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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第弐號 閃滅翠聖/葬蒼凶機
45/50

拾伍頁目 帝の空城

 国一番の美女がいた。


 梅が香る庭園の奥。外界分つ塀の向こう。

 およそ誰もが羨む(ぜい)の世界。

 肉欲煽る色香を放ち、金で着飾る禁裏の花園。

 住人全てが妖精の如く美しき紅の回廊で、

 女は一際際立つ『華』だった。


 気合いを入れて着飾った貴人よりも、

 適当に羽織っただけの彼女の方が美しく、

 時間を掛けて化粧をした女官よりも、

 寝起きの瞼を擦る彼女の方が愛らしい。

 ぐうの音も出ないほど、女は周囲の全てを

 有象無象の『端役』に変えた。


 そう――彼女にとって他者は『端役』。


 後宮で顔なじみの女官たちも、

 日々婚姻を迫る多種多様な貴族たちも、

 結局最後に彼女を手に入れた先帝ですらも、

 彼女に愛を施される事は出来なかった。



「魔性の女だ、貴様は……」



 彼女に毒を吐いた端役が居た。

 軍部出身の若造で、この時既に陸軍大臣。

 驚くほど輝かしい経歴だが、

 それでも彼女にとっては不釣り合い。

 故に恋愛対象ではなく、単なるお友達。



「今の言葉、陛下に聞かれたら大変ですよ~?」


「フン。告発するか?」


「まさか。私はなーんにもしませんわ

 優しい殿方が、いつも自発的に動くだけ

 というか……貴方もその一人だったでしょう?

 次期宰相候補のアドルフ様?」


「やめろ。名前で呼ぶな……!」


「嗚呼、照れた姿も愛くるしいおヒト

 今更私から離れられるとお思いですかぁ?」


「……貴様は毒だ!」


「ええ。それもとびっきり甘ぁ~い、ね?」



 耳元で囁く彼女の言葉は、甘く、冷たい。

 吹雪の中の残り火ほどの熱も無く、

 それでいて、脳を刺激し蕩けさせる。


 こんな女がいて良いはずが無い。


 まだまだ青き当時の大臣は

 ぐらつく決意を強い言葉で締め上げた。

 が、排するにしても根拠は無い。

 国を犯す毒であるのに、

 誰も彼女を拒絶しようとはしない。


 そうしてある日、彼女は玉座を手に入れた。


 まだ生まれてすらいない赤子を

 次期皇帝にするという建前の下で、

 帝国の重鎮たちが見守る中、

 彼女は堂々とした態度で其処に座す。

 その微笑みには全てを確信した邪気があり、

 男は「国を奪われた」というバッドエンドに

 正気が保てず頭を抱えた。


 最早これ以上の猶予は無し。

 直接的な方法であっても排除しなければ。

 しかし自分以外の全ては彼女の味方。

 せめて何か弱点でもあればと藻掻いても

 何も愛さない女にそんなモノは――



「私の可愛い皇帝陛下」



 ――いた。居てしまった。

 それはまだ言葉も発さない一人の赤子。

 されどソレを抱える彼女の顔には

 嘘偽りの無い『愛』があった。



 ~~~~



「閣下! 宰相閣下!」



 呼び掛ける声に目を覚ます。

 見慣れた天井、最早慣れ親しんだ一室。

 帝国宰相府の執務室。彼の仕事部屋。

 恐る恐る扉を開けた官僚と目が合った。



「ご予定の時刻を過ぎてもお姿が見えず

 何か不都合でも、と案じておりました」


「そうか。仮眠のつもりが……むっ

 五分も眠ってしまっていたとはな」


「どうかご自愛くださいませ

 陛下共々、本日の万博へのご出席は――」


「予定通り。万博には顔を出す」


「!?」



 上着を羽織りながらそう告げる宰相に

 官僚は目を丸くして言葉を失った。

 が、優秀なその者はすぐに立ち直ると

 格式を保ちつつも一歩踏み込み進言する。



「陛下への不穏な動きがあったのは昨夜です!

 にも関わらず公の場にお出ましさせるなど!」


「ふむ。流石に体裁が保てんか?

 では陛下のご出席は午後からとしよう」


「っ……!? 体裁などではなく……!

 今は陛下の安全とご自身のご体調を――!」



 が、その進言を宰相は冷たい瞳で一蹴する。

 まるで氷山に押し潰されたかのような威圧に、

 官僚はそれ以上の言葉を出せなかった。

 そして彼の口が止まったのを確認すると、

 宰相(アドルフ)は威圧を止めて吐き捨てる。



「計画に狂いは無い。当初の予定通り――

 陛下には万博にご出席して頂かねばならん」


(っ……この人は……!)



 官僚は湧き上がる悪寒に身震いした。

 思えば昨晩の迎賓館での警備も

 陛下を守る人間の数が圧倒的に少なく、

 また事件発生後すぐに

 自分の庇護下から外した事も不審。

 そこから導き出される結論は、

 優秀な官僚を更に冷たく凍えさせた。



(陛下を守る気が、無い……?

 いや、それどこかむしろ――)



 立ち去る宰相の後ろ姿に、

 官僚は狂気じみた不気味さを見た。



 ~~同時刻~~



 蒼穹の宮殿。皇帝の住居――『龍璇殿(りゅうせんでん)』。

 龍園を形作る龍脈の中心こそ帝都ラクアより

 いくらか逸れた位置に存在しているが、

 此処、龍璇殿のある場所もまた十分聖域。

 ラクアの中では紛れもなく一番の霊地であり、

 宰相府や政庁といった政治の喧騒からは

 完全に隔離された、言わば静域である。


 故に、というべきか、殿内は驚くほど静か。

 まだ早朝である事を加味したとしても、

 少々不気味に思える程の静寂が其処にある。

 まるでこの世から自分以外消えてしまったような、

 冷たい寂寞が此処にはあった。



(人が居ないのは、むしろ好都合かな……?)



 宮殿への侵入者ベリルは柱の陰から

 吹き抜けのある広間を見渡しそう思索する。

 本来は勾留されているべき彼が

 危険を冒してまでここに来た目的は二つ。

 宰相の秘密と、自身の潔白の証明だ。


 暗躍の発案者たるギド曰く、

 近年の宰相の言動は明らかに不審であり、

 何らかの秘密を持っている事は確実。

 そしてそういう秘密を隠している人間とは

 得てして非常時にリアクションを示すという。

 重大な秘密を隠そうとするがあまり、

 言動がそれに一層寄った物になるからだ。



(そこで、現在離れた場所で勾留中という

 完璧なアリバイがある僕の出番、ってわけね)



 あまり乗り気しないなぁ、と

 苦笑いと共にベリルは心の中で呟いた。

 彼個人としては宰相の秘密に対して

 そこまでの興味がある訳でもなく、

 またこの目的のためだけに

 更なる危険を冒す気にはなれなかった。


 つまり、こちらの理由など単なるオマケ。

 目的地が同じだったがために

 保護者に頼まれた『おつかい』である。

 ベリルにとって重要なのは二つ目の目的。

 己が身の潔白の証明である。



(昨夜。あの血を噴き出して死んだメイドは

 例の皇帝の部屋から飛び出した!

 そしてその直前、僕は確かに()()を聞いた)



 それはゴトンと何かがぶつかるような音。

 目の前で会話していた近衛兵も反応したので

 ベリルの聞き間違いなどでは断じてない。

 その後のドタバタで記憶から抜け落ちたのか、

 近衛兵はそれをあまり重視していなかった。

 が、ベリルにとっては気になる要素。

 いやむしろそれだけが今ある唯一の手掛かり。


 故に、彼は今日この龍璇殿にやって来た。

 当時の状況を知っているであろう関係者に

 話を聞き、無実を証明してもらうために。

 即ち――



(僕はこれから、あの()()()()()()()……!)



 前夜祭での姿を思い出しつつ、

 幼い侵入者は保護者が事前に入手した

 殿内の地図を片手に駆け出した。


 本殿の内部は縦に伸びた三層構造。

 といっても第一層は外郭回廊のような物で、

 中央の霧に包まれた庭園を

 ドーナツ状に囲んでいるだけである。

 また第三層にも用は無い。

 そこは謁見と儀礼の特別な場であり、

 普段は固く閉ざされていて侵入は不可能。


 つまり用があるのは第二層。

 皇帝の居住空間として設けられた

 龍璇殿本殿の中心である。


 当初ベリルはそこに到達するまでにも

 多くの困難が待ち受けていると覚悟していた。

 が、その心配は杞憂に終わり、

 何の障害もなく彼は第二層へと続く

 階段の前まで辿り着く。



(ほんとに人が居ない……ま、好都合だ!)



 どういう訳か今は体も矢鱈と()()

 道中の仮眠が効いていたのかな、と

 少年は好調な体を解して階段を駆け上がる。

 乗り込んでみた第二層も第一層と同様に、

 人の気配は驚くほど感じられなかった。

 そして皇帝の部屋までの通路はほぼ一本道。

 ベリルは手元の地図と周囲の様子を確認すると

 ガラス張りの回廊へ素早く駆け込んだ。


 ――その時、窓の外の霧が晴れる。

 青磁の柱で区切られたガラスの向こう側で、

 朝の風が静かに、確かに霧を裂く。

 別にそれ自体は大した事も無い自然現象。

 がしかし、ベリルの瞳は視線を奪われ、

 そして彼の足はぴたりと止まる。



「なに……これ……?」



 ソレはそこに、浮かんでいた。

 まるで見えない糸で空に吊るされたかのように、

 或いは地の重さを忘れたかのように。

 直径十尺はあろうかという青黒い巨石。

 夜空を凝縮したかのような深い色合いの表面には、

 水中で揺蕩う絵具のような緑色の紋様が

 ゆっくりと流れに身を任せて回転していた。

 呼吸するように、脈打つように、静かに、確かに。


 ふと少年の脳裏に言葉が過る。

 正体不明の異様な存在を前にして、

 彼の脳が電撃の如き速さで答えを検索した。

 そして偶然にも、既存情報の中でヒットした。

 帝国にある不思議な力。要石のようなこの巨石に

 脈打つように纏わりつくエネルギーの名称を。



「――()()?」



 しかしそれ以上を思考するより先に

 ベリルの耳に第一層から上る足音が届いた。

 気配がしないとはいっても此処は皇帝の住居。

 別に使用人が全く来ない訳でもないらしい。

 ベリルは慌てて逃げるように駆け出すと、

 とにかく接触を避けたいがために

 目に見えた部屋に忍び込んだ。


 そして扉に張り付き足音が通過するのを待つと、

 危機が去った事に安堵し彼は溜め息を漏らす。

 が、すぐに駆け込んだ部屋の異様さにも気付く。

 そこは真っ暗な直線の、部屋というよりもはや道。

 窓は閉じ、火も灯っていないが故に薄暗く、

 どうにか慣れ始めた目を凝らしてみて

 ようやく幔幕(カーテン)や香炉台の存在を認識出来た。


 しかしベリルの感じた異様さはそこではない。


 彼が感じた異質さの正体は生命の息遣い。

 幕の向こう側に隠れてはいたが、

 その部屋には何匹もの動物が飼われていた。

 檻の中の小鳥たち、水槽の中の魚たち、

 そして蛇や白兎などの多種多様な生命が、

 まるで展示されているかの如く

 背の高いケースの中から少年を見つめていた。



(幼帝のペット? にしては飼い方が……)


「――誰?」



 響く声に身が震える。

 だが同時に口元に笑みも浮かんだ。

 静寂の中に反響する声は出所が掴めないが、

 それは間違いなく昨夜聞いた皇帝の声だった。



(……幼帝アルカイオス!)


「侯爵、じゃないよね? 誰なの?」


(警戒心マックス。だけど――)



 ベリルは事前に偽る身分の案を貰っていた。

 今はギドたちの助言を信じて、

 厳かに、恭しく、片膝を突いて嘘を吐く。



「陛下の御前にて無礼を承知致します

 私は宰相閣下より直々に()()を賜りし者

 昨夜の事件の調査を命じられた者にございます」


「調査ぁ? もうその辺の奴適当に捕まえたら?」


(えッッッぐい失言!)


「つーかお前、名前と所属を言えよな?」


「――!」



 この質問も魔物たちの想定内。

 むしろギドの悪戯心が最も働いた瞬間。

 用意されたその返答を

 ベリルは淀みなく読み上げた。



「名を伏せたまま動くよう命じられております

 ですが所属は……そうですね……帝国の、

 ――()()()()()()()()、とだけ申し上げます」


「!?」



 もちろん、そんな部署があるかは知らない。

 多分あるのだろうが、情報は何も無い。

 何もないが故にいくらでも脚色は可能で、

 何よりそれは、皇帝である以前に

 齢十歳の子供であるガキの心を刺激した。



()()()()()!」


「――! ちょうどよい機会を頂きました!

 実は昨夜の件、陛下が何をご覧になったか

 そのお話を伺えればと思っておりました」



 瞬間、部屋の奥に光の長方形が出現する。

 見落としていたが、どうやら扉があったらしい。

 やがて「入っていいよ」という子供の声が響き、

 ベリルは誘われるままにそこへと向かう。

 ここからが勝負だぞと、自分に念押ししながら。



 ~~~~



 龍璇殿の裏庭に何者かが居た。

 その人物は周囲の様子をしばらく伺うと、

 慣れた動きで岩から壁に飛び移る。

 そして格子状の扉の隙間に狙いを定めると、

 大きな瓶の蓋を押し当て慎重に開ける。

 その中からは、数匹の巨大蜂が飛び出した。



 ~~~~



 幼帝アルカイオスが招き入れた部屋は

 荘厳さよりも幼さの方が目立つ。

 メインの機能としては寝室のようだが、

 おもちゃ箱や塗り絵などが散見され、

 棚や机の角などは丸く加工されていた。


 皇帝といえど所詮は十歳。

 年相応の様式には安堵すら覚える。

 前夜祭で見た『操り人形』としての顔は

 少なくとも今この瞬間には見て取れなかった



「――と、これが昨夜の僕の動き

 どうだ? 何か得られるものはあったか?」



 アルカイオスは非常に友好的であり、

 昨夜の情報は驚くほどスムーズに得られた。

 が、結果から言えば無駄骨も良いところ。

 幼帝はあの後早くに就寝してしまい、

 何も見ていないとの事だった。



「では恐れながらアルカイオス陛下」


「長い。アルでいいよ。……いや流石にダメか?

 僕をそう呼んでいいのは対等な友達だけだもんね!

 つまりそれって何人(なんぴと)たりとも許されてなくね?」


「……話を戻しまして、

 陛下は変な音を聞いていませんか?

 例えば、何かがぶつかるような音などは?」


「知らね。給仕が机にでも当たったんじゃない?」


(進展なしか……)


「なんだその見るからに不服そうな顔は!

 僕が協力してやってるのに不敬であるぞ!」


(それに加えてこのガキ……)



 目の前でギャンギャンと吠える年下に、

 普段大人ばかり相手にするベリルは

 早くも嫌気がさしていた。

 が、湧き上がるそれらの感情全てを

 張り付けた笑顔の下に仕舞うと、

 ダメ元ではあったが質問を投げかける。



「で、ではご就寝の前後で何か変化は?」


「体調」


「ごめんなさい。部屋の様子です」


「んー? なんかあったかなぁ~?」


(まぁ、どうせ大した話は無いだろうな……

 いっそ暗殺……は不利になるだけだし止そう

 適当に話を切ってさっさと帰――)


「――アドルフが()()を撤去してたな」


「アドルフ?」


「宰相だよ。……上司なんだよな?」


「え、あ、ああ! ええ!

 お名前で呼ぶ機会などないもので……!

 それで、その花瓶というのは?」


「知らなぁい。特に説明とかなかったし

 ……あ、でもなぁーんか言ってたな?」



 記憶の中から捻り出すように、

 幼帝は耳に届いた言葉をそのまま再生した。



「『ソウジュの茨』だっけ?」


(ソウジュ……? ――『()()』ッ!)



 その知識は既にベリルの頭にあった。

 帝都に来る前に立ち寄った園外の村で、

 祭司セレニテスに説明された毒の茨。

 魔物のベリルですら昏倒させた猛毒が、

 幼帝の部屋に仕込まれていた。

 仮に毒でメイドが藻掻き苦しんだなら

 何かにぶつかり音がしても不思議ではない。


 が、それだと今度は別の疑問が生まれる。

 毒殺だとメイドの死に方と合致しないのだ。

 彼女の死因は胸にある激しい損傷。

 霜樹と関連付けるにはまだピースが足りない。



(けど、これ以上の情報は望めないだろうな)


「つーか、そろそろお前の話聞かせろよ!

 帝国を支える影の部署! そうなんだろ?」


(やば、どう返そう?)



 この場限りのつもりで吐いた嘘。

 それも発案者はこの場に居ない別の大人。

 ベリルはどんな設定で振舞えばいいか、

 一瞬考える時間を必要とした。

 だがその間に興奮したアルカイオスは

 両の握り拳を上下に振って畳みかけてきた。



「やっぱり『氷令院』は実在したんだ!」


「……氷令院?」


「あれ違うの? 帝国の幻の()()()()()って

 前にそういう都市伝説を教えて貰ったけど?」


(何ソレ知らな~~~いッ! 乗るべきかこれ!?)


「その力で宰相(アドルフ)の野郎を失脚させたい!」


「何故!?」


「いやホラ、なんかアイツの溜め息ってさ?

 私一人頑張ってます、って音しててウザいじゃん」


(滅茶苦茶言うなこの人……)


「ちょっとミスしたくらいでイチイチさぁッ!

 あ~! 大通りで腹壊して社会的に死ね!」


(止まんないなぁ!)



 口を開けばガキの愚痴。

 十歳だからまだ許されると見るべきか、

 皇帝なのだから許されないと見るべきか。

 そんな事を考えて固まるベリルだったが、

 当のアルカイオスはふと、

 立て掛けてあった肖像画を見て口を止めた。



「ムッ、あまり言うとお母様が悲しむか」


「え?」


「僕のお母様、皇太后アサラ

 あの絵でしか見た事ないから知らないけど

 なんかすっごく綺麗な人だったんだよね?」


「あぁ……えーと……」


「そっか。お前も子供だから知らないか

 僕が物心つく前に死んじゃったんだもんね」


「はぁ……なら『悲しむ』って?」


「ん? いやほら……あんまり、ガキだと――」



 ――その時、部屋の扉が叩かれた。



「「え?」」



 乾いた音が三度、間を置いて二度。

 規則的ではないが急ぎでもない。

 そして、誰かと問うても返事がない。

 だが、また音がする。

 今度は、少し低く、そして鈍かった。


 痺れを切らした幼帝は眉をひそめ、

 また侍従が不在であることを思い出す。

 そしてベッドの近くにある開閉機構に

 あまりにも不用心に手を伸ばした。



「ッ、待って! 人の気配がしな――」



 魔物の手が伸びるが、僅か遅い。

 幼帝は狭い部屋の扉を開けてしまった。


 瞬間、黒い塊が音もなく滑り込んだ。

 羽音は重く、鈍く、耳の奥に響く。

 一つ、二つ、三つ。数える間もなく、

 部屋の中に九匹の巨大な蜂が舞っていた。

 通常の蜂の六倍はある巨躯の蜂。

 艶のない黒。大きく発達した顎。

 腹部には鈍く光る巨大な毒針。

 壁にぶつかるたびに、木が軋む。


 ――其れは、皇帝に向けられた刺客の刃。

 羽音と共に絨毯の上を滑るように飛び、

 天井近くを旋回した。


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