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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第弐號 閃滅翠聖/葬蒼凶機
55/57

弐拾伍頁目 傾国の呪い

 〜〜約十年前〜〜



 王が死んだ。王が死んだ。王が、死んだ。

 皇帝と呼ばれる一国の主が、こうも容易く尽く、

 歴史に名を残せぬままに殺されていく。

 勇者が数代前の宰相を告発し、

 帝国の闇を白日の下に晒したあの日から、

 まるで日に照らされた夜の怪物が

 肉体の輪郭を保てず自ら砕け散るように、

 チョーカ帝国は『自滅』の一途の辿っていた。


 揺らぐ王権。連なる口実。偽りのスキャンダル。

 度重なる毒の晩餐が拵える空席の玉座。

 皇帝が死んだ。皇帝が死んだ。皇帝陛下がまた死んだ。

 水面下で繰り広げられる皇室のバトルロワイヤルは

 女子供も関係なくとにかく血の色が好きだった。

 果たして次は誰があの輝く断頭台に登るのだろう。

 誰であろうと、その者はこの世一番の不幸者だ。



「アサラを、我が正室とする」



 そんな魔境に招かれた美女がいた。

 多くの殺戮の上に玉座を奪った傲慢な王が

 偶然見つけて来た国一番の絶世の美女。

 アサラ・(フェイ)・イグルア・インペリア。

 麗しく、そして不幸な華だと誰もが思った。


 だから皆が彼女を守ろうと精を出した。

 せめてこの冷たくも可憐な華だけは

 あの傲慢な王から守ってやらねばと決意した。

 どんな陰謀が張り巡らされようとも

 彼女にだけは危害を加えてはならない。

 疑いの眼が向くような事も、

 ましてや彼女の視界に入れる事も許されない。


 敵も味方もいつしかそれを守り始め、

 破った者は双方から狙われ、殺される。

 それは無法の中で生まれた暗黙のルール。

 そして――アサラが求めた理想の盤面(シチュエーション)



「陛下がご崩御されました。()は我が子に」



 結局玉座を獲ったのは、国一番の美女だった。

 腹に宿したあの傲慢な王の子を口実に、

 彼女はさも当然のように玉座に腰を落とす。

 狂気、堕落、渇愛、血を使わない陰謀。

 誰もが彼女という華が持つ毒に狂わされ、

 気付いた時には手遅れとなるほど踊らされた。


 誰もがその狂気を目の当たりにし

 そして誰もが口を閉ざして目を背ける。

 どのみち国はとっくに死んでいた。

 そう自分たちに言い聞かせて――



「だと、いうのに、貴方はまだ逆らうの?

 次期宰相候補のアドルフ・ダイクロア様?」


「ぐっ、ぁ……国を、奪わせるものか……!」


「この国がなんだというの?

 不思議な人。私と貴方には――

 こんなにも明らかな()()()があるのに」



 真っ青に氷結した玉座の間にて、

 複数の氷の剣に拘束されたアドルフが伏す。

 この日、彼はアルカイオスの命を狙い、

 アサラが一人でいる所を単身で襲撃した。

 しかし、彼女はただの策謀家では無かった。

 アサラは――戦っても普通に強かった。



「アサラ、貴様……

 帝国暗部『氷令院』だったのか……!」


「あまり私に術を使わせないで頂戴

 これ以上冷えたら私の可愛い子が起きちゃう」


「ならば氷は使わねばいいだろう……!

 貴様らの暗殺術なら、私なんぞ容易く――」


「あら、ならそうさせて貰おうかしら」



 氷の解除と共に立ち上がり、

 美女は服の中より暗器を取り出す。

 武器種の名は『鴛鴦鉞(えんおうえつ)』。

 月牙と呼ばれる三日月状の刃が二枚、

 交差したような形状の特殊な武器。

 斬る、突く、刈る、削ぐ、引っ掛ける。

 拳法の動きにそれらを付与する玄人武器。


 軍部出身のアドルフはそれを見た瞬間、

 彼女の空白の経歴を埋める

 暗い過去が見えたような気がした。

 だが諦めて目を閉ざした彼の耳は、

 己の肉が引き裂かされる音ではなく、

 間近の床に刃が突き刺さる音を聞いた。



「え?」


「なーんて冗談! ウソウソ!

 次の宰相は勢力図的に貴方で確定なの」


「叛意を見せた私にまだ利用価値があると?

 氷令院の目的はなんだ!?」


「あら、鈍いお方――」



 美女が男に顔を近付ける。

 その微笑みは脳を蕩けさせるほどに甘く、

 その唇から紡がれる言の葉は耳を犯す。



「――我らは甘く、そして冷たい」



 全ての毒は慈悲という名の甘い蜜。

 気付けばアサラの指先は男の頬をなぞり、

 やがてあみだくじを辿って下るように

 彼の首筋にそっと触れた。

 その一連の動きに、婀娜な行為に、

 若きアドルフは指先一つ動かせなかった。



「――!」


「あっはは! おマヌケさん!

 警戒してたのに呆けて接触を許すなんて」


「一体、なにをした!?」


「何も。ただ貴方が抗えなかっただけ

 私という毒婦(おんな)の甘さを脳が求めただけなの」


「……ちが、私は!」


「別にいいじゃない。所詮この世はあみだくじ

 定まった運命をなぞるように辿りなさいな」


「っ――」



 この日男は心身ともに完全敗北した。

 まるで首輪を付けられた犬っころのように

 アドルフはアサラが描くシナリオ通りに動く。

 虚無の目をして、抵抗の牙も折れて、

 ただ彼女の言いなりとなって宰相の席に着く。


 ――状況が動いたのはそれからしばらく後の事。


 この日、皇帝住居『龍璇殿』の敷地内で

 細やかだが重大な事件が勃発した。

 まだ二足歩行もままならないアルカイオスが、

 巨大蜂に刺されて救急搬送されたのだ。

 その蜂は分類こそ魔物では無かったが、

 極めてそれに近しい危険生物。

 その猛毒に、幼帝は三日三晩魘された。



「ご容態は?」


「宰相閣下……! あまり芳しくありませんな

 帝国最高峰の処置を施しましたが、

 陛下はまだ幼い身。回復するかどうかは……」


「む……そう、か」



 宰相に不思議と焦りは無く、

 死ぬなら死ぬで『次』をどうしようかと頭が働く。

 恐らく氷令院はアサラを使って、

 また次の子を産ませるのだろうか、と。

 しかしそんな中でふと垣間見た皇太后の横顔は

 彼が今まで一度も目にした事の無い物だった。



「私の、アル」


(……?)



 そんな昏睡状態が三日三晩続いた夜。

 病床の幼帝と共にアサラが消える。



 ~~現在・帝国博覧館(パビリオン)~~



 捕まえた幼帝を入れた袋を担いで、

 宰相アドルフは階段を素早く駆け上がる。

 下層より聞こえて来るのは追手の怒声。

 所属は帝国。派閥は第三勢力。



「居たぞ宰相閣下だ! 公爵に報告を!!」


(ソダラ公の軍勢か、やはり精鋭、速いな)



 最下層から最上層まで直通の螺旋階段は

 互いの遠距離攻撃を容易く通す。

 階下より飛び込む無数の矢が、

 床板をぶち抜いて宰相の進路を阻む。

 だがそれに対してアドルフもまた、

 どこからか持ち込んだ爆竹を着火し

 敵が穿った貫通痕を利用して投下する。


 炸裂する爆竹は連なる爆破を呼び、

 明らかに過剰な火力を以て階段を損壊させる。

 鎧を纏う兵士には火こそ効かないが、

 その自重に耐えきれなくなった螺旋階段は

 音を立てて崩落を始めた。


 それに合わせてアドルフは駆け上がり、

 間近な第六層の扉を押し開けて避難した。

 が、そこにも既にソダラ公の兵士はおり、

 突発的な邂逅に驚きつつも

 彼らは宰相に向けて槍を振り下ろす。



「お覚悟ォ!」


(覚悟、覚悟……か)



 迫る槍の柄を宰相派真正面から掴み取った。

 そして彼の狂気的な眼光に怯む兵士の腹を蹴り、

 アドルフは槍を奪って反撃を開始する。

 片腕に幼帝を包めた毛布を担いだままで、

 帝国が誇る精鋭兵士相手に槍一本で無双した。



「覚悟なら、当の昔に決めているッ!」


「っ!? 化け物め! 皇帝陛下を離せ!

 貴様の独裁は、帝国にとっての癌だ!」


「……フッ、()()()()()()()()()()?」


「何ッ!? そこまで墜ちたか独裁者!

 ソダラ公の所へは行かせない!」


(公は既に第七層か!)



 眼前の兵士の首を圧し折り、

 鎧を貫き、耳を噛んで喰い千切る。

 最早それは帝国宰相などという

 権力者の戦う姿ではない。

 獣。人の正道も忘れた獣畜生のソレ。

 何が彼をそこまでさせるのかと、

 相対する兵士たちは心の底から震え上がる。


 そしてこの場において恐怖は足枷。

 怯んだその隙をまとめて掻っ攫うように、

 刃零れの酷い帝国貴族の槍で

 アドルフは群がる敵兵を纏めて葬った。

 鎧は砕け、血が噴き出し、肉が崩れる。


 重たい槍を片腕で振るい続けた代償か、

 やがて脱力した彼の指先から槍は転げ落ち、

 同時にスルリと開いた毛布の隙間から

 幼帝アルカイオスもまた落下した。



「あ痛!?」


「ッ!? ……なんともない、か

 失礼いたしました。陛下」


「アドルフ! ひぃ!」



 幼帝の眼に映ったのは新鮮な血の池と

 その上でこちらを見下ろす返り血塗れの男。

 首から下げた高級そうなペンダントを

 指先で確かめるように弄りながら、

 ゆらりゆらりと少年に近づく

 幽鬼の如き殺人者のシルエットであった。



「そう怯えないで頂きたい

 天命理書まであと少し、あと少しなのです」


「ふ、ふざけるな……!

 僕はお前の言いなりにはならないぞ!

 自分の運命は、自分で決めるんだ!」


「――所詮、この世はあみだくじ」


「……はぁ?」


「彼女が、アサラがよく言ってた言葉だよ

 ()()()()()()


「ッ!?」



 突然の名前呼びと、

 少年に向けられた穏やかな口調。

 それらは今の宰相の見た目の怖さと反比例して

 この上無いほどの不気味さを生んでいた。

 あまりにも怖すぎて、気色悪すぎて、

 幼帝は血の池の中で失禁するかと思った。


 が、そんな十歳児の視界の端、

 ゆらりと迫る宰相より更に奥から、

 彼が手放しで頼れる希望の人が現れる。



「陛下ァ!!」


「――! やはり来たか」


「オリベルト!」



 アルカイオスの喜ぶ声が響くと同時に、

 候は剣の切っ先を躊躇なく宰相に向けた。

 その突きは鈍い風切り音を生み、

 宰相でも捌ききれない速度で

 彼の頬を掠めて右耳の一部を削り取った。

 ぱっくりと開いた傷口からは血が噴き出し、

 激痛が反撃の速度を数段落とした。


 その間にオリベルト候は

 太ももと左腕とを更に切り付け、

 顔面に迫る拳を見切って後方に飛び退く。

 そして宰相が力なく膝を突き

 またそのまま倒れたのを確認すると

 彼はアルカイオスの元まで駆け寄った。



「大丈夫かい!? アルカイオス!」


「先生……! うっ、うん! 僕……僕!」


「悪いけど、泣き言は後だ!

 さあ立って、この建物内は既に敵が――」


「!? 先生後ろ!」


「――ッ!」



 呼びかけに応じて辛うじて避けたのは

 投げ飛ばされた血塗れの刀剣。

 オリベルトはアルカイオスを抱えて

 無傷で回避に成功していたが、

 冷やした肝が心臓の鼓動を加速させる。



「陛下にも当たる所だったぞ?」


「……だな。当たって死んだら謝ってた」


「ひっ、ヤバこいつ……!

 早く逃げようよ! もうこいつ嫌だよ!」


「そうだね。けど、ちゃんと仕留めてからだ」



 オリベルト候はそっと幼帝を降ろすと、

 再び剣に手を掛け睨みを利かせる。

 そこまで殺意に満ちた彼の眼力を

 アルカイオスが見るのは初めてだった。

 そんな怯む少年に、口調のみ優しく

 侯爵は囁くようにして一つの指示をする。



「下層はもう敵だらけだ。()()()()()()()

 天命理書のある部屋を攻撃する馬鹿はいないから

 でも、決して見つからないようにね」


「……で、でも!」


「ほら陛下。きっとお母様も見ている

 ――自立の時だよ」


「っ! うん!」



 溢れそうな感情をぐっと堪え、

 十歳の少年は階段を目指して駆け出した。

 そしてそれを追いかけようとした宰相を、

 オリベルトは自分の体で塞いで止める。

 候の眼光に睨まれたアドルフは

 溜め息混じりに傍の遺体から剣を抜く。



「ネーロ・(ツァイ)・パウロ・フル・オリベルト

 陛下の従伯父、つまりアサラのいとこ……」


「それが何か? ……というか君、

 彼女からどんな悪い影響を受けたんだい?」


「さて、なんだったかなぁ……?」



 徐々に気力の抜ける声とは裏腹に、

 宰相は一歩踏み込み、オリベルトに斬りかかる。

 その太刀筋は満身創痍とは思えないほど鋭く、

 また候の動きを読んだように正確だった。

 だがオリベルト候の剣術技能も負けず劣らず、

 棚やステージ、照明やカーテンなど

 周囲の環境もふんだんに使って反撃を行う。


 やがて二人の剣が彩る火花の量が増え、

 照明の落ちた真っ暗な部屋で

 剣筋と共に僅かな光源と化した。

 視界不良、微小な光と音のみの世界。

 そんな環境は虚ろなアドルフの脳裏に

 あの日の記憶を再上映させていた。



 ~~~~



 当時蜂に刺されて意識不明のアルカイオスと共に

 龍璇殿から姿を消した皇太后アサラ。

 彼女の捜索は、この時既に宰相の地位に居た

 アドルフの手によって隠蔽される。

 皇室の危機を外部に悟らせないためでもあったが

 何より彼の脳裏には一つの誘惑があった。

 この失踪を利用して上手くやれば、

 氷令院から帝国を取り戻せるのではないか、と。


 そしてある晩、

 彼は幸運にもアサラの居所を特定する。

 否、彼女に呼ばれたといった方が正確だろう。

 アドルフのみが気付く違和感を連続させ、

 氷令院の女は彼をある洞穴に誘導する。



「やっぱり来てくれた、可愛いお人」


(アサラ!? しまった罠かッ!)


「待って! 大丈夫、大丈夫だから……」



 弱々しいその声に、

 アドルフは気力を抜かれて立ち呆ける。

 そんな彼を美女は洞穴の奥に誘った。

 道中、彼女の背中をしばらく眺め、

 男はずっと聞きたかった疑問を投げる。



「何故アルカイオスを連れて消えた?

 貴様なら別の王と子を成すか、誑かす手もあった

 傀儡の王はまた作れるのに……氷令院の指示か?」


「あら、心の無いお人……」



 アサラは後ろで手を組むと、

 振り返って立ち止まる。

 その軽やかな動きと浮かべた笑みは

 まるで何の(しがらみ)も無い少女のよう。

 そして「知らないのなら教えて上げる」と、

 アサラは片目を閉じて、立てた指先を口に添える。



「氷令院、とっくに滅んでるわよ?」


「…………は?」


「もう十年くらい前かな〜?

 勇者に宰相が告発されちゃった事件あったでしょ?

 あの後その宰相が氷令院を動かしたの

 勇者一行への、私怨十割の報復攻撃(アサシネイト)のためにね」


「そして、返り討ちにあった?」


「大正解! 勇者パーティ超強かった〜!」



 ケタケタと笑いながらアサラは再び歩き出す。

 歩きながらも、彼女は更に続けた。



「その戦いで氷令院は致命傷を受けた

 組織運営のノウハウを知るメンバーが全滅したの

 出し惜しみ出来ない相手とはいえ、出し過ぎた

 その後は権力の奪い合いで皇帝がどんどん死んで

 組織の認知や連絡手段も引き継げなくなった」


「……残ったのは?」


「私みたいな主人の居ない暗器(アサシン)だけ

 訓練生含めて十人にも満たない若手だけだった」


「なら、何故――」



 君たちは王家の血に介入したのか?

 それを問おうとした彼の唇を、

 白い指先が優しく触れて妨げた。

 またも容易く許してしまう彼女からの接触。

 しかし苛立ちや自己嫌悪よりも先に、

 安らぎが湧いて出てしまうのが

 アサラという女の微笑み(どく)



「そんなのはもうどうでも良いの

 今大事なのはあの子、私の可愛いアルカイオス」


「彼は今どこに?」


「この先……ホラ見えて来た」



 洞窟を抜けた先にあったのは、祭壇。

 土塊を積み上げて出来た即席の、

 されど祭具が並び厳かな雰囲気を宿す領域が、

 揺蕩う蝋燭の火によって照らされている。

 そしてその中央に存在していたのが、

 眠るアルカイオスと、黒いローブの何者か。


 性別不明。顔も見えない。

 分かるのは精々、隙間から伸びる白く長い髪。


 その異質な存在にアドルフは

 何者かと剣に手を伸ばす。

 しかし彼が抜くよりも早く

 アサラがそれを止めて紹介した。



「彼は私がずっと前に骨抜きにした他国の男

 遥か南方、南の蛮族とされる国の呪術師です」


「南の蛮族……呪術師だと!? まさか!?」


「はい。今からアルに呪いを掛けます――」



 説明の最中に祭壇へとたどり着いたアサラは

 何の躊躇もなく其処に手を伸ばし術を作動させる。

 刹那、祭壇からは禍々しいエネルギーが露出し、

 速度を得て凶悪なまでの流転を開始した。

 呪術師はその間もうわ言のような呪文を唱え、

 青紫色の発光が洞窟内を埋め尽くす。


 あまりにも突発的に見えるが、

 彼らは準備万端の最終段階。

 この場で唯一出遅れていたのは

 アドルフだけであった。



「ッ……アサラ! 待て、説明が足りん!」


「『呪い』――魔法とは完全に別種の異能

 術者の死後もずっと効果を発揮する不治の病」


「そこじゃない! 何故その子に呪いをかける!?

 そしてその結果、君とこの子はどうなるんだ!?」


「――私は死に、()()()()()()()()()()()()()


「……は?」



 あまりにも突飛な回答過ぎて、

 アドルフの理解は追いつかない。

 しかし彼の放心が最早見えてないのだろう。

 アサラは術を更に強めながらその一方で続けた。



「今回の件で自覚した……私、アルが好き

 彼が死んだら、もう次なんて考えられない

 例えそれで国が滅びる事になろうとも」


「狂ったか……!」


「ええ、親だもの。我が子が死にそうなら狂うよ

 そして私のこの行動を、氷令院の残党(なかま)は許さない

 多分きっと、最後は彼を殺す決断を下す」



 やがて力の奔流はアルへと収束を始め、

 まず最初に呪術師が力尽きて地に伏した。

 満足そうな口元が見えた気もしたが、

 すぐにアドルフの視線はアサラに向く。

 体中に謎の紋様が浮かぶ少年を抱きかかえ、

 腕で作った揺り籠を揺する母親の姿を。



「ああ。私の可愛いアル……毒は苦かったね

 もう大丈夫、今後一切、貴方を襲う全ての害は

 一つ残らず、周りの誰かに転嫁される」



 ゴトン、という音を聞いた。

 まるで硬い物同士がぶつかるような異音。

 それは――呪いの発動を示す通知音。

 蜂の毒に侵されたアルカイオスの紋様は輝き、

 その一切を間近の母に移し替えた。

 直後、彼女の心臓が内側から破裂した。



「なにぃい!?」



 幼帝を抱えたまま倒れるアサラに

 アドルフは辛うじて滑り込み抱き上げる。

 しかし胸に空いた風穴は致命傷で、

 彼女の瞳からは徐々に生気が消えていく。


 きっともう目が見えていないのだろう。

 焦点の合わない瞳は虚空を見つめていた。

 しかしそんな彼女の耳に、

 幼子の元気な鳴き声が響き渡る。



「あぁ……よかった、愛しい我が子」


「ッ! 何がよかっただ、何が!?」


「そう怒鳴らないで、可愛いお人

 貴方を、呼んだのは、ここから先を任せるため」


「ッ! またっ、また私を、私まで呪う気か!?」


「ええ……そう。これは私からの呪い……

 でも大丈夫よ。だって――」



 傾国の美女が最期に再び微笑み(どく)を盛る。



「――あなたはとっても頼りになるもの

 わたしの、素敵な、ひと……」



 直後、祭壇は音を立てて崩落を始め、

 アドルフは幼子を抱えて必死に脱出を図る。

 道中の事は彼自身よく覚えていない。

 この日、この後の事で唯一覚えていたのは

 部下たちの前でアサラの死を告げる

 虚ろな自分の姿であった。



 ~~~~



 名づけるならそれは、傾国の呪い。

 皇太后アサラが国よりも、任務よりも

 たった一人の息子を優先した結果の産物。

 幼帝に向けられた『死の因果』は悉く、

 周囲の他の生命に転嫁される。


 アルカイオスが受けるあらゆる傷害は

 周囲に『心臓の破裂』という形で反映される。

 また傷害の死亡確率によって必要な犠牲者が増減。

 これは運命を捻じ曲げるのに必要な対価、

 即ち、生贄である。



「喰らえ、アドルフッ!」



 オリベルト候の剣が宰相の肩を斬る。

 今度の一太刀は中々に深く、

 ぱっくりと割れた傷口からは

 景気よく血が噴き出しまた一歩死に近づく。

 されど虚ろな宰相の顔には、

 痛みに苦しむ色はない。

 あるのはただ、死を間近にした男の放心。



(アサラめ、本っ当に面倒な事をしてくれた)



 彼女よりアルカイオスを引き取ってから

 しばらくの間アドルフは

 この秘密を一人で抱えて怯えていた。

 が、同時に彼は研究も怠らなかった。

 南の蛮族、そしてその国の呪術師。

 彼らの呪いは明らかに体系化されていた。

 ならば解除出来ないはずがない。



(アルカイオスに暗殺は効かない

 でもあの子は周りの死を許せないような

 優しい子に育ったよ……君と違ってな)



 やがて宰相は古い文献を解読し遂に見つけた。

 解呪の条件は――『天命理書』だ。

 上位存在との対話記録とされるこの書に触れ、

 真の王として戴冠を果たしたその瞬間、

 溢れ出る龍脈の原液とも呼べるエネルギーは

 あらゆる不浄を払い皇帝に力を与える。


 しかしアルカイオスは既に皇帝。

 天命理書を用いた戴冠式は行えない。

 故に、宰相は考えた。

 天命理書を持ち込むに足る方便を。

 同時に、国内外の敵を炙り出す妙案を。


 ――それが、世界初の試み、帝国万博。

 これは全ての敵を一か所に集めて叩くと同時に

 幼帝アルカイオスの呪いを解くための儀式。

 あの日母親の腹の中に在った幼子を、

 真の玉座に座らせるための出来レースであった。



(フッ、我ながら……)


「終わりだ! 独裁者!」


(惚れた弱みとは、かくも醜く、力強い……)



 宰相の剣を貫き砕いて、

 オリベルトの切っ先がその心臓を穿った。



 ~~同時刻・同館内最上層~~



「フッ! 硯を持てぇい!!」



 天命理書に最初に辿り着いたのは、

 王位継承権第三位の帝国公爵。

 ソダラ・(ルオ)・ホーガン・フル・インペリア。

 通称、『帝国の青き逆鱗』。


 彼は展示された天命理書を前に、

 同行した部下に硯と机を用意させると、

 其処に座して、筆を持ち、

 丁重に運ばせた目的の書物に墨を垂らす。

 ふとその横にも目を向けてみれば

 過去の偉人たちの名も連なっていた。

 その末端に自らの名を刻めば、戴冠は成る。



「フッ! フハハハハハ!

 さぁ見てろお前ら! 歴史が動くぞォ!

 今この時、この瞬間! 新たな王が誕生する!」



 力強く、蹂躙するように、

 ソダラ公は自らの名を刻み込んだ。

 そして満足げに立ち上がると、

 そのページを広げ部下たちに見せびらかす。



「見ろ、これが新皇帝の名だァ!」


「「オオオオ!! ……お? おおん?」」


「んだその曖昧なリアクションは!?」


「いや、ソダラ公、……白紙、ですが?」


「……は?」



 見ると確かに、そこに名は無かった。

 先程書いたはずの己の名は無く、

 歴代の皇帝たちの名前が連なるのみ。

 どういう訳だと喚き散らし、

 ソダラ公は再び筆を走らせる。


 が、何度やっても同じ。名が消える。

 まるで道路に染み込む雪のように、

 何度書いても、何度書いても、

 黒い墨はじわりと吸われて消えてしまう。



「な、何故!? まさか、俺を拒んで……!」



 それだけではない。

 わなわなと震えるソダラ公の前で

 天命理書は突如として光を発する。

 それは龍脈のエネルギーと同じ、

 鮮やかな緑色の輝きを持つ――




 ――爆発であった。


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