拾漆頁目 大変長らくお待たせしました
~~万博会場~~
幾星霜の歴史を想い、各博覧館で鐘が鳴る。
此処に並ぶは人々が繋いで来た技術の結晶。
文明という枠組みに満ちた知恵の蒸留酒。
熟成された人類技術の粋を結集させて、
帝国万博は遂に本開催と相成った。
現在時刻は正午を過ぎ、
人々は昼休憩を終えて再稼働し始める。
初日である今日来場しているのは
大きく分けて三つの人種。
国内の有力貴族、抽選を勝ち抜いた市民、
そして帝国外の来賓たちである。
「小僧、ちゃんと着いて来ているか?」
「はい……というかあの、陛下?
そんな扉抜ける度に毎回確認しなくても……」
「今までをよく振り返るのだな」
親衛隊に囲まれた中で
大公オスカーがベリルにそう語る。
彼らオラクロン勢力もこの来賓の枠組み。
だが来賓だからといって全員が纏まる訳ではなく、
むしろ各勢力ごとに自由に分かれて
万博会場を回っていた。
きっとそちらの方が都合が良いのだろうと
同行するギドがしたり顔で笑っている。
「いいですかベリル?
他所様の護衛とぶつかっても襲っちゃ駄目ですよ」
「そのくらい分かってるよ……
というか護衛同士がぶつかる事なんてある?」
「あるかもしれませんよ? ねぇガネット殿?」
「む? うむ。確かに有り得るかもしれんな
予想より、頭数が多い」
そう言う親衛隊長の目付きはやけに鋭く、
釣られてベリルも周囲を見渡せば、
確かに展示を純粋に楽しむ人間よりも、
その少数を囲んで殺気立つその他の方が
圧倒的に多いという現状が見て取れた。
まるで周りの全てを敵と見做す如き警戒心。
彼らと目が合ったその一秒後には
慌てて視線を逸らさざるを得なかった。
「なんであんなにピリピリしてるんだろ?」
「ほう? 小僧、貴様は判らんとほざくか?」
「え?」
「今日まで一体何があったかなぁ、小僧ぉ?」
「ひっ!?」
言外に敷き詰められた圧力が
ベリルの全身に重くのしかかった。
テストラン、前夜祭、そして今朝の皇居侵入。
最後のは大公にもバレていないはずだが、
それでも十分過ぎる程の事件があった。
何も情報を得られなかった他国の人間たちが
気配のみを感じ取って警戒するのも無理はない。
大公は溜め息と共に怒りを吐き捨てると
他の魔物にも顔を向けた。
「ヘリオ、セルス。貴様らも気を抜くなよ」
「「うーい」」
「ペツ。確とブルーノの備品に潜んでいるな?」
「心底不服ながら」
「いや不服なのは吾輩の方ですぞペツ殿!?
懐が熱いし動くしなんか煤出てるし!
陛下! 吾輩今日ずっとこのままですか!?」
「嫌なら帰れ。有益だから同行を許可したが
貴様は本来表に出せる人間ではないのだぞ」
「くぅ~! 経歴が黒いのが悪い!」
((つまりお前が悪い))
他の同行者はガネット配下の親衛隊員。
長い付き合いになりつつあり最早顔なじみ。
ベリルにとっては公国の最大戦力と言える。
しかし、今はあくまで観覧の時間。
武器も殺気もコートの下に隠し、
彼らは自国の博覧館に赴いた。
~~公国博覧館~~
目的はどちらかと言えば視察。
ここがオラクロンの顔と見做されてしまう以上、
スタッフの対応は勿論、人入り、客の反応、
そして全体の『繁盛感』にも重大な意味を持つ。
が、とはいえそれを見るのは大公の仕事。
彼が参上したその何時間も前から
スタッフたちは緊張感を高めていて、
ベリルたちはそんな彼らの合間を抜ける
大公の背中を追いかけるだけで良い。
「そういえばギド、公国の展示って何?」
「主には各大国から輸入した最高級品の展示……
他人の功績を利用した手柄の横取りですね!」
「聞き捨てならんな」
「おや。陛下のご機嫌を損ねてしまいました
願わくば後学のために違いを伺いたいですね」
「フン。私にガイドをさせるか」
よかろう、とマントを翻し
オスカーは展示物の一つに近づいた。
そして詳細を記載したプレートを速読すると、
彼はその中のとある文言を指先で示す。
「見ろ。『公国流の改良版』と書いてある」
「え? でもこれは明らかに……」
「改良版だ」
「いや、しかし……」
「改良版だ。オラクロンの職人が作ったのだからな」
「ちなみに……その方のご出身は?」
「出生はともかく今はオラクロンだ。嘘は言ってない」
(欺瞞……!)
ちょっと煽る程度のつもりだったギドは
思ったよりもあくどい大公の主張に
返り討ちにあってしまった。
そしてこれには流石のガネットも
気まずくなって顔を背ける始末。
するとそんな空気を読み取ったのか
今度はブルーノが別の展示を指さした。
「陛下! アレなどは我が国オリジナルでは?」
「ん? あぁアレか。確かに有用な大発明だな」
「大発明!? 一体!?」
「気になるか小僧。見てくるが良い」
唆されるがままにベリルは向かう。
新進気鋭のオラクロンの大発明。
どうやら実際に体験が出来るブースらしく、
その展示の周囲には既に人集りもあった。
ベリルはその群衆に体をねじ込み、
展示が見える最前列に躍り出る。
そうして見つけたそれは細見の物体。
木軸は黒檀にも似た艶を帯び、
掌に収まるその形状は知性の剣。
一端に宿る石墨の芯が鋭く輝き、
刻み込む意思を以て鋭利に尖っていた。
そう其れは、羽ペンに代わる大発明。
炭素の同素体を用いたインク要らずの筆記用具。
即ち――
「えんぴつだ!」
(地味ッ……!)
手にした十数センチの棒切れを見つめ、
ベリルは口を開けて固まった。
そんな彼の丁度対面には、
彼をまっすぐ見つめる青髪の少年がいた。
~~王朝博覧館~~
「よー大公! ようこそ我が博覧館へ」
「ナバール王。初日から大繁盛のようですな」
万博は技術の祭典。文化の見せ付け合い。
特に未来志向の技術が好まれ、
高い技術者を抱える国ほど有利となる。
その点で言うと、ナバールはダークホース。
超古代文明の技術は現代でも再現困難で
彼らは時代と逆行する事で未来を魅せてくる。
「こちらは?」
「空中に文字を刻む魔道具だ」
(えんぴつの上位互換……!)
「なんだ小僧その目は?」
「いえっそのっ……あー……
似たような物をテストランの時に見たなと」
「そりゃあ魔力を無駄にしたお遊びだろ?
こっちのは伝達手段としても有用だ!」
(完敗じゃん)
「んでこっちは最近発掘した『宝石製造機』!
炭素の同素体を圧縮して宝石を作る!」
(追い打ち強っ!)
ナバールの有する力は絶大。
観客動員数も他国の比ではない。
噂が更なる噂を呼びよせて、
中央の帝国博覧館よりも人がいた。
まるでこの地こそが万博の主役であると、
誰もがそう認めているかのように。
だがこの圧倒的な国力の差に
普通の国主なら萎縮してしまうはずなのに、
心中で負けを認めるベリルとは対照的に
大公は展示を楽しんでいるようだった。
一体何が彼の自尊心を支えているのかと
ベリルはその横顔を覗き込んでみるが、
大公の興味は既に最奥の展示に向いていた。
それは区画の全てを独占していたのに、
巨大な布で隠された展示物であった。
「こちらは?」
「おう。最終日に限定でお披露目する奴だ!
期間中、変化がないなんてつまんねぇだろ」
「客の期待を煽ってリピーターを増やす
なるほど。ナバール王は商売もお上手だ」
「褒めるなやい商業の国の王」
ただのお世辞も
発言者によって毛色が変わる。
横並びの背中は共に大きく、
両者の間にある僅かな空間には
まるで見えない壁があるようだった。
~~~~
公国一行の展示巡りは続く。
既に時刻は昼と夜の丁度中間くらいで、
あと一時間もすれば夕焼けも望める。
しかし帝国万博の広さはあまりにも大きく、
残り時間で巡れる場所はあと一ヵ所だった。
「二時間後には陛下のセレモニーがある
そこに間に合うようにしておくぞ」
「ですが移動時間でのロスも考えると
もう大した物は見られませんねー」
「いや、そうでも無いぞギド」
そう言いながら大公は指を差す。
其処にあったのはとある施設と人集り。
入っていく者は圧倒的に多く、
逆に出ていく者がほとんど居ない場所。
黒金の装甲に黒い煙を吐くそれは、
決まったレールを進む移動手段。
目を輝かせたベリルがその機構の名を叫ぶ。
「蒸気機関!! 凄い……こんな巨体に!」
「会場内移動用の『蒸気機関車』だそうだ
といっても繋げているのは一部の
主要な博覧館同士のみのようだがな」
「ふーん。帝国にこんな技術があったんですねー」
「あるわけないだろう。提供はあの国だ」
「あの国って……まさか!?」
~~セグルア博覧館~~
怨嗟の根源。復讐の標的。
かつてモルガナが殺された国『セグルア』。
チョーカ帝国と仲の悪いこの国は
万博にも大して力を入れてはいなかった。
区画の大きさはそこらの国と同程度。
かつ入口からは最も遠い最低最悪の立地。
帝国の隠す気もない悪意と重なって
あまりにも酷い条件での営業をしていた。
だがそれでも、流石魔導大国セグルア。
かの国は実力の半分未満でも戦えていた。
「これは……なかなかの盛況ですね」
口数の少ないガネットがそう漏らす程に、
セグルアの展示に観衆たちは集まっていた。
流石にナバールと並ぶまででは無いが、
少なくともオラクロンとは良い勝負。
床や天井を回る歯車の反響が、
人の声と重なり活気という名の呼吸を生む。
展示品は勿論名産の魔導機構。
人型のものから鳥獣、猛獣、兵器型、
そして触れ合い可能な小動物系に
果てはスタッフ代わりの自立配膳機構まで、
ギアと魔法とを組み合わせた多種多様な機械が
まるでテーマパークのような賑わいを造る。
だがそんな周囲の反応とは裏腹に、
何やら微妙な表情を見せる魔物が一匹。
その名はセグルアに復讐を誓った少年ベリル、
では無く、彼の保護者ギドである。
(さて、ここの立ち回りは気を付けねば)
横目にベリルを捉えながら彼は思案を巡らせた。
迎賓館で相談を受けたのはつい先日の話。
人間への憎しみと文化への興味という
自己矛盾に対しての焦燥と嫌悪。
今のベリルにはケアが必要だと考えられた。
(彼の『偽り無き感情』こそ最重要ファクター
だからこそ、計画の内容は共有出来ない……)
計画を知れば思考が変わる。
思考が変われば出力される感情も当然変わる。
求められるのは適度な教導と自立を促す放任。
子供を健やかに育てるというのは難しい。
(だが次代の魔王は必要不可欠
仕方ない……ここは気持ち多めに介入を――)
「見てギド! あれ凄い!」
「おや?」
「どうしたのギド? 不思議そうな顔して」
「……セグルアの万博ですが嫌じゃないので?」
「あー、まぁ、ね? でも……」
周囲を気にかけて
ベリルはそっと顔を近づける。
そうして囁くように呟いた。
「魔導機構自体はモルガナも好きだったし」
「……そう、ですか」
「あ、もちろん今でも人間は嫌いだよ!?
好きなのはあくまであいつらの創造物だから」
「……プッ! 友達作りの宿題は?」
「あ、うん……やっぱりそれは未提出になりそう」
「おやそうですか? 何やらあの幼帝とも
仲良さそうでしたが……まあいいでしょう」
早急なケアの必要なし。
そう判断したギドは満足げな笑みと共に
ベリルに背を向け立ち去った。
そんな彼の背中を少年は穏やかに見送るが、
すぐにある事に気付いて困惑する。
「あれ? 僕合流してから幼帝の話したっけ?
……ていうか結局展示も見てくれないし!」
「君、魔導機構が好きなのか?」
「え?」
いつの間にか彼の横には青髪の少年がいた。
年齢はベリルより一回りか二回り高く、
背丈も目線を合わせようと思えば
少し見上げる必要があるくらいには高い。
だが普段相手にする者と比べれば若輩。
周囲には大公もギドもいるため、
ベリルは特段警戒心を抱く事も無かった。
「あ、あぁうん。好き、だね」
「ふーん。まぁどうせ見た目がカッコいいとか
浅い理由で好きって言ってるんだろうけど」
(なんだコイツ)
「君が見てたこの展示もそうだよね
ゼネバ機構って、名前だけ見て喜んで――」
「へー……ゼネバ機構っていうんだ
これならステップ制御とかやれるじゃん」
「――! 君、なんて?」
「いやステップ制御がやれるって」
「っ~~~~!!」
文字通り掌を返し、
青髪の少年はベリルの両手を掴んだ。
そして長い前髪の下の青い瞳を
これでもかと輝かせてまくしたてる。
「そーなんだよ!歯車って普通ずっと回転してていわば『連続的』な動きだろ?でもこのゼネバ機構を間に噛ませてやればカクッカクって『断続的』な回転運動を実現できるんだ!これの差が地味~~~~ッにデカい!なんたって回数のカウントだとかステップの記録なんかが魔力消費ゼロで出来ちゃうんだからさ!」
熱の籠ったマシンガントーク。
多くの者は呆気にとられる事だろう。
だがベリルは――
「だよね!」
同じ熱量で興奮していた。
「これさこれさ!結局大事なのってこの断続運動してるスロット付きの奴と連続運動している突起付きの奴だけじゃん?構造凄くシンプルだからさ、今はこれだけ大きいけど形状変えてうまく重ねたりしたらスペースも取らずに応用できそう!」
「良い所に気付くな~!それぞれ従動輪と駆動輪って言うんだぜ!しかもこれなぁ!シンプルだから摩耗も少ないんだ!」
「ああうれしい!今までストッパーつけてどうにかやってたんだけど消耗凄いし微妙に正確じゃないしでなんか嫌だったんだよね!」
「自分でも作ってるのか!俺と同じだ!」
「君も魔導機構好きなんだ!」
「――!」
瞬間、青髪の少年は我に返って口を止めた。
モルガナ以来初めて機構の話出来る相手に
歓喜していたベリルはそれに気付かず、
尚も話を続けようとしていたが、
青髪の少年はそんな彼の顔に掌をかざす。
「俺はそんなに好きじゃないかな」
「え? いやそんな訳……」
「んんっ! 僕はアクア。アクア・メルディヌス」
「ああどうもそんなご丁寧に。僕は――」
「ベリル君。だろ?」
アクアはそう呟くと、
ポケットの中から取り出したそれを
困惑するベリルの前に差し向けた。
差し出されたのは万博で売られたストラップ。
射的場の景品――射殺君人形。
「君の、だよね?」
「あー無くしたと思ってたんだ。どこにあったの?」
「屋上」
「え?」
「帝国博覧館の、立入禁止の屋上
僕が警備を指揮してたあの日見つけたものさ」
「!?」
「名前は射的場の記録で知ったんだベリル君
改めて僕はアクア。万博機構統監アクア」
「――!」
ベリルはゾッと青ざめる。
青ざめて、きっと殺気も漏らしていた。
が、そんな彼に対してアクアは
大胆にも背を向けた。
「ま、といっても元機構統監、だけどね?」
「え?」
「テストランの騒動でクビでなった
今はただの『無所属』なアクアお兄さんさ」
「……っ」
手を振り立ち去るアクアの後ろ姿を、
ベリルはただただ困惑しながら見送った。
敵か味方かも分からない奇妙な相手。
やり場に困った敵意のはけ口が見つからず、
少年は冷や汗と共に立ち尽くす。
やがてそんなベリルに大公からの招集が掛かる。
時間だ。遂に全ての始まる時間が来た。
~~中央広場~~
時刻は夕刻。されど空には若干の蒼天有り。
赤と青の混ざり合ったその中間では
落葉の帝国を司る宰相の姿も目撃された。
『こうして無事に万博を開幕できたこと、
心より嬉しく思っております』
儀礼的な台詞を述べる宰相の後ろでは
前夜祭の時と同様に着飾った幼帝の姿もある。
他にも前夜祭の時には見なかった近衛兵が
やけに重装備でかなりの数並んでいた。
逆にこの場に見かけない者も数名。
まずはアクア。そうすぐに再会はしなかった。
次にエルザディア聖騎士団。行方は不明。
そしてナバール王。まだ自国の博覧館にいるらしい。
聞けば拡声魔法が組み込まれた装置のおかげで、
宰相の声は万博会場の要所に届くようで
彼ら以外にもこの場に居ない者は多いらしい。
だが、それでも居ない事が問題となるのが三名。
王位継承権所有者。第一位イオス伯。
第二位オリベルト候。そして第三位ソダラ公。
彼らと仲の良い貴族と共に、三者三様に姿を消す。
(なんだ? 何か、妙な胸騒ぎがする……)
『では次に、皇帝陛下よりお言葉を賜ります』
肌を撫でる違和感はある。
が、ベリルはそこで思考を止めて顔を上げた。
遥か遠方で不相応な冠を戴く十歳児。
もう見知らぬガキではない。
そしてそれはアルカイオスの方も同じ。
彼は登壇の最中、目で少年を探していた。
(ベリル、いるかな? ……見当たんないや)
「さぁ陛下。こちらに」
「う、うん……」
宰相の手を借り、幼子は衆目に身を晒す。
眼下に広がるのは夕焼けに照らされた人の顔。
さながら人面宿す肉の絨毯。気色悪い。
その嫌悪感が重圧の緊張から来るものか、
それとも目の奥に宿る不信を見破ったものか
幼い皇帝には区別も判断も下せない。
ただそれでも、アルカイオスは顔を上げた。
――『人って護ってくれる奴に従うらしいよ?』
背中を押してくれるその言葉に勇気を貰い、
皇帝は皇帝としての責務を果たさんとする。
「僕は――」
だがその瞬間、風が揺れた。
幼帝の声より先に響いたのは風切り音。
群衆の合間を掻き分け迫る、矢の音だ。
「え?」
アルカイオスは動かなかった。
否、全く動けなかった。
眼前にキラリと輝く矢尻を見た直後には
既にその矢は彼の真横を通過していた。
「陛下ッ!」
宰相の腕が幼帝の首元に回され、
かなり乱暴にその体は後方に下げられる。
同時に警備の冒険者が矢の射手を取り押さえ、
現場からは悲鳴と混乱の声が上がり始めた。
(何が、どうなって!?)
『よく聞けぇ! 暗愚なる幼帝と闇の宰相よ!』
「!?」
それは万博会場の各地で
同時多発的に発生した。
~~会場東部・とある国の博覧館~~
「お客様、一体なにを!?」
「今からこの場所は我らが占拠した」
ある博覧館では観客の一部が暴れ出す。
そこで展示物となっていた武具を奪って、
外の仲間たちに運び始める。
『万博は我らの血税で彩られた偽りの繁栄!』
~~会場西部・蒸気機関車の駅~~
「何者だ貴様ら!? ぐあぁ!?」
「要所を抑えろ! 先制攻撃だ!」
交通網の一部にも攻撃が行われ、
警備にあたっていた帝国兵や
冒険者までもが容赦なく襲われる。
『これは叛乱ではなく、正義の回復!』
~~会場西部・万博入場ゲート~~
「派手におっぱじめたようだな」
「ああ。乗り遅れるなよ」
いつの間にか現れた武装集団が
制圧済みの入口から堂々と入場する。
その足元には兵士の死体も転がっていた。
『我らこそ祖龍帝の意思を正統に継ぐ者!
今日この日腐敗した国家に天誅を下す!』
大層な主義を掲げる叛乱軍の正体は民衆の集まり。
落葉の帝国が隠してきた負債の権化。
国を憂いて国を亡ぼす暴徒の群衆。
組織名は初代皇帝が諸王国相手に掲げた名前。
北限開拓軍にあやかって――
~~~~
『我らは――北限解放軍!!』
民衆の怒りをぶつけられ、
幼帝は何も出来ずに固まった。
何よりセレモニーの会場は大混乱となり、
宰相が間近で部下に怒号を飛ばし
共に博覧館内へと退避してしまう始末。
幼帝に何かできるはずもない。
巻き起こった叛乱にただ絶望顔をするばかり。
「くっだらねぇなァ!」
そんな幼帝の情けない姿を双眼鏡越しに眺めて、
夜食を豪快に食らう老爺がいた。
王位継承権第三位。ソダラ公である。
「この事態を収拾できる能力がありゃあ
まぁちっとは協力してやってもよかったが、
残念、無念! はい終焉!」
残りの食事を丸呑みにして、
ソダラ公は剣を抜いた。
それと同時に彼の背後で剣士が蠢く。
「いくぞおめぇら! 戦争だ!」
ソダラ配下の帝国兵が決起した。
しかしその標的は北限解放軍のみに非ず。
彼の剣が向かう先には、宰相の首がある。
「誰が誰を殺したかなんて、判んねぇよなぁ!」
~~同時刻・セグルア博覧館~~
無人のフロアをアクアが進む。
手にはボタンの着いた謎の機械を持ち、
耳には警備室の音を盗聴する機構を付けて。
『なにがどうなって!? 俺たちはどうすれば!』
『お、おい誰かアクアを呼び戻せ! 今なら――』
「ふん。馬鹿どもが」
唯一灯った照明の下で彼はぴたりと立ち止まる。
そこは偶然にもベリルと会話をした所が
ぼんやりと見えるような位置であった。
「『無所属』か。我ながら流れるような嘘だ」
少年は掲げた装置のボタンを押した。
次の瞬間、博覧館内の歯車は回転しだし、
そして壁が崩れると同時に
百を超える多種多様な魔導機構が出現した。
その全てに、優に規定を超える重武装を携えて。
「クライアントの要望には応えなきゃね」
~~王朝博覧館~~
「お、こりゃ乱戦になるかなァ!」
アイシールドに何やら文字を浮かべて、
ナバール王は戦場を楽しむような発言を述べた。
彼の周囲にいるのはナバール兵とイオス伯。
だがイオスは王の発言に返事をしなかった。
「どうしたイオス君? なにやってる?」
「いえ。実は万博会場には結構大掛かりな
ライトアップの仕掛けがありまして、
ちょっとこっちで弄れるようにしてました」
「あ? なんか役立つのかそれ?」
「景気付けですよ。今夜歴史が動くんだ」
ニヤリ、とほくそ笑む王の開けた道を進み、
王位継承権第一位の青年は高所に立つ。
一陣の風が彼のマントを揺らし、
既に燃えた万博の景色が高揚感を刺激する。
国の全てを狙う赤の王子は
両手を広げ全ての光源を空へと向けた。
「皆様、大変長らくお待たせしました!」
ここは既に戦場。血で血を洗う大祭典。
「帝国万博! 開戦ッ!!」
赤く染まった光線が帝国の悪夢を彩った。




