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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第弐號 閃滅翠聖/葬蒼凶機
39/49

玖頁目 灯台上暗し

 〜〜七年前〜〜



 人間の知恵に限界は無い。

 かつてどこかの誰かがそう言った。

 空想した物、想像出来た物は総じて

 実現可能な『未来』であり、

 例え今は無理でも、遥か先の世界では

 人類を縛る不可能という枷は消えているのだと。



「ずいぶん、都合の良い話だよなぁ……」



 煤まみれの顔をくしゃりと歪めながら、

 男は我が子に向けてそう語る。

 彼の仕事は機械技師、兼、魔導機構の研究者。

 魔導大国セグルアを回す優秀な歯車の一つだった。



「なぁオイ。なんで人智に限界は無いと思う?」



 男は我が子を『オイ』と呼ぶ。

 勿論、子の名前から連想される単語ではない。

 無骨で不器用な男の、ぶっきらぼうな呼び方だ。

 そんな呼ばれ方に子の方もすっかり慣れていて、

 知るかよ、と思いつつ無視を決め込む。

 だが応答が無くとも男の話は続いていた。



「ようは『人類に不可能は無い』って主張だよな?

 なんでだと思う? 誰がそれを保証したんだ?」



 くどい問い掛けに諦めたようで、

 男の倅は遂に答える。齢にしてこの時十歳。

 まだまだ未熟な頭でいくつか解を求めた。

 その中でも特に、一番納得出来た答えを吐く。



()()()()()()()()()()()、じゃないの?」


「ぷっ! あっはははははは! 良いなそれ!

 あ〜気に入った! 今度からはそれ使お!」


「お気に召したようで」



 どこか皮肉っぽく幼子は述べると、

 父の手から転げ落ちたネジを拾い挙げ、

 存在を伝えるために側の机を数回叩くと

 振り向く父の視界に入るよう投げ渡す。

 急な投擲を前に慌てた男性。

 反射神経は高くないが、辛くもキャッチ出来た。

 そうして息子から渡されたネジを凝視すると、

 しばしの沈黙の後に父は再び口を開く。



「ま、人前で言うのは控えるべきだがな」


「? なんで?」


「人類の可能性をマジな顔で信じてる奴らがいる

 妄信……いやもはや()()と言い換えても良いか?

 そんな奴らの前で今の発言は地雷だろ」



 特定の誰かを思い浮かべるように、

 男はどこか冷めた目でそう語る。

 そんな父の、やや頼り無い背中に向けて、

 少年は思い浮かんだ疑問をそのまま投げる。


 ――父さんは違うの?と。


 男はギョッとし、次いで頬を掻いた。

 居心地が悪そうに、バツが悪そうに、

 しばらく悩んで答えを出す。

 個人の意見として、という前置きを添えて。



「可能性も信じてるし、限界も知っている……

 どれだけ鍛えても、賢くても、不可能はあるんだ」



 父の背中はやはり頼り無かった。

 けれどもその言葉だけは

 少年の耳に妙に残った。

 遺言にも似た特別な言葉のように。



 〜〜別館・監視室〜〜



「目標は現在第六層です

 第五層の者は移動を開始してください」



 盤面を整え、駒を揃え、

 警備を司る青髪の軍師は一手を指す。

 狙うは完勝。詰みの棋譜。

 立体的に映し出された博覧館の地図を、

 第五、第六、第七層に限定した。

 その丁度中心で二つの赤点は未だ動く。



「一時はどうなるかと思ったが……

 この設備があれば恐るるに足らんな!」


(うるさ、何もしてないくせに)


「よしアクア! ここからは任せろ!

 聖騎士も居るならもう怖いもの無しだ!」



 何を勘違いしたのか、

 警備隊長はアクアから指揮権を奪おうとした。

 そんな上司への苛立ちも機構統監は隠さない。



「あなたは馬鹿ですか?」


「なんだと?」


「ここが一番慎重にいくべき所でしょう?

 追い詰められたお相手さんが

 もし後先考えずに暴れればどうします?」


「……!」


「一番マズいのは客を人質に取られる事

 その結果万博が中止にでもなったら――」


「ハハッ、確かにマジぃな!」



 有り得る未来を想像し

 青ざめる警備隊長とは対照的に、

 傍観者の王族、ソダラ公が呵々大笑した。

 あくまで他人事とでも思っているのか、

 或いはそうはならないと確信しているのか、

 今のアクアには彼の腹の内は掴みかねる。

 それでも唯一言える事は、ソダラ公の存在が

 アクアにとって有益である事だった。



「さあ警備隊長! この状況どう攻める?」


「っ……敵に詰みの状況を悟らせず、

 かつ抵抗する間も与えず仕留めます!」


(それを導ける程度の脳はあったか)


「よしアクア、第六層の聖騎士に指示を!」


「もう出してます。口出し無用」


「だっはっはっは!!

 チームワーク最悪だなこの警備隊は!」


「問題ありません。必ず捕まえます」


「ほう? 言い切るねぇ?」



 その根拠は?と続きそうな言葉を前に、

 アクアは先回りして解を出す。

 己の心に遺っていた、父の言葉を借りて。



「優秀な人間にも()()()はありますから」



 ~~帝国博覧館(パビリオン)・第六層~~



「っ……! どうしましょうかねぇ……!」



 いつになく気を揉むような声が聞こえる。

 多くの客を移動させる策は確実に成功したのに、

 ギドたちは未だ脅威から逃れられないでいた。

 第六層に現れた一人の聖騎士の存在が、

 体力以上に彼らの精神力へ圧をかけていた。

 そんなギドに手を引かれるベリルは

 どうにか助けにならないかと案を出す。



「このまま第七層に行っちゃうのはダメなの?

 あの聖騎士、こっちに気付いてないみたいだし」


「いいえ。あれは確実に気付いています」


「え?」


「気付いた上で、ベストタイミングを狙っている

 我々が抵抗する間も無く制圧できるその瞬間を」


「……! なら、なおのこと急がなきゃ!」


「そうしたいのは山々ですが……」



 商品棚の陰に身を隠し、

 ギドは聖騎士の様子を観察した。

 標的の姿が遮蔽物でロストしたにも関わらず、

 緑色の騎士は一つも慌てる様子を見せない。

 その事からギドはある事実を確信した。

 一度はありえないと切り捨てたその現実を。



「敵は絶えず……こちらの位置を把握しています」


「!? え、でも……」


「ええ。刻印は無い。けどバレてはいる!

 その一点に関してはもはや疑いようもない」


「……」


「まさか、こんな状況になるとは……」



 それは恐らく彼らにとって未知の仕組み。

 どこかに最新技術のレーダーでもあるのか、

 或いは建物全体に不可視の結界があるのか、

 対策を立てようにもまずその予測が立たない。

 故にギドはそこで思考を止めていた。

 対策しようもない未知に頭を悩ますよりも、

 それがある前提で打開策を模索していたのだ。


 が、特段妙案も出てこない。

 日頃窮地に陥った時の対策は講じていても、

 外出先での対策までは持っていない。

 否、あるにはあるが、使えない。

 なぜならそれは最も短絡的な手段だからだ。



(かくなる上は、誰かを人質に……)



 それでもやはりやるしかないとギドは悩む。

 最終手段としてずっと秘蔵していては、

 先に敵の包囲網が完成し詰みかねないからだ。

 本当に現状の打破を狙うのであれば、

 切れる手札を抱え落ちしている場合ではない。



「ベリル。覚悟を決める時が来たようです……」


「…………」


「公国から追放される事も考慮しましょう

 最悪の場合、セルス様たちは切り捨てます」


「…………」


「大丈夫。彼らは強い。きっと生き残る

 何より君一人いれば私の計画に支障は――」


「…………」


「あの? ベリル? 聞いてます?」


「ん? あ、ごめん。考え事してた

 ちょっと聞いて無かったからもう一回言って?」


「む、二度言うのは恥ずかしいですね……

 というか、こんな時に何を考えていたのです?」


「それは勿論――」



 そこまで言いかけた時、

 ベリルの瞳に『ある物』が映る。

 それはギドの片手に握られていた物品。

 自分たちの靴を入れた袋であった。

 それを見た瞬間、ベリルの脳は活性化する。



「あ、そっか!」



 〜〜〜〜



「機構統監。こちら警備隊、聖騎士と合流した」


『了解。標的は西側ステージ裏で停止中

 周囲に客はいません。()()()()です』


「了解。……いくぞ!」



 囁く掛け声一つを号令に、

 警備に割り当てられた者たちが一斉に動く。

 内訳は聖騎士一名と冒険者四名。


 並みのスパイならば奇襲しても勝機はなく、

 また彼らの内には隙間ほどの慢心もない。

 武器は抜かず、されど警戒し、

 じりじりと彼らはステージ裏に歩み寄る。

 そして遂に、冒険者の一人が身をねじ込んだ。



「警備隊です。少しお話を――」



 だがそこに、標的の姿はなかった。



「!? 目標見当たらず、ロストしました!」



 ~~監視室~~



「ふざけるな!? 確かにそこにいるはずだ!」


『し、しかし隊長……! 現にどこにも!』


「ッ……どうなっているのだアクアよ!?」


「警備隊。一つ確認します」



 機構統監は通信機に口を近づける。

 そして確信を以て問いかけた。



「周囲に()はありますか?」


『靴? あ! あります二足!

 入口で利用客全員に配布している上履きが!』


(やはりか……!)



 帝国博覧館(パビリオン)を、否、天命理書を警備する上で、

 館内にいる全員の位置情報をリアルタイムに

 把握できるシステムは必要不可欠。

 しかしだからといって観客全員に刻印を刻むのは

 手間も労力も段違いな上、何より印象が悪い。

 各国の重鎮にも同様に刻印を刻む訳にはいかないのだ。


 ここまでは少し前にギドも考察した通り。

 多くの者はそこで思考を止めるだろう。

 だがアクアはその問題点をクリアしていた。


 使用したのは発信機能のみ有する小型魔導機構(マシナキア)

 圧力が掛かる瞬間にのみ親機に向けて

 微弱な魔力通信を行う仕込み通信機であった。

 微弱故に専用機器以外での感知は難しく、

 かつ違和感無く配布されているため怪しむ事は難しい。

 何より、これらは最新技術搭載の設備。

 魔導機構(マシナキア)に疎い者では気付くのも困難な代物だ。



(充分だと思ってたけど、これも看破するのか)


「おい! どうするのだアクア!?」


(こいつらもお相手さんくらい優秀ならなぁ)



 吐き出してしまいたい愚痴を飲み込み

 機構統監アクアは突然席を立つ。

 その光景に警備隊長はギョッと青ざめるが、

 彼の引きつった顔に嘲笑の音を漏らすと

 アクアはマイクに向けて声を発する。



「下へ戻る階段には既に警備を配置しています

 目標の行先は第七層しかありません」


「き、貴様はどこへ行くのだ!?」


()()()()()()お相手さんの顔を見てきます

 ここに居てもやれる事は少ないですからね」


「ッ――! なら私も!」


「結構。貴方は階段を警備している者のためにも

 彼らに近づく反応を観察しておいてください」


「あ、ああ! そう来る可能性もあるか!」


(なわけねぇだろ馬鹿が)



 最大限の侮蔑の気持ちを胸に秘め、

 アクアは監視室を後にする。

 道中真横を抜けたソダラ公にだけは

 大人を舐め腐った彼の心中を見透かされたが、

 誰もその事には気付いていなかった。



 ~~~~



 数分後、アクアが昇降機で第六層に辿り着く。

 ここまで階段や昇降機を使ったという

 不審人物の報告は皆無。

 標的は間違い無く第六層より上にいる。



「頃合いか」



 アクアは第六層に配置した聖騎士、

 および冒険者を召集すると、

 そのまま第七層へ歩み始めた。

 彼が確信を以てそう行動する理由は一つ。

 最初からこのシチュエーションを

 狙っていたからだ。


 元々此処、帝国博覧館(パビリオン)は、

 上に行けば行くほど迫るなる構造になっている。

 当然敵と接触、捕縛する難易度は

 下層よりも上層の方が圧倒的に低くなる。

 故にアクアは人員を動かす時は

 標的が居る層よりも下層の人間ばかりを使い、

 階段も下層に続く物だけ固めさせていた。

 第七層という袋小路に誘うために。



「外警備。屋上から降下した輩はいないな?」

『はい! これだけ暗くとも見逃さない!』


「正面入口。退館した客に不審人物は?」

『いません。親子連れは全員チェック済みです』


「第三、第四、第五層警備。現状は?」

『問題無し。標的の姿は確認出来ません』


『よーし良いぞお前ら! そしてアクア!

 ここからは今まで以上に慎重――』



 後顧の憂いは断った。

 ついでに喧しい通信も絶った。

 最早アクアを悩ませる存在は一つも無い。

 青髪の少年は黒いコートを靡かせて、

 ポケットに手を突っ込んだまま歩み出す。

 その堂々たる背中に聖騎士たちも続いていく。


 最上第七層へと続く、その階段へ向けて。



 ~~第七層・『天命理書』展示室~~



 チョーカ帝国の国宝。王権の象徴『天命理書』。

 第七層はそれを展示するためだけの部屋。

 威厳ある暗さの中で仄かに明るい照明たちが、

 今は空の展示ケースを照らしている。

 周囲にはケースを囲む壁、壁、壁。

 飛び地で弧を描くその黒い壁の表面には

 天命理書に関する資料や絵画が張られていた。


 それ以外には何も無いし、誰もいない。

 客すらいないその静寂の空間に、

 ゴクリと息を飲み冒険者の一人が声を出す。



「……し、静か、ですね」


「天命理書は未設置と告知済みでしたからね

 観客が全くいないのはかえって都合が良い」


「ですが、これ、標的もいないのでは?」



 彼の発言にアクアは「ふむ」と頷く。

 確かに第七層には人の気配がまるで無い。

 この事実に冒険者たちはたじろいだ。


 が、アクアと聖騎士だけはやはり違う。

 二人は示し合わせる事もないままに、

 各々が逆方向から回り込むように

 ぐるりと展示室全体をゆっくり見て回る。

 そんな彼らに遅れて冒険者たちも

 各々の武器を手に取り見回り始めた。


 ゴクリ。誰かの緊張が喉を下った。

 カチャリ。誰かの闘志が準備運動を始めた。

 ヒヤリ。誰かの不安が頬を濡らした。


 そうして左右に割れた冒険者たちが、

 遂には互いに向けて武器を向ける。

 展示室を一周してみても、

 彼らは敵の姿を視認出来なかった。



「はぁ……どうやらまだ上がって無かったらしい」



 冒険者は緊張を解いて脱力する。

 まだ標的は下層のどこかに居るのだと。

 だがしかし、それに対して聖騎士は

 室内のある一点を見つめて停止していた。


 聖騎士の見つめる先にあるのは、

 皇帝の肖像が描かれたタペストリー。

 一点だけ、不自然に孤立した展示物だ。

 そこに疑いの、否、確信の目を向けると、

 聖騎士はズカズカとその宝物に接近した。

 腰に携えていた剣を抜きながら。



「お、おいアンタ!? 何をする気だ!?」



 制止の手よりも僅かに早く、

 聖騎士の刃がタペストリーの留め具を切る。

 流石は人界の調停者といったところか、

 はらりと舞い落ちる帝国の至宝を

 騎士は傷つけることなく受け止めた。


 人々の目はしばらく

 そんな聖騎士の方に向いていたが、

 やがてタペストリーのあった壁に向く。

 そこには屋上に繋がる非常口の扉があった。



「でかした聖騎士!」



 重たい扉をアクアが蹴飛ばし開放すると、

 襲来を察知したように二人分の足音が響く。

 屋上へ向けて逃げ出すような、

 下手人の卑しい足音が響いている。



「ッ! 逃がすかよ!」



 アクアを筆頭に警備隊たちが駆け出した。

 真っ暗な直線の通路。

 光源は周囲の赤いライトだけ。

 複数人の足音が入り乱れて反射する。

 やがて逃走者が外に繋がる扉を蹴破り、

 その開いて閉じる音が突き抜ける。

 敵は屋上。警備隊は遂に標的を追い詰めた。



「皆さん、準備は良いですか?」



 アクアの確認に、皆が同じように頷いた。

 間髪容れず青髪の少年は屋上への扉を押す。

 まず彼らを襲ったのは気圧差の風。

 夜空に向けての突風が警備隊の背中を押した。



「追い詰めたぞ、逃走者!」



 機構統監は武具を構えて声を出す。

 が、警備隊が乗り込んだ屋上には、

 彼ら以外の人影は全くなかった。



「!?」


「い、いないぞ?」


「機構統監これは一体!?」


「……は?」



 第七層の展示室とは違い開けた空間。

 人が隠れているかどうかは一目で判る。

 故にこそ、ここでアクアは初めて動揺していた。

 その驚愕の横顔と無言の停止時間が

 警備隊の面々にも状況を端的に伝えてしまう。

 あぁこのガキは最後の最後にしくじったのだ、と。



(な、なんで……?)



 〜〜同時刻・()()〜〜



「我々を上層に誘導しているのは見えていました」



 暗い夜空に溶け込んで、

 黒服のギドがニヤリとほくそ笑む。

 最初にパンフレットで構造を見た時から、

 彼は自分が警備隊ならば打つであろう手を

 いくつか考察していたのだ。


 無論その中の一つに上層への誘導もあったし、

 冒険者たちの動きをよく観察していれば

 その作為的な行動はすぐに看破できた。

 ならばそんな敵の策を利用するまで。

 警備隊を動かす謎の軍師は手強かったが、

 とっくにギドはこの逃走経路を見据えていた。

 即ち、翼を持つベリルに掴まり、

 上空から逃げる作戦である。



「あと一歩。我々には及びませんでしたね」


「うん……まさかこんな簡単な事でね」


「ふふふ。簡単、ですか」


「違うの?」


「いいえ。確かに君にとっては簡単な事でしたね」



 でも、とギドは優しく言葉を添えた。

 今回の敵は今までとは毛色の違った強敵。

 些細な違和感からこちらの存在に勘付き、

 あらゆる状況を想定した上で

 こちらに一つのミスも許されないぞという

 緊迫感を与えてくるような存在であった。


 でも、やはり『でも』。だからこそ勿体無い。

 敵の正体は万博を守る警備員でしかなく、

 その仮想敵は精々が各国のスパイまで。

 冒険者や聖騎士を集めていても、

 彼らの任務が警備である事に変わりはない。



「彼らの想定に『魔物』は居ません」


「――!」


「自由に空を飛べる人間はいますか?

 博覧館(パビリオン)に入れるサイズの飛行装置はありますか?」


「無いね。あぁそっか、そういう事か」


「ええ。何やら外を見張ってた者も居ましたが

 彼らも想定していたのは外壁を降る不審者です

 暗闇に紛れた黒い鳥は、だぁれも見ていない」


「なるほどね、()()()()()()()()、だ」



 皮肉るように、それでいてどこか悲しそうに、

 ベリルは苦笑し、尚も飛び続ける。

 夜風はどこまでも涼しくて、

 数分前の緊迫もあっという間に冷ましてくれた。



「……手強かったね。警備の人」


「ですね。まぁこれもある種の収穫

 本番前に色々見られて良かったと思いましょう」


「あ〜……本開催の時はもっと警備厳しいのかなぁ」


「ふふ。かもしれませんね

 ともかく、今日はよく頑張りましたよ、ベリル」


「僕何かしたっけ?」


「靴に仕込まれた魔導機構(マシナキア)の看破ですよ

 あれが無ければ今と同じ結果にはならなかった

 お手柄です!」


「――! そ、そーお?」


「はい。こればかりは私には無い君の『強み』

 正直今日のは、かなり助けられましたね!」


「そっか、そっかぁ……」



 言葉を噛み締めてみる。

 与えられた賞賛を味わってみる。

 別に褒められる経験が少ない訳でも無かったが、

 ベリルは()()()()()()という事実に震えていた。

 基本的に助ける側で、誰の助けも借りはせず、

 一人で何でも熟してしまう、あのギドを。

 その事実を噛み締めて、ベリルは――



「えへへ」



 ――年相応に笑っていた。



 〜〜帝国博覧館(パビリオン)・屋上〜〜



 夜風が吹く。冷たい風が頭を冷ます。


 標的の姿を完全に見失った警備隊員たちは

 絶えず連絡を取り合い慌ただしく走り回るが、

 そんな彼らの横で機構統監アクアは

 一人静かに天を仰いで夜風を堪能していた。

 だがその心中は決して穏やかでは無い。

 胸に刻まれたのは一敗の文字。

 ふつふつと湧き上がるのはリベンジの意志。



「あん?」



 そんな彼の耳に異音が届く。

 強い風に吹かれる度に、

 金属と接触してカタカタと音を立てる何か。

 鉄パイプに引っ掛かってどこへも征けぬ、

 小さな小さな物体を発見した。



「……」



 彼が拾い上げたのは、

 万博内の射的場で配られていたストラップだった。



 〜〜同時刻・別館〜〜



「ダッハッハ! いやイイもんが見れたァ!」



 豪傑が笑う。豪快に笑う。

 途中からこの暴力なき闘争を見学したソダラ公は

 未だ隊長たちが慌てふためく警備室を後にして、

 葉巻をくゆらせ鋭い笑みを見せていた。

 傍らに、いつの間にか現れた部下たちを連れて。



「上機嫌ですね旦那様」


「あぁ、どうやら()も中々に曲者らしい」



 そう言うと金髪の偉丈夫は、

 瞳を隠すほどの濃いサングラスを掛けた。

 だが真っ青なレンズは凶暴にギラつき、

 彼の隠さぬ闘志が口角を鋭く釣り上げる。

 やはり男は、笑っていた。



「出遅れるなよお前ら? まずは『前夜祭』だ!」



 〜〜〜〜



 暗闇の夜では全てが黒。

 細い柱はただの黒い棒でしかなく、

 その上で佇む存在に気付く者は一人もいない。

 襤褸切れのような黒衣の外套に檻のような仮面。

 外見からは性別は勿論、人か魔物かも分からない。

 凍てつく冷気を己が手に蓄えながら、その影は、

 遠方を飛ぶ()()()()()()姿()()()()()()()



「……」



 だが生憎と、射程外。

 冷気を操るその影は拳を振って殺意を拭う。

 そして脳天から落下するように、

 足場の柱から飛び降りた。



「我らは甘く、そして冷たい」



 影は夜の闇に溶けていく。

 帝国万博本開催まで残り五日。

 各勢力の思惑が、絡み合って沈殿した。


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