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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第壱號 黄昏の残狂
19/48

拾玖頁目 悪魔の地下塔

 〜〜〜〜



 或日、ソレは()の前に現れた。

 自力で動く事すらままならない僕を嗤いに

 吹けば飛ぶような小さな悪魔が寄ってきた。


 悪魔は囁いた――理想の姿を思い浮かべよ、と。

 次いで悪魔は嘯いた――叶えてあげるよ、と。

 そうして悪魔は蠢いた――汝の体を預けよ、と。


 悪魔の(こえ)は脳を溶かすほどに甘く、

 染み込む誘惑の毒が全身の感覚を麻痺らせる。

 何より、僕はこのままじゃ元の生活に戻れない。

 選択肢なんて無かった。躊躇なんて無かった。

 僕の奪われた人生を取り戻すために、

 僕は僕のやり方で、この夢を叶えてやる。



 〜〜〜〜



 苛烈だった夏もあと数日で終わる夜、

 公国を悩ませ続けた巨大組織の寿命が来た。

 組織の名は『クロバエ』――人攫い集団。

 幼い子供を特に狙って誘拐して来た悪人たちは

 今宵、魔物の仔を誘拐した事で悪運尽きた。



「り、陸軍だァ――!!」



 公国各地の地下空間では、

 雪崩込んだ正規軍が次々と罪人たちを討つ。

 かつて魔界領域の一部を切り取った実績もある

 優秀な軍隊を真正面から相手にしては、

 流石のクロバエも打開の芽を見つけられずにいた。


 ある場所では陸軍剣士が敵軍を一人で斬り伏せ、

 ある場所では長い格闘の末仮面の幹部が倒されて、

 またある場所では急拵えの防壁(バリケード)が爆破される。

 囚われていた人間たちは次々と解放されて、

 それと反比例するように捕らえられた罪人たちが

 各々の手を縄で繋ぎ、繋がれ、列を成す。



「……どうしてこうなった?」



 燃え堕ちる拠点の遠景を眺めて男が呟く。

 仮面の従僕数名が背後に控える間、

 黒マントのリーダー格『(クサビ)』は

 沸き上がるドス黒い激情から歯を鳴らす。


 組織の機能は既に九割が停止して、

 再起を図るのも手遅れなほど多くを失った。

 それは昨日まで、否、ほんの数時間前までは

 予兆すら無かったはずの突然の崩壊。

 心血を注いで組織を運営していた者ほど

 そのショックが大きくなるのは想像に難く無い。



「公国軍が早過ぎるのは……まだ分かる」



 クロバエと公国との対立期間は年単位。

 仮に拠点の位置が掴めたその直後、

 即行動に移れるようなマニュアルが

 組まれていたとしても不思議では無い。



「味方が負けるのも……まぁ飲み込める」



 組織の大半は寄せ集めの雑兵以下。

 規模と設備は確かに強大かもしれないが、

 組員個々人の武装となれば話は別で、

 少なくとも正規の軍隊と真正面から戦い

 時間を稼ぐような戦力は居なかった。


 そこまでは分かる。納得出来る。

 今回のような状況ならまぁそうなるだろうなと

 彼も前々から理解していた。



「だが、いやだからこそ――何故こうなった!?」



 深く被ったフードの下で

 楔の顔中に血管がぶくぶくと浮き上がる。


 彼には常に高い警戒態勢を維持しつつ

 上手く大公の追跡を煙に巻いてきた自信があった。

 故にその反動で彼の心は怒りに支配される。

 自分の落ち度を探し、他人の落ち度を探して、

 溢れる怒気で腹わたが煮えくり返っていた。


 やがて楔は、

 脳裏に浮かんだ一人の後ろ姿に結論を見出す。

 それは組織が最後に誘拐した黒髪の五歳児。

 とんでもない正体を隠していた魔物の仔。



「そっか、全部あのガキのせいか……」



 途端に冷めた恨み節を吐き捨てて、

 楔は残された数名の幹部と共に

 夜の闇へと消えて行った。



 〜〜翌日〜〜



 オラクロン大公国を蝕み続けた一大犯罪組織は

 たった一夜にして歴史からその姿を消した。

 街には痛々しい戦闘の傷跡を処理する軍部と、

 事情を知らずそれを見物する一般人の人集り。

 産毛の生えた噂は瞬く間に井戸端を駆ける。



「何でも敵は例の人攫い組織だとか」


「本当にこの国に本拠地があったのか……」


「しかも地下。見つからない訳だ」



 大公たちの懸命な追跡が

 いつもオラクロンで途絶える原因は判明した。

 攫った人々を何処に隠していたのかも

 車両や資材を何処に貯蔵していたのかも、

 日が昇る頃には全て暴かれていた。


 特に誘拐された人々の解放は迅速に行われ、

 公国出身者かつ軽傷だった者に関しては

 既に午前中の内に親元へ戻る事も叶っていた。

 全ては驚くほどあっさり解決へと向かっていく。



「……」



 そんな各地の様子をベリルは、

 どんよりと厚い雲の掛かった空から一望していた。

 紋様のような灰色の空模様は天魔の姿を隠すのに

 丁度良いカモフラージュ効果を与えており、

 ベリルの事を知らない者ならば

 例え目撃しても鳥と誤認する事だろう。


 だがやはり、勘の良い者に見つかっては事だ。

 そう判断すると魔物の仔は慎重に経路を選び、

 人の目が極端に少ない路地裏に着陸した。

 整った横顔から漂うミステリアスさは

 とても五歳児が纏うそれでは無く、

 そして彼の妖艶な雰囲気に誘われるように、

 すぐに一人の少年が声を掛けて来た。



「あ! やっぱりベリル君だ!」


「――! ……スフェン君」



 ~~~~



「今回はちゃんと遊びに行くって言って来た?」


「うん。ギド……保護者に話したよ」


「そっか! にしてもお互い災難だったね~?」



 無事ベリルとの合流を果たせたスフェンは

 解放と再会を祝して見せたい景色があると宣う。

 その提案にベリルは二つ返事で乗ったので、

 幼子たちは現在街外れの荒道を共に進んでいた。



「本当は子供だけでこういう場所は危険なんだけど、

 クロバエも壊滅したし、今なら良いでしょ!」


「……」


「あれ? どうしたのベリル君?」


「スフェン君はさ、僕の正体見た?」


「あー……さっき翼を広げて飛んでた奴?

 うん。まぁ、ね? 魔物だったんだ、君……」


「怖くないの?」


「宮殿から出て来た以上、大公の知り合いなのは確定

 軍まで動いた事も考えれば、彼は君の味方

 ……うん。大丈夫。怖がる必要は何も無いかな」


「へぇ、逃げないんだ?」


「今は……()()()()()()()()……よね?」


「大丈夫。()()()()食べない」


「っ――! そっか、良かった!」



 どこか嬉しさも垣間見える声色で、

 頭のてっぺんで髪を束ねた幼き少年は

 人懐っこく微笑んでいた。

 やがて彼は気恥ずかしいといった様子で

 ベリルから顔を背けて前を見据えると、

 急な質問で話題を転換する。



「そういえばどうして軍部は

 あんなに早く君の居場所が分かったんだろ?」


「僕に追跡刻印が付いてるからだよ」


「あーやっぱり? そうだよなぁ……」


「とっておきの場所、皆にバレちゃうね?」


「……うん。でも良いや」



 スフェンは俯いたまま笑みを浮かべた。



「今はとにかく君をその場所に連れて行きたい

 あそこは僕の夢が始まった場所なんだ」


「……そっか」



 そうして二人はとある廃墟にやってくる。

 それは生い茂った緑に侵食された古の要塞。

 と言っても二階から上は既に風化で崩れ落ち、

 石レンガの残骸が発見出来なければ

 其処に人工物がある事さえ気付けない

 小さな、小さな遺跡だった。


 すかさずベリルは「この場所は何?」と問うが

 スフェンが意味のある返答をする事は無く、

 逆に彼は敷地の更に奥へとベリルを誘導すると

 突然、レンガ壁の前で足を止める。

 そして首を傾げる魔物の仔の前で少年は

 慣れた手つきでレンガを動かし秘密の扉を開く。


 鳴動と共にレンガ壁は道を開け、

 其処には地下へと通ずる螺旋階段が出現した。

 例えるならそれは巨人の井戸。

 大きく開いた吹き抜けが、底の見えない深淵が、

 まるで異世界への入り口であるかのように

 異質さでこの大穴を装飾していた。



「これは?」


「魔界時代の隠し通路――『地下塔』だよ」



 誘うスフェンを先頭に二人は

 地下塔の螺旋階段を一段ずつ降りていく。

 頭上から日の光も差し込んでいるはずなのに

 中の薄暗さは尋常では無かった。

 加えて、まだ見えない最下層から届く風は

 どうにも生暖かいような感じがして、

 思わず触れてしまった壁面には

 巨大な植物のツタが絡まり少年を驚かせる。


 だがそんな驚愕もそこそこに、

 ベリルは前を征くスフェンに語り掛けた。



「……そういえばさスフェン君さ。楔見た?」


「楔? 誰それ?」


「……。……敵のリーダー。マントの人」


「あー……見たかも、あんま覚えてないけど」


「いや実はさ? 楔に関わる情報で

 ずっと気になってた事があったんだよね……」


「え? そうなの!」



 スフェンは反響するほど大声を上げ

 ベリルにそれを語るように急かす。

 大公の役に立つ情報に繋がるかもと

 彼は鼻息を荒くしつつベリルの言葉を待つ。

 そんな彼の横顔を見つめながら、

 ベリルもまた口を開いた。



「僕が捕まってた時に聞いた会話でさ、

 一つ、変だなって思った物があったんだ」



 人質となっていたベリルが聞いた中で

 唯一違和感として引っ掛かっていた情報。

 それは末端の部下たちがしていた会話。

 以前部下にナバール朝の特徴を聞かれた時、

 楔は「貴金属や地下資源」と答えた事だった。



「? それの何が変なの?」


「変でしょ。だってナバール朝だよ?

 最大の特徴は――移動式地下城塞都市(アンダーシティ)じゃない?」


「……あ!」



 ベリルは既に経験していた。

 ナバール朝が持つ超古代文明技術の一端を。

 そして一度それを体験してしまったら、

 もう他の特徴など思い付くはずが無い。

 それほどまでにあの体験は印象的だった。



「な、なるほど? でもそんな不自然かな?」


「セグルアの特徴で魔導機構(マシナキア)よりも先に

 他の観光地とかを上げるような物だよ?」


「なるほどぉ……でも、じゃあなんで

 楔って人はそんな解答をしたのかな?」


「……」



 考えられる答えは一つ。

 直近で「そう解答している物」を見たから。

 ナバールの特徴に特産品を記した物。

 その物品を、ベリルは既に知っていた。



「楔は――僕の宿題を見ていたんだ」



 問の四、『三国の特徴を答えよ』。

 ギドが提示したこの課題に、

 確かに少年は特産品で解答していた。


 この宿題の存在を知る者はたったの数名。

 出題者のギド。回答者のベリルとシェナ。

 そして各質問に答えてくれた人間たち。



「じゃあその問四を答えた人が楔!?」


「いや。それは無い」



 問四を答えた人間は除外して良い。

 何故なら答えたのは冒険者二名と店員で、

 彼らは子供たちの問いに答えただけで

 宿題の書かれたメモ帳は見ていない。

 その証拠に彼らは問題となっている問四を

 純粋に特産品についての問題だと誤認していた。


 つまり、楔の正体はあのメモ帳を見た人物。

 そして魔物たちを除けば該当者はたった二人。



「あの時偶然大公に会ってメモは見られた

 けど、あの人だけは絶対に違う

 彼が楔ならこれまでの全て無意味になる」


「……………………じゃあ誰?」



 この時のスフェンは既に顔を背けていた。

 そしてそんな少年の背後では

 ――魔物は既に鋭い黒翼の刃を広げていた。



「君だよ。スフェン君」



 人の子がそれに気付いて振り返った正にその時、

 彼の頭はその小さな胴体から斬り離される。

 当然、下手人は彼の背後に居たベリル。

 友と信じて連れてきた魔物の仔に

 スフェンは()()()()()()()()()()()()()()



「か……は……!?」



 か細い声が暗闇に吸い込まれていく。

 脱力したスフェンの体もぐらりと揺らいで

 自分の頭部を追うように奈落へと消えて行った。

 そんな友人の肉片を冷めた目で見送ると、

 ベリルもまた階段から軽く跳ぶ。

 そして大きく翼を羽ばたかせながら、

 緩やかに、上品なほど緩やかに降下を開始した。



「……」



 ~~数時間前~~



 正規軍が地下空間を襲撃しているその裏で、

 災禍遊撃隊(カラット)もまた秘密裏に動いていた。

 軍部が襲撃した拠点とは全く別の建物を、

 既に魔物の特殊部隊は侵攻し制圧した後だった。



「花の怪人。彼らのお陰で敵の正体も割れました」



 倒した仮面の幹部に剣を突き刺しながら、

 魔物たちの長ギドが仲間に解説を始める。

 その場にはいつもの魔物たちの他に

 監督官として同行するガネットの姿もあった。



「敵の正体……組織の裏に居る魔物の事だな?」


「ええ。種族名は『喰夢(クライム)』……

 理想寄生種と呼ばれる蟲草の魔物です」


「蟲なの? 草なの?」


「んー……蟲であり草である、ですかね?

 本体は巨大な花を持つ植物ですが、

 寄生時には黒いキノコのような蟲になります」


「――! 僕の捕まった拠点に居た!」


「はいその通り。あれは喰夢(クライム)の寄生用端末

 あれに捕まった被寄生者に新たな花を植えさせ、

 餌を運ばせ、育てて、守らせる

 そうして新たな仲間を増やして行くんです」


「じゃあ、あの仮面の幹部たちも……」


「いいえ。あれは毒花に脳をやられたゾンビ

 恐らく寄生されたのは『楔』一人で、

 幹部は彼もしくは彼女が増やした傀儡です」


「言い切るわね? てか『もしくは彼女』って?」


「良い質問ですねシェナさん!」



 剣を持ったまま彼は笑顔で振り返る。

 途中その刃先が回転と共に仲間たちに迫ったが、

 全員がギョッとしつつもどうにか回避した。

 そして怒るメンバー全員を無視しながら

 ギドは悪辣な敵の詳細を語り出す。



「理想寄生種は人の夢に寄り添う

 彼らは寄生の対価として()()()姿()を提供します」



 どんな自分になりたいか?

 どんな背丈、どんな声質、どんな容姿。

 喰夢はそれらを寄生した者に問い掛け、

 肉体変化で叶えたように魅せる。


 しかしそれはあくまで一時的な物。

 時間が経てばすぐに元の姿に戻ってしまう。

 故に理想寄生種は要求する。

 より強い力を使えるように自分を育てろ、と。

 もっと多くの餌を運んで来い、と。



「契約によって宿主を狂わす魔物……通称『悪魔』

 かなり見境無く寄生して暴れていましたからね~

 喰夢は魔界ですら駆除対象となる害虫でした」


「……!」


「という事でシェナさんの質問に答えますと……

 被寄生者は理想の姿になっている場合がほとんど!

 外見的特徴は全く当てになりません!」


「なるほどな……楔の情報が出ない訳だ……」



 姿形が変わるというのなら、

 出入国時やその他の公的記録に

 データが残らないのも納得出来る。

 ガネットは一人そう呟きながら頷いた。

 だが感嘆するガネットを横目に

 ベリルはまだ飲み込めなかった疑問を吐く。



「それで? なんでこの建物なの?」


「……と、いいますと?」


「ここは僕の捕まってた場所とは全く違う建物

 外観も何かのお店のように装われてた……

 どうしてここも敵の拠点だって分かったの?」


「あぁ、その鍵を掴んだのはシェナさんです」


「え、私?」


「本人自覚してないみたいだよ?」


「でしょうね。彼女はそれと知らず口に運んだ!

 鍵とは魔物も食べる事が出来るアイスです!」



 魔物の口に合ったという事は、

 その食事に何らかの仕掛けがあるのは明白。

 ただし人間用に売られていた商品である以上、

 偶然魔物好みの味だったという線は薄い。

 魔物の味覚は人間のそれと相反するからだ。


 ならば何故アイスを食べられたのか。

 答えは一つ。そのアイスの中に、

 人間由来の『何か』が入っていたから。

 魔物の鋭い味覚だけが反応を示せるような、

 隠し味が盛られていたからだ。



「ではここで問題です!」


((うわ来た……))


「皆さんがアイスに異物を混入しようと思った時」


「無いよそんな時」


「仮定ですから……えー、混入しようとした時!

 どんな風に工夫をすれば最も違和感無く

 お客様に提供出来るでしょう?」


「どこに混ぜ込むかって話?

 そりゃあ……果肉とか、シロップとか?」


「そんな分かりやすい所はすぐ騒ぎになりますよ

 少々考えが血や人肉を前提にし過ぎですね?

 それだと()()()()()()()()()()()()()()

 もっと柔軟に、脳内でアイスを作ってみて!」


「待った……アイスに入れる物なんでしょ?

 味に影響するなんて当たり前じゃないの?」


「いいえ。本来()()を入れる目的は味じゃ無い」


「……もしかして、見た目?」


「お?」


「アイスは緑とかピンクとか、カラフルだった

 あれって何かを混ぜて作ってるんだよね?」


「正解――答えは『着色料』です」



 魔王軍壊滅以前から人類には食事を

 娯楽の一つとして愉しむ文化があった。

 その中で食事により幅広い彩りを与えるため、

 或いは寂しい野戦食に華を添えるために

 着色料を用いる習慣が既に確立されていた。

 勿論それは魔物の世界には存在しない文化。

 それでも正解を導き出したベリルに

 ギドは満足そうな笑みを浮かべていた。



「実は少し前からセルス様にそのアイス屋と

 使用される着色料について調べて貰っていました」


「うむ。店主は何も知らない凡人じゃったが、

 他にも似たような状況の菓子屋やジュース屋が

 その着色料を安価で大量に仕入れておった

 出所を掴むのは男を堕とすより簡単じゃったわ」


「そうして見つけた拠点がこの場所という訳です」


「っ……待った!

 話があっちこっち行って見えて来ないわよ!

 なんで奴らはそんなアイスを売りたかったの?」


「いいえシェナさん

 彼らは別にアイスを売りたかった訳じゃ無い

 彼らの目的は、()()()()()()です」


「え……」



 その言葉に体が固まるシェナを無視して、

 ギドは足元の粉袋を持ち上げ事実を告げた。



「喰夢は食した人間を体内で溶かすと、

 色とりどりの粉として周囲に撒き散らします

 これはその産物。元人間の『廃棄花粉』!

 つまり着色料の正体は――魔物のウンチです」


「うげぇっ!?」



 瞬間、シェナは膝を突き吐き気に襲われる。

 自分が食べていた物の事実を知り、

 途端に気分が悪くなったのだ。

 だが同じく口にしたはずのベリルは

 特段気にならず平気だったようで

 逆に興味津々といった様子で疑問を投げる。



「でも何でわざわざ着色料なの?

 捨てたいだけなら海に流すとか埋めるとか、

 何なら燃やすとかでも良いじゃん?」


「良い質問ですよベリル!

 確かに少量なら放流や埋葬の方が最適でしょう

 がしかし、量が多くなると逆に目立ちます

 なら焼却処分と考えますが……それは最悪手だ」


「どうして?」



 ベリルの問いにギドは言葉では答えず、

 周囲を警戒中だったペツを呼び寄せ

 彼に向けて手にした粉袋を投げつけた。

 やがて廃棄花粉が焔魔に触れた正にその時、

 花粉は膨れ上がり強い衝撃波を生んで炸裂した。



「「えええええ!?」」


「この廃棄花粉は元々喰夢が縄張りに撒く物……

 植物にとって脅威となる火へのカウンターとして

 高温に反応し発火物ごと爆砕する仕組みです」


「その説明だけで理解出来たわよ!?」


「実演要らなかったんじゃ!?」



 爆発に巻き込まれたペツを起こしつつ、

 子供たちは無慈悲な教師を批難する。

 だが魔物の教育者は笑顔で無視し、

 ヘリオやセルスと共に最奥の扉の前に立つ。



「……とまぁ長らく語りましたが、

 要するにこの場所は敵にとって最大の急所」



 クロバエの背後に喰夢の存在が発覚した事で

 楔が何を考え、何を求めて、

 何故人攫い組織を運営してきたのか、

 ようやく推測が立てられるようになった。

 となればその手掛かりが掴めるこの場所は

 敵にとって最も隠すべき最重要拠点。

 ギドは扉の先が全ての終点と考えていた。



「この地で決着としましょう!」



 ギドの号令と共に特攻隊長の海魔が斬り込む。

 次いで身軽な瞳魔が飛び込み安全を確保すると

 魔物の一団は一気に扉の奥へと雪崩れ込んだ。

 ――がしかし、ギドの予想に反してその場所は

 もう何年も放置されているかのような

 汚い廃屋の一室であった。



「ちょっ!? 誰も居ないわよ!?」


「あれーぇ?」


「当てが外れたのぉ……フッ、ダサっ」



 自信満々の推理を外し

 ギドは赤面して丸まってしまった。

 そんな彼に釣られて他の魔物たちも脱力し

 部隊からはすっかり戦意が抜け落ちてしまう。


 その中でベリルは「もう帰ろう」と振り返るが、

 そんな彼の視界にガネットの姿が映った。

 彼は部屋の様子をしばらく観察し、

 そして何やら眉をひそめて

 思考を巡らせている様子だった。



「この場所は……」


「? 来た事あるの?」


「あ、あぁ。ほら、この前の――」



 巨漢は少年に目線の高さを合わせると

 他の者には聞こえ無い声量で耳打ちをした。

 そして与えられた情報に少年が戸惑うと

 ガネットは証拠とばかりに、

 床に倒れていた写真立てを起こす。



「ほら。こっちがあの人で、これが――」


「――!?」



 白黒の世界の中には

 ベリルの見知った顔があった。

 母親らしき女性の側に立っていたのは、

 確かに今と変わらないスフェンであった。



 ~~現在・地下塔最深部~~



 天魔は緩やかに最下層へと舞い降りる。

 其処は頭上からの光も僅かにしか届かず、

 ひらりはらりと抜け落ちた羽根が

 床に触れたかどうかさえも判別は難しい。


 そんな暗がりの中で、一人の男が立ち上がる。

 それは暗闇に紛れるような黒いコートの男。

 明らかに大人と思われる長身の男が起き上がった。

 ベリルはそんな男に向けて、質問をする。



「問五、人間社会全体の情勢を簡潔に答えよ」


「……魔物が減って、さぁ大変」



 かつて自分が渡した解答を呟き、

 楔は己のフードを払い退ける。

 同時に現れたのはスフェンの顔。

 しかしそれは人懐っこい少年の物では無く、

 痩せこけた四十代くらいの男の物だった。



「おっさん……」


「失礼だな、僕はまだ二十代だよ……」



 そう言うとスフェンは髪を束ねていたゴムを外し、

 纏まっていた長い髪をダランと垂らす。

 その瞬間人懐っこかったスフェンの人相は消え、

 深い影を落とした悪人の顔へと印象が変わる。



「残念だよベリル君。友達になれると思ったのに」


「先に攻撃してきたのはそっちじゃん?」


「ああ……そうだね。でも仕方無いじゃないか!」



 刹那、最下層の床が割れた。

 走る亀裂の合間からは無数のツタが伸び、

 そして崩れた岩盤の下からは巨大な花が咲く。

 それは花弁の中心に巨大な口を備えた、

 人食いの巨大寄生花であった。



「彼が君を食べたいって言うからさあ!!」


「ッ――これが喰夢……!?」



 天魔は咄嗟に大地から離脱する。

 しかしそれを追って、伸びるツタに足を置き、

 体内からも無数のツタをうねらせた男が

 不気味な笑みと共に上昇してきた。

 そしてそんな彼の首筋では、

 先程ベリルに付けられた傷跡が

 ツタにより修復されていく姿も確認出来た。



「不気味……」


「君に言われたく無いなぁ、魔物君

 他のお仲間はまだ駆けつけないのかい?」


「外で待機中。一人でやるって言って来た

 これは――僕が次の魔王になるための

 必要な通過儀礼(テスト)だと思ったから」


「……へぇ?」



 黒翼を広げて滞空するベリルの前で

 スフェンもまた構えを取る。





「じゃあお互い負けたら相手の経験値(エサ)だねェ!!」





 空から差し込むのは曇りの陽光。

 薄暗い地下塔を這うのは螺旋階段と植物のツタ。

 最下層にて巨大花が口を開くその場所で

 天魔と悪魔が対峙する。


 戦場名『悪魔の地下塔』。

 互いの理想のため彼らは互いを喰らい合う。

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