表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第弐號 閃滅翠聖/葬蒼凶機
34/48

肆頁目 外道たち

 嗤える。嗤える。腹を抱え、げに嗤える。

 人間たちの苦しむ姿。人間たちの泣き叫ぶ姿。

 ピューとほんの少し風を吹かせてみれば、

 彼らは玩具のボールのように転がっていく。

 人間で遊ぶのが好き。人間を弄ぶのが好き。

 人間が引き起こす滑稽な姿の一切合切を、

 遠巻きより眺めて嘲る事こそ至上の喜び。


 そんな道楽を肴に数千年生きた魔物がいた。


 彼は魔王軍にすら属さない放浪者。

 己が操るそよ風に、渦巻くほむら雲を一つ乗せ、

 人類領域すら悠々自適に跳び回る蒼空の旅人。

 風の噂に耳を傾け、人肉を喰らい、ほくそ笑む。

 人々が伽話で夢想する類いの魔物だった。


 中でもここ数年特に贔屓にしていたのが、

 落葉の帝国――『チョーカ帝国』。

 自身が生まれた頃には既に存在していた国なのに、

 日々劣化していく様が彼の琴線に強く触れる。

 右肩下がりの歴史。潰れる人の浅ましい業。

 月日を重ねる毎に更新される腐敗エピソード。

 彼にとって帝国は最高の劇場だ。


 無実の罪でかつての英雄がまた殺された。

 ――嗤える。


 領主の道楽で年上の文化財が焼失した。

 ――嗤える。


 貧弱な疫病が遂に六つ目の村を食い殺した。

 ――げに、嗤える。


 さてこの国はどこまで堕ちていくのやら。

 それは人肉のおやつを片手に愉悦に浸る日々。

 だがそんなある日、

 彼に近付いて来る人間たちが現れた。



 〜〜現在・風の祠〜〜



「君が風神『ターク・オイズ』さん?」



 いずこより流れ込む冷たい風が、

 翼を広げた少年の袖を揺らす。

 まだまだ幼さが残るその横顔には

 余裕綽々な笑みが浮かび、

 深山幽谷の如き深緑の瞳は堂々と、

 真っ直ぐ眼前の魔物を見据えていた。


 しかし対する風神タークオイズも

 突然の魔物の来訪に臆するどころか

 むしろ世間話をするかのような

 口調と声色とで手を横に振る。



「あーちゃうちゃう! 発音がちゃうわ!」


「? 発音?」


「おうさ。ターク・オイズは人界の呼び方

 正しくは『トゥラ・ク・オイズァル』

 こっちが(ウォー)の真名だから! はい復唱!」


「……トラク・オイザル」


「ちゃう! トゥラ・ク・オイズァル!」


「トゥラーク・オイズアル」


「トゥラ! ク! オイズァル!」


「トゥラ・ク・オイズァル!」


「よーしバッチリ!

 あ、ちなみにこの真名()で呼んだ奴は

 みんな裂風に取り憑かれて死ぬでな」


「先に言って!?」


「カッハッハ! 人間ならば、の話じゃあ!

 魔物であればそもそも取り憑かれなど……

 ん? んん?? んんん????」


「なんか腕に青い風が巻き付いてるんだけど?」


「あー……バッチリ取り憑かれとるのぉ……ウケる」


「はぁ?」



 殺すぞ、という言外の言葉を声色に乗せ、

 ベリルは見据える瞳を細く尖らせた。

 しかしターク・オイズにその眼力は効かず、

 風神の興味は既に今目の前で起きている

 バグのような現象に釘付けであった。



「お主、()()()()が混じっとるのか?」


「……ああそうだよ! 僕の血の半分は人間!

 両親ともに、顔も名前も知らないけどね」


「ほぉ~、魔物とヤッた人間がおるのかぁ……

 流石にそんな馬鹿は(ウォー)も見た事が無いなぁ」


「……裂風(これ)、ほっとくとどうなるの?」


「肉も骨も神経も全部ズタズタに引き裂く」


「怖っ!?」


「でもそうはなっとらんようじゃな?

 喜べ小童。残る魔物の方の血に感謝せよ」


「……はぁ」



 ターク・オイズの発言は正しかった。

 ベリルの腕に纏わり付いた青い裂風は、

 確かに凶悪な刃の形を取っていたが、

 待てども待てども肉を抉る気配は無い。

 とはいえ、こういつまでも纏わり付かれては

 流石に邪魔邪魔で仕方が無い。

 特に人間社会に溶け込むベリルにとっては

 死活問題に直結するアクセサリーだった。



「とにかくコレ。早く解除してよ」


「ん? 何故じゃ?」


「何故って、邪魔だから――」


「――我の敵かもしれん輩を、

 この祠の中で自由にすると思うか?」


「っ!?」



 気付けば眼前の魔物は既に

 浮かぶ雲に鎮座し戦闘態勢に入っていた。

 否、正確にはその一歩手前の警戒態勢。

 しかしそうとは思えない程の気迫が

 ベリルの肌を掠めて体の芯を刺してくる。

 そして両腕に渦巻く裂風が、

 次第に自身を縛る拘束具のよう見えてきた。



「問おう。貴様は何を求めて此処へ来た?」



 その威圧感は正に神。

 無意識の内にベリルは一歩退いていた。

 だがそれでも、魔物の仔は同族に訴える。

 己が決して敵では無い事を。



「ただ興味があっただけ

 人から『風神』だなんて呼ばれている魔物に」


「……生贄を止めさせろ、等とほざく気も無しか?」


「血の半分とはいえ、僕も魔物だよ?

 他人の食生活に一々口出しする気は無いね」


「で、あるか。オマエ、名は?」


「……ベリルだよ」



 気付けば芯を突き刺すプレッシャーは消えていた。

 しかし同時に、背中を滲ませる大量の汗を

 ベリルは遅まきながら知覚する。

 彼は生物として強い恐怖を覚えていたのだ。

 けれどもそれを認めるのがどうにも癪で、

 少年は御座に進む風神の背に向けて、

 強い語気と共に裂風渦巻く両腕を差し出した。



「ちょっと? 敵じゃないって分ったんなら

 早く裂風(コレ)外してよ?」


「腕を風と逆向きに素早く振れば消せるぞ」


「…………だから先に言ってよ」



 いざ実践してみれば、

 裂風はいとも容易く掻き消えた。



 〜〜風神を祀る村〜〜



 夜は極み。

 夕暮れより夜明けの方がまだ近い。

 そんな時分であるにも関わらず、

 ベリルを生贄に捧げた村には

 まだまだ尽きぬ明かりと熱気があった。

 風神に供物を無事届けられた事を祝う、

 狂気に呑まれた村の大宴会である。



「今日は吉日だー!」


「男衆が失敗したと聞いた時は肝が冷えたが

 さっすが祭司セレニテス! 見事挽回!」


「オレたちも見習わなきゃな!」



 宴会の中心に座らされていたのはセレニテス。

 白いマントを羽織った茶髪の美女。

 つい今し方、年端もいかない少年を

 神の生贄として殺してしまった張本人。

 その事実を受け止めて、彼女は――



「ぷはーっ! 酒どんどん持ってきてぇいー!」



 浴びるように酒を流し込んでいた。

 むしろ周囲の男衆がその辺りでと止めるほど、

 今にも少ない村の物資を食らい尽くすかの勢いで

 暴飲暴食の限りを尽くしていた。


 きっと後ろめたさも消えてしまう程に

 彼女たちはこれまでも人を殺して来たのだろう。

 そしてそれは、これから先も同じ。

 故に罪悪感などとっくに麻痺し、

 今は脳を麻痺させるほど杯を乾かす。

 そんなザマだから、村人たちは気付けない。



「――総員、突撃」




 〜〜~〜



 トゥラ・ク・オイズァル改め、

 風神ターク・オイズは完全な異形の魔物。

 カエルのような顔も亀の甲羅も四本の腕も、

 人間社会に紛れるにはとても不便。

 故にベリルは彼の勧誘を早々に諦めるが、

 それと同時に湧き上がってきた疑問が

 自然と彼の口を動かしていた。



「なんで風神なんて呼ばれてるの?」



 魔物が神の役を演じる理由は分かる。

 自ら危険を冒さなくとも、生贄を要求する事で

 安定した食事にありつけるからだろう。

 そういう文化があっても不思議では無い僻地で、

 極力姿を見せずに美味い汁のみ啜る。

 魔王という絶対的な拠り所が無くなった現代では

 もしかしたら最善の生き方かもしれない。


 だがそれはあくまで魔物目線の話。

 人間からしてみればメリットなど皆無。

 人類圏最大国家である帝国に属するこの村で、

 ターク・オイズを信仰する意味が

 ベリルには分からなかった。



「人間が魔物を崇める理由なくない?」



 その問いに風神は「ふむ」と漏らし、

 次いで顎に手を添え視線を傾けた。

 すぐに答えを返すでも無く、

 それでいて答えが無い訳でも無く、

 まるでどう答えようか模索している様だった。


 そうしてターク・オイズはしばし沈黙するが、

 やがて考えが纏まったようで

 ようやくその異形の口をヌメリと動かした。



「あの村にはなぁ、以前()が流れとった」


「あーなんかあったね。……なるほど?」



 早速合点がいき、ベリルは深く頷いた。

 村の生命線でもある川を潰したのは

 他ならぬターク・オイズだ。

 村人たちにとっての従来の寄す処を潰し、

 自分がその代役に収まる事で

 見事彼らから土着神としての信仰を得たのだ。


 なるほど確かに、それは見事な作戦。

 そんな感嘆の言葉と共にベリルは

 この推測を風神に話す。が――



「いや、川を潰したのは(ウォー)じゃ無いぞ?」



 少年の推測は見事に外れた。



「川を潰したのは帝国中枢の連中じゃ」


「帝国の人たちが? 一体どうして」


「ククッ! それはだなぁ――」



 風神はとっておきの喜劇を語ろうと

 得意気に指を立てて顔を近づける。

 が、そんな彼らの会話を妨げるように

 二人の探知器官が只ならぬ殺気を検知する。



「「ッ――!」」



 しかし殺気の発信源は祠内に非ず、

 気配の根源は洞窟の外。山の下。

 夜であるはずなのに赤く染まっている、

 村のある方角からであった。



「オイズ様? これって……」



 ベリルはどう対応するべきか分からず

 横目でターク・オイズの顔色を伺う。

 すると風神は、ニタリとほくそ笑み

 次いでその四本腕で膝を叩いて立ち上がる。



「ちょいと見にいってやるか」



 〜〜〜〜



 不法侵入者が村を駆け回る。

 シルエットは数にして二から三十。

 形は馬に跨る騎士のソレ。

 完全武装したチョーカ帝国の騎馬隊が、

 柵を蹴飛ばして村に乗り込んで来たのだ。

 用件はただ一つ。隊長と思しき男が声を張る。



「百姓共! 噂は兼ねてより聞いておる!

 我らは、この村に巣食う魔物を退治しにきた!」



 どうやら派手にやり過ぎたらしい。

 予期せぬ来訪者たちと相対したセレニテスは

 すっかり酔いも覚めた顔付きでそう悟る。

 しかし同時に今の状況が自分たちにとって、

 まだ決して『詰み』では無い事も理解していた。



(これは……選択次第で助かるわね)



 また同じ頃、山を覆う木々の中から

 ベリルとターク・オイズは並んで様子を伺う。

 特に耳の良いターク・オイズは

 騎馬隊長の言葉を一言一句盗み聞きして

 魔物の仔とその情報を共有していた。

 そうしてベリルは即座に

 遠巻きのセレニテスと全く同じ結論に到達する。



「ヤバいねこれ。()()()()()


「あ? どういう事じゃ?」


「村人たちは、()()()()()()()()()()()って話

 自分たちは魔物とは知らずに崇めていた……

 いや、そもそも魔物に脅されてたって言えば

 もうそれだけで彼らの罪は霧散する」


「あー! なるほどなぁ!」



 ポンと握り拳で手を叩き

 風神は阿呆のするような顔で笑う。

 まるで他人事のように振る舞うその態度が、

 妙にベリルは引っ掛かっていた。

 が、今は一刻の猶予も無い。

 少年はすぐに逃走の準備を始めようとする。



「必要な荷物はすぐに纏めて。僕が先導する」


「? 何故じゃ?」


「何故って……本当に状況が分かってるの?

 もうあの祠は安全な場所じゃ無くなるんだよ?」


「村人次第でそうなるのー」


「今なら僕がどうにか手を回してあげる

 公国民として紛れるのは難しいだろうけど、

 それでも僕らの組織に所属すればまだ――」


「――が、()()はならんじゃろうな」 


「……え?」



 ターク・オイズは少年よりもずっと

 現実に近い未来を予想していた。

 そして彼は呆れたような声を漏らすと、

 真っ直ぐ村の方角に指を差す。


 釣られてベリルが振り返ってみれば、

 村人たちは既に騎馬隊に向けて

 各々農具を手にして臨戦態勢を取っていた。

 この事実に他ならぬ騎馬隊長が困惑する。



「どういうつもりだ? 百姓ども?」



 腹の底の動揺を悟られぬような声色で、

 それでいて農夫どもの馬鹿な考えを

 吹き飛ばすような威圧感を以て、

 手にした槍の末端で大地を叩き

 騎馬の上から睨みを効かせた。

 きっと、ただの貧しい農民ならば

 この気迫だけで蜘蛛の子を散らすように

 逃げ出していた事であろう。


 しかし、しかし彼らはそうでは無い。

 これまで散々人を殺してきた者たちの目は

 もう既に権力に臆する平民のソレでは無い。



「魔物の討伐? 発言には気を付けなさい」


「は?」


「我らの『神』を、侮辱するな!!」



 遂に農民たちは騎馬隊への攻撃を開始した。

 その光景がどうしても現実の物とは思えず、

 ベリルは口をあんぐりと開けてただ驚愕する。

 するとそんな彼の正気を取り戻させるかのように

 今度はターク・オイズが主体で語り出した。



「……昔、あの村には川が流れていた」



 その川は、各地の生命線であると共に、

 世界第二位の長さを誇る川だった。

 しかし、()()()()()()()()()()

 実際にその川を使う村人たちよりも、

 数字上でのみその存在を知る

 中枢の人間たちが強くそう感じていた。


 故に彼らは、一位を目指す。


 川を伸ばすためには水路を拓く他無い。

 だが従来のルートではこれ以上伸びない。

 加えて山を拓くのは現実的では無い。


 ならばどうする? ()()()()()()


 一位を取るのに不要な水路など捨ててしまい、

 その分の水勢をウイニングロードに流し込む。

 途中水が涸れて困り果てる村々も出てくるが、

 それはそれ、これはこれ、気にするだけ無駄。


 だってそんな事よりも、一位になる方が大事だから。



「うわ……!」


「水源を奪われた連中は軒並み死んだ

 そのくせ、あの川は工事に大失敗して

 結局、世界第四位の長さで終わっちまった!

 帝国凋落伝説の中でもお気に入りの話だ!」


「……それで、あの村の人は貴方を頼った?」


「おうさ。なんともまあ惨めなツラでよぉ

 たった一言、この村を護ってくれ、ってな」


「な、なるほど……それは分ったけど……」


「けど?」


「今貴方を売らずに戦ってるのは、何で?」


「あー、そりゃあ……」



 そう呟くとターク・オイズは目を閉じる。

 そうして今戦っている全ての人間の声を、

 全身で、受け止めるように聞き入れた。



 ――「気でも狂ったか!? この愚民ども!」

 ――「気ィならとうの昔に狂ったわ!」


 ――「貴様らを魔物の脅威から救ってやるのだぞ!」

 ――「今更出て来て正義面か! 馬鹿たれが!」


 ――「待てこいつら、何故こんなに戦える!?」

 ――「ワシらはとっくに畜生と成り果てた!」



 騎馬の陣形を突き破り村の若者が刀を振るう。

 彼らの装いは盗賊のソレ。この村は生贄以外に、

 略奪行為によっても生計を立てていた。

 オラクロン大公国も襲撃に遭った、

 過激な野盗の正体である。


 風神を祀る村は、悪鬼外道に堕ちたこの村は、

 既に他者から奪い続ける生存戦略を取っていた。

 そうなった原因は疑うまでもなくただ一つ。

 先に彼らが、無慈悲に奪われたから。

 そんな怒りを代弁するかのように、

 乱れる陣形に焦る騎馬隊長へ向けて、

 長い刀を抜いたセレニテスが歩み寄る。



「ターク・オイズ神が魔物? 馬鹿馬鹿しい」


「くっ! 女ァ!!」


(そんな事、こっちも最初から分ってる!)



 騎馬隊長が槍を向けたのとほぼ同時に、

 セレニテスは臆する事なく懐へと飛び込む。

 その鬼気迫る姿を、ベリルと風神は見届けた。



「良いか半血。よぉーく覚えておけ?

 人間が従うのはカリスマでも恐怖でもねぇ」


「……?」


「人間はなぁ――」



 白き月下に、白き刀身の舞いが光る。



「――結局護ってくれる奴に従うんだ」



 セレニテスの鮮やかな一刀は、

 騎馬隊長の防具の隙間を縫って胸を裂く。

 たちまち男の体からは血が噴き出し、

 彼の絶叫に驚いた馬が暴れて大きく立ち上がる。

 それでもギリギリ致命には至らなかったようで、

 騎馬隊長の瞳の色が動揺から怒りへと変わる。



「おのれッ! 火を放てぇええええええ!!」


「「!?」」



 騎馬隊長の掛け声と共に、

 全ての兵士が一斉に矢尻を叩いて火を灯す。

 そして使用許可が下りたその兵器は

 赤い雨となって瞬く間に村を焼き始めた。

 村人たちにとってそれは

 絶対に死守すべき防衛対象。

 多くの者が戦闘よりも火消しを優先し、

 その無防備な背中を叩き斬られた。


 遠巻きより眺める魔物の仔は、

 この惨状を終わりの合図と受け取った。



「……勝負あったね。装備と敗北条件の差だ」


「で、あるな」


「彼らが徹底抗戦を選ぶのは予想外だった

 でもこれで僕たちの逃げる時間が稼げたね」


「ああ。オマエは先に行ってろ」


「『オマエは』って? え、オイズ様は?」


「言ったろ? 惨めなツラで頼まれた、と

 (ウォー)も昔は傍観者のはずだったんだがのぉ……」



 終幕と思ったのは部外者である天魔のみ。

 土着の神は、むしろこれを開戦と受け取った。

 何故なら彼は直接聞いてしまったのだから。

 この村を護ってくれと頼まれていたのだから。

 悪辣な性分であったとしても、眺めて嗤うのと、

 直接懇願されるのとでは意味が違う。



「頼まれたのなら……護ってやらんとじゃろ?」



 風が吹く。夜の世界に風が渦巻く。

 それは蒼空よりも青き牙。

 家屋を灼く焔の赤など容易く消し去る風の爪。

 (つむじ)の風はやがて裂風と化し、

 村を攻め込む外敵のみに刃を振るう。


 荒れる天候。揺れる騎馬。

 辺りの気温はグッと下がり、

 これから天変地異でも起きるのかと

 思えてしまうほどの異常気象。


 それでも村人たちは怯えない。

 むしろ歓喜の声を上げその名を呼ぶ。

 自分たちを護ってくれる、神の名を――



「「ターク・オイズ様!!」」



 ――かの地に風神は降り立った。



「ば、馬鹿な!? 実在したのか!?」


「なんじゃあ貴様? 何を怯えとる?

 (ウォー)を狩りに来たのでは無かったのか?」


「た、隊長! 話が違います……!

 出鱈目な黒い噂のある村に因縁付けて、

 俺たちだけで愉しもうって話じゃあ!」


「あ、馬鹿……!」


「ふん。それ以前の輩じゃったか」



 風神が指を持ち上げると、

 それに呼応して背後の山がフワリと浮かぶ。

 かと思えばその超巨岩は一瞬にして砕かれ、

 無数の石礫として騎馬隊に向けられた。



「一人も帰す訳にはいかんのでな」



 正にそれは殺意を持った死の嵐。

 降り注ぐ石礫に隊長も隊員たちも抉られる。

 だがそんな中でも一人の精鋭が、

 最後の力を振り絞って火矢を番えた。



(っ! 化け物め……せめて一矢!!)


「!? ターク・オイズ様!!」



 村人たちの中でそれに気付いたのは

 不幸にもセレニテスただ一人。

 風神は無防備な背中を晒していた。

 故に彼女はその身を矢の射線上に入れる。

 己の信仰心に殉ずるために。



「なっ、セレニテス!?」


「気付かれた……! このアマぁああ!!」


(あぁ……この日が来ちゃたんだ……)



 祭司はそっと、目を閉じた。

 ――が、天より飛来した一つの影が、

 刃根を束ねた黒き一刀にて火矢を断つ。

 セレニテスは思わず、その横顔に驚愕した。



「き、君は!? なんでェ!?」


「いや……まだ謝って貰って無かったなって」



 どこかバツの悪そうな表情で、

 魔物の仔は後ろ髪を掻きながらそう呟く。

 そして最後の騎兵のこめかみに石が直撃し、

 風神を祀る村での戦闘は終結した。



 ~~翌朝~~



「ま、まさか魔物だったなんて……」



 恐怖、というより奇異の目が少年を襲う。

 風神ターク・オイズと共に村を救った事で、

 ベリルは改めて客人としてもてなされていた。

 生まれて初めての、魔物と発覚した上での歓迎。

 心地よさよりも居心地の悪さの方が勝っていた。



「わ、私たちを裁いたりとかは……?」


「僕正義の味方じゃないし、魔物だし

 てかそう! 魔物だし。もてなし要らんし」


「はぁ……しかし公国お抱えの魔物ねぇ……

 ちょうど昨日公国から物資の一部を盗んだが」


「それは普通に返して」


「勿論ですとも! だいぶ食っちまったが……

 とかく今ある物は全部持って行ってくだせぇ!」


(携帯出来るよう纏めてくれてる。準備良い)


「さ、何やら迎えも来ているらしい!」



 まるで遠足に出かける少年のように、

 ベリルは肩から公国の物資を下げ、

 村人たちに手を振られるがまま

 真っ直ぐ村の外へと歩いていった。

 すると其処には木に寄り添い腕を組む風神と、

 そんな彼に笑顔で話しかけるギドの姿があった。



「蒼空の裂断者、トゥラ・ク・オイズァル

 まさか貴方に会えるとは思いませんでした」


「ハッ、(ウォー)もじゃ、魔王んとこの小姓

 何よりあの半血の保護者がオマエとはの」


「お待たせギドー! あれ? なんか話してた?」


「いいえ。別に深い仲じゃありません

 大昔この方を魔王軍に勧誘して断られただけです」


「魔王は根暗過ぎて好かんのじゃ!」


「ふーん? まぁでも……」



 チラリと、ベリルは村の方に目をやった。

 村人たちはもう既に魔物たちの事を忘れて

 焼けてしまった家屋の修復にいそしんでいる。

 きっと彼らの生活はこれから更に困窮して、

 もっと他者から奪っていくようになるのだろう。

 だがそれは、彼ら魔物も似たようなもの。

 今はもう喰わねば喰われるそんな立場。

 故にこそ、眼前の光景も成立する。



(こんな共存の仕方もあるんだね……)


「でもなんじゃ? 半血?」


「――またいつか貴方を勧誘しに来るよ

 僕が立派な魔王になったらね!」


「ほぉーう? それは、面白そうじゃ!」



 未来への約束を一つ交わし、

 ベリルとギドはターク・オイズに別れを告げた。


 その別れは血生臭くもどこか爽やか。

 そして呆気無いほどにあっさりとしたものだった。

 すぐにギドが「旅程が大きく遅れている」と

 仕事モードに切り替えてしまうほどに。

 それでも何か餞別を、とでも考えたのだろう。

 ターク・オイズは遠のく魔物たちの背に告げた。



「偶に村人の一部が、いつか復活した日を夢見て

 涸れた川が埋もれぬようにと掃除しとったなぁ」


「「……?」」


「ちと荒いが、近道として使えるかもしれんぞ?」


「「――!」」



 出だしからトラブル続きだった万博への旅路。

 しかし得られた物は予想に反して大きかった。


 この出会いが後に少年の運命を

 大きく変える事となるのだが、

 それも今はまだまだ先の話。

 今向かうべきはチョーカ帝国中枢。


 遂に帝国万博への道が開く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ