壱頁目 白駒の隙
――盛者必衰。
かつて栄えた王国たちは見るも無惨に崩壊する。
きっかけは……果たして何だったのだろう。
財政の悪化。国王への不信。防衛力の低下。
きっとそのどれも正しく、どれも違う。
直接の要因は『外敵』による征服。
ならばその外敵が生まれた原因こそ、
件の王国たちが滅びたきっかけに他ならない。
そして――嗚呼やはり、身から出た錆。
その外敵が生まれてしまったのは
身勝手な王国たちの驕りによるものだ。
外敵の前身。
国としての形を成す前の名は『北限開拓軍』。
彼らは諸王国の命により寄せ集められた農夫の群れ。
冬は寒く凍える大陸北部の荒れ果てた土地を
限界に達するその時まで拓くための組織。
報酬は――開墾した土地の所有権。
自分たちで切り拓いた土地は自分たちの物。
その後にその土地で何をしようとも彼らの勝手。
努力量が直接報酬に繋がる、素敵な口約束だった。
農夫たちは励んだ。開拓軍は北へ走った。
魔導機構なんて無かった時代。
魔物も多く蔓延っていた最悪の時代。
彼らは励んだ。彼らは戦った。彼らは拓いた。
――それが無駄な努力だと思い知るまで。
大陸北部の大地は、
農作物もまともに育たない荒れ地だった。
そこをいくら開墾したところで、
大した成果物など早々出て来やしない。
耕された土地に草花が芽吹く頃にはきっと、
開拓軍のメンバーで生きている者はいないだろう。
諸王国はそれを知っていた。
むしろそうであって欲しいとすら願っていた。
何故なら彼らの目的は『その後の大地』。
最もコストの掛かる初期開拓を農奴に任せ、
彼らが力尽きたタイミングで
ある程度開拓の進んだ土地を奪う計画だった。
なんとも残忍で、それでいてなんとも利口。
頭の良い人間はいつも特等席で笑ってる。
「――立ち上がろう」
一人の男が声を上げた。
後にその国をまとめ上げる天才が、
連なる長い歴史のスタート地点に現れた。
傲慢な王たちの計画を読み切った男は
地獄を味わった仲間たちと共に反旗を翻す。
それは後世の歴史家たちすら困惑するほど、
勝算ゼロの無謀な戦い。
けれども彼らは止まらなかった。
燃える心。開拓で鍛えた知恵と武力。
諸王国間に生じていた僅かな不和。
そして開拓軍に賛同する多くの国民たち。
決して楽な戦いでは無かった。
全てが上手くいった訳でも無かった。
それでも遂に、彼らは成し遂げた。
北限開拓に関与していた全ての王国を、
彼らは降伏させるか、征服した。
かつて栄えた王国たちは見るも無惨に崩壊する。
要因はやはり、外敵による征服。
諸王国を滅ぼし、取り込み、肥大化して、
やがて彼らは人類圏最大国家を築き上げる。
北限開拓軍改めその名は――『チョーカ帝国』。
革命を先導した男は初代皇帝と呼ばれ、
その後約八千年も続く大帝国の基礎を創る。
輝かしい歴史。他を圧倒する文化。
上から下まで溢れる優秀な人材たち。
帝国は繁栄した。絶頂を極めた。
魔界に魔王軍あれば人界にチョーカあり。
そう呼ばれて、褒め称えられるほどに。
帝国は長い歴史の中で繁栄の臨界を叩く。
そして、嗚呼悲しきかな――盛者は必衰。
長い年月が熱き帝国の魂を腐敗させた。
勇者への不義理。共通敵の消滅。
魔導大国の台頭と、移り変わる時代。
そしてそこから始まった全ての歪みが、
まるで噛み合った歯車のように連動する。
秒読みの心臓。瀕死の病人。落葉の帝国。
チョーカは滅亡の危機に瀕していた。
「どーれーにーしーよーおーかーなー?」
器一杯に盛られたライチの実を
頬杖を突く美女が指先で艶やかに選ぶ。
恍惚とした表情は全体的に幼げでありつつも
どこか扇情的な妖しさを醸し出していて、
青いドレスから垣間見える美しい素肌は
まるで宝石のような魅力を有していた。
やがて美女は重なるライチの隙間を指でなぞり、
器の下方へと手を伸ばすと、
樹の実の山の中へ細い腕を突き刺し
その深奥に眠る一番小さな一つを取った。
「ふふっ。まるで全ては『あみだくじ』」
見つめたライチの実を
彼女はひょいと軽快に口へ放った。
丁度その時隣の部屋から赤子の泣き声が響き、
忙しく動き始めた侍女たちを眺めて彼女は笑った。
「泣かないの。私の可愛い皇帝陛下」
庭の花が風に攫われ花弁を散らす。
ゆらりふわりと舞い上がるその一枚一枚を、
塀の向こうから黒いマントに身を包む
茶髪の男が見上げていた。
此処は落葉の帝国『チョーカ』。
あの葉が全て散り落ちてしまうその前に、
過去の栄華を夢想し再起を図る瀕死の病人。
世界を巻き込む、一大事件の仕掛け人。
〜〜現在・魔王討伐から十六年後〜〜
真昼の光が街並みを照らす。
煉瓦と歯車とで彩られた焦げ茶色の街を、
気持ちの良い青空と白い太陽とが彩っている。
此処は新興国オラクロン。『オラクロン大公国』。
統治する国土それ自体は控えめなれど、
世界中に巨大な影響を与える商業の中心地。
元勇者パーティ戦士ヴェルデ・クラックの
引き起こした『クラック兇変』から丁度十年。
この地は今も大国間の緩衝材として機能していた。
「相変わらず、通りの賑わいは凄まじいですなぁ」
「そうだね」
「我輩が加入してから早くも十年ですか!」
「そうね」
「オラクロンはずっと右肩上がりで発展しましたな」
「そね」
「だんだん返事がテキトーになってません?」
「ねー」
「ああもう全然聞いてすらいない!?」
細身なチョビ髭ツーブロックの男が
己の前を征く『子供』に抗議する。
自分の腰元ほどの身長しかない、
艶のある黒髪が美しい童顔の少年に向けて。
しかしその深山幽谷の如き深緑の瞳が
こちらに向く事が無いと悟ると
男は両肩を僅かに持ち上げ、
一方的に会話を続行した。
「いやはしかし、本当に平和ですなー」
「喧嘩だぁー! そこの路地で始まったぞ!」
「……如何します?」
「無視で良いよあんなの」
「左様ですか? いや平和ですなー」
「泥棒ーッ! 誰かソイツを捕まえてくれぇ!」
「……如何します?」
「警察権力に任せれば?」
「左様ですね。いや平――」
「馬車の横転事故だ! 誰か……誰か来てくれー!」
「あの……」
「僕らの仕事じゃないね」
あくまで平和という事にして、
少年は僅かばかりも止まろうとはせず歩き続けた。
その小さな背中には一切の未練は無く、
そして半ば虚ろなその瞳からは
周囲への興味関心が欠片ほども感じられ無かった。
が次の瞬間、そんな彼の目の色が変わる。
彼の瞳が捉えたのは人混みを避けて
路地裏に侵入する一人の男。
至って平凡な見た目のただの旅人であった。
しかし少年の瞳は既に、獲物を狩る猛獣のソレ。
「ブルーノさん。人払い任せた」
「――! お時間は?」
「二分」
「承知。ご武運を、隊長代理」
年上部下の激励も受け取らず、
少年は素早く人混みを抜けて路地裏に飛び込んだ。
即座にその目は薄暗い環境にも慣れて、
彼は目当ての人間の驚愕する横顔を目視する。
「が、ガキか……ちっ、驚かせやがって!」
「おじさん。見た事ある」
「はぁ?」
「手配書にあった顔。国境警備の人は無能だね」
「っ! 何なんだお前……!」
旅人を装う罪人は
ほとんど反射的に懐の暗器へ手を伸ばす。
が、そんな男の手の甲を、
暗がりから迫る何かが素早く斬り裂いた。
気付いた時にはもう傷口からは血が飛び出し、
数秒遅れて激痛が男の脳を混乱させる。
(斬られた!? ナイフ? どこから!?)
「あー、血痕が残ると掃除が大変なんだった」
「ッ……! 舐めてんじゃねぇぞガキがぁ!」
負傷しているにも関わらず、
いやむしろ負傷して興奮しているからこそ、
男は己の拳に全幅の信頼を置き飛び込んだ。
眼前の不気味な少年との体格差は明白。
これが一番勝率の高い戦法だと確信していた。
だがそれは下策も下策。
黒髪の少年は顔面に迫る拳に片手を添えて
必要最小限の動きだけでそれを捌くと、
空いたもう片手の肘打ちを相手の胸に叩き込む。
その威力は男が予想していた範囲の遥か上。
充分に勢いのついたカウンターであったとはいえ、
少年の刺した肘は敵の胸骨にヒビを入れていた。
無論そこから波及する激痛は語るまでも無く、
罪人は開いた大口から胃液を吐いて背を丸めた。
そうして苦しむ男の腕を掴んで離さない少年は、
その腕をそっと自分の方へと引きずり込む。
刹那、少年は真横の壁を足場に駆け上がると
背骨の浮き上がった無防備な背中に
トドメの回し蹴りを炸裂させた。
骨の砕ける音が、暗い路地裏に響き渡る。
(ぐぅっ!? こいつ、訓練されてやがる……!)
「制圧」
(しかもっ、なんだこの腕力!?)
手を斬られ、胸を打たれ、背骨を折られた。
既に満身創痍なのは疑いようも無い事実。
しかし仮にそれらが無かったとしても
男は自身を押さえつけるこの少年の腕を
振り払えないと確信していた。
まるで獅子に睨まれた兎の如く、
男は生物的な恐怖を胸の奥底に感じていた。
故に――
「魔導機構ァ……!」
――彼はここで奥の手を切る判断を下す。
男が余力全てを注ぎ込み叫んだのと同時に、
その服の下からは四本の鋼の触腕が飛び出した。
そしてそれらは動けない男の手足となって、
謎の少年が飛び退いたのと同時に
主人をこの場から逃そうと機能し始めた。
(ふっー、ふっー! 噂に聞いた公国の闇……!
あんなガキが? いや今は生存最優先ッ!)
鋼の四肢を交互に壁に打ち込みながら、
まるで蜘蛛のように男は素早く駆け抜ける。
薄暗い路地の裏から眩く光る通りを目指して。
やがてその距離は見る見ると縮まっていき、
遂には手を伸ばせば届く所まで辿り着く。
が、そんな男の希望を圧し折るかのように、
彼の視界をヒラリと舞い落ちる黒い羽が妨げた。
「――っ!?」
直後、機械仕掛けの触腕は粉々に斬り刻まれ、
同時に男の全身が黒羽に押される。
それは数にして二十枚以上。
一つ一つは非力でも、連なった羽は
大の大人を動かすほどの力を持っていた。
そうして路地裏へと引き戻された男は、
そのまま背中から地面に叩きつけられる。
この時男の全身を襲った痛みはさながら雷撃。
そしてカッと見開く男の瞳が捉えたのは、
青空を背に黒翼を広げる少年のシルエットだった。
「は……? え? どういう……?」
(シェナが死んでから、もう十年)
「翼……? なんっ、魔法……?」
(そして魔王軍が負けて、十六年)
「――! まさか……魔物!?」
(人類の大半は僕らをとっくに『過去』にした)
差し向けられた二枚の刃根が、
男の首筋をサッと掻き斬り絶命させた。
そうして指名手配犯は力なく落ち、
直後に事情を知る公国の人間が現着する。
「ご苦労だった。ベリル代理」
「ん。後は任せたよ。ガネット監督官」
「ああ。……あぁそれと大公陛下がお呼びだ」
「はいはい。すぐ参上致します」
現場を片付ける人間たちに背を向けて、
フードで顔を隠す少年はその場を後にする。
その目に尽きぬ復讐の業火を宿らせて。
(こっちは忘れてやるもんか……)
〜〜執務室〜〜
開放した窓から差し込む僅かな光が、
カーテンを揺らすそよ風と共に入室する。
心地良い感覚が全身を突き抜けるその空間は、
最早魔物たちにとっても慣れ親しんだ物だった。
その事実を全身で表現するかのように、
長机を挟んで大公と向き合うギドは
紅茶の入ったカップを傾け、笑みを浮かべる。
「……すみません陛下。やはり紅茶は無理です」
「だろうな。むしろ何故飲もうと思った?」
「人前に出た時用に舌を慣らそうと思いまして……
苦い酒しか飲めないのは流石に不自然でしょう?」
「今更だな。十年隠せたのなら問題無かろう」
「そうもいきません。何せ――」
『――ベリルです。ただいま戻りました』
「お。ようやく全員揃いましたね」
「の、ようだな」
扉の向こうからの声に反応し、
二人はほとんど同時に立ち上がる。
そしてそんな彼らを囲むように、
先に到着していた三匹の魔物たちも顔を上げて
己の真の主を出迎えたのだった。
焔魔のペツ。瞳魔のセルス。海魔のヘリオ。
この十年間に新たな増員は無かったが、
同時に一人の欠員も出さずにやって来れた。
その事実を熱烈な歓迎と共に受け止めながら、
成長した天魔は奥の席に戻った大公に頭を垂れる。
「ご無沙汰しております。ビクスバイト大公陛下」
「また背が伸びたようだな小僧。ふん、座れ」
「御意に」
「……では早速、本題に入るとしよう」
クラック兇変から十年。
オラクロン大公国は正に安泰そのもの。
国を脅かす脅威がゼロという訳でも無かったが、
それら全ての災禍は魔物たちにより遊撃される。
そうして誰一人として欠ける事無く、
彼らは今もこうして卓を囲む事が出来ていた。
対して世界の方はというと、やはり変化があった。
まず魔導大国セグルア。
魔導機構の開発国であるかの地は
丁度十年前に統治体制が大きく変わる。
国の発展に尽力してきたとある老魔法使いが、
国王に変わり新たな支配者になったというのだ。
とはいえ既存の外交関係に大きな変化は無く、
この事件がオラクロンに与えた影響は
そよ風に吹かれるより少なかったらしい。
次に変化が大きかったのは、冒険者ギルド。
砂漠の大国『ナバール朝』くらいにしか
いよいよ野生の魔物が出没しなくなった現在、
かつて魔物討伐をお題目に集った冒険者たちは
その働き方を大きく見直す必要に迫られたという。
だが大公の口からその詳細が語られる事は無く、
また不用意に関わる気の無かったベリルは、
ギルドの魔物討伐に掛ける規模や
熱量が縮小した程度の認識でこの話を流す。
そして、三つ目となる大きな変化。
今回魔物たちが集められたその主目的。
本題とも呼べるその変化について
大公は自らの口から説明した。
「チョーカ帝国に内乱の兆しがある」
冷淡に、しかし厳かに大公はそう告げる。
だがそれに対して魔物たちは
大きく驚く事もせず淡々と情報を咀嚼していた。
そしてそんな彼らの誰かが口を開くよりも先に、
同席していたブルーノが溜め息混じりに応答する。
「遂に、ですな」
「ああ。むしろ遅いくらいだ」
公国はその展開を予想していた。
否、彼らだけでは無い。
アンテナを張る諸外国全てが、
帝国の内紛をずっと予感していた。
理由は単純。
民衆たちによる支配層への不信だ。
過去に勇者パーティが行った宰相不正の追及。
そこから始まった滅亡のメロディが
遂にサビへと突入したのだ。
無論、既に帝国から独立している公国からすれば
その内乱は隣国とはいえ対岸の火事。
普段ならば情報収集にのみ努め、
甘い汁の吸える工作を行えるかどうかを
安全圏から伺うに留めめていただろう。
しかし、今だけは少しばかり状況が違う。
何故なら今は例のイベントが直近に迫っていた。
「『帝国万博』」
浮かんだ単語をベリルは不意に吐き出した。
すると大公は心底面倒臭そうに吐息を漏らし、
体が椅子に触れる面積を増やして頬杖を突いた。
「小僧の言う通りだ……私は近々、
その内乱目前の国に行かねばならない」
「……キャンセル出来ないのですか?
むしろ帝国側が慌てて中止にするのでは?」
「それはあり得ませんね、情報管理官殿
そんなプライドより実利を取れるような国なら
そもそも内乱の気配すら出させませんよ」
「悲しいが……ギド隊長の言う通りだな」
大公曰く、
帝国側は国内の不穏な気配を認めていない。
間違いなく認識している者がいるはずなのに、
肝心の宰相府は『問題なし』と宣言する。
話題になった内乱の兆しとされる揉め事が、
中央に叛意を見せた人々の居たその場所が、
辺境のとても小さな村々だったからだ。
税の取り立てに来た役人との小競り合い。
そこから発展した関所の破壊と徹底抗戦。
周辺の村も巻き込んで騒動は拡大こそしたが、
帝国領土もまたそれを些事にするほど巨大。
帝国万博の開催地と問題の村とでは、
オラクロン大公国二個分の距離があった。
「反乱分子の抵抗力も徐々に削がれていると聞く
問題なしという見解も、まぁ理解出来なくはない」
「腐っても大国なんだね……」
「うむ。伊達に八千年も続いてはいないという事か
だがやはり、万博への参加には万全を期す」
そう呟いたかと思えば、
大公は魔物たちの顔を一つ一つ見回し、
やがて真っ直ぐベリルに目を向けた。
「予定通り、万博には災禍遊撃隊全員を連れて行く」
その命令に、異議を唱える者は居なかった。
兵器と軍を引き連れて帝国に入れる訳も無く、
チョーカの大地を踏めるのは親衛隊と
長旅を支える僅かな従者のみ。
そんな状況で戦力を確保しようと思えば、
魔物たちの動員は必然であったからだ。
「出発は一週間後だ。準備は怠るなよ、小僧」
「承知しました、大公陛下」
冷めきった瞳が上司を見つめ、
小さな唇が上辺だけの忠誠心を口にした。
ベリルにとってこのイベントは完全に興味の外。
これまで熟してきたいつもの任務と
そう変わらない熱量しか持ち合わせていなかった。
が、そんな彼の心中を察したのだろう。
少年の無感情な横顔をしばらく眺めていたギドが
不意に割って入るようにして大公に問い掛ける。
「それで、道中の移動は何をお使いに?」
「馬車だ」
「ふむ。開催地まではどのくらい掛かりますか?」
「日数か? 予定では――三十日だが?」
思わずベリルは目を丸くした。
ほとんどオラクロン国内の移動しか
してこなかった齢十五の少年にとっては
三十日も掛かる長旅など想像出来ていなかった。
そしてそんな反応を見せるベリルに
ギドは「やはりな」といった表情を浮かべると、
いつもの笑顔を貼り付け、最重要事項を口にした。
「では道中の、我々の食事も考えねばですね!」
「――!」
「だな。問題が無いようこちらで手配はしよう」
「それは良かった! 万博開催まであと四十日弱!
開催期間中は当然帝国中央で過ごす事になる!
八千年も続いた人類圏最大国家の腹の中!
しっかり『準備』しないとですね! ベリル!」
「ぁ……うん……」
ようやく事態の重さを認識し、
今度は小さく丸まった背中で少年は答えた。
ともあれかくして魔物たちの帝国行きは決定する。
其処は開拓によって築かれた『人』の世界。
多くの不穏と爆弾を胸の内に抱えて、
今尚世界に君臨する落葉の巨木。
帝国万博という名の一大イベントに誘われて、
世界各地から十人十色な曲者が揃う。
やがてそれらは国内の派閥争いと混ざり合い、
ただ一色の、黒へと染まる事だろう。




