弐拾参頁目 苦渋の決断
~~少し前・会場外周部~~
高度五千メートルの夜の中。
戦場を浮かべる鮮緑のエネルギーが
微睡むように漂い流れては消えていく。
地上から掬い上げれらた瓦礫も漂い、
まるで惑星の周りを巡る衛星、
或いは巨大惑星を囲う円環を思わせる。
そんな戦場からは僅かに外れた静寂の世界で、
万博から落とされまいと耐える者がいた。
白亜の装甲。刃の羽。黒い車輪。
ナバール王と神代兵装『オル=ヴァリス』。
ガネットたちとの戦闘で場外負けした彼は、
砂鉄で作った命綱代わりの黒いアンカーを
万博に撃ち込む事で完全な離脱を防ぐ。
そして都合よく漂う瓦礫の一つが
車輪の下に潜り込んできたその瞬間、
待ち侘びていたと言わんばかりに
エンジンを吹かして急発進を試みた。
結果から言えばナバール王の復帰は成功。
龍脈こと反重力エネルギーの助けもあって、
彼を乗せた白亜の戦車の車輪は
再び会場の大地を踏んだ。
しかしそこは既に元いた戦場とは別の場所。
公国博覧館から西、帝国博覧館からは南。
万博会場南部。入場ゲート付近に着地していた。
(チっ、時間を食った
今からまた大公を襲うか?)
ナバール王は操縦席の中から周囲を見回す。
超古代文明の設備は全方位の確認が可能。
パッと見ただけでも本人の学と合わさって
現在の戦況がどの程度の物かは見て取れた。
現在、万博の戦いは後半に入りつつある。
勢い任せの前座衆が討ち取られ、
真に実力のある者か、或いは幸運な者の
どちらかのみが生き残りつつある状況。
夜明けに訪れるであろう新たな時代に向けて
選別の第一段階が終わりかけた空気だった。
この状況でナバール王が優先すべきは
オスカー大公ではない。
彼の死は確かにナバールに有益ではあるが、
それはあくまで出来たら上々の副主題。
今夜、真に取るべき首は他にある。
(帝国博覧館、だな)
自らの進路を決めて、
ナバール王は左右の操縦桿に手を伸ばす。
が、その刹那、レーダーが攻撃を検知した。
「ッ――!?」
飛んできたのはミサイル数発。
着弾と共に耳障りな音響を発し、
装甲を貫いて中の人体を直接叩く。
溜まらずナバール王は車体を動かし、
逃げるように一先ずの距離を取る。
そして吐き出した血に苛立ちながら、
ぎろりと充血した目を向けた。
『誰だテメェ!?』
スピーカーからの大音量に、
その人影は意外にもすんなり反応した。
彼がいたのは暴徒によって崩された
お客様歓迎ゲートの残骸の上。
足を組み換え太々しく座るその下には
十数機の魔導機構が待機している。
やがて手にした管の飲料水を飲み干すと
その少年は青髪を振って立ち上がる。
「セグルア出身。アクア・メルディヌスだ
あんたが復帰するならこの辺りかと踏んでいた」
『ほぉー? 俺にわざわざ会いに来たと?』
「ああ。うちのクライアントからの要求で
……っと? ちょっとタンマ」
ビーッ、ビーッと音を立てる機会に
アクアは不用心に目を向け隙を晒す。
だが先の先制攻撃でのダメージが大きく、
ナバール王は他の行動より休息を優先した。
それすら計算づくだったのか否か、
青髪の少年は戦場においてただ一人
実験気分で趣味を優先していた。
「うわっ……ジプサムがもう落ちたのかよ
これで特殊個体は全滅。残りは百と二十六機
やっぱ他人が作った機体の流用はダメだな」
(っ!)
「結局、魔導機構は自作物が一番だ」
(来るッ――!)
ナバール王の予感は的中し、
アクアの周囲を守る機械たちが一斉に動き出した。
それらは明らかに今までの機体より素早く、
また関節部分から火花を散らして
力強く駆動していた。
本来持ち合わせていないはずの、殺気。
ひしひしとそれを感じ取るナバール王は
やや気圧されるように操縦桿を引いた。
直後彼を乗せた超古代文明兵器は
まるで手綱を引かれた馬の如く
前輪が空へと跳ね上がった。
そして持ち上がった前輪が再び地に着くと、
車両は前へ突っかかる力を一気に解き放つ。
それはまるで流星が如き白亜の一閃。
砂漠の王の美しき単騎駆け。
無骨な機械の群れはその一閃に葬られた。
『ハッ! ハハ! なんだ虚仮脅しかよ!』
頬に垂れてた汗を拭う。
次は機械兵を操る生身の小僧だ。
そう意気込むナバール王の操舵を、
超古代文明兵器は拒絶した。
『ああ!? なんだぁ!?』
「――あんたの国の展示を見たよ
超古代文明の遺産、いやはや見事だった」
アクアは機械塗れの右手を天に掲げ
その中心に青き球形の魔術式を展開する。
またそれに伴い敵の足元で
バラバラにされたパーツたちが宙に浮かび、
まるでブラックホールに飲み込まれる
スペースデブリのように渦を描いた。
そしてそれと同時に
ナバール王は自機に起きた異常の正体を知る。
粉々になった残骸の下、あるいは中で、
ドロリと溶け出た粘着性の物質が
彼の車輪をがっちりと絡めとっていたのだ。
(足を奪われた!? 魔導機構に!?)
「でも同時にナバールという国の弱点も見えた
いや、再確認できたという方が正しいか?」
『あぁ!? 弱点だぁ!?』
――砂漠の大国『ナバール』。
今なお多くの迷宮を残すこの国では
日常的に超古代文明の遺物が発掘される。
その最たる例が主要都市にも配備された機構。
砂漠で水を求め動き続ける移動式地下城塞都市。
大国ナバールは港の開拓よりも先に
このシステムの導入を優先した。
だが現代の学者曰く、
当時のナバールの技術力なら同程度の苦労で
港の開拓も可能だったという説がある。
ではかつて地上から水源を失った大国が
何故このシステムを採用したのか。
何故港の開拓よりも優先したのか。
その理由は至ってシンプル。
――そちらの方が先に発掘されたから。
「ナバールの技術は超古代文明と共に発展した
いやぁ違うな、発掘という運任せで発展した!」
完成品が地下から湧いて出る国では、
自ら物を作り出す技術者は成長しない。
何年もの歳月を経てその性質は
いよいよ凝り固まって沈殿し、
独自の成長という可能性を摘んだ。
そしてそれとは真逆に、
魔導大国セグルアは常に自ら成長する。
真に優秀な魔法の機械技師は
目の前の問題に適切な解決案を提示出来る。
「――是なるは集約せし知の棺
駆動せよッ! 『神託機械』ッッ!!!!」
束ねられたパーツが片腕にて兵器を造る。
それは即席での魔導機構開発魔術。
やがて片腕は青白い発光を纏う砲筒となって、
あまりにも眩いレーザービームを解き放つ。
夜であっても昼と見紛う閃光の暴力。
目を焼く痛みと機体を揺らす衝撃が王を襲う。
そうして白亜の戦闘車両を横転させると、
いつの間にか付けていたゴーグルを持ち上げ
青髪の機械技師は不敵な笑みを浮かべるのだった。
「あんたの国の展示は心底退屈だったぜ?
宝石を生み出す古代遺物、だっけ?」
少年の脳裏に浮かぶのは公国の展示。
かの国では需要に合わせて
細やかな大発明をしていたな、と。
「あんたの国は宝石が作れても鉛筆は作れない」
『ぅ……クソ、がぁ!』
機体の損傷は軽微。
されど運転手の体力は限界だった。
暗く霞む彼の瞳が捉えたのは
こちらに近付く少年の足。
やがてそれはメインカメラの位置を割り出すと、
硬い装甲を挟んでナバール王に語り掛けた。
「時に王さま? 『赤砂戦役』って知ってます?」
〜〜同時刻・万博東部〜〜
緑の閃光が複数飛び散る。
暗い空に列を成して、薄緑の玉が飛翔する。
やがてそれらは重力に引っ張られて下降を始め、
屋根の上を飛び回る標的に対して降り注いだ。
玉は弾丸。発砲者は白髪の聖騎士。
緑と白の鎧に、紫のマントを翻す二丁拳銃使い。
エルザディア聖騎士団レオナルド・ブラドストン。
対して着弾地点の土煙を掻き分けて、
標的となっていた魔物も本来の姿で飛び出した。
見た目は大きな一つ目を持つ深緑色のスライム。
元四天王の紅一点にして災禍遊撃隊の工作員。
釘付けの魔眼を有する瞳魔セルス・シャトヤンシー。
両者の力量差は装備の質を含めて、
レオナルドの方が上だろう。
なにせ彼が聖騎士の通常装備である鎧に加えて、
枢機卿仕込みの反則級な礼装群と
最新兵器の二丁拳銃を携えて来たのに対し、
セルスは丸腰の、逃げ腰の、弱腰だ。
心持ちの段階で既に負けていた。
彼女がそうなっている原因はやはり肩書き。
魔導機構に類する装備をした聖騎士など、
かつて魔王軍最高幹部としてそれらに敗れた
彼女にとってはトラウマそのもの。
交戦よりも即撤退を選んでしまうのも無理はない。
(妾の魔眼も弾丸には無意味じゃからのぉ
ここは逃げて、逃げて、逃げて、そうして――)
――その後は?
という言葉が脳裏を過る。
その瞬間、現れた隙を聖騎士は逃さない。
「そこだッ!」
放たれた聖弾は四発。
一発は頬を掠め、一発は虚空を裂き、
そして一発が進行方向の足場を抉ると、
残る一発が彼女の長い足に撃ち込まれた。
「づッ!?」
擬態の体であっても痛覚はある。
むしろ痛みと負傷で綻びが生じた事で
一部スライム状態となった足は機能を失い、
セルスは無様にも建物の屋上から転げ落ちた。
凋落した先にあったのは出店の屋台。
クッション代わりの屋根を貫き、
尻で機材を押し潰して彼女は止まる。
傍目からは生きているかどうかさえ
怪しく見えるほどに脱力し、
虚ろな瞳を彼女は転がる果実に向けていた。
(回復が遅い……そういう性質の弾丸か)
理解した所で希望は無い。
彼女の脳裏にはとっくに負けの二文字があった。
それほどまでに染み付いた負け癖は強烈で、
元四天王はその肩書に相応しくない
弱気な顔を浮かべていた。
やがてそんな過去の敗残兵を追って、
二丁拳銃の聖騎士が目の前に着地した。
彼は僅かな油断も隙も無く、
一定以上の距離から銃口を向けた。
「逃げ、ねば……」
此処は天空の修羅場。逃げ場など無い。
もっと視野を狭くしてみても結論は変わらない。
最寄りの公国博覧館に逃げては面倒を増やすだけ。
頼れる仲間もペツとギドは戦闘不能だし、
ヘリオは至っては彼女目線、現在行方不明。
こういった場合、
仮に人間の強者であったのならば
己の原点だとか、過去の約束だとかを思い出し
火事場の馬鹿力とやらを魅せただろう。
しかし彼女は魔物。魔物にはそれが無い。
過去を思い出しても動く感情は存在しない。
がしかし、今の彼女には――
どうしても結末を見届けたい幼子があった。
「逃げてばかりでは、あの子に示しがつかんな」
「!?」
セルスの頭が突如起き上がり、
その眼差しがレオナルドを戦慄させた。
大慌てで二発、発砲させるほどに。
それでも流石は聖騎士といった所か、
衝動的に放ったとはいえそれらの弾丸は
標的の心臓と脳を狙う軌道に乗った。
この距離、この速度の弾を捌くのは
恐らく万全のギドであったとしても
多少は苦労した事だろう。
ましてや戦闘面でセルスは更に数段劣る。
が、彼女の器用さが、それを容易く補った。
(『釘付けの魔眼』ッ!)
セルスは弾丸の軌道を変える。
勿論彼女の眼は集約に特化したもので、
自分から逸らすといった芸当は出来ない。
代わりに、魔眼は着弾点を指定できる。
どこに当たるか分かっているのなら、
それに合わせて彼女の体は妖しく変化する。
掛かった時間、僅か〇、五秒。
瞳魔の顔面は中心からぱっくりと割れて、
迫る二発の弾丸を飲み込み絡めとる。
そしてそこから更に一秒の時を経て、
彼女は再び顔面を美女のそれに戻すと
同時に婀娜な唇をツンと尖らせ
唾を吐くかのように弾丸を撃ち返した。
驚く青年は咄嗟に防御の構えを取る。
素早いその反応が功を奏し、
先程撃ち込んだ二発の弾は籠手で弾かれる。
が、心の中で二発目を数えたのち、
レオナルドが再び顔を上げたその瞬間、
彼の眉間に予期せぬ三発目が撃ち込まれる。
「はぁッ!? がっハッ!?」
若き銃士の肉体は、
着弾と同時に頭から大きく仰け反った。
この撃ち込まれた三発目の正体は
道中、足に着弾して残留していた初撃の弾丸。
本性がスライムであるセルスにとって、
体内で足から口に弾を運ぶなど朝飯前だった。
しかし前情報なしのレオナルドにとって
それはあまりにも予想外の不意打ち。
眉間から広がる激痛も相まって
警戒心を跳ね上げるのに十分な効果があった。
「痛ってぇ……なんなんすかお前っ!?」
(眉間に弾が直撃したのにピンピンしておるわ
聖騎士ご自慢の護身礼装という奴じゃな?
仮面がなくとも反則級の頑健さは健在か……)
(一人で行けると思ったけど、これ無理っすね!)
この時レオナルドが即座に後退を選んだのは
彼の慎重な性格と聖騎士団の教育が原因だった。
今の若い世代は魔王軍を、魔物を知らない。
それは聖騎士のレオナルドでも例外ではなく、
ナバール領や更に南で魔物討伐の任務を
幾つかこなした事こそあれど、
会話の可能な知性ある魔物との一騎打ちなど
彼にとっても初めての経験だったのだ。
故に優秀な聖騎士になる上で
過去の凶悪な魔物の知識を学んでいた彼は、
実像よりも魔物の怖さを過大評価していた。
自分ではきっと勝てないのだろうと、
心のどこかで一線を引いていた。
奇しくもそれは数秒前のセルスと同じ。
両者の心情は既に逆転していた。
「逃がすか!」
「ハハッ……! 美女の『待って』が
こんなに嫌だと思う時もあるんすね!」
迎撃の弾丸を振り回す鎖で叩き落とす。
先程とは立場が変わり、
今度はセルスがレオナルドを追い始める。
巨大化させた腕で捕縛を試みるが
撃ち込まれた弾丸の痛みで断念した。
かと思えば弾丸返しで進路を妨げると
崩れかけていたた巨大腕を振って
聖騎士に大筒が如き裏拳をぶち当てる。
「ぬお゛ぅ!?」
(いい声を奏でてくれる……が、
この手応え、大して効いてはおらんな)
「っ……まだまだァ!」
(方角的に、目的地は明らかに公国博覧館
きっと妾の味方はおらんな)
かの地には他の聖騎士もいる。
何も知らない民間人も大勢いる。
そんな場所で魔物の存在が知られれば
恐らく味方の大公も容赦なく切り捨てる。
絶対に到達させてはならない。
生かしておいてはならない。
されど彼女の攻撃では火力が足りない。
(目からビームも夜では撃てんか……
なれば――)
セルスは敵がこちらを視認したタイミングで
同時に再び魔眼の力を行使した。
釘付けの力はレオナルドの視線を固定し、
屋根伝いに走っていた彼に
着地失敗という結果を与える。
そうして生まれた隙を使って、
彼女は追跡ではなく先回りを選択した。
目的地が明確ならばわざわざ追う必要もない。
聖騎士はどれも優秀であるが故に、
この青年もまた何より先に
情報共有を優先するだろうと踏んでいた。
そして彼女の予想通り、
再び屋根上に復帰したレオナルドは
彼女の待ち構えていた場所で再遭遇する。
其処は公国博覧館の正に目と鼻の先。
その暖かな照明と月明りを逆光に、
夜に映えたガラス張りの屋根の上で
スレンダーな美女が嗤う。
(久々にアレをやってみるか)
「ッ!? 何もさせは――」
「――問題」
美女は細く白いその指先に魔力を集める。
人差し指と中指に白く輝くエネルギーを溜めた。
その指先を、謎好きの美女は口元に寄せる。
「ある死刑囚が死に方を選べるそうです
さて、なんと言えば助かるでしょう?」
「……は?」
「隙あり。――『苦渋の決断』!」
鮮やかな苗色の軌跡が弧を描き、
その正体である魔物の指が鋭い突きとなって
聖騎士の『眉間』と『首』を捉えた。
急所への連撃にレオナルドは嗚咽を漏らし、
されども足を蹴り上げ敵を追い払う。
そして距離を取ったセルスに銃口を向け、
いつものように魔力を込めて引き金を引いた。
が次の瞬間、その魔力は逆流し
彼の首元に集められる事で無力化される。
(魔力の霧散!? いやこれは――)
「妾は魔力操作のスペシャリストでなぁ
逆にそれを阻害する術にも長けておる」
「っ……! けほっ、魔力の集約、か!」
彼女が聖騎士の急所に埋め込んだのは
他ならぬセルス自身の細胞。
特に魔眼を構成するエネルギーの塊だ。
集約対象は魔力にのみ限定されてしまうが、
喉に張り付いたそれがある限り
対象者は編んだ魔力が其処に奪われる。
「へっ……だからどうした?
この銃なら魔力無しでも撃てるっすよ?」
「じゃが威力は今までの比にはならんじゃろ?
強がるな若造。お主の選択肢は二つに一つ」
セルスはあえて二者択一を出題する。
魔力が奪われるとはいっても
そこには当然『許容量』が存在している。
一定以上の魔力を放出してしまえば、
セルスの細胞は限界に達し破壊されるのだ。
あるいはそうでなかったとしても、
本体から離れた細胞は時間経過で消滅する。
下手に魔力を浪費せず、何もせず、
じっくりと待って対応するという手もあった。
が――
「当然どちらにもリスクはあろうな
前者は短期決戦が見込めるが消耗が激しい
後者は魔力無しで妾と戦わねばならん」
「っ……!」
「悩んでもよいぞ? その間に殺す!」
迫る拳を飛び退き躱すと
レオナルドは己の取るべき行動を模索する。
魔力放出か、魔力温存か。
即ち短期での決着か、長期戦への突入か。
或いは激しい消耗か、無謀な戦いか。
エルザディア聖騎士団の若き精鋭は
既に覚悟を決めていた。
(死刑囚はどんな死に方を言えば助かるか?
答えは『老衰死』。即ち、時間の自然経過)
だがそれは、魔物の提示した答え。
(そんな誘導にわざわざ乗ってやるかよ!
俺はエルザディアの聖騎士だァ!)
厳しい訓練に耐え抜いてきたからこそ、
人界においてこの上ない名誉と重みのある
肩書を背負っている自負があったからこそ、
レオナルドは魔力の最大放出を選択する。
――だがそれこそが、
魔王軍四天王の仕掛けた本当の罠。
「そうするじゃろうと思ったわ」
「!?」
喉に集約された魔力が、
鮮緑の閃光となって解き放たれた。
それは強い熱と、そして衝撃波を生んだ。
「はい。『起爆』!」
聖騎士の喉に埋め込まれたトラップが、
光となって激しく爆ぜる。
乾いた夜の大気を揺らすその衝撃を、
緑の黒髪靡かせ、美女は堪能した。
「――ほう? まだ立つか?」
爆煙の中からよろめいて、
レオナルドは戦意尽きぬ目を向ける。
しかし口からは大量の血を流し、
滝汗滴る額には血管も浮かんでいた。
(満身創痍、じゃな)
「ごほっ、ぐっ……ゲポ!? ……ッ!」
「その傷では眉間の『苦渋の決断』は耐えられまい
降伏を促す気もないのでな。また選択じゃ」
脳天の爆弾を起爆させて死ぬか、
このまま実質無抵抗で殴り殺されるか。
いつしか生存のための二者択一は
死に方に関する選択肢となっていた。
そして生存の道が立たれた人間の若者に、
元魔王軍四天王の魔物が問う。
「さぁ好きな死に方を選べ――」
「――いや、選ぶのは好きな勝ち方っすよ!」
「!?」
聖騎士の眼は死んでいなかった。
彼は愛用の二丁拳銃を容易く手放すと、
即座に殺せるようにと近付いていたセルスに
残る力を振り絞り思いっきり飛びついた。
その拘束は即座に粘体になろうとも
決して逃れられず、
血走った眼が魔物の瞳に向けられる。
「聖騎士舐めんな」
やがて負担の掛かったガラスの足場が崩れ、
二人は明るい建物の中へ頭から落ちていく。
勿論この程度ではセルスは死なない。
だからこそレオナルドは選択する。
(こいつまさか!?)
「テメェも道連れだ!
逃がさねぇっすよ――傾国のセルス!」
「貴様!? 気付いておったか!」
「ああ! 確信を得たのは今っすけどねぇ!」
(げに、聖騎士は恐ろしい)
この数年間何度も復唱した言葉を
過去の敗残者は再び脳内で唱えるのだった。
しかし、この時の彼女の口元には、
今までとは違う笑みもあった。
「ならばやはり、ここで殺さねばな!」
発動――『釘付けの魔眼』。
共に落下するゼロ距離の相手に向けて、
セルスの得意技が効果を発動する。
しかし今回集めるのは魔力でも弾でもない。
集めるのは光。この建物の照明と、
そして眼前で今にも爆ぜそうな爆弾の光。
「逃げられないのは貴様も同じ」
「ッ……!?」
「喰らえ――『流星光帝』ッ!!」
解き放たれた眼からビーム。
それは瞳魔の奥の手にして必殺技。
晴天でも無ければフルチャージでも無いが、
聖騎士に着弾し、彼を吹き飛ばすには
十分な威力を持っていた。
そして、自身から引き剥がされたのなら
最早セルスが手を下すまでもない。
建物を突き破り外に投げ出された聖騎士は、
溜め込まれた己の魔力を以て、自爆する。
「――『起爆』」
閃光と衝撃波が再び瞳魔の髪を揺らした。
~~~~
「これは!?」
セルスとレオナルドの戦闘は
公国博覧館にとって目と鼻の先。
故に二回の爆発音は内部の人間の耳にも届き、
大公の親衛隊長ガネットを呼んだ。
否、呼び寄せられたのは彼だけに留まらない。
「そこをお退きくださいガネット殿!」
「枢機卿……!」
「これはウチのブラドストン君ですね
ッ――! この傷、既に命は……!」
(推し量るに、うちの遊撃隊と当たったか)
魔物を匿う陣営であるがために、
ガネットはその推測を胸にしまう。
胸にしまって、同情の言葉を考えた。
そうして枢機卿の肩に手を伸ばす。
が――
「我々が居て本当に良かったですよ」
「え?」
「――アイリスッ!」
枢機卿は魔法陣の展開と共に、
館内に残る聖騎士の少女を呼びつけた。
そうして現れたのは竪琴を携えて、
前髪が片目に掛かった金髪の少女。
聖騎士団長ラルダ、枢機卿アメル。
そして目の前のレオナルドと並んで
人前での仮面着用を免除された精鋭騎士だ。
「れ、レオ!? いったい何なのです!?」
「アイリス! 私は現状維持に専念します
貴女は彼の『蘇生』を任せました」
(なに!?)
「りょ、了解なのです!」
そう言うと、アイリスは
焦げたレオナルドの隣に座り、
竪琴を奏でて、歌を歌い始めた。
直後その周囲には暖かな光が浮かび、
まるで彼女を祝福するように漂い始める。
「こ、これは!?」
「神政法国には三種の戦歌がありましてね
今歌われているのはその中の一つ、
その名も――『祝祷歌』」
「死者の……蘇生?」
「いいえ。単なる超回復の奇蹟です
まぁ今回のように色々と条件が揃えば
似た結果は得られますがね」
彼が語る条件とは以下の三つ。
レオナルドがまだ死して間もなかった事。
その状態で枢機卿の保存が間に合った事。
そして何より、この場にアイリスが居た事。
「『歌花騎士』アイリス・カリフォリア
どうぞ以後お見知りおきを。ここだけの話、
――彼女が次の枢機卿候補です」
「っ!」
この時、ガネットの脳内には
あまりに多くの未来が予想されていた。
しかしだからといって、
この蘇生を妨害する方便が思いつかない。
彼にとっての最優先は大公オスカー。
人界で最強の権力を持つエルザディアを、
ただの親衛隊長は襲えなかった。
かくして、レオナルドは復活を果たす。
傷だらけだった顔も完全に修復され、
彼は悪夢を見た直後のように飛び起きた。
「うわああ! 良かったのですレオ!」
「リッシー……? あれ枢機卿も!?」
「君は相当に運が良かったね
しかし、一体誰にやられたというのかな?」
(まずい……!)
ガネットは万事休すかと肝を冷やす。
が、病み上がりのレオナルドは
後頭部を搔きむしると腑抜けた声で宣う。
「あ~? ダメだ、全然覚えてないっす」
(――!)
「ふむ。脳へのダメージが影響しましたか
その場合、記憶の回復は望めませんね」
枢機卿の他意無きその言葉に
ガネットは心底胸を撫で下ろすのだった。
「ああそうだ! 思い出した!」
(なにぃ!?)
「白い暴走車がこの方角に!」
(そっちかッ!)
「それならとっくに我々で対処しました
ふむ。君はしばらく休んだ方が良いですね」
そういうと枢機卿はレオナルドに肩を貸す。
だが鎧を着たままの彼を持ち上げるには
圧倒的にこの胡散臭い男には力が足らず
結局ガネットによって蘇生した聖騎士は
博覧館の中に運ばれるのだった。
そんな一部始終を物陰から観察し、
セルスもまた次の行動を決める。
(奴らは力を使った直後、攻めるか?
……いや、流石にここまでじゃな)
撤退を決めて、
美女は人間たちが集う建物から距離を置く。
その最中、ふと彼女の口元に笑みが漏れた。
(フッ。『攻める』、か……)
魔王の死後、魔王軍の壊滅後、
人間たちから逃げ続けた魔物の女は
僅かながらに四天王の尊厳を取り戻す。
~~同時刻・会場中央部~~
北限解放軍の戦士たちが
屋外に張られた即席のバリケードを
その頭数を以て力強く打ち破る。
だがそれを待っていたかのように現れたのは
帝国宰相アドルフに従う方のチョーカ兵。
彼らは宰相の意味不明な指示に従い
帝国博覧館をずっと守っていた。
がしかし、この瞬間その防波堤は崩される。
横から襲来したのは波ではなく焔。
街路樹を悉く焼き払い、
波羅の戦士『侍炉流』が姿を現した。
「なんだありゃ!? 魔導機構!?」
「にしては規格外過ぎる! 隊長指示を!」
「無差別兵器なら敵にぶつけろ!
我々は後退! 賊軍との共倒れを狙え!」
「了解! お前ら捕捉されるなよ!」
宰相の選んだ精鋭だけはあり、
部隊を指揮する者の判断は的確だった。
ただ二つほど惜しかった事がある。
一つは目の前の明らかに機械のような敵は
実は血の通った知性ある人間である事。
そしてもう一つ、最も致命的だったのは。
「やっちゃってください! 先生!」
『心得た。同士たち――』
波羅の戦士が手を貸していたのは、
他ならぬ『北限解放軍』である事だった。
「なっ!?」
一閃。技も無く、犠牲者のうめき声も無く、
灼熱の青き業火が並ぶ肉塊を焼き焦がす。
その地を守っていた宰相配下の帝国兵は
一瞬にして壊滅した。
「流石先生! あんたがいりゃあ百人力だ!」
「俺たちはこのまま皇帝の首を取りにいく!
あんたはどうする?」
『拙者は――ッ!?』
迫る風に、波羅の戦士は反応した。
が、それでも間に合わず
先の海魔との闘いで亀裂の走った兜に
襲撃者の剣がぶつかり火花を散らす。
やって来たのは緑の閃光。
白いマントを靡かせた、赤眼鏡の少女。
「硬ぁっ!? 魔導機構じゃないの!?」
『女子?』
「ラルダ!? 先生、そいつはラルダだ!
聖騎士団長、ラルダ・クラックだ!」
『ならば、敵か』
異国の剣士は構えを取った。
それに対して聖騎士の長もまた
周囲の反応から諸々を把握しつつ剣を握る。
「どのみち、戦わなきゃいけないようね」
『いざ、尋常に』




