爆弾を利用する……それしかない」
「!? 全員死ぬぞ?」
「いや陛下だけは呪いの力で生き残る
だがそうですね……ソダラ公
貴方は陛下を連れてどうにか逃げてくれ」
「……俺でいいのか? お前じゃなく?」
「元々この万博が終われば死ぬつもりでした
陛下の呪いを解いてあげたかったが
もうそれも叶いそうにありません……」
「チッ、分かったよ仕方ねぇ……!
おい公国の! お前ももうちと付き合え!」
ソダラ公は頭を掻きむしると
去り行く宰相の背を見ながらそう叫ぶ。
しかし待てども待てども反応は無く、
苛立つ老爺は遂にベリルの名を呼んだ。
「おい! 聞いてんのか!?」
だがしかし、
そこには既に少年の姿など無かった。
「あ?」
~~とある浮島~~
星が美しく、夜風が気持ちいい。
周囲には龍脈の力で浮かぶ他の浮島もあるが、
今ベリルが目覚めたこの島が恐らく
周囲で最も大きいサイズなのは疑いない。
最早元々どこの国の建物だったのか
周囲を見回しても理解できないが、
何もそれはオリベルトの呪いで
大地が砕かれた事だけが原因では無かった。
「――!?」
宙からのレーザービームに反応し
天魔はすぐに飛び退き回避行動を取る。
しかしその光線はまるで彼を追うように、
その軌跡をなぞって大地を抉り続けた。
溜まらずベリルはその発射口に向け
数枚の刃根を飛ばして砲門を破壊する。
するとその爆発によって、
彼を狙う者の正体が闇夜に照らされた。
それは青い髪をした、黒服の少年。
「アクア・メルディヌス……!」
「やあベリル。君も来たんだ」
「……『君も』?」
「ああそうだ。そら来たぞ」
アクアがそう指し示した直後、
別種の攻撃が二人を同時に襲撃した。
それは緑の閃光と化した矢の嵐。
先のレーザーにも負けず劣らずの猛攻が
ベリルとアクアを見境なく攻撃した。
しかしその猛攻は思いの外すぐに止む。
大砲が如き矢の射手が、
攻撃を防ぐベリルの姿を見つけて
僅かに動揺したいたからだ。
「どうして君が……?」
(!? この声!)
「あぁいやそっか、『肉体再生』……」
(ラルダ・クラック……!)
「魔物なんだもんね。ベリル」
当代の聖騎士団長が弓を仕舞い剣を抜く。
それに合わせて機械技師は
自分の身長よりも巨大な武装を複数携え、
同時に天魔の少年は翼を広げると
刃根を束ねて黒刀を握った。
(今度は一撃で、諸共に殺してあげる)
(最大の障壁二人。不安は今で潰しとこう)
(僕の正体を知る人間が揃った。丁度良いや)
是なるは次代を担う三原色の三つ巴。
ラルダ、アクア、そしてベリルの三名が、
帝国万博最後の対戦カードに名を挙げる。
「エルザディア聖剣術――!」
「駆動せよ『神託機械』!」
「『風の名前』ッ!」
重なる三つの声色が、
ゴングの代わりに天を裂く。




