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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第壱號 黄昏の残狂
18/48

拾捌頁目 CaRaT

 ~~オラクロン・執務室~~



 公国の王と魔物一家の長との密談は

 ベリルが退室した後もしばらく続いた。

 両者が囲む長机の上に広げられた資料の数が

 その会議がどれほど重要なのかを物語る。

 内容は魔物部隊の新たな任務について。

 次の標的は――渦中の人攫い組織だった。



「組織名は『クロバエ』。頭目の名は『(クサビ)』……

 細身かつ高身長の男で年齢は、推定四十代」


「ほ~、そんな情報まで既に掴んでいたのですね」


「この程度はな。我々は常に先手を狙ってきた

 怪しい場所には追跡用魔法陣等も設置し調査もした

 引っ掛かったのは魔物の一団だけだったがな」


「ご存じ無いようですが大収穫ですよソレ?

 ……しかし、年齢まで算出されているという事は

 その下手人の顔は既に割れているのでしょう?

 何故まだ捕まえられていないのです?」


「理由は、まぁ二つだな」



 頬杖をつき窓の外に目線を流しながら、

 オスカー大公は抑揚無き声で答える。

 一つは純粋にまだまだ情報不足だから。

 組織名やリーダーの通称は知る事が出来たが、

 肝心の敵本拠地は未だ判明していないのだ。

 支部や取引現場を抑える事は何度かあっても、

 核心に繋がる拠点は未だ落とせていない。

 そしてもう一つ、こちらが最大の理由。



「『楔』に該当する者の公的記録が一つも無い」


「――! そんな事が有り得るので?」


「余所の国ならまぁ無くもないだろうが、

 商人の出入りも多い我が国では

 当然出入国の管理は他国より徹底している

 長く活動している者の記録と思えば、異常だ」


「何かトリックがあるのか、

 或いは秘密の出入り口があるのか……」


「或いはその両方か、だな」



 大公との会話は程よい緊張感を保ちつつも、

 普段会話している子供たちとは違い

 同レベルの思考力でスムーズに進んでいく。

 そんな一時にギドは心地良さすら覚えて、

 柔らかな笑みと共に好感度を獲りに行った。



「では我々の任務は、敵移動経路の特定

 あわよくば『楔』の拿捕ないしは処理ですね」


「……話が早くて助かるが、当てはあるのか?」


「このオラクロンに本拠地があるのは

 もう確定と見て良いんですよね?」


「ああ。周辺国におけるクロバエの活動は

 最終的に全てこのオラクロン内に集約される

 そこから先はまるで霧に呑まれたかのように

 足取りが掴めなくなってしまうがな」


「であれば問題ありません。当てはあります」


「ほぉう? それはどんな?」


「大公陛下は――アイスはお好きですか?」



 その時、執務室の戸が強く叩かれる。

 それに訝しみつつも大公はすぐに

 秘匿戦力のギドを隣室へ避難させると、

 自ら場を取り繕って入室の許可を出した。

 直後、酷く慌てた様子で部下の男は報告する。



「クロバエから脅迫状(メッセージ)が届きました!」



 ~~同時刻~~



「ん……あ、れ?」



 目覚めた瞳が映す天井に見覚えが無さ過ぎて、

 ベリルは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 起き上がってみれば鼻を突き刺すカビ臭さ。

 昔モルガナと過ごした家にも似た、

 狭く薄暗い空間の中に彼は居た。



「ここは……」


「地下牢、という場所だよ、ボク」



 気付けば鉄格子の向こうにソレは居た。

 黒いマントと逆光とで輪郭は掴め無いが、

 低い声色から大人の男性であると推測出来る。

 やがてその黒いマントの男は、

 この状況でも表情を変えないベリルに

 やや感嘆するかのような声を発して語り出した。



「流石は大公の縁者。肝が据わっているね」


(っ! この人まさか……?)


「僕の夢に邪魔な大公にはご退場願いたい

 君にはこれから彼との交渉材料になって貰うよ」


(僕を本当の親戚だと勘違いしてる!)


「大丈夫。全部終わったらお家に帰れるから」



 それだけ言い残すと男は通路の奥へと消える。

 しかしベリルの心中に安堵感が訪れる事は無く、

 むしろ絶え間ない緊張が彼の不安を煽っていた。


 何故ならオスカー大公の親戚という話は

 宮殿の人間に取り繕うための真っ赤な嘘であり、

 大公が治安維持組織のメンバーに

 出会ったばかりの魔物を雇用したのは、

 いつでも切り捨てられるから、という事も

 理由の一つである事を彼は知っていた。


 早い話がこの状況、

 大公がベリルのために動く意味が無い。


 仮に人攫い組織の要求が金だろうが行動だろうが、

 そして本当に交渉後解放されようがされまいが、

 テロリストの要望に屈する為政者を演じるほど

 大公にとってベリルの価値が高くは無い。

 このまま座して待っていたとしても、

 ベリルが生還出来る可能性は低いのだ。

 つまり――



(僕が助かるには、自力で何とかするしかない!)



 ――勝つのは最低条件。

 数時間前に言われた言葉を思い出し、

 五歳児は決意を固めて立ち上がる。


 幸いにして見張りはいない。

 敵は彼を子供だと侮っているのだろう。

 しかし捕らえているのは只の五歳児に非ず。

 錠の一つも無く其処に在るのは、

 本来即殺すべき人類の敵。


 魔物の仔は――黒翼の斬撃にて鉄格子を裁断する。


 同時にバラバラと落ちる切断物を

 空中で抱きかかえて落下音を事前に消すと、

 少年はその勢いのまま廊下に身を移す。

 改めて周囲に目を配ってみれば、

 その通路は自分の入っていた牢屋以外は

 分厚い岩の壁で覆われていた。



(そういえば、スフェン君は?)



 ふと仲良くなった人間の事を思い出し

 ベリルは彼の事をしばらく探す。

 が、やはり廊下には他に牢屋など無く、

 幼き魔物はすぐに最悪の結末まで予想した。


 ――直後、彼の耳に人の声が届く。


 先程のマントの男の声では無かったが、

 それが向かって行った廊下の奥の方からだ。

 不意に目を向けてみればそちらの方角からは、

 蝋燭と思しき暖かな光の揺れも観測出来た。



「……」



 逃走を図るのならばむしろ、

 逆の道を選ぶべきだったのかもしれない。

 しかしこの時のベリルにそんな発想はなく、

 彼は灯火に誘われるまま歩を進めていた。



 ~~~~



 しばらく歩いてみればベリルは、

 すぐにとある部屋の前まで辿り着く。

 呼吸を殺して戸の無い入り口に張り付けば、

 中の会話はいとも容易く盗聴出来た。



「なぁこの粉って何~?」


「さぁな。黙って詰め替えろ

 俺たち下っ端は命令だけ聞いてりゃ良いんだ」


「とはいえクロバエは人身売買の組織だろ?

 甘い汁が吸えると思ったのに、なんでこんな……」


「もうじき吸えるさ。今回攫ってきたガキ

 何でもあのビクスバイトの親戚って話だ!」


「なっ!? ……ビクスバイトって誰だっけ?」


「アホの子がよォ!」



 どうやら此処にいるのは下っ端だけ。

 最悪見つかったとしても簡単に勝てそうだ。

 そう判断するとベリルは内部の様子も探ろうと

 思い切ってもう少しだけ体を出す。

 やはり室内には二人のみ。

 何やらカラフルな色をした粉を

 バケツから袋に詰め替えている所だった。



(何だろ、あれ?)


「そういや今回攫ってきたガキは二人居たよな?

 もう一人はどこに行ったんだ?」


「あぁ……幹部の人らが連れ出したはずだぜ?

 数日後にまた商品として売り飛ばすんだろ?」


「あー。え、てか幹部って? そんな人居た?」


「ほらお前も見ただろ? 仮面を付けた連中」


「え!? あの不気味な人ら幹部だったの!?

 通路塞いで邪魔だったから頭叩いちまった!」


「アホの子がよォ!」



 よく今まで生きて来られたなと、

 ベリルも間抜けな下っ端組員に呆れる。

 だが迂闊な彼らのお陰で知りたい情報は得た。

 どうやらスフェンも捕まってはいるようだが、

 既に移動し、もうこの場には居ないらしい。

 商品となったのなら無闇に傷付けられもしない。

 つまり此処でベリルが暴れても、何も問題は無い。



(……あれ? 僕今、良かった、って思った?)



 己の非合理性にようやく気が付くと、

 魔物の仔は形容し難い感覚にむず痒さを覚える。

 やがて収まりの悪さが頂点に達すると、

 彼は逃げ出すようにその場から

 立ち去ろうと背を向けた。

 がその時、再び彼の耳に声が届く。



「お前、ボスの事はちゃんと把握してるよな?」


「さっき居たマントの人だろ! 

 既に一回ご無礼したからちゃんと覚えたぜ!」


「やらかしてんじゃねぇか!? 何した?」


「結構前に目的地の国が分かんなくて特徴聞いた!

 そしたら『貴金属や地下資源が有名な所だよ』って

 スッゲー優しく教えてくれたんだ!」


「へ、へぇ……そりゃあ良かったな

 ん? てかそれってどこの国の事だ?」


「ナバール朝って国!」


「大国じゃねぇか! アホの子がよォ!」



 それは何てことも無い会話だった。

 大した情報も無い日常会話のはずだった。

 しかし何故か――()()()()()()()()()()()

 それは言語化するには至らない曖昧な感覚で、

 まるで固体化していないゼリーが

 掬う度に手から溢れ落ちるかのように

 考えれば考えるほど崩壊する脆弱な物だった。


 それでも、やはり抱いた違和感が拭えない。

 ベリルはその感覚に促されるように、

 もっと多くの情報を渇望して

 再び扉無き入り口の側に這い寄った。

 だがその時既に、彼の敵は背後にいた。



「――ッ!?」



 気付いた時にはもう其処に

 不気味な仮面を付けた黒マントの男は居た。

 そして凶暴な鉄の装飾で強化された拳を、

 情け容赦無く少年の頭部に差し向ける。


 ベリルは咄嗟に身を捩った。

 拳は辛くも彼のこめかみを掠めて、

 そのまま壁を木っ端微塵に粉砕する。

 しかし寸前で回避が間に合ったはずなのに、

 ベリルの頭部からは少量の血が吹き出していた。

 加えて盛大な破壊が室内の敵にも現状を伝達する。



「な!? なんだァ!?」


「幹部様!? それに、人質のガキ!」


(しまった……!)



 最早形振りなど構ってはいられない。

 ベリルは人の目も気にせず翼を解放すると

 体を回転させて幹部の男の足を切断する。

 と同時に下っ端たちには刃根を飛ばし、

 一瞬にしてこの場の制圧を目論んだ。


 が、彼の目論見は容易く砕かれる。

 下っ端たちへの制圧攻撃は上手く行ったのだが、

 足を切断されたはずの幹部は止まらなかったのだ。

 彼はベリルが部下に刃根を飛ばすのとほぼ同時に

 生き残った足を軸にその場で遠心力を付けると、

 なんと切断された足で回し蹴りを炸裂させる。


 それは少年の腹を見事に打ち抜き、

 肉と骨とが軋む音を奏でながら

 ベリルの小さな体を通路の奥に蹴り飛ばした。

 やがて一連の行動が終了し現場に静寂が戻ると、

 刃根が刺さり血を噴く部下に男は命令を下す。



「警報ヲ、鳴ラセ」



 ~~~~



 響き渡る警笛に嗤われながら、

 吹き飛ばされた少年は廊下を転がり丸まった。

 腹を打ち抜いたダメージは想像より大きく、

 しばらくの間は嗚咽しか吐き出せない。

 が、聖騎士との戦闘や日々の訓練で

 既に痛みへの慣れが生まれつつあった五歳児は

 自力で見つけた呼吸法で痛みを和らげると、

 すぐに再起し、翼を広げて飛び立った。


 来た道からは幹部が来てしまったので、

 仕方無く未知の領域へと侵入する。

 其処は今までの何倍も開けた空間。

 青緑の壁面の美しい大空洞であった。



(思ってた百倍は広い……何なのこの場所?)


「居たぞ! っ……!? マジで飛んでる!?」


(ち……追手か)



 声のする方へと視線を送れば、

 其処には空中に敷かれたレールを走る、

 数台のトロッコと数組の敵集団が見えた。

 恐らくこのまま逃げ続けても脱出は出来る。

 だが魔物とバレている現状は宜しく無い。

 更に未来の勝利を見据えるなら、今は――



「全員、殺していこう」



 ――五歳児は、その瞳に影を墜とす。

 直後、翻った黒翼が急上昇を始め、

 先頭を走るトロッコのレールを切断した。

 道を断たれた組は次々と岩肌に衝突し、

 次いでそれに気を取られた一団の首を

 すれ違う刃根の斬撃が纏めて掻き切った。


 吹き出す血飛沫と、肉と骨とが崩れる音。

 ここでようやく敵集団は今回ばかりは

 自軍が一方的に狩る立場ではないと理解する。

 此処は仲間の死を一々気に掛けていては

 自分も狩られ兼ねない『死地』であると。



「――殺す気でやるぞォッ!!」



 戦意六割、自暴自棄四割。

 命令に背けない弱者故の攻勢か、

 破れかぶれの殺意が連なり纏まり矛と成る。

 或る者は抜刀して勇猛果敢に空へと飛び出し、

 また或る者はトロッコの上から弓を射た。


 張り巡らされたレールの上を、

 天井や地底から伸びる岩の針山を、

 そしてそれらの合間を縫う細い通路を、

 斬撃が、猟矢が、そして悲鳴とが入り乱れる。


 並の冒険者であっても、

 恐らく単騎で切り抜けるのは困難だろう。

 が、空を統べる黒い翼の魔物は

 まるで公園の遊具で遊ぶ子供かのように

 優雅に、そして稚気を孕んで飛んでいた。

 人を斬り、トロッコを大破させて、

 投げ込まれた爆弾を避けて仰向けになると

 燃えて崩れる岩の山を背景に彼は舞う。



(良かった)


「このっ……! 化け物がぁ!」


(僕もちゃんと、強くなれてる――)



 飛び込む剣士をすれ違い様に斬り殺し、

 天魔は青緑の岩柱に張り付いた。

 その手には今し方千切った人間の片腕。

 魔物の仔はそれに齧り付き口元を血で汚す。



「もぐっ、むぐ……ん。……終わったかな?」



 既にその戦場には少年以外の姿は無かった。

 燃えるトロッコ。千切れたレール。

 人間大の血の華が辺り一面に咲いている。



「勢いで壊滅させちゃった?」



 幼き魔物は食べかけ食料を投げ捨て

 自信満々な笑みと共にそう呟く。

 だがそんな未熟者を咎めるように

 次の瞬間、留木の代わりに

 身を委ねていた岩柱が砕け散った。

 そうして飛び散る石礫の合間から現れたのは、

 先程の不気味な仮面を付けた幹部だった。



「ッ!? このッ!!」



 ベリルは空中で体勢を崩しつつも

 カウンターで刃根を数枚差し向ける。

 だが幹部の男は避ける素振りすら見せず、

 逆に肉に刃が刺さるのもお構いなしに

 天魔の胴体に強烈なぶちかましを炸裂させた。


 その攻撃は先程の蹴りより更に数段は重く、

 ベリルは再び盛大に吹き飛ばされる。

 だが幸いにして元々空中だった事もあってか、

 更なる追撃より先に立て直しが間に合った。


 そしてピリピリと麻痺する両腕を気にしつつも

 彼は生き残ったレールで停止するトロッコの縁に、

 翼を折り畳み、勢いを付けて着地する。

 結果ベリルは体の向きを敵に向けたまま、

 滑走を始めたトロッコで離脱を図る事が出来た。



(何なんだよアイツ!? もう会いたくない!)



 焦燥の気持ちと共に少年は顔を上げる。

 そんな少年の視界の先には、

 彼が征くレールの上を獣のように

 四つ足で爆走してくる幹部の姿があった。



「キモすぎぃ!!」



 明らかに人間とは思えない。

 この時ベリルは一つの可能性を考慮する。

 が、その思考が纏まるよりも先に、

 彼は背後から聞こえて来る轟音に戦慄した。



(ッ――! この音は!?)



 それは降り注ぐ大量の水音。

 洞窟の中を貫通している滝の音だった。

 滝の水はまさしくレールと直交していて、

 すぐにベリルの体を体重以上の水塊が襲う。

 不安定な状態でトロッコに乗っていた彼は

 それだけで不格好にも落車してしまった。


 幸い其処は既に頑丈な通路の上で

 落下によるダメージは軽微だったが、

 何よりもマズかったのは『濡れた』事。

 最大の武器である翼が機能停止した事だった。



「しまっ――」


「――捕ラエタ」



 すぐに追いついた仮面の化け物に

 ベリルは首を掴まれ岩肌に押し付けられる。

 だが彼が最もゾッとしたのは、

 相手のパワーでも、負傷した体でもなく、

 その合間から垣間見える異質な物体だった。



(ッ……! これは……()?)


「大人シク、サセルカ」



 幹部はそう呟くと指で仮面を持ち上げる。

 すると其処から現れたのは土色に汚れた顔と、

 口の中から現れた異色な無数のツタであった。

 しかもよく見ればそのツタの表面からは、

 何やら黒い蟲の様な物も湧いて出ていた。



(嫌だ……! 気持ち悪い!)



 ウネウネと蠢く触手とそれを伝って迫る蟲。

 その光景は例え魔物であっても嫌悪を隠せず、

 思わず目と口を閉じ顔を背けてしまうほどだった。

 そして深緑の触手はそんな少年の体に巻き付き、

 胸から首へと這って口元にまで近付いた。



(嫌だ、嫌だ……!!)



 蟲を乗せた触手が少年の柔肌に触れた。



(誰か――!!)



 刹那、天が割れた。

 青白い岩肌には亀裂が走り、

 直後ブチ開けられた巨大な穴からは

 より巨大な握り拳が姿を見せる。

 ベリルはその攻撃方法に見覚えがあった。

 元魔王軍四天王の、本気のぐーパンだ。


 また彼がそれを認識出来たのとほぼ同時に、

 崩れ落ちる無数の瓦礫を足場に影が跳ぶ。

 数にして二つ。『小さい』のと『大きい』の。

 やがてその内の小さい方がベリルを見つけ、

 一直線に飛び込み敵幹部の顔を蹴る。



「その子を離、し、な、さいッ!!」



 援軍の一人は姉のような透血鬼(カラーレス)

 鋭い蹴りが、仮面の敵を殴り縦方向に回転させた。

 そうして敵の手から解放されたベリルを、

 桃髪の少女は無我夢中で抱きしめる。



「っ……シェナ?」


「ッ――怪我は無い!? ジッとして!」



 少女は必死な形相でベリルの体を(まさぐ)った。

 まだ少年の体にはツタが巻き付いている。

 すぐにシェナはそのツタも斬ろうと試みるが

 どうやら相当硬いらしく作業は難航していた。


 すると彼女の背後で敵幹部が立ち上がり、

 仮面の下から不気味な眼光を覗かせ

 再びベリルを捕らえようと迫る。

 だが子供たちに向けて伸ばされたその腕を

 今度は大きい方の人影が掴んで止めた。


 シェナと一緒に現れたのだから、

 ベリルは最初その人影をギドだと誤認する。

 しかし差し込む月明かりに照らされたのは、

 保護者の魔物よりも一回り大きな恵体の人間。

 怪人と真正面から対峙していたのは、

 大公オスカーの腹心でもある大男だった。



「――親衛隊長さん!?」



 ベリルがその肩書きを叫ぶと同時に、

 振りかぶった拳が敵幹部の顔面を襲撃する。

 その一撃を以て仮面は粉々に砕かれて、

 怪人は背中から通路に倒れ込んだ。

 そうして親衛隊長は呼吸を整えると、

 ポツリと一言、名前を吐露する。



「……ガネット」


「え?」


「私の名だ。今後はガネットで良い

 よく耐え……いや。見事な戦振りだ、ベリル殿」



 洞窟内の戦闘跡を一望し、

 親衛隊長改めガネットは戦士を労うと、

 すぐにユラリと立ち上がる敵幹部を警戒する。

 割れた仮面の下で、怪人は鼻息荒く喚いていた。



「ガネット……! 大公ノ懐刀……!

 平定戦ノ英雄ニシテ、武神ト呼バレタ漢……!」


「化け物にまでその名が知られているとは、

 光栄だなッ――!!」



 気付けば再び敵幹部の脳天には

 筋肉質な男の蹴りが真横から叩き込まれていた。

 その一撃は生物から生命を奪うのには十分で、

 怪人はそのまま地底へと落下した。



「決着だ」



 ガネットがそう吐き捨てると同時に、

 地下空間には再び一時の静寂と平穏が舞い戻る。

 天井から降りてきたセルスとも合流を果たすと、

 ガネットはシェナに向けて声を飛ばす。



「ではシェナ殿、そろそろ」


「わーかってる! けど、ツタ(これ)硬ぁ……!」


「む……ならここに、軍用ナイフがあります」


「よっと! 早くするのじゃぞお主ら~?」



 割れたトロッコの木片を拾い上げながら、

 セルスは仲間たちの離脱準備が整うのを待った。


 がその最中、彼女の瞳はある生き物を捉える。

 それはベリルに巻かれたツタを這って、

 シェナの方に跳び移る一匹の小さな蟲。

 蜘蛛のようなキノコのような黒い蟲だった。


 刹那、セルスの目の色が変わる。

 彼女は僅かな遊びもない動きで駆け込むと

 そのたった一匹の蟲に絶大な殺意を向ける。

 同時に蟲の方も脅威の接近を察知すると

 セルスの口を目指して跳び込んだ。


 その後の行動は全てが一瞬。


 セルスは蟲の移動ルートを予測すると

 手にした木片でその突貫を防御し、

 矢の如く突き刺さった蟲を木片ごと投げ捨て、

 鮮やかな回し蹴りで諸共に粉砕した。



(――()()()()()のぅ)


「セ、セルス様?」


「ん。何でもない。……後で話す」



 そう言ってセルスが会話を断った丁度その時、

 再びレールの上を走るトロッコの音が響く。

 どうやら敵の増援が来ているようだ。

 ガネットは再び少女に目で合図を送り、

 ベリルの解放も済んだシェナもまた

 能力の行使によってそれに応じた。



「残りは全て、我が国の軍部に任せます」



 直後シェナは辺り一面に幻惑の煙を放つ。

 やがてその桃色の煙幕が晴れ切って

 敵の増援が現場に到着した頃には、

 ガネットの呼んだ正規軍が穴から雪崩込み、

 それと入れ違いになるように秘匿戦力たちは

 現場から跡形もなく消えていた。



「…………ちっ」



 〜〜〜〜



 ベリルの救援と同時に発動された

 地下基地攻撃作戦は順調に進んでいた。

 粒揃いと謳われたオラクロン大公国の陸軍が

 瞳魔の開けた大穴を起点に敵の根城を侵していく。

 そしてその光景を、少し離れた建物の屋上から

 魔物の一行とガネットが観戦していた。



「……花の怪人に、蜘蛛のような蟲、ですか」


「そうじゃギド。まず間違いなく『奴』じゃぞ?」


「まさかそんなモノが裏に居るとは……」



 ギドとセルス、そしてガネットの大人組は

 何やら持ち帰った情報を吟味し会議を続ける。

 しかしベリルはそんな事よりも気になる事があり、

 耐えきれずに割って入って問い掛けた。



「ねぇ? なんで僕は助かったの?」


「ん? 何じゃベリルちゃん?

 お主には追跡刻印がある。忘れておったか?」


「そうですよベリル。反応が高速移動していたので

 我々は君が地下に囚われていると推測しました」


「いや、そうなんだろうけど、そうじゃなくて!」


「「ん?」」


「何で――魔物を助けるために動いたの?」



 その視線は、その問いは、

 人間のガネット一人に向けられていた。

 それに気付いた彼は一瞬驚きの顔を見せるが、

 やがて鼻を鳴らすと背中を向けて答える。



「『勘違いするなよ小僧。今回はクロバエ殲滅の

 好機だから救援した。次があると思うな』」


「――!」


「以上が、大公陛下から預かった言伝です」


「……そっか」



 ベリルはそれを言葉通りに受け取り、

 あくまで打算の行動なのだと安堵する。

 だが大人組は全く別の受け取り方をした。



(のぅギド? あの大公(にんげん)、意外とあざといぞ?)


(これは良い情報を得られましたねぇ)


「ん゛んッ! それと、こちらは勅令です」



 瞬間、その場の全員の顔付きが変わり、

 同時に親衛隊員が大きな風呂敷を持って来る。

 それはすぐに魔物たちの前で広げられ、

 中からは大量の武器や防具が現れた。



「『この機にクロバエを叩く、武装せよ――』」



 大公の命令を暗唱する親衛隊長の前で、

 魔物たちは思い思いの武器を手に取った。

 瞳魔は煌びやかな金色の鎖を掴んでほくそ笑み、

 焔魔は爆弾数個を軍服のポケットに仕舞い込む。


 また海魔は鉄の棒に自身の棘鱗を刺して

 オリジナルの槍を製作したかと思えば、

 その隣で幻魔は何やらしばらく考え込んで

 一組のナイフホルスターを太ももに巻き付けた。



「アンタらは取らないの?」


「うん。重たいの持っても飛びにくいだけだし」


「私も、既に愛用の剣がありますので」



 ベリルたちのみ武装を拒否し、

 ようやく魔物たちの事前準備は整う。

 目標は人攫い組織『クロバエ』の殲滅。

 狩るべき黒幕の名はマントの男『楔』。

 先の試運転とは違う、本格的な暗殺任務。



「『貴様らはこの国に降り掛かる災いを喰らう者

 初陣の手向けに名をやろう――()()()()()』」



 深い夜の下、光る街並みの上で、

 冷血漢が従える魔物の特殊部隊は牙を揃える。

 その名は災禍(Calamity)遊撃(Raid)(Team)。通称――

 


「『CaRaT(カラット)』」



 魔物の一団が闇夜の世界に飛び出した。

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