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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第弐號 閃滅翠聖/葬蒼凶機
37/49

漆頁目 テストラン

 病は気から。動転してれば厄が来る。

 伝染し、伝搬し、巡り巡って毒が回る。

 それは正に、嘘から出た真。

 言霊を統べる引き寄せの法則が、

 単なるの気の所為を事実に変える。

 そしてそれは、その在り方は、()も同じ。



「皆聞いた? また粛清だってさ」


「ふーん。今回は何?」


「資源の着服。表向きはそうなってるけど……」


「真相は闇の中。いつものパターンね」



 帝国首都は活気がある。

 首都ラクアだけは活気がある。

 しかし一歩城壁の外へと出てみれば、

 まるで時代が飛んだかのように景色が変わる。

 それが今では帝国民たちにとっての日常。

 割れ目の修復もされずに放置された井戸を囲み、

 中枢への愚痴を吐くのも、また日常。



「地方自治法案。これでまた遠退いたのかな?」


「だろうね〜。それもこれも全部宰相の差し金よ!」


「ガキに玉座を与えて好き放題してやがる」


「万博の開催も、あいつの独断だって話じゃん?」


「今の帝国にそんな余裕なんて無いのにねぇ〜」


「軍隊上がりの宰相様には政治が分かんないのよ」



 ドッと笑い声が肯定の意を汲み溢れ返る。

 緩やかな崩壊の香りは年を跨ぐ度に

 国民たちの鼻を徐々に慣らし、

 自国の闇すらも笑いの種に変えていた。



「そういえば皆は万博に行くの?」


「いかなーい」


「同じく。そんな余裕は無いかな」


「私は……一日だけ行ってみるつもり」


「お! 裏切り者〜!」


「もうやめてよ〜どうせ開催はされるんだから!

 楽しまなきゃ損でしょ? それに……」


「それに?」


「『天命理書(テンメイリショ)』も出てくるらしいじゃん?」


「何アンタ……()()狙ってるの?」


「なわけ。けど一目見てみたいじゃない?

 今回逃したら多分もう一生見られないでしょ?」


「まぁ確かに? てか宰相も思い切ったよねー……

 万博中に誰か戴冠でもさせる気なのかな?」


「え、なにそれ……誰かが戴冠するって事は……」



 雲が日を遮り、民草の周りに陰が出来る。

 体の輪郭から差し込む冷たさの原因が

 日陰か悪寒なのかは分からない。

 けれども井戸を囲む人々は、

 ゴクリと唾を飲み込み、台詞を吐いた。



「今の皇帝どうなるの? 皇太后(ははおや)はもう居ないのに」



 途端に彼らの足元に一陣の風が吹く。

 どれほど逞しい大樹であろうとも、

 落葉の日は、いずれ必ずやって来る。

 それを思い出させるよう、風は落ち葉を攫い

 人々の目の高さまで舞い上げた。



 ~~夕刻・帝国万博開催まであと五日~~



 各国に招待状が配られたのは十年前。

 宰相が計画を練ったのは、当然それより更に前。

 それほどの準備期間を設けられたが故に

 帝国万博の開催地は相応の規模となっていた。


 まず開催地。

 行政区分としては首都ラクアの管轄だが、

 都市部では無く自然豊かな郊外が採用され、

 その面積は都市部の三分の一に相当する。

 これほどの巨大な敷地が、

 帝国万博のためだけに開発されたのだ。

 費やされた資金が如何程だったのか、

 平民には予想する事すらままならない。


 次に交通。万博会場への道のりだ。

 首都と繋がる既存の交通網に、

 新たに会場間への経路が追加されたのだが、

 帝国中枢はその道中にも多くの資金を投じた。

 万博までの経路には数十台の馬車が用意され、

 白く光る外灯の並ぶ道は夜でも明るい。



「魔光石……公国(うち)の軍用車にも付いてる奴だ」



 夕闇にぼんやりと浮かぶ光源を

 これまたぼんやりと見上げながら、

 ベリルは一方向へ流れる大衆の中で、

 先行するギドの背中を駆け足で追い掛けた。



「チョーカ帝国も思ったより発展してたね」


「一応は万博の主催ですからねぇ?

 セグルアには及ばずとも、技術力は十分高い」


「セグルア、か……」



 魔導機構(マシナキア)の開発国――魔導大国『セグルア』。

 かつて幼年期の前半を過ごしたその国も、

 今や久方ぶりに名を聞く程度にまで遠退いた。

 いずれ滅ぼすつもりの国であったとしても、

 この十年、彼は一度も戻る気にならなかったのだ。

 楽しい思い出などほとんど無かったあの国には。



「あの国も参加するの?」


「ええ来ますよ。……といっても、

 聞けば重要人物は誰一人来ないらしいですが」


「え? そうなの?」


「はい。今回は一部の展示物と

 それを動かす技術者数名のみの参加だそうです

 加えてこちらのパンフレットによれば、

 セグルアの展示館(パビリオン)はかなり狭い

 技術を誇る気も、誇らせる気も無いようです」


「またいつもの睨み合いか……

 てか、いつパンフレットなんか手に入れたの……?

 ギドってば、本当に手が早いね」


「ふふっ! 貴重な『情報』ですから」



 そう言うとギドは体を傾け、

 パンフレットの中身を少年にも見せた。

 彼の信条とも言うべき情報を共有するために。



「技術と文化の祭典『帝国万博』!

 国内レベルの小さな催しなら前例もありますが、

 これほどまでに国際的なものは今回が初です」


「今日のテストランは本開催に向けた予行練習?」


「ええ、運営上不備が無いかのリハーサルですね

 ま、今更見つかった不備が果たして

 五日後までに修正出来るかは甚だ疑問ですが」


「ふーん。もう当日と同じ展示物が見られるの?」


「ええ。一部は設置済みです。まだなのは――」



 指を走らせ、地図上の名をなぞる。

 ギドが示した国名は二つ。

 どちらも既に知っている国の名前だった。



「『ナバール』と『オラクロン』の二ヵ国です」


「オラクロンなんて現地入りは昨日だもんね

 この二ヵ国のぱびりおん?は今日は閉館?」


「いえ。開けるだけ開けとくみたいですよ?

 展示物が一つも無い空っぽの展示館ですけど」


(極力本番と同じにしたい訳ね)



 きっと運営側からは、

 未だ展示物の設置が終わっていない二国は

 足並みを乱す鈍間とでも思われているだろう。

 そんな事を考え、少年は僅かに口元を緩ませた。



「そういえば、他のみんなは?」


「大公は公務に次ぐ公務。監督官殿もそれに同行

 情報管理官殿は体調不良で休養中です」


「……毒でも盛った?」


「まさか。長旅での疲労でしょう」


「あっそ。で、セルス様たちは?」


「あー……彼らは……」


「ん?」


「彼らは現在反省中です」



 ~~前日~~



「おい何故妾が此奴らと同室なのじゃ!?」

「見て見てギドっさん! ベッドふかふか!」

「ヘリオ殿!? 鱗で寝具がズタボロですぞ!」


「妾には専用のスイートルームを用意せぇい!」

「だぁああー!! 眼に煤が入ったー!」

「のぁ!? ヘリオ殿暴れないで!?」


「あぁ無理! 形態変化、鮫ちゃん!!」

「あ、水滴が当方に――ごああああああ!?」

「ギドぉ! 助けろギドォオオオオオオ!」



 ~~~~



「騒ぎを起こさないよう大人しくして貰ってます」


「た、大変だったんだね」


「……まぁどのみち、私が同行する時点で

 彼らに参加権は無いようなものでしたがね」



 そう言うとギドは胸元からチケットを取り出す。

 ベリルがオリベルト候から貰った入場券だ。

 その数はたった二枚。今日入れるのは二人だけ。

 直接貰ったベリルが参加するのは当然だとすると

 実質残った枠はたった一つ。

 その唯一の席を、今回ギドは立候補で勝ち取った。



「なんか珍しい気がする。ギドがそこまで我を出すの」


「そうですか? ま、確かに興味がありますからね」


「へぇーそうなんだ。何が見たいの?」



 ベリルが問うた丁度そのタイミングで、

 二人は入場口に辿り着いた。

 そして長蛇の列の最後尾に連なると、

 白衣の魔物は少年の手を握りフッと微笑む。



「やはり一番は、『天命理書』ですかね」



 ~~~~



 帝国栄光の歴史。長い長い発展の歴史。

 そのスタート地点に立った男がいた。

 信頼出来る仲間たちと共に

 諸王国へ反旗を翻したまでは良かったが、

 数の暴力、質の暴力に押し流されて、

 立ち上がった男は膝を突いた。


 このままでは負ける。このままでは奪われる。

 兵器が足りない。兵士が足りない。兵力が足りない。

 足りない。足りない。足りない。足りない。

 強大な悪の連合を討ち斃すためには、

 男には何もかもが足りなかった。


 ――力が欲しい。


 安直な願い。率直な願い。愚直な願い。

 そしてどこまでも、正直な願い。

 男は神など信じていなかった。

 故にこの時も決して天を仰ぎ見る事はしなかった。

 見ていたのは泥の顔色。雨で削れた不毛の大地。

 だからこそ、というべきなのだろうか。

 英雄は――大地の狭間に『カミ』を見た。


 その後、英雄は建国の祖となり、

 龍脈によって帝国の地盤を堅める偉業を成した。

 その際に彼の力となったのはカミの助言。

 自らの夢を実現させてくれた天上存在。

 彼はその対話記録を遺し、後世に伝えた。

 後代の皇帝たちにも力を与えるべく、

 たった一つの『経典』として。



「それが天命理書。歴代皇帝と天上存在との

 対話記録が記されているとされる書物の名です」


「嘘くさ」


「ははっ! 嘘くさい、ですか

 ええそうですね。実に嘘くさい!」



 ベリル評が相当に気に入ったのか、

 ギドは周りの目も気にせず高笑いをした。

 けれどもそれを咎めるような者も無し。

 既に夕刻とはいえ人々の往来は未だ激しく、

 誰も万博に侵入した魔物二匹を

 怪しむ事は無かった。

 それを良いことにギドは語り続ける。



「ですが権力を裏付けるのもまたファンタジー

 それが一番チープで、一番他人に伝わりやすい」


「ふーん……そのファンタジーを見たいんだ?」


「ええ。それに、時にファンタジーとて実利を持つ

 天命理書にはもう一つ大きな役割があるんです」


「役割?」


「歴代皇帝は対話記録として天命理書に名が残る

 言い換えれば、神に認められた皇帝一覧表です」


「じゃあ、もし経典に名前の無い皇帝が居たら?」


「その者は神に認められていない証拠

 逆に名が連なれば、皇帝として認められた証拠」


「……!」


「どうです?

 だんだん意味を帯びてきたでしょ?」


「つまり……その『天命理書』ってのは」


「はい。チョーカ帝国における王権の象徴(レガリア)です」



 王冠、神剣、或いは玉璽。

 別の国ならそれらが有する役割を、

 チョーカ帝国では経典が担っていた。

 つまるところ、天命理書を手に入れた者は

 他国で王冠を手に入れるも同然。

 正統なる王位継承権を示すためには、

 国を手に入れるためには必須のアイテムと言える。



「……なんで、そんなものを衆目に?」


「ね? 興味湧いてきたでしょ?

 万が一、我々に強奪ないし破壊の機会があれば?」


「――! 場所は!?」


「会場中央。帝国博物館(パビリオン)の最上階です」


「すぐ行こう!」



 今にも翼を広げて飛んで行きたい思いを抑え、

 天魔は人の真似をし駆け足で目的地へ急ぐ。

 だがそんな彼の背中をギドは

 いつもの貼り付けたような笑顔で見つめ、

 声が届くかどうかギリギリの所で呼び止めた。



「実際に展示されるのは本開催期間中ですよー?

 テストランの間は空箱しかありませーん」


「なっ!? っと、とぁあ!?」


「綺麗にずっこけましたね」


「痛ぅ……じゃあ今日何しに来たの僕ら?」


「敵情視察という名の下見、いえ観光ですね」


「観光ぉ?」


「ええ。実際に万博が始まってしまえば、

 我々は大公の護衛で忙しいでしょうからね」


「――!」



 この時のギドはそれ以上は語らなかった。

 しかしベリルはどうしてか、

 これが自分のための観光だと解釈した。

 まだまだ成長途中な自分のために、

 多くの経験を積む場であるのだ、と。

 確かにそれは情報収集。将来の糧となる。



「分かった、せっかくだし色々見て回ろっか」


「ええ。それが良い」



 そうして二人は横並びのまま会場を巡る。

 手こそ繋いではいなかったが、

 その後ろ姿はさながら親子のようだった。



 〜〜〜〜



 万博内の景観は流石に壮大。

 各博物館はどこも強い存在感を有し、

 細部まで整えられらた石造りの建物は

 夕闇の仄かな暖色と相まって

 摩訶不思議な雰囲気を纏っていた。

 きっと日中に来たらまた違うのだろう。

 そんな事を思いつつ、ベリルは地図に目を向ける。



「会場は綺麗な円形。中央に帝国の博物館(パビリオン)

 そこから放射状に各国のエリアがある感じか」


「ナバールは北東。セグルアは北

 オラクロンの博物館(パビリオン)は……あぁ南西ですね!」


「国ごとに割り当てられたエリアの大きさが違うね

 なんていうかこう……すっごく作為的」


「国際情勢における発言力や、

 帝国との仲の良さが正直に反映されてますね!」


「感じ悪いね」


「それが今の帝国ですよ! で、どこ行きます?」


「選んで良いの? えーとじゃあぁ……」



 〜〜とある国の博物館(パビリオン)『星屑のアトリエ』〜〜



『さぁ手にした星屑で空に星座を描きましょう!』


「えぇ凄い! 空中に絵や文字が書けるよ!」


「ですが秒で消えますね。情報伝達には使えない」


「ギドってば夢無いね」



 〜〜また別の国の博物館(パビリオン)『海の記憶館』〜〜



『産出した漁業資源をもとに我が国では――』


「へぇー、海が取り柄の国なんだぁ」


「どちらかといえば海以外取り柄の無い国ですね

 チョーカ帝国の属国なんですよココ」


「ギドってば配慮無いね」



 〜〜更に別の国の博物館(パビリオン)『吟遊詩人劇場』〜〜



『かくして勇者は炎を穿ち、雷を裂いた!』


「勇者の逸話かぁ、勉強になるね」


「いやこの国の関与薄すぎませんか?

 勇者の人気にタダ乗りしてるだけでしょう?」


「ギドってば容赦無いね」



 〜〜会場西側・城壁広場『弓術体験場』〜〜



「ん〜っ! (シャ)っ!」


「おー! 凄いねボクー! 三本ともド真ん中!

 はいこれ景品の『射殺(イコロス)君人形』!

 小さいから落として無くさないようにね!」


「見てギドー! 僕意外と(こっち)も行けたみたい!」


「それは僥倖。……人形の名前が些か不安ですが」


「んー。まぁとりあえずこれはポッケでいいや

 でさでさ! 次はどこ行く?」


「ふぅむ、そうですねぇ?」



 悩む素振りを見せつつも、

 ギドはチラリと会場内の時計に目を向ける。

 外灯で明るく保たれてはいるが、時刻は既に夜。

 空はすっかり黒く暗く染まっていた。



「時間的にもあと一つでしょうか?」


「あぁそうなの?

 じゃあ次はそこの『時の回廊』ってとこ行きたい

 結構人間が居るけど、何やってる所なの?」


「あれは食事処ですね」


「こんな名前なのに!? 字面強すぎない?

 えぇぇ……じゃあ次どこに行こう?」


「そろそろ帝国博覧館(パビリオン)に行きませんか?

 天命理書はまだありませんが、ね?」


「あぁそうだった。じゃあ最後はそこだ」



 〜〜会場中央・帝国博覧館(パビリオン)〜〜



「展示物保護のため

 館内ではこちらの()()()に履き替えください〜」



 係員の指示に従いギドとベリルは

 正面から堂々と博覧館の中に侵入する。

 内部の作りは石造り。全体の基調は鮮やかな赤。

 鼻に掛かる匂いは透き通るような花の香り。

 展示とは何ら関係のない装飾品たちも相まって、

 其処は最早一つの宮殿と化していた。

 他国の物を先に見ていたからこそ、

 ベリルはその圧倒的な豪華さに面を食らう。


 また、他と違う点はもう一つ。

 警備している人間の種類だ。



「あれって、冒険者?」


「ええ。どうやらそのようですね」



 既存の衛兵の他に、

 館内には決して少なくない数の冒険者が居た。

 明らかにその雰囲気は観光のそれでは無く、

 まるでここが戦場であるかのような面持ちだ。



「どうする? 帰る?」


「普通にしていればいいのでは?

 別に特別騒ぎを起こすつもりはありませんしね」


「それもそっか。でも……なんで冒険者が?」


「普通に雇われたのでしょう。所詮は雑兵です」


(今ギドは戦えないくせに)



 そんな言葉を心に伏せるベリルに対し、

 ギドはあくまでも『無視で十分』という

 スタンスを取り続けていく様子だった。

 そして彼は上階へと続く階段の前に進むと

 近場の壁に張り出された会場内の地図を読む。



「帝国博覧館(パビリオン)は全七層。最上層は天命理書の展示で、

 他層には食事処、模型館、武具展があるそうです

 最終的には最上層を見学するとして……

 どうですベリル? どこか行きたい所は?」


「ぅんと、じゃあ模型館見てみたい」


「三階だそうです。ではこちらの階段から」


「あ! 待ってギド。こっちに昇降機があるよ!」


「昇降機?」


「うん。自動で上や下に運んでくれるの」


「へえー? 便利な時代になったものですねぇー」


「ふふ、ギドってばジジ臭い」


「うぐっ……!」



 心にダメージを負ったギドを押し込んで、

 ベリルは係員に行きたい階層を指定する。

 やがて手順の書かれたカンニングペーパーを手に

 係員が拙い手つきで起動に成功すると、

 彼らを乗せた昇降機はガコンと揺れ動き

 あっという間に目的の三階に到着した。



「凄かったねぇギド! ……あれギド?」


「自分で無い者に体を預けるのは恐ろしいですね」


(凄い。あのギドが震えてる)


「もっと手すりとか、しっかりすべきですアレ!」


(それはそう)


「ふぅー! ふぅー! ふぅぅぅぅ」


「落ち着いた?」


「はい。お待たせしました。では早速模型館に――」



 向かいましょう。

 そう言い切る前にギドの眼光がギラリと光る。

 視線が向けられたのはこれから行く予定の方角。

 その方向にある人混みの中から、

 魔物の視線は特定の人物を掻き分けた。

 刹那、彼は素早くベリルの腰に手を回すと、

 半ば乱暴に標的から見えぬ位置の壁裏に飛ぶ。



「ぐぅあ!? ちょ、何ギド!?」


「シッ。息を潜めてください。怪しまれる」


「!? い、一体何が?」


「我々にとっての……『天敵』が居ます」



 そうして示された場所に

 ベリルも恐る恐る視線を向ける。

 雑多な混雑でしばらくは何か分からなかったが、

 その特徴的な装いは嫌でも少年の目に入った。

 其れは白いマントと緑の甲冑とで

 顔も体も覆い隠した騎士だった。



「エルザディアの聖騎士……!」



 〜〜同時刻・博覧館別館〜〜



「いいかお前らッ!!

 テストランだからって気を抜くなよ!」



 そこは外よりも暗い部屋。

 青い魔法陣と複数の機材が机や壁、

 果ては床一面にまで敷き詰められている。

 そして、一番大きな魔法陣の上には、

 半透明の地図と無数の赤い点が表示されていた。


 ここは万博の成功を支える砦。

 帝国博覧館(パビリオン)内を警備する監視室。

 全ての衛兵に即座に指示を出せる、

 文字通り司令塔の役割を持つ施設である。



「お前もだ! 何かあれば即共有しろよッ!」



 けれどもそれらは

 決して帝国が独自に用意したものでは無い。

 チョーカ帝国にそこまでの技術力は無い。

 こういった設備を用意できるのは、

 敵対国である魔導大国セグルアぐらい。



「おい! 聞いてるのか!?」



 故に、これらの設備を帝国に提供した人物がいた。

 暗い部屋の隅の隅。専用に用意された魔法陣の前。

 水色の髪をした少年がソファの上に体を丸め、

 ガラス瓶の飲料にストローを突き刺し吸い上げる。

 その間ずっと警備隊長に怒鳴られても、

 長く伸びたまま放置された前髪の下に隠れた

 髪と同じ水色をした彼の瞳が

 他人のいる方へ向く事は無かった。


 出身は魔導大国セグルア。

 技術先進国が生んだ稀代の天才。

 帝国万博期間中臨時職『機構統監』にして

 設備顧問、兼、警備特別指揮権保持者。

 名を――



「アクアッ!」



 ――名をアクア・メルディヌス。

 今年で十と七つの少年である。



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