弐拾弐頁目 終滅卿
~~万博会場・南東部~~
公国博覧館よりずっと西。
多くの者にとって最終目的地とも言える
帝国博覧館にいくらか近づいたその場所で、
ベリルは五十数名ほどの人間の武装集団と
激しい戦闘を繰り広げていた。
敵の所属は帝国。派閥は第三派陣営。
天命理書を目指す公爵の露払いのために
博覧館近辺を徘徊していた
迎撃部隊とかち合った。
迂回が困難と判断したベリルは奇襲を選択。
無数の刃根を飛ばし、黒い剣を以て、
敵の陣形を崩す所までは上手くいった。
が、ソダラ派の兵士は帝国を支えた強者揃い。
片腕に重火器を携えた髭の老将が
迫るベリルの剣戟を容易く止めると、
当初魔物の出現に戸惑っていた兵士たちは
すぐに順応して鎖を取り出した。
「捕らえろ!」
四方から飛び掛かる赤黒い鎖が
魔物の少年の小柄な体をぐるりと捕まえた。
そして即座に魔術師らしき兵士が飛び出し、
ぶつぶつと術を唱えたかと思えば
鎖を伝って雷撃を撃ち込んだ。
「ヅッ!? づぁあああああ!」
悲痛な少年の叫びが夜空に響く。
だがそれは人間の兵士たちにとっては
活気を与えてくれる強壮剤にしかならない。
「よし! 効いてるぞ!」
「たった一匹でノコノコと
こっちは魔王軍相手に帝国を支えた精鋭!
対魔物戦のノウハウだってある」
「チョーカ八千年の歴史を舐めるなよ!」
やがて叫び声が弱まったのを確認し、
老将が術の停止を命令した。
正体不明のこの魔物を生け捕りにして
彼の背後関係を暴こうとしたからだ。
まず間違いなく歴史が変わる大事件。
その現場に魔物が居合わせたなど
偶然で片付けて良い出来事ではない。
故に老将のこの判断は正しいと言える。
ただ一点、敵の力量を見誤っていなければ。
「――!?」
察知した時には既に遅く、
魔物は体内から大量の魔力を放出した。
それは到底技とは呼べない単なる発散。
腹底から持ち得る魔力を解放するだけの、
魔力操作の延長線上の技術だった。
が、これまで多くの人間を食べた少年の、
それに裏打ちされた魔力量を以てすれば、
ただの咆哮に近い魔力放出も
ある種の爆弾が如き効果を発揮した。
即ち、衝撃波を生み出す事で
自身に巻き付く鎖を打ち払ったのである。
誰よりもそれに驚愕していたのは
対魔物戦お経験も豊富な髭の老将であった。
自身の経験に基づく知識と
眼前の魔物が持つ覇気とのギャップで、
魔王軍の再来すら予感し筋肉を硬直させた。
その隙を、ベリルの一刀が搔っ攫う。
ごとりと落っこちた物が上司の首であると
全兵士が理解した事で更に恐怖は広まる。
その後にあったのはベリルの無双。
崩れた陣形は立て直しの機会を得られず、
イレギュラーな魔物によって踏み潰された。
「こ、これほどまでの魔物が育っていたとは!」
味方が一人、また一人と減る中で、
半恐慌状態の兵士が喚き散らす。
正に死するその寸前まで、
黒き翼に恐怖する。
「こんなのっ、最早四天王にも匹敵――」
~~同時刻~~
「ベリルは未だ四天王に足元にも及ばない」
建物の上から上へと飛び移り、
白衣の剣士、ギドは物憂げにそう呟いた。
空の暗さは地上の業火で更に濃くなり、
揺蕩う照明が魔物の姿を照らしている。
だが地上の兵士たちは誰も彼に気付かない。
否、気付かないというより気付けない。
誰もそれどころではないのだから。
その原因である後方の存在に対して、
ギドもまた憐みを抱く視線を向けるのだった。
「貴方を見ているとそう痛感させられます
四天王の一角。『終滅卿』ジプサム様――!」
「グォォオオオオオオ!!」
咆哮を轟かせるのは機械化された人型の魔物。
鱗を持つ肌には多くの傷も見え隠れしていて、
彼が正しく過去の戦争での死者であると
物語っているようだった。
そんな死肉を動かす歯車と魔法の紋様。
人類の技術に疎いギドですら容易に察せられた。
魔王軍が滅んだあの大戦後、
死した四天王は人類に改造されたのだ。
その事実に思わず自然と剣に手が伸びるが、
今のギドは魔力を練れず、戦えない。
故に彼が取れる選択肢は逃走一択。
しかしその果てに目論見アリ。
ギドは目的の相手を視認すると、
いつになく大きな声で呼びかけた。
「おぉーい! セールースーさーま~!」
「ギド? あやつ、一体何をはしゃいで――」
「彼の相手をお任せしまーす!」
「グォォオオオオオオ――ッ!!」
「なっ!? ジプサムぅ!?」
「どうやら機械化されてしまったようです
人類め許すまじ! てことでその燃え滾る怒り
どうぞ思いっきりぶつけちゃってください!」
「待て待て待て……! 妾も逃げるぞ!」
咆哮の衝撃波で崩れる建物から避難して、
セルスは元のスライム状態となって
駆けるギドの真横に飛び移った。
そして再び人型に化け直すと
恥も外聞もない顔で彼と並走し始める。
「えー……かつての同僚の死体を弄ばれて
悔しさーとか、憤りーとか、ないんですか?」
「知るか! 妾がジプサムに勝てるとでも!?」
「能力の相性は悪くないでしょ?」
「水筒の水で山火事を消せと申すか!?
お主が今言ったのはそういう事じゃからな!?
そう言うお主の方も何とか出来んか!?」
「今ほら、私魔力すら出せませんから」
「ならばやはり逃げ一択じゃな!
ジプサムなど相手にするだけ時間の無駄じゃ!」
セルスはハッキリとそう言い切ると、
仲間をも置いていかんばかりの加速を見せる。
それに合わせてギドも更にギアを上げるが、
既に彼らを標的と定めていたジプサムにとって
二人の加速は追跡の指令を下す刺激となった。
機械化されてもその運動性能は健在で、
むしろ不要な感情を有していない分
障壁を砕いて直線距離をそのまま進むなど、
明らかに非生物的な動きを見せている。
加えて、ギドは目的地を失っていた。
セルスに任せる計算で方角を決めたので、
彼女が戦闘を放棄した段階で万策尽きたのだ。
仮にこのまま進んでいけば
見えてくるのは避難民の集う公国博覧館。
大公やガネットだけならまだいいが、
警備の聖騎士とぶつかるのは流石にまずい。
(上手く聖騎士になすりつけられるかどうか……
まだそんな冒険をしたくなかったですが――)
致し方なし、とばかりに、
ギドは再び愛用の剣に手を伸ばした。
が、彼らはふと視界の先に何者かの影を見る。
進行方向の遥か先、まだ健在な建物の屋上。
こちらを見据え其処に立っていたのは
彼らと同じく災禍遊撃隊のメンバーでありながら
唯一の人間の隊員である、ブルーノだった。
「いやはや……こんな大乱戦の最中では
情報管理官の出番など無いと思ったのですがね」
目敏いチョビ髭は
魔物たちの苦戦を察知していた。
そして状況を理解し、既に対策を打っていた。
ぶつくさと不満を述べる彼の左右を
ギドとセルスが素早く通り抜け、
迫るジプサムとブルーノが対峙する形となる。
が、あくまでこの人間は非戦闘員。
当然、戦うのは彼ではない。
「――ここより西方、
計七区画分に人払いの結界を張りました
効果は強力な分、持続力は無い
ですので決着をつけるのなら、なるはやで」
ブルーノの眼前に、
ジプサムに取り付けられた刃が迫る。
「以上。出撃を、秘密兵器――」
「――笑止ッ!」
迫るジプサムの顔面を、
炎を纏う鋼の鉄拳が殴り抜けた。
オラクロン陣営が保有する魔物戦力。
最後の一体、通称『焔魔』。
煤霊のペツである。
やがて獄炎は敵の肉体を遠方へ飛ばす。
その方角は正にブルーノが指定した範囲。
軍服の下に隠した噴射口から炎を噴き、
滞空する焔魔は人間を見下ろした。
「当方に命令を下せるのは我が君のみ
今は貴様の結界を勝手に利用するだけだ」
「あーはいはい。もうそれで構いませんので
――では、ご武運を」
「フンッ!」
嫌悪と不服を織り交ぜた吐息を捨てて、
ペツは敵を追い掛け飛び立った。
やがて空中をぶっ飛ぶ機械化魔物に追い付くと
その胴体に狙いを定めて再び拳を握り締める。
「超希少種『鱻靐龘』の終滅卿、ジプサム様!
貴方様の事は我が記憶にも焼き付いております!」
ペツはかつて焼死した魔王軍の怨念の集合体。
四天王ジプサムはかつての上司にあたる。
がしかし、否、だからこそ、
彼の死を弄ぶ人類への怒りで火が灯る。
「当方がここで介錯致す! 穿て、『朱焔砲』!」
獄炎を纏う鉄拳がジプサムの胸に打ち込まれた。
ジプサムはそのまま炎に巻かれた状態で
真っ直ぐに地面へと叩き落とされる。
着弾地点は公国博覧館より少し西。
セグルアが設置した『駅』の近くであった。
やがてペツもその地に着地する。
彼は既に勝敗は決したと思っていたが、
その隣で元四天王の怪物は
何の後遺症も無く起き上がった。
(――!? 聖騎士にも効いた技ですら……!)
「グォォォォォォ……」
(まずいっ! 噂の能力を使われる前に!)
そう考えた時には既にペツは攻撃を放っていた。
しかしそれは溜めを作れなかった小火の連打。
全力の一撃ですら軽く耐えた相手には
正しく行動の阻害程度の効果しか無かった。
加えて今のジプサムには魔導機構がある。
彼は腕に取り付けられた装甲を盾に、
炎を防ぎながら真っ直ぐペツに飛び掛かる。
迫るは上段からの大振りの斬撃。
ペツは軌道を読んで文字通り掻い潜る。
が、化け物の振るった腕は空気を裂き、
余波だけでペツの軍服を裂くと
その下に眠る鋼の肉体にまで傷を付けた。
避けて尚このザマ。魔力出力の桁が違う。
だが直撃が避けられたのもまた事実。
ペツは敵の装備に掴み掛かると
駅の方へと放り投げる。
ジプサムの体は駅の設備を破壊しながら転がり、
更にペツの追撃を食らって線路まで投げ出された。
それでもダメージは軽微どころか皆無に等しく、
線路に寝転ぶ彼の追撃は
刃の一振りを以て容易く迎撃されてしまう。
そうして生まれた隙を使いジプサムは再起する。
再起して、真っ直ぐペツに掴み掛かった。
(っ!? なんという馬力……そして破壊力ッ!
能力を使わずしてこれほどまでとは……!)
ペツの馬力もチーム内随一だが、
ジプサムのそれはレベルが違った。
一挙手一投足が彼らが放つ技と同威力。
咆哮は大砲が如く、一刀は流星が如し。
そんなものだから掴み合いでは分が悪い。
先程の攻撃で既に損傷していたペツの腕は
メキメキと音を立てて引きちぎられた。
「グォォォォォォ!!!!」
知性無き咆哮が夜天を裂く。
がその時、ある二つの事が同時に起きる。
一つは線路の向こうから列車が来た事。
元々無人走行で稼働していた鉄塊が、
真っ白な先頭灯で線路上の両者を照らした。
ジプサムはそちらに反応して顔を逸らす。
だがそれが致命的な隙を生む。
夜の暗がりに紛れ込んで、
千切れたペツの腕から大量の煤が出る。
「パワーはそちらが上、噂通りなら能力の格も
そしてこちらの攻撃は貴方様の肉を貫けない」
「グォ!」
「しかし、嗚呼、嗚呼! 悲しいかなッ!」
煤はジプサムの持つ刃を飲み込んだ。
焔魔はその装甲の中に自身の一部を差し込み、
機械の主導権を奪おうとした。
物品に憑依出来る煤霊の特性である。
「グッ――!」
「機械化されてしまった事で負け筋を生んだ
当方の能力ならば、貴方様を解体出来る!」
刹那、列車が彼らのいた場所を突き抜ける。
どうやらその寸前でそれぞれ跳躍したようで、
両名は爆走する列車の屋根に飛び移る。
その姿は数秒前とは真逆。
ジプサムは刃と接合されていた方の腕を失い、
対してペツは千切れた腕を補填していた。
「武装を一つ失いましたな。終滅卿?」
「グォォォォォ……」
「痛みも憤りも無い、か。虚しいですな!」
両者は再び走る列車の上で激突する。
文字通り相手の手数を減らせたその効果は
他ならぬペツ自身が強く体感していた。
明らかにジプサムは守勢が増え、
殴り合いの主導権はペツが握っている。
ただ、僅かながらでも余裕が生まれた事で、
ペツはいくつかの点が気になり始めた。
まず敵の挙動。守勢は増えたが反撃はある。
だがその反撃の中には失ったはずの右手を
使おうとしている動作も見受けられた。
まるで、脳が欠損を認知していないようだ。
次に敵の武装。魔物は魔導機構を使えない。
魔力の性質が違う事が原因とされ、
事実ペツですら火薬と能力を合わせた
魔力に頼らない起動が関の山といった所。
だのにジプサムは武装を動かせている。
彼の体を覆う歯車は絶えず回転し続けている。
そして三点目。何よりもこれが最も気がかり。
明確に優劣の逆転はあったというのに、
敵はまだ能力を使おうとする
素振りすら見せない。
(試してみるか?)
眼前に迫る盾での殴打を弾いて躱すと
ペツは即座に拳に熱を溜める。
が、その狙いの矛先はジプサムに非ず。
彼の拳は足場である列車に向けて放たれた。
直後昇るは渦巻く業火と焔の柱。
閃光が眩く煌めき連なる車両の背を穿つ。
まるで猟師の槍に突き刺された蛇が
のたうち回るかのように、
脱線した車両は轟音を立てて横転した。
その拍子で投げ出されたジプサムは
人なら即死レベルの速度で地面を転がり、
迫る列車の残骸に飲み込まれて吹き飛んだ。
だがペツの一撃でも無傷なのだから
これほどの衝撃を受けても当然無傷。
二秒と置かずに起き上がるとそこは、
整備場の車庫と隣接した転車台の上だった。
土煙で周囲の様子はあまり見えない。
故にペツの姿も見失う。
ジプサムは片腕で残骸を粉砕すると
視界を確保しキョロキョロと首を回す。
それが続く事、約十秒――
「やはりそうでしたか」
煙の中より伸びた腕がジプサムの首を掴む。
疑うまでも無くそれはペツの剛腕であったが、
その装甲は列車の残骸をも組み込み
普段より幾らか強化されていた。
「グォォ! グォォ!」
「この状態でもまだ能力を使わない、否、使えない
貴方様を動かしているのは機械の方の魔力……」
刹那、剛腕が赤く染まり爆炎が咲く。
更に吹き飛ぶジプサムは車庫に叩き込まれるが
すぐに周囲の鉄骨を担いで起き上がると
反撃とばかりにペツに投げ飛ばした。
しかし焔魔の火は戦闘用では無い鉄など
いとも簡単に溶かしてしまう。
「弱く、なられましたな、終滅卿……」
憐れみの声が自然と漏れ出た。
しかし対話不能の機械は変わらず飛び掛かり、
またも無様に剛腕によって掴まれる。
そして今度は煤による解体が始まった。
「グォ! グォオオオオオ!!」
「その抵抗も機械による出力ですかな?」
この対決が始まった当初、
ペツはほんの僅かな希望に縋っていた。
それは人類の手からジプサムを解放する事。
共にベリルを盛り上げる新たな仲間として、
セルスに次ぐ四天王のメンバーを
招き入れられる可能性を見出していた。
が、得られた事実はそれを否定する。
ジプサムの体を動かしているのが
機械の方の魔力であるという事は即ち、
肉体の方の魔力はとっくに枯れているという事。
最初から分かっていた事ではあったが、
もう終滅卿の魂は其処には無いという事だった。
つまり、ジプサムの体から
彼を動かす機械の部分を取り除けば、
同時にその生命活動も完全に停止する。
それを重々承知した上で、
ペツは改めて『解体』の意を決した。
今彼を安全に処理できるのは
彼しかいないのだから。
(せめて、これ以上醜態を晒す前に――)
「――グォオオオオオオッッッッ!!!!」
「っ!? もう喚くなジプサム様ッ!」
既に装甲の七割は奪い、
ジプサムから元のパワーは感じられない。
しかし断末魔ともとれるその咆哮は、
ペツの身体を大きく揺らし
体内の本体にも多少のダメージを与えた。
だが咆哮の真の狙いはそこに非ず。
ジプサムが行ったのは攻撃ではなく伝達。
自分がここに居るぞという存在証明。
「!? 多数の接近反応、まさか!」
人払いの結界は、人にしか効かない。
人ならざる者への影響は薄く、
ましてや感情すらない存在には影響しない。
即ち、大量の魔導機構軍なら出入り可能。
(援軍を呼び寄せたか……!)
「グォオオオ!」
(解体は……ダメだ、間に合わん!)
残り作業量二割を残し、
ペツは口惜しくもジプサムから手を離す。
直後彼が飛び退いて出来た空間に
大量の魔導機構軍が雪崩れ込む。
その姿はまるで氾濫した河のよう。
そしてその河の流れに乗って、
ジプサムはまず最初に反撃の一撃を
空中のペツに叩き込んだ。
「ぬぉお!?」
撤退するとばかり思っていたペツは無防備で、
機械仕掛けの腹部に盾での殴打が直撃する。
やがて彼が向かいの建物に激突すると
ようやくジプサムは撤退の流れに身を任せる。
ブルーノの指定した結界の範囲も
あと一分を待たずして抜けてしまうだろう。
そうなればジプサムは再び乱戦に身を投じる。
人間の操り人形として、人間に討たれてしまう。
「それだけは……させんッ!!」
滾る無念の想いをかき集め、
ペツの体が禍々しく変色した。
焔にはおどろおどろしい紫色が混じり、
全身にはその色が混じった魔力の筋が走る。
其れはペツの元となった魔物たちの絶叫。
人間への憎悪を薪に焚べた怒りの業火。
燃え盛る焔魔は瓦礫の内より飛び出した。
そして突き出す両腕に機構の大半を集約し、
秘めたる憎悪の全てを熱に変える。
「滅却螺旋――『紫獄蓮』ッッ!!!!」
渦巻く憎悪の火が、真っ直ぐ機械軍に直撃した。
焔は波打つ鋼の大河を焼き払うには飽き足らず、
四方数キロメートルを燃え盛る死地に変える。
その光景は正に地獄の蓋が開いたかのよう。
反動でペツは両腕が完全に焼け焦げていた。
そんな焔魔の着地の瞬間、
間一髪で直撃を避けたジプサムが
残る機械軍にペツ討伐の指示を出す。
まずは有象無象の雑兵を向かわせて、
弱った所を強者である自分が狩る。
「ハァァァァァ。それは魔物の戦術でしょう」
焦げた腕を別のパーツと換装する。
連結を増やすたびにペツの運動性能は下がる。
が、最早そんな事は気にならなかった。
「舐めるなよォオオオオオオ!!」
飛び掛かる四足獣型の首を掴んで潰し、
後続の人型機構に叩きつけた。
直後に更に四機の機械が迫るが、
ペツはその全てを拳の殴打で叩き割る。
現場の光景はさながら猛獣たちの殴り合い。
血こそ出てないが、地獄の光景そのものだ。
「ッあ! 当方はまだ死んでいない!
魔物の時代はまだ、終わってはいないッ!」
「グ! グォォォ……」
「来いよ四天王! 終滅卿ォッ!
ここに『魔物』が遺っているぞぉおお!!」
「グォオオオオオ――!!」
互いに大地を蹴飛ばし、雑兵を薙ぎ払い、
炎上する戦場のど真ん中で咆哮を轟かせる。
そして両者の拳が、遂に交わり衝突した。
まず生まれた衝撃波が、周囲の火を消し飛ばす。
途端に夜が戻ってきて、気温は徐々に下がっていく。
熱気が立ち去った後に残っていたのは静寂で、
ジプサムの拳が叩きこまれたペツの装甲が
パラパラと剥がれ落ちる音がよく聞こえた。
「流石は終滅卿。知恵も能力も無しにここまでとは」
「……」
「ですが、嗚呼やはり残念。相性が悪かったですな」
ペツの拳から、黒い煤が飛び散った。
それは撃ち込まれた部位の装甲を一瞬で飲み込み、
引き抜くと同時にジプサムの体から
機械の部分を引き剥がす。
途端にジプサムの瞳からは光が消える。
体を動かす機構との接続が切れた事で、
その肉体は再び屍となって倒れた。
人類の傀儡と化していた過去の魔物は、
再び眠りにつく事を許されたのだった。
「どうか安らかに、終滅卿」
~~~~
勝利の余韻に浸る間も無く、
ペツの周囲には再び炎が立ち上る。
完全に消えてはいなかった残り火が、
夜風に誘われた酸素と繋がり再起したのだ。
またそれに合わせて機械軍の残党も起きる。
彼らに弔い合戦という概念は無いが、
未だペツを倒すべき標的と捉えていた。
「チッ……まあいいでしょう、相手になります」
焔魔は再び交戦の構えを取る。
対応するように機械たちも間合いを測る。
「ふぅううう――」
燃え盛る戦場で再び
機械仕掛けの存在同士が闘志を見せた。
正にその瞬間――一陣の風が吹く。
「え?」
戦場の外から飛来したのは緑の閃光。
それは瞬く間に動き機械に近づくと、
一刀の元に切断していく。
そしてそれはペツも例外では無かった。
気付いた時には既に、
彼の胴体は真っ二つに切断されていた。
「なっ!?」
かろうじてペツが視認出来たのは
マントを翻し急停止を行う剣士の姿。
黒髪に、赤い眼鏡を付けた人間の女。
歳はベリルと同じか少し上ほどの、
聖騎士特有の緑の鎧を纏う少女だった。
(これ、ほどとは――!)
「ん? 今なんか手応え違う奴がいた?」
少女が振り返ったまさにその時、
ペツを始めとした機械全てが爆ぜて消えた。
盛大に轟く爆風と閃光を背に、
その女騎士はズレた眼鏡を持ち上げる。
「魔導機構詳しくないから分かんないや」
(聖騎士団長、ラルダ・クラック……!)
煤霊は本体である黒い火の玉状態で
瓦礫の下に滑り込む。
彼の存在は気付かれてはいない。
が、最早奇襲を狙う気は起きなかった。
(これと戦うのは、無謀が過ぎる……)
終滅卿ジプサム、機能停止。
そして焔魔ペツ、武装大破により撤退。
戦場にただ一人立っていられたのは
事情を知らぬ聖騎士団長ラルダだけだった。
(さて、戦場をもう一周して一般客を探すか
もしくは――)
ラルダはそっと
中央の帝国博覧館に目を向ける。
そして何かを決意したように、
その方角へと駆け抜けていくのだった。
~~同時刻・公国博覧館近辺~~
(なんとかジプサムは止まったようじゃの)
肉体の一部を望遠鏡のように変えながら
瞳魔セルスは半スライム状態で戦局を見た。
彼女の目にはペツの撤退も無事観測され、
丁度ギドにもジプサム回収の許可を出した所。
ひとまずの脅威は去ったと胸を撫で下ろし、
再びいつもの美女の姿に化けた所だった。
が、しかし、そんな彼女の変化の瞬間を
幸か不幸か目撃してしまった人間がいた。
「止まれ!」
「っ!?」
カチャリと鳴ったのは撃鉄の音。
瞳魔の美しい背中を狙うのは
歯車の意匠が施された二丁の拳銃。
その持ち主は白い髪をした人間の青年。
ナバール王の車やジプサムを追って、
公国博覧館に駆け付けた義勇の士。
(聖騎士……しまったのぉ!)
「なんで、魔物がここに居る!?」
聖騎士の若者、レオナルド。
元四天王の一角、傾国のセルス。
不意の邂逅が新たな戦火を呼び寄せる。




