弐拾弐頁目 全二重
〜〜〜〜
凍てつく寒さが肌を突き刺す暗い夜。
一人の女が帰路に就く。
名をモルガナ。一年前の出来事だ。
疲労を肩に乗せた女は
弱々しい足取りで愛用の台車を押す。
廃棄された機材が山のように積まれたそれは
見る者が見れば宝の山だと喜ぶだろう。
しかしモルガナは違った。
この時の彼女の眼は夜より暗く濁っていた。
何故ならその台車の中には
彼女の求める物は無かったから。
家に戻った彼女が台車の隠し底を開けると、
其処にはもう何日も前に拭い取られた
血の汚れだけがあった。
「モルガナ?」
「ベリル……もう寝なさい」
この日、モルガナは食料を調達出来なかった。
否、しくじったのはこの日だけでは無い。
「今日もごはんは無しよ……我慢なさい……」
彼女は能動的に人を殺している訳では無い。
自殺者を見つけてその死体を集めていた。
故に毎回そう都合良く食事は用意出来ない。
自殺者が見つからない日もある。
先に清掃業者に回収された日だってある。
そんな日々が、かれこれ二週間続いていた。
「何見てるのよ? 早く寝なさい」
「……寒い」
暗く冷たい冬の夜。
~~~~
ふとベリルは目を覚ます。
長い夢を見ていたようだと自覚する。
それと同時に、彼は死の接近を予感した。
仰向けの体はピクリとも動かず、
全身には吹雪が運ぶ雪が積もっている。
彼は今猛吹雪の中で死にかけていた。
(あれ……なんで……こんな――)
「――ベリル!!」
そんな彼の虚ろな視界に見知った顔が入り込む。
焦りに焦った桃髪の少女。シェナだ。
彼女はすぐに雪の中から少年を救出すると、
複数の魔法光線が飛び交う戦場から
ベリルをおぶって離脱を図る。
「シェ……ナ……? ここは、どこ?」
「アンタの記憶は食べて無いんだけど?
……ったく、この先に寒波を凌げる洞窟がある!
そこへ着くまでに任務の事思い出しなさい!」
「任、務……」
揺れる姉の背に温もりを感じつつ、
ようやくベリルの意識は戻り始めた。
それは今から約一週間前の事。
~~公国宮殿・執務室~~
気候の変化が激しいオラクロン大公国は
数日前から冬本番に差し掛かり、
いつもの執務室も防寒仕様で
眠くなるほどの暖気に包み込まれていた。
が、そんなどこまでも緩み兼ねない空気を
ギドの驚く声が引き締め直す。
「『神の毒』が発掘された!?」
「あぁ。ナバール朝の未攻略迷宮内でな」
「ん? ん??」
大人たちの会話に付いて行けず、
ベリルは二人の顔を交互に見回し
目をパチパチと開閉させた。
その無言の訴えに気付いたギドは、
柔らかな笑みを浮かべて捕捉した。
「魔力侵蝕呪石『神の毒』……
魔力に感染し術者を殺す超古代文明の遺物です」
「魔力に感染……その石?の近くで魔法を使うと
使った人が病気になっちゃうって事?」
「概ねそんな所だ小僧。そしてその石は
かつて魔王軍四天王の一角を落とすために
現存する物は全て消費されたはずだった」
「――!?」
不意に与えられた情報にベリルは驚愕し、
そして隣のギドは無反応という対応をする。
やがてその両極端な反応を一通り観察すると
大公は飲料を口に運びつつ優雅に続けた。
「今回それを発掘したのはチョーカの人間……
故に帝国は、所有権は自分たちにあると主張し、
既に一週間後、帝国領内へ移送する事を決めた」
「? ナバール朝内での出土品でしょう?
所有権は砂漠の大国が有するのでは?」
「確かに遺跡調査中の発掘なら全てナバールの物だ
だが今回は迷宮攻略時の副次的な成果物
戦利品は攻略を成し遂げた冒険者に贈られる」
「フッ……屁理屈ですね」
当時の大国間でどのような議論がされたのか、
魔物たちの長は妄想を膨らませて嘲笑う。
その嘲笑に大公は同意でも否定するでも無く、
今後はまたその辺りの法律も変わるだろうなと
ただ自分の意見を添えて話を未来に進める。
「帝国は公国からも護衛を出すよう要求してきた」
「陸路ならばガッツリ通り道ですからねぇ〜
では今回の任務は『神の毒』の護送ですか」
「いや違う。逆だ」
「は? 逆?」
「貴様らは護送部隊を攻撃し『石』を奪え」
「ッ!?」
今度の言葉にはギドが驚愕し、
ベリルは水を飲めるくらい冷静だった。
そして絶句してしまった保護者の代わりに
魔物の仔が思い浮かんだ疑問を投げる。
「大公って元々チョーカの人でしょ?
そんな事して良いの?」
「神の毒が他国に渡るのを何故見過ごす?
私はとっくに独立しているのだぞ
理屈が通らんのは未だ上司面な帝国の方だ」
「……もう皇帝への忠誠心は無いのですね?」
驚きの絶句から回復したギドが
呼吸を整えつつそう問い掛けると
大公は「皇帝、か……」と意味深に呟き、
隙間風の入り込む窓際まで移動した。
そしてカタカタと音を立てるガラスの前で、
彼は唇を重そうに持ち上げ、逆に問う。
「貴様らは現皇帝の御歳を知っているか?」
「……ちょっと追えて無いですね
なにせ、帝国の宮廷料理には何やら
素敵な隠し味の伝統があるようですので」
「迂遠な言い回しは不要だ
確かにここ四、五年で皇帝は七度変わっている」
「え!? そうなの、ギド?」
「はい。都合良く都合の悪い事故が重なりましてね!
それで? 現皇帝となられた方はお幾つですか?」
「四ヵ月」
「……ん? え?」
「生後四ヵ月の赤ん坊だ
即位式の時はまだ母親の腹の中に居た」
「「!!!?」」
今度は二人同時に絶句した。
そしてギドはあまりにも滑稽な帝国の内情に
遂に耐え切れず、いつもよりずっと魔物らしく
嘲り笑うように吹き出した。
「ぷっ! ぐふ……! これはこれは……!
チョーカ帝国とは巨大な揺り籠の名前でしたか!」
「人類圏最大の揺り籠だ。……とかく、
あの国にはもう忠誠心を捧げる相手は居ない」
そう語る大公の背は僅かに寂しそうだった。
だが魔物たちがそれを受けて
何かを指摘する暇すら潰してしまうように
大公はいつもの口調で改めて指示を出す。
「公国から出す護衛は全て別働隊の方に付く
撹乱のためそれらにも軽く襲撃は行って貰うが、
主力は本隊を叩き『神の毒』を奪取せよ」
かくして――
魔物たちによる移送部隊の襲撃作戦は発動された。
陽動の別働隊は公国内外の各地を進む四部隊。
内一つは海ルートなので海魔のヘリオが、
そして残る三つを大人の魔物たちが担当する。
公国正規軍を殺さず、正体の発覚も避け、
その上で襲撃を行う難しい役回りだからだ。
故に山道から『神の毒』を運ぶ本隊の対処は、
子供の魔物であるベリルとシェナが担当した。
幻惑の煙と記憶捕食。そして飛来する刃根。
殲滅が解禁されている戦場ならば
十分過ぎる勝算があった、はずだった――
「チョーカの底力を舐めるなよぉーッ!!」
例えトップが幼すぎたとしても、
それを利用する中枢が腐り切っていたとしても、
やはり優秀な人材とは居る所には居る物だ。
そして荒れ狂う冬の天候が両陣営を平等に襲い、
ベリルたちは吹雪の中にて孤立してしまう。
〜〜現在・洞穴の中〜〜
「何とか……吹雪は凌げそうね……」
ようやくつけた一段落を噛み締めるように
シェナは穴の向こうの銀世界に吐息を漏らす。
彼らの避難した穴蔵は思ったよりも狭く、
即座に危険も、そして使えそうな物も
皆無である事が一目で見て取れた。
「こりゃ当分は動けそうに無いわね」
「僕たち……これからどうなっちゃうんだろ?」
「は? 何言ってんの?」
「え?」
「私たちには追跡刻印があるじゃない」
そう言うとシェナは上着を持ち上げ、
胸の下に刻印の刻まれた素肌を露出させる。
その大胆な行動にベリルは思わず顔を背けるが、
対するシェナは彼の羞恥も全く気にせず
現状がどうなっているのかの解説のみを続けた。
追跡刻印がある以上、
二人の生存は最新の位置情報と共に
常に仲間の元へと届けられる。
大公が軍部まで動かすかは不明だが、
少なくともギドたちは助けに来てくれるだろう。
ならば、無理に動いてリスクを増やす意味は無い。
「つまり私らは救助が来るまでの数時間、
ここで死なないように耐えれば良いだけなのよ」
「そ、そっか……! ……ん?」
ベリルはふとシェナの肌に視線を奪われた。
しかしそれは彼女の体に見惚れての事では無い。
ちょうど鳩尾の真下辺りにもう一つ、
大公の付けた追跡刻印とは別に
シェナの体には小さな七芒星形の輝石が
埋め込まれていたからだった。
「……?」
寒くなってきたシェナが服を下ろす間、
彼はその異物を凝視し続けた。
だが放心にも近いその長い沈黙は
唇を尖らせたシェナによって氷解した。
「そんなジロジロ見られたら
流石にアンタでも恥ずかしいんだけど?」
「! ご、ごめん……」
~~~~
それから数時間。
二人は狭い洞窟の中で待ち続けた。
しかし待てども待てども救援の兆しは無く、
それどころか吹雪はより一層勢いを増し、
凍てつく風が痛すぎて既に洞穴の入り口から
顔を出す事すら困難になっていた。
これには流石のシェナも楽観視を止めて、
湧き上がる不安をギドらへの苛立ちとして
舌打ちと共に出力し始める。
「遅すぎ……ったく何してんのよ!」
「僕らの遭難が伝わるのに数時間……
ギドたちがやって来るのにまた数時間……
雪で作業が進んでないならもっと……」
「うっ……」
「あ、もしかしてこの追跡刻印
方角は分かっても高低差は分かんないんじゃ?」
「うわッそれありそう!」
前に人攫い組織にベリルが捕まった時は
地上が市街地だった事もあり
すぐに彼が地下にいると判断出来た。
しかし今は違う。雪山ではそうはいかない。
狭い洞窟は移動も少ないが入り口も小さい。
高低差の激しい雪山からそれを探し当てるのは
想像よりずっと難しいのかもしれない。
途端に怖くなってきたシェナは
外に何か目印でも立てようと入り口に向かう。
だが逆向きの寒波が彼女の足を止めさせた。
「寒ぅうううううううい!!!!」
「騒ぐと余計に体力使うんじゃない?」
「うぐ、確かに。反省ね……」
「それと僕疲れちゃった……少し寝るね」
「うん。おやす……――って寝ちゃダメーッ!」
翼を毛布に瞼を閉じかけたベリルに対し、
シェナはその肩に掴み掛かると
首が取れてしまいそうなほど強く揺すった。
幸いそれによってすぐにベリルの目は開くが、
同時に彼は心底嫌そうな唸り声を上げる。
「痛い」
「こんな雪山で寝たら死んじゃうでしょうが!」
「う〜ん……大丈夫だよ、野晒しじゃないんだし
こうやって丸まってたら寝ても死なないよ」
「あらそうなの? ……ってそんな訳あるか!
この程度の防寒にどれだけ信頼置いてるのよ!?
室内だろうが凍死する時はするのよ!」
「でも昔はこれで今みたいな寒さを凌いだよ〜?」
「記憶違いよきっと!」
そう叫んだシェナは途端に
全身に更なる疲労感を覚えて座り込む。
既に雪山に入って数時間。
苦しい戦闘と狭い洞窟内での耐久とで
削りに削られていた体力の底が
騒いだ事でいよいよ露見し始めたのだ。
同時に彼女の脳にも眠気の靄が掛かり始め、
危機感を覚えた少女は咄嗟に
寝そべるベリルの手を取って握り締めた。
(なんて柔らかくて……小さい手……)
「シェナ?」
(私がしっかりお姉ちゃんしてあげなきゃね)
握り締めた手を両手で包み、
彼女は穏やかに、微笑むように呟いた。
「もう少しお話しましょ。それだけで良いから」
お互い寝てしまわぬように、
寝たと分かればすぐに反応出来るように、
極力体力は使わず、シェナは弟を守る。
故に肝心の話題などは、適当で良い――
「強かったわね……あの護衛のチョーカ人」
「酔拳だっけ? 変則的で怖かったなぁ……」
「ま、雪山で酔っ払うとか自殺行為だけどね」
「たしかに」
~~十分経過~~
「……神の毒はどうなったんだろ?」
「一応谷底に落っこちて行くのが見えたわ
悪い大人どもにも渡らず良かったと思いましょ」
「ギドも大公を騙して隠し持つ気だったのに……」
「ホント、悪い大人どもに渡らず良かったわ」
~~三十分経過~~
「来ないね……救助……」
「そういうのは今考えないの!
楽しい事でもして時間を潰しましょ
アンタ何かそういう暇潰しネタ持ってない?」
「魔力操作の訓練」
「……ストイックね」
~~一時間経過~~
「ほらシェナの番」
「えー……じゃあプリント!」
「トップ」
「……プラス」
「スコップ」
「…………プライド」
「ドロップ」
「よし止めよう」
〜〜二時間後〜〜
「ふふっ」
「何よ? 今面白い事あった?」
「ああいや、昨日ヘリオとした会話が面白くて」
「なんで今? なんの脈絡も無いじゃない」
「思い出し笑いだよ。そういうときあるじゃん?
なんか急に関係ない想い出が蘇ってくる時」
「…………あーね?」
「ピンと来ないなら良いよ……」
~~■時間後~~
(ヤバ……そろそろ本気で眠いかも……)
出来る会話のストックもいよいよ底を突き、
数十秒に及ぶ長くて虚しい沈黙の時間が
必死に押さえ込んでいた眠気を呼び起こす。
岩肌を滴り落ちる水滴を目で追う作業。
繋いだ手を揉まれたら揉み返す謎のゲーム。
何か変化が起きてないかと外を確認する時間。
その全てに飽き、
シェナはベリルの方へと振り返る。
「すぅー……すぅ~……」
「あ、寝てるー!? ちょ、ベリル!!」
気付けばベリルは翼を消した状態で
体を丸めて静かに眠っていた。
そんな彼の肩をシェナは再び強く揺すり、
大声で叩き起こそうと必死になる。
が、既にベリルの反応は驚くほど鈍く、
それでいて改めて繋いだ手はプルプルと
小刻みに震え出していた。
(これっ……本気でヤバい状態じゃない……!)
魔物とはいえ大自然の寒波には逆らえない。
彼は翼を自ら仕舞ったのでは無く、
仕舞わざるを得ないほど消耗していたのだ。
中度低体温症。既に自力での温度調節は効かず
外部からの早急な復温が求められる。
(どうにか、どうにか温めなきゃ!)
冷や汗が出るような焦燥感に駆り立てられ、
シェナは急ぎ周囲に使える物が無いかを探す。
だがそんな物が存在しない事など
既に十時間以上も前に分かりきっていた。
焦りが更に加速する。
ベリルの体力は更に減衰する。
この場で最も暖が取れたはずの羽毛は既に無く、
それどころか当然彼女の身そのものも既に危うい。
ベリルより体力があるとはいえ所詮は僅差。
自身の防寒対策も考えねばならないそんな状況で、
鈍る彼女の思考は眼前の他者の事で占拠される。
焦りが更に加速する。焦りは更に加速する。
――『昔はこれで今みたいな寒さを凌いだよ〜?』
刹那、シェナの脳裏に数時間前の会話が過ぎった。
それは彼女が一度「記憶違い」だと否定した言葉。
ベリルが経験上「問題無い」と断じた根拠。
ギドと出会う前の彼の経歴は知っている。
モルガナという人間の存在は知っている。
その家庭環境がどんな物だったのかは知っている。
そして今は故人である彼女が
どうやって厳しい冬の寒さを凌いだのか、
幻魔にはそれを知る術があった。
「……いただきます」
透血の鬼は記憶を喰らう。
ベリルが大切に仕舞い込んでいる宝物を
可能な限り影響を与えないようにつまみ食いする。
そして彼女は――答えを得た。
「……なーんだ、そんな事か」
~~~~
暗い廃墟の中で眠る幼子。
人食いの化け物。魔物の仔。
そして友人である魔法使いの子。
モルガナにとってその存在は
いつか自分を喰らう恐怖の象徴では無く、
命を賭してでも守りたい最愛の息子だった。
「寒い」
「……あっそ」
その寝言を聞いてしまったら、見過せない。
例えソレが数週間碌にエサも与えられず
腹を空かせた魔物であったとしても、
女の親心は体を震わす恐怖心を押さえ込む。
「どう? これで少しは暖かい?」
「すぅー……すぅ~……」
「……おやすみ、ベリル」
寒くも温もる冬の夜。
~~~~
シェナは眠るベリルを抱いていた。
肌の温もりが直接伝わるように密着し、
偶に体を擦り合わせて摩擦熱を生む。
そうしていく内に、僅かだが
ベリルの顔色にも普段の明るみが芽生え、
そして再び、彼の翼が大きく開いた。
(……本人は全く覚えてないみたいなのに、
ちゃんと体は覚えて『反応』しちゃう物なのね)
きっとモルガナに抱きしめられた時も、
こうして抱き返していたのだろう。
小柄な少年の体に反した大きな翼は
シェナを包み込もうと伸びていく。
「来る? ……いいよ――」
復活した翼に安堵を覚えつつ、
シェナは天魔の翼に包まれる事を承諾した。
~~~~
果たしてそれから
一体どれほどの時間が経ったのだろうか。
既に外の吹雪は止み、銀世界を太陽光が照らす。
そして幼子たちのいる洞窟には
既に大人の魔物たちが到着していた。
「やれやれ……当方らも苦労したと言うのに……」
「なんじゃ随分と、フフ、幸せそうじゃな?」
救援に来た魔物たちの前で、
子供たちは顔が触れそうなほど近くまで
身を寄せ合って添い寝していた。
呼吸はある。寝息は聞こえる。
何より二人の顔は充足感に包まれていた。
「うふふ、もう少しそのままにしておきますか?」
「要救助者じゃぞ?」
「ん……あ、ペツとセルス様だ」
魔物の仔たちは無事、生還した。
~~同時刻・別の場所~~
「あった! あったぞ!!」
魔物の一団に襲われたチョーカの護送隊。
彼らもまた吹雪から身を隠していた。
そして吹雪の消滅と共に彼らは
谷底に落ちた神の毒の回収を行う。
粛正されるかもしれない恐怖と意地だけで、
雪山の中から石ころ一つを見つけ出した。
「これで帰れますね! 隊長!」
「ああ! そして戻ったら
襲撃してきたあの魔物のガキ共を指名手配だ!
聖騎士団にも連絡を入れるぞ!」
「あぁ良かった……本っ当に良かったぁ……!」
男たちは寒さ以上に歓喜で身を震わせながら、
喜び、抱き合い、咽び泣く。
これで任務が果たせると心から喜んだ。
が――
「お? ようやく見つけた感じぃ?」
――そんな護送隊の前に、一人の男が現れた。
それは陽光煌めく銀世界に単身で乗り込み、
ニヤけ面と共にゆっくりと一団に接近していく。
肩に担ぐは黒い戦斧。腰に携えるのは美しい宝剣。
レンガを焦したような黒色のコートと、
目元を隠すゴーグルはスチームパンクの最先端。
少なくとも、チョーカ帝国に属する装いでは無い。
やや長い黒髪を後ろで小さく束ねたその男は
明らかに只者では無い雰囲気を纏っていた。
「そこで止まれ! 貴様、何者だ!」
隊長は残る酒を口に放ると
酔拳の構えを取って来訪者に睨みを効かせる。
只でさえ魔物の襲撃を受けた後なのだ。
十分に休息を取っていた歴戦の隊長は
部下たちと共に今できる最高の臨戦態勢を取った。
「人間、ではあるようだな?」
「あ? ったりめーだろボケカス
この俺様を誰だと思ってんだよテメェ?」
「知らんな。交渉であれそれ以上近付くな!」
「あぁそ? んじゃ――止めてみな?」
刹那、黒緑の稲妻が迸る。
それは山脈に積もった雪を地盤ごと抉り、
耳障りな轟音と共に男の体を強化した。
そしてその直後、護送隊全員の首が飛ぶ。
「かっ……ハッ……!?」
「こっちは元々話す気ねぇーし」
「ッ……! 貴様、いや、貴方はまさか!?」
飛ばされた首が落ちるその刹那、
隊長はそれがどこの誰であるかを理解する。
が、彼には名を呼ぶ余力など無く、
生首は雪の棺桶に落下音諸共溶け落ちる。
そうして再び静かになった雪山にて、
下手人は『神の毒』を拾い上げた。
天に掲げたその魔石を見据える瞳は、
歪に歪んだ悪意に染まっていた。
「じき始まるぜ、ルビィ――」




