弐頁目 隘路
〜〜移動日・ 初日〜〜
人類が有する移動手段のうち、
特に近年便利とされているものは三種類。
大地を駆ける駆動四輪車。大海を征く蒸気船。
そして大空から国境を飛び越える飛行船である。
しかし帝国万博へと向かう移動手段として、
大公はこれら三つを選ぶ事は無かった。
駆動四輪車を選ばなかった理由は単純。
持っていきたい荷物に対して
現在公国の所有している車両では
積載量が圧倒的に足りていないのだ。
無論、陸軍所有の軍用車を総動員すれば
この問題の解決も可能ではあるのだが、
それをした場合今度は要らぬ不和が生じかねない。
軍用車が並んで走る光景は、印象が悪いのだ。
次に蒸気船。無論公国海軍はこれも所有している。
しかしやはりこれも軍用であるがために
四輪車同様イメージが悪くなるのに加え、
オラクロンおよびチョーカ東部の海域にて
面倒な存在が徘徊しているという情報もあった。
「――海賊?」
「ええ。ここ数年で更に活発になったとか」
揺れる馬車の中で、
ベリルの問い掛けにギドが笑顔で応答した。
現在彼らはチョーカ帝国に向けての旅路の途中。
馬車の数は全部で六台。彼らが乗るのは五台目。
二つ前にオスカーの馬車を捉える位置で、
情報管理官ブルーノを含めた遊撃隊員全員が
一つの馬車の中で思い思いに寛いでいた。
魔物五匹と人間一人が居てもゆとりがあるほど
大公の用意した馬車は広く、大きい。
また、歯車と魔法の補助が効いているのだろう。
馬車を牽引する馬は二匹だけだが、
まだまだ余力が有り余る、といった様子だった。
そんな馬の姿を綺麗なガラス窓から眺めつつ、
ベリルは視線と共に話題を戻した。
「公国、帝国間の海で活動しているって事は、
その海賊の正体はどっちかの国の流れ者?」
「いいえ。一人も居ないかは知りませんが、
少なくとも彼らの大半はとある国の戦士団です」
「とある国?」
「――極東の蛮族『波羅』ですぞ」
彼らの会話にブルーノが割って入る。
その声色は心底うんざりとしたもので、
溜め息混じりにちょび髭を弄る手つきには
どこか苛立ちのような感情も垣間見えた。
「波羅、ね。名前だけなら聞いた事はあるよ
でも何でその国の戦士が? しかも蛮族って?」
「波羅は自国民の略奪行為を容認しているんです
それも、外国船に限ってのね」
今度は台詞を奪い返すようにギドが答える。
丁度二人は自身を挟んだ反対側にいたので
ベリルは首を大きく動かして
発言者の方へと振り返る必要があった。
「強気な外交戦略だね。帝国と仲悪いの?」
「不仲というよりは無関心ですな!
今の波羅は帝国どころか世界全体と疎遠ですぞ」
「あぁうん。……因みになんで?」
「対魔王連合軍に不参加だったからですね
あの戦いに全く参加しなかった国は
どこもその後の発言力を失っています」
「……ん。ならそんな国さっさと潰せば良いじゃん?」
「それは難しいでしょうなぁ〜、何故なら――」
「あのごめん、ブルーノさん」
「は、何ですかな?」
「いちいちあっちこっち向くの疲れるから
説明はギドのだけでいいや」
「!!?」
解説に乗り始めていたブルーノは
直属の上司からの一言で音も上げず青褪めた。
だが撃沈する彼の姿をベリルは早々に視界から外し、
何のフォローも無くギドへと顔を向けるのだった。
「で、なんで波羅は潰されないの?」
「そうですねぇ……地形、情勢、そして武力……
あらゆる条件が極東の島国を要塞にしています」
曰く、大陸と波羅との距離は交易するには近く、
それでいて戦争を仕掛けるには遠い、
正に絶妙な位置にあると言う。
いざ戦争となれば兵士も兵糧も武器弾薬も全て
荒れ狂う海を越えて船で運ぶ必要があり、
それほどの数を移動させるだけでも
下手な小国と戦争する何倍ものコストが
掛かってしまうのだろうとギドは推測した。
また、それに加えて現在
波羅の海賊たちから被害を受けている国は
チョーカ帝国とオラクロン大公国、
そして微量だがナバール朝の三つくらい。
海賊たちが消えれば間接的に潤う国は多々あれど、
前述のコストを支払ってまで蛮族殲滅に
名乗りを上げる第三者はそうそう居なかった。
更に直接被害を受けている三国も、
本気で波羅への遠征を考えている所は無い。
何故ならチョーカ帝国は国内の事で手一杯、
オラクロン大公国は規模自体は小国並、
そしてナバール朝は海軍がさほど強く無いからだ。
「誰も島国に殴り込めないんだね」
「そういう事です。波羅は連合軍不参加だったので
彼らの実力がどの程度なのかは私も知りませんが、
少なくとも奇天烈な戦力があるとはよく伺います」
「ふーん? まぁでも良く分かったよ
そんな連中がいる海ルートは選びたくないよね」
再びガラス窓に頬を押しつけ、
ベリルは前方を走る大公の馬車を目で捉える。
無論そこからオスカーの姿など視認出来ないが、
それでも彼の脳裏には、様々な状況を飲み込み
常に最善手を模索する彼の後ろ姿が思い浮かぶ。
そうしてベリルがアンニュイな目つきで
染み染みと物思いに耽っていると、
そんな彼の横顔をしばらく眺めながら
今度はヘリオが口を開いた。
「海行けなかった理由は分かったっすけど、
じゃあ空使わなかったのはなんでなんすか?」
「ふむ……『なんでなんで』に答えてばかりでは
せっかくの成長の機会を逃してしまいますね」
ここ十年間、隊長職からも離れて
すっかり後見人としての役が板に付いたギドは、
目の前に転がる教育の好機にニヤリとほくそ笑む。
そして、自身の不敵な笑みに
ギョッと怖気付いたヘリオにでは無く、
彼はあえて、もう対話は終わったとばかりに
我関せずな顔をしていたベリルへと問うた。
「貴方は分かりますか? ベリル?」
「ん……」
不意に戻ってきた回答権に驚きつつも、
ベリルは畳んだ翼を揺らつかせて思考する。
そうして馬車を引く歯車の音に耳を傾けると、
彼なりの答えを一つ用意した。
「帝国側に飛行船の発着場が無いんじゃない?」
「ふふ。何故そう思うのです?」
「帝国と魔導大国は――仲が悪いから」
「流石、大正解です!」
普段こういった問いでは
中々満点を出してくれないギドだったが、
今回ばかりは満面の笑みでベリルを称えた。
そして彼はそのまま流れるように、
帝国と飛行船にまつわる解説を添えるのだった。
「基本飛行船はセグルアから購入する物ですが、
元々かの国とチョーカとでは地形的な相性が悪い
両国の間には巨大な山脈が寝そべっています」
「飛行船でも越えられないの?」
「うーん……輸送物が皆無なら或いは?
そこの所はどうなのですか? 情報管理官殿?」
「ん? んんー」
「いいよ話して」
「然らば失敬。最新型なら理論上は越えられますぞ
しかしやはり積荷込みでは厳しいのが現実……
仮に軍隊を乗せようものなら、終点は岩壁ですな」
「魔導大国が落ち目の帝国に宣戦布告しないのは
この辺りも要因の一つとなっているでしょう」
「なるほどね……」
平和な外交的にも、先を見据えた軍事的にも、
セグルアがチョーカに対して
飛行船の技術を提供する理由が無い。
ベリルはその状況を解説の中から読み取った。
だが利口な彼は同時に一つの疑問を思い浮かべる。
推定、セグルアから技術提供を受けたと思われる、
オラクロン大公国の立場についてだった。
「公国はなんで飛行船の技術を持ってるの?
大公は、元々チョーカ帝国側の人なのに」
「……ふむ」
いい質問ですね、と言いかけた口を閉ざし、
ギドはしばらく考え込むようなポーズを取った。
そうこうしている内にまたブルーノが
口を挟んでくるかとベリルは待ち構えたが、
どうやらこの件に関しては流石に知らないらしく、
彼もまたギドが口を開くのをじっと待っていた。
そうしてしばらく沈黙の時間が流れると、
ギドはようやく考えを纏めた様子で開口する。
「これは完全に私の推察ですが……
恐らく大公には魔導大国とのパイプがあります」
「パイ、プ……?」
ふと、ベリルの脳裏に一人の顔が浮かぶ。
かつて魔導大国にて共に暮らした人間の女。
少年に復讐心をくれた哀れな女。
大公の口からその名が出た、不思議な女。
「モルガナ」
気付けばベリルはその名を口にしていた。
しかし今彼を養う魔物の保護者は、
そんな幼子の連想ゲームを強制的に止めさせる。
多分今君が考えている事は間違いだと、
どこか駆け足な前置きを添えながら。
「大公と魔導大国を繋いでいるような人物なら、
きっとその生活は一般人の何百倍も豊かです」
(……それもそっか)
妙な納得感に思考を掻き消され、
ベリルは浅い溜め息と共に深々と座り直す。
何故かモルガナの事を知っていた大公オスカー。
彼の秘密が少しでも垣間見えるのではと思ったが、
残念ながらそう現実は甘くないらしい。
(手掛かりが掴めた気がしたのになぁ……)
ベリルにとってこの十年間は、
人間への嫌悪感を持ち続けながらも
大公のために尽くしてきた不満の日々。
いつまで経っても彼が望む報酬は手に入らず、
魔物としての立場が好転するような兆しは
彼目線からは一つたりとも見出せないでいた。
やがてその不満は苛立ちへと変わり、
果たせぬ復讐を求める気持ちが焦りを生む。
特に今彼の心を占有していたのは、
既に想い出の大半がロストしてしまった
儚い桃髪の少女の後ろ姿だった。
(……ねぇギド?)
(なんですかベリル?)
(もし万博の期間中にさ、チャンスがあったら――)
会話相手にしか届かない声量で、
少年は菓子でも強請るかのように呟いた。
(大公の事、殺していい?)
臆面もなく語られるその提案に
流石のギドも驚いたようで目を丸くする。
(……無計画なテロは『その後』が続きませんが)
まず最初に帰ってきた言葉は否定の言葉だった。
そしてそれはベリルにとっても予想通りで、
やっぱり止められてしまうのか、と
心の中でさっさと諦めようとした。
だが、そんな彼の内心を読んだのか否か、
ギドはすぐさま続く言葉を紡いで渡す。
(やりたいのならお好きにどうぞ?)
(――!? ほんとに?)
(ええ。今ならもう計画に支障はありません)
何かを決心したかのようにギドはそう呟いた。
そんな彼の言葉に力を貰ったようで、
魔物の仔は再び大公の馬車に目を向ける。
決して表には出せない、黒い殺意を胸にして。
(大公は、必ず殺す――)
~~~~
とはいえすぐに好機が訪れる訳でも無い。
ベリルとて無謀な特攻をする気は無く、
瞬く間に帝国への旅は八日が経過していた。
現在地点は帝国領内の森林地帯。
人里からは遠く離れた深い森の中だった。
「思いの外、遅れているな」
「申し訳ございません陛下。急がせますか?」
「いや。しばらくは舗装もされていない荒道が続く
この辺りでそろそろ馬を休ませよう」
「はっ。今日はここまでだ! テントを張るぞ!」
森の中でガネットの指示が飛び、
同行する者たちが野営の準備を始める。
この数日でベリルが散々思い知ったのは
十年味方として見てきた者たちの動きの良さ。
そして親衛隊長の隙の無さだった。
(ガネットさんが居る時は手出し出来ないな……)
「ベリル殿。君も薪集めを手伝ってきてください」
「……はーい」
ガネットの指示に従いベリルも森に入る。
少年の後ろ姿を親衛隊長も無言で見守るが、
不意にそんな彼の背に一人の女が語り掛ける。
魔物たちの事情を何も聞かされていない、
給仕として同行していた人間だった。
「あの……ガネット殿? あの少年は一体?」
「最初に説明したでしょう? 大公の親戚です」
「そ、それは承知していますが……その……
一緒に食事は取られないのですか?」
「……」
移動が始まってから早八日、
ベリルは勿論、彼と同じ馬車の者たちは
一度も人間たちと一緒に食事を取らなかった。
魔物なのだから当然ではあったのだが、
事情を知らない者からすれば
不思議で、不気味で、仕方無かっただろう。
しかしガネットは動じるどころかむしろ、
呆れたような演技を添えつつ説明を始める。
予め用意しておいた台本に則って。
「あの馬車の方々は陛下の親戚かご友人だ
万が一を考慮し、接触を最小限にしている」
「は、はぁ……」
「それに食事自体は運んでいるだろう?」
「はい。ブルーノ様という方がお取りに……
ですが……正直量が少なすぎる気が……」
「君、貴族が全員暴食だと思ってます?」
「い、いえそんな! 滅相もない!」
「ならば失礼な邪推です。以後口に出さぬように」
「はい! ご無礼をお許しください!」
壊れた玩具のように平身低頭して女は詫びる。
そして己の失礼を取り返さんと
彼女は給仕の仕事に今まで以上に精を出していた。
そうして一先ず疑念を押し込めたガネットは
誰にも見られない角度でそっと胸を撫で下ろす。
(このまま無事に隠し通せると良いが……)
オラクロン大公国から、
帝国万博開催地までは馬車で移動し三十日。
その内今日までで踏破した八日間の旅は、
人里離れた森林地帯を進んだだけ。
真のチョーカ帝国領に足を踏み入れるのは
明日以降という事になる。
無論戦いに行く訳では無いのだから
そこまで警戒する必要は無いのかもしれない。
だがやはり隣国の領内をあと二十日近くも
移動しなければならない事と考えると、
やはり親衛隊長としては自然に気が引き締まる。
絶対に隠し通さねばならない魔物を
複数匹抱えているともなれば尚更だろう。
(魔物の必要食事量は一ヶ月に最低大人一人
しかしあくまでこれは節制した場合の話……)
旅とは当然帰路の事も考えねばならず、
そして今回の場合は往復五十日近くの長丁場。
仮に出発前に十分補給していたとしても、
必ずどこかで魔物たちは人を食う必要があった。
加えて仮に激しい戦闘が発生した場合、
魔物たちも消耗した分を更に補う食事が要る。
予想外の戦闘が起きれば起きるほど、
公国が抱える特殊部隊の兵糧は確実に不足する。
(補給部隊の指揮官になった気分だな……
まぁ幸い、この件は既に陛下が対策されている)
そう心の中で呟くガネットは
導かれるように魔物たちの乗る馬車へと近付き、
その側面の装飾に施された隠し戸を僅かに開けた。
真っ暗なその中から漏れ出るのは氷の冷気。
そして外部の僅かな光に照らされ垣間見えたのは
袋で小分けにされた『魔物専用携帯食』だった。
公国から持ち込まれた二ヶ月分の生の肉。
ガネット自身すっかり見慣れた赤い肉だった。
(……慣れとは怖いものだな)
「もし。親衛隊長殿?」
「ん? ギド殿? いかがされました?」
「……少し、森が騒がしい気が」
「――!」
〜〜森の中〜〜
「雨でも降ったのかな? この辺のは駄目そう」
湿った木の枝を投げ捨てて
ベリルは森の更に奥の方へと歩みを進める。
既に辺りは薄暗さを見せ始めており、
赤紫色に染まった空と陽光を遮る木々の黒さが
森全体を異様な気配で包み込んでいるようだった。
しかし魔物の血が入っているベリルにとって
自分よりも危険な存在など早々いない。
故にその足取りは町中の時と同じくらい軽く、
恐れを知らない両の瞳は他に目もくれず薪を探す。
「薪〜? 薪〜? ま〜き〜」
「…………」
「あ、いい感じの棒だ。えー、あげたくないな」
「…………」
「しばらく使おっと。――で、そこの人なんか用?」
「……!?」
背後の気配に向けてベリルは問う。
同時にその気配は明らかに激しい動揺を見せ、
足元にあった木の枝をパキリと鳴らすヘマをした。
そんな気配に冷めた視線を差し向けつつ、
ベリルは面倒臭そうに頭を掻きながら更に続けた。
「一応言っとくけど僕はオラクロン大公国のヒト
僕に手を出すのはかなりリスクがあるけど?」
「……」
(これで退いてくれれば楽なんだけど)
ベリルの意に反し、
気配の主はそっと木陰から身を乗り出す。
襤褸切れのような黒衣の外套に檻のような仮面。
外見からは性別は勿論、人か魔物かも分からない。
しかしたった一つ、その手に持つ、
恐らく氷の魔法で出来た剥き出しの大剣が、
正体不明のその存在にも戦闘意思がある事を
分かりやすく伝えていた。
「はぁ……やるんだね?」
応答の声は無く、ただ氷剣の一閃が落葉を裂く。
しかし黒衣の氷剣士が気付いた時には既に、
目の前の不気味な少年は彼の頭上を飛んでいた。
明らかに人体の部位ではない、黒翼を羽ばたかせ。
「……!?」
「じゃあ次、僕の番」
天魔はすぐさま愛用の武器を抜く。
その行動に襲撃者は慌てて防御の構えを取った。
が、それでも仰々しく抜いた少年の武器が
刃の欠けた軍用ナイフである事に気が付くと、
黒衣の仮称『彼』は攻め時と断じて攻勢に転じる。
そうして両者の距離は瞬く間に縮まり、
黒衣の彼は大剣の切っ先を少年に向けた。
がしかし、先に少年の武器が相手の肉を刺す。
「ッ――!?」
刃渡りの長さからして、先に届くのは氷剣の方。
そう断じていたからこそ剣士は攻めに転じた。
しかしそれこそが少年の仕掛けた巧妙な罠。
彼の持つ欠けたナイフはいつの間にか、
無数の刃根によって刃渡りが大きく伸びていた。
「黒羽刀――『叢黒』」
「っ……」
「言ったでしょ? 今は僕の番だよ」
「……フッ」
黒衣の剣士は大きく飛び退き体勢を立て直す。
ベリルの『叢黒』に貫かれたのは左肩。
剣を携える右手はまだ動く。
故にその闘志に陰りはまだ見えない。
それどころかむしろ、余裕すら感じられた。
(気味の悪い奴……さっさと片付けちゃおう)
黒羽刀を下段に構え、ベリルは素早く斬り掛かる。
赤紫に染まる不気味な森での真剣勝負。
氷剣と黒刀が切り結ぶ度に
鮮やかな魔力の火花が爆ぜて散った。
天魔はフワリと軽やかに空へ立ち、
黒衣の剣士はそれを追って足場の木を蹴飛ばす。
そうして素早い打ち合いが繰り広げられる中、
不意に剣士の氷剣がベリルの頬を僅かに掠めた。
(危なっ! けどこの程度なら――!)
「フッ――」
刹那、ベリルの視界が突然ボヤける。
同時に彼の全身は突然重さを増し、
羽ばたく翼の動きが途端に活力を失う。
(まさか、毒!?)
気付いた時には既に、
襲撃者は満身創痍のベリルの前に立つ。
そして黒衣の彼は少年の耳元に
そっと仮面を近づけ囁くのだった。
「――我らは甘く、そして冷たい」
(? 何を、言って……)
毒の力に耐え切れず、
ベリルはそのまま緩やかに意識を失った。
そうして自身の眼前に倒れた魔物の少年を、
仮面の氷剣士はしばらく眺めて観察するが、
すぐに殺すという決断を下す。
振り上げられた氷剣に、強い魔力が込められた。
だがその直後、
彼の後方から爆発の閃光と衝撃波が差し迫る。
鋭い閃光は仮面越しの目を刺して、
凄まじい衝撃波は黒衣の体を強く押した。
またその直後から森の各地からは怒声が飛び、
黒衣の氷剣士は口惜しそうに撤退を選ぶ。
やがてそれらの喧騒も静まった後に、
現場には一人の人影が立ち寄った。
それは白いマントを羽織った茶髪の女性。
彼女は倒れる少年に気が付くと、
口元に狂気的な笑みを浮かべるのだった。




